(2)
引き続き街中を歩きつつ、おれは次の質問を浴びせた。
「じゃあさ、あれはいったんなんなの?」
そういって、おれはおもむろに前方のほうを指差した。
そこには何か大勢の人々が押し寄せてくる。
「ん? なんでみんな走りまわってんの?
しかもみんな妙にあせった顔してる」
周囲を見るが、さっきのデイダラボッチのような巨大な妖怪の姿はない。
だとしたら、中型でもみんなに迷惑をかけるような妖怪なのだろうか。
ところが、逃げ惑う人々の数はどんどんふくれ上がっていく。
どうも様子がおかしい。
となりを見れば沙耶が神妙な顔をして、人々をじっと観察している。
突然、彼女がバッと飛び出した。
タタミちゃんが「沙耶っ!」と呼びかけるが、その問いに答えることもなく角を曲がってしまった。
「行こう! なんだか様子が変だ!」
タタミちゃんと顔を見合わせうなずき合い、おれたちは沙耶の後を追った。
しばらく走り続けていると、前方には異様な光景が広がっていた。
逃げ惑う人々の奥、沙耶は足を広げて立ちつくしている。
さらに前方をよく見ると、人々がつかみあいの大ゲンカを繰り広げていた。
いや、違う。
どうやら片方が一方的におそいかかり、もう一方が必死で応戦しているようだった。
そんな大乱闘を繰り広げる人々の中から、大ジャンプしてこちらに向かってくる一団が現れた。
周囲にはもう人の姿がない。
一団はまっすぐこちらの方へと向かってくるが、途中で異変に気づいたのか突然足を止める。
おれはその風貌をよく見た。
格好は普通の死霊族のようだが、どうやら様子がちがう。
顔は黒い斑点でまだら模様になり、目は真っ赤に光かがやいている。
動きも、どこか獣を思わせるようなものにうつり変わっている。
「まずい! これ、感染病だ!」
タタミちゃんがそんなことを言う。
おれは思わず振り向いた。彼女は横目で警戒するようにおれを見る。
「悪い妖怪が、街のみんなに発狂させる病気をうつしたんだ!
それであんなふうになって見境なく暴れるようになったんだ!」
突然沙耶が黒髪を動かした。
長い髪の中から、例のごとく鞘におさめられた日本刀を取り出した。
「何やってんだよ! 病気なんだろ!? 殺しちゃうのかっ!?」
「手足を斬りおとすだけよ!
いくら病で操られていても、手足をバラバラにされたら動けなくなる!」
そして沙耶は真横に剣を向けた。
「2人は逃げて!
この病気は死霊族なら数時間で治るけれど、人間に感染すると映画のごとく本物のゾンビになってしまうわ!
そしたら治療法はない!」
つまり、おれは確実に死にいたると言うわけだ。
それを聞いたとたん、足がすくんだ。
タタミちゃんはそんなおれの腕をとり、無理やり逃がそうとするが、それも途中で止まってしまう。
周囲のビルの屋上から、またしてもゾンビの群れが現れたからだ。
「ちきしょう! 取り囲まれた!
こうなったらなんとしてもこいつらぶっ倒すしかない!」
言ったころにはタタミちゃんは眼帯を外し、まぶたをウロコでおおわれた赤い瞳を現していた。
おれは周囲を見る。数はムチャクチャ多い。
「おいおい! この数だぞ!? 2人ともムチャすんな!」
「新介死んじゃってもいいのっ!? とにかくやるっきゃない!」
萎縮していたゾンビ軍団が、飛びかかるようにしておそってきた。
タタミちゃんは足に刃物のようなものを飛びださせ、両手にもクナイをにぎった。
そして目の前のゾンビに向かってクルクル回転するようにして斬りかかる。
後ろのほうで風を切る音が聞こえた。
背後では沙耶が長い髪を使って日本刀で敵をなぎ払っている。
沙耶は前方を見たまま呼びかける。
「タタミ!
あなたの攻撃は敵の手足を切り落とすのに向いてないわ! あまり無理はしないで!」
「大丈夫! この右目があればこいつらが止まって見える! 余裕余裕!」
タタミちゃんの言う通り、リーチの短い武器ではあっても彼女は的確に敵の手足を切り離し、どんどんゾンビ軍団の自由を奪っていく。
とにかく、動きまわるスピードが速い。
おれは突然の気配に振り返った。
上半身を切り離され、内臓を引きずっているゾンビ。
突然両手を地面に押し付けると、逆立ちになった状態でこちらに向かってきた。
「わっ! ギャアァァ~~~~~~~~~~~~ッッ!」
おれが情けない声をあげて腰を抜かすとタタミちゃんがすぐに駆けつけ、逆立ちゾンビの両手を足払いで斬り落とした。
沙耶は引き続き敵に対応しながら呼びかける。
「噛みつかれないように気をつけて!
少しでも体液感染するとものの数分で奴らの仲間にされてしまうわよ!?」
「そんなのわかってるって! ゾンビ映画なんて見たことないけど基本中の基本!」
武器を取って戦っているタタミちゃんは、どこか楽しそうに見える。
趣味であるベースをはじいている時はむしろ冷静そうなのに、なんて落差だ。
そんなことを考えていたせいだろうか、背後から飛びかかってくる敵の存在に気づくのが遅れた。
振り返れば口をあり得ないほど大きく広げている。
「あぶないっ!」突然沙耶が進み出て長い髪に巻いた剣で敵を斬りつけた。
が敵の目的はおれを捕まえることではなかったらしい。
口から空気のゆがみが飛び出し、沙耶の全身におそいかかった。
まさか、特殊能力まで使えるのか!?
「キャアァッッ!」とっさに身構えた沙耶だったが、時すでに遅し。
軽く吹き飛ばされておれの身体にのしかかった。
なんとか抱きかかえたおれだったが、たとえ女子でもずいぶん重みがある。
それに指も強く押し付けられてしまった。
「ぐぅっ! いてぇっ! 大丈夫か沙耶っっ!」
「く……くぅっっ! こんなものっっっ!」
沙耶は人間だったらあり得ない姿勢で、無理やり起き上がった。
あらためて、彼女が人間ではないことを思い知らされる。
おれが立ち上がると前後を守る沙耶とタタミちゃんの周囲に、それでもおびただしい数のゾンビの群れが立ちふさがっている。
「……数が多すぎる! これじゃ新介君を守りきれない!」
沙耶の声は吐き捨てるようなものになっている。
わずかに絶望感すらにじみ出ている。
「2人とも、いざとなったら逃げろ! これ以上おれを守るのはムリだ!」
「なに言ってんの!
アタシらは別に感染したって元に戻らないわけじゃないんだよ!?
だけどアンタは違う! アタシは2度と元に戻らない新介なんか見たくない!」
そう言って、タタミちゃんはクナイをにぎる両手に力を込める。
沙耶も髪から両手に刀を持ちかえ、ぐっと強く握った。
しかし、おれは内心あきらめていた。
どう考えても切り抜けられる状況ではない。
そして深くため息をつく。
まさか、こんな突然の出来事で命を落とすことになるとは。世の中はなんて理不尽なんだろう。
が、周囲で別のさわぎが聞こえる。
前方のほうをよく見ると、何やらちらちらと赤い光と煙のようなものが……
それが突然、目の前のゾンビたちが真っ赤に燃えあがった。
現れた業火がゾンビたちの身体を焼いていき、彼らはのたうちまわるようにその場をしりぞいていく。
そしてその背後にあった集団に、眉をひそめてしまった。
全身に真っ黒なエナメル質のスーツを着込んだ、火炎放射器を手にした集団。
仲間の惨状を目にした背後のゾンビたちが、一目散に逃げ出していく。
それを見たエナメルの一部が、はじかれるようにその背後を追った。
おれが九死に一生を得たにもかかわらず、なぜかタタミちゃんは顔をしかめた。
「げっっ! こいつら、南家の連中じゃねえか!」
と言うことは、あのタチの悪い生徒会の書記の一門と言うことになる。
エナメルの集団の中から、かき分けるようにして前に進み出た者がいた。
2人組、しかも例の書記と同じく、口部分が上下に開閉する不気味な白マスクをつけている。
書記と違うのは髪型で、逆立てた金髪と茶色のロン毛と言うラインナップ。
「これはこれは、狛田村のご令嬢ではございませんか。
どうも、ご機嫌うるわしゅう」
2人は同時に胸に手を当て、ていねいに頭を下げる。
「お久しぶりでございます。
鳴神家嫡男、『嶽斗』。
そして次男の『聡』にございます。
弟の与奇助がお世話になっているようですが、息災でありますでしょうか?」
手ぶりからロン毛のほうが長男で、金髪が弟だとわかる。
言葉づかいは三男と同じくていねいだが、マスクの奥の目つきを見れば性格もそっくりなのはよくわかる。
「ええ、だいぶお世話になっているわ。
あなたたちと同じく、ずいぶん面倒見のいい性格をしてるのね」
口調はとげとげしく全くホメていない沙耶の言い方にも、ロン毛は優雅に頭を下げる。
「さようですか。弟は放蕩者なので、生徒会においても粗相がないかと心配していたのですが、立派に職務を果たしているようで、安心しました」
「この人たち、文句つけるとどなるタイプ?」
沙耶とタタミちゃんは両方首を振ったので、おれは鳴神兄弟を思い切りにらみつけた。
「じゃあ言うけど……安心しましたじゃねえよ!
こっちは命を狙われてんだよ! お前ら兄だろ!?
うちの学校で好き放題やってる弟をなんとかしろよ!」
「すると、こちらにおられる方が例の人間、と言うことですか?」
金髪はよりによって沙耶に問いかける。なにげに失礼だ。
沙耶は眉をひそめてこちらの方をうかがった。おれはうなずいた。
すると、兄弟はそろいもそろって、「ククククク……」と声を低くして笑った。
「これはこれは、安国学園教頭も、またずいぶん地味な方をお連れしたのですね」
金髪の言葉におれは絶句。
ロン毛がさらに続ける。
「聞くところによると、そちらの方は少年野球で活躍されたそうじゃありませんか。
てっきりもっとたくましい風貌の方と思いきや、こんなさえない細っこい身体の方だとは、いやいや、なんともおどろかされました」
「な、なんだとおぉう!?
そんなことねえぞ!? こう見えても身体はバッチリ鍛えてるんだ!
ほら、この腕を見てみろ! カッコよくスジが入ってバッキバキだぞ!?
なんなら6つに割れた腹筋も見せてやろうか!?」
そう言って白シャツの下のタンクトップをまくり上げようとすると、タタミちゃんが顔を赤くしてあわてて止める。
「新介そんなことしなくていいから!
こんな奴らに自慢の細マッチョを見せつけなくてもいいよっ!?」
それを見たロン毛がクスクスと笑う。
「見てくれはともかく、愉快な御仁ではありますね。なにも我々の前で即興のコントなどなされなくても」
おれとタタミちゃんはそろって兄弟をにらみつけた。
しかし相手は全く意に介さない様子で、沙耶の方に目を向けた。
「それはそうと、狛田村のお嬢様。
あなたもそちらのお2人を連れて、とっとと非難されてはどうですか?
ここにいると、はっきり申し上げて、邪魔なんですよ」
「ムチャクチャな物言いをするのね。
お願いするのか命令するのかどっちかにしてちょうだい」
金髪がまたしても声を低くして笑う。
「それとも強引にここに残りますか?
敵方は神出鬼没だ。先ほどのようにこちらの方をまた危険にさらさせてもよいのなら、我々も特に何も申し上げませんが」
「くれぐれも、我々についていこうとなされないよう。
間違って手前の火炎放射器で焼いてしまうこともあり得ますゆえ」
そう言ってこちらを横目でにらむ。
邪魔するつもりなら容赦なく焼いてやる、という意味だ。
「言われなくとも、あなた方とともに行動するのはこちらから願い下げだわ。
わが家に属する守備隊に連絡を取って、すぐに迎えに来てもらうつもりよ」
「そうですか、それはよかった。
一刻も早く保護していただけるとよいですね」
ロン毛が慇懃に頭を下げたとき、後ろのほうで何か起こっていることに気がついた。
「おい、何やってんだよ……」
異様な光景だった。
手下のエナメル軍団が後方からやってきた大型トラック。
その荷台の中にポンポンと焼け焦げた死霊族を無遠慮に積み込んでいく。
その周囲ではエナメルの男たちが動かなくなった人々をズルズルと引きずっている。
「おい! 何やってんだよ!
その人たちまだ生きてんだぞっ! よしんば死んでたとしても扱いがひどすぎるぞ!」
ロン毛が腹が立つぐらいもったいぶったしぐさで髪をかきあげる。
「なにを言ってらっしゃるんですか?
転がっている身体はこんなにも数が多いんですから、いちいちていねいに運んでいる場合ではないでしょう? 我々は急ぐんですから」
「ちょっと待ってよ! 手足がバラバラにされてる人たちもいるんだよ!?
服は焼け焦げてるし、見分けがつかなくなったらどうすんの!?」
タタミちゃんが言っても、金髪は腕を組んで鼻で笑うだけだ。
「ご自分で探したらいいでしょう?
どうせ切り離された身体は本人としか適合しないんですから。
いつかはご自分の身体がちゃんと見つかりますよ」
あまりに冷たい言い方に、タタミちゃんが「いつか、いつかって……」とドン引きしていた。
沙耶が見かねて口を開く。
「あまりに人権を無視したやり方ね。
そんなことだから鳴神家は市民の信頼をどんどん失っていくのよ?」
すると、ロン毛はそっと黒いグローブに包まれた手を差し出してきた。
「お嬢様。『士農工商』と言うのはご存じで?」
「江戸時代の身分制度なんて誰でも知ってるわ。
いったい何が言いたいのかしら?」
あきらかに機嫌が悪くなっている沙耶に、金髪はクスクス笑う。
「士農工商制度はもともと儒教の考え方です。
国の根本をなすのは、国家運営に携わる官僚、そして軍人。
そして国家を支えるために必要不可欠なのが、彼らを食料面で支える農民たちです。
もちろん衣食住という考え方を用いれば職人の存在も必要不可欠だが、最後にあげた商人たちと言うのはなんなのでしょう?」
ロン毛が周囲を見まわし、あきれた声をあげる。
「この中心街は活気にあふれていますが、盛り立てている商売人たちは、果たして社会に必要なんですかねぇ?
はっきり言って、街に堕落をもたらしているようにしか思えませんが?」
なんて言い方なのだろう。
まるでそんな奴ら、どんなふうに扱ってもかまわないと言わんばかりじゃないか。
沙耶はますます不機嫌になり、腕を組んだ。
「経済というものが根本からわかっていない物言いね。
彼らが流通を担当しているからこそ、社会というものが成り立っているのよ?
そんなことは小学生でもわかるわ」
「ていうかそれ以前の問題でしょ!?
この人たちが全員このあたりに住んでるって決めつけるのもひどいんだけどっ!
アンタたちの知り合いだったらどうすんのっ!?」
タタミちゃんはすっとんきょうな声をあげるが、兄弟はまるで話を聞いていないと言わんばかりに、その場を立ち去ろうとする。
「おっと失礼。時間がございませんので、我々はこれにて」
「そろそろお迎えがやってくるのではございませんか?
先方が見えられましたら、あなた方はおとなしく安全な場所に身を隠したらいかがですか?」
「おいこらぁっ! 都合が悪くなると逃げんのかっ!」
「せいぜいちぢみあがっていればよろしいですね。では……」
そう言って人々を無造作に積み込むトラックとともに兄弟は去ってしまった。
「まったく何て奴らなの!?
要はめんどくさいからテキトーにやってるだけじゃない!」
腕を組みふてくされるタタミちゃんに、沙耶は彼女のほうを向いてうなずきかけた。
「あんな連中に任せてられないわ。
ここはなんとしてでも狛田村家が事態を掌握して、事件を解決するしかないわね」
そう言って意気込む沙耶だが、おれは心配になって呼び掛けた。
「気持ちはわかるけど沙耶、お前は陣頭指揮に立てる立場なのか?
ここはシンさんみたいなプロに任せといたほうがいいと思うけど?」
すると、沙耶はこちらを向いて挑発的な笑みを浮かべた。
「大丈夫よ。
わたしは狛田村家の重要な跡取り。今回の事件にも何らかの立場で指揮できるはずだわ」
「本当に大丈夫なのか?
認めたくないけど、あのイカレ兄弟が言ってることにも一理あるような」
「あら、おじけづいたのかしら?
新介君ってだまっておとなしくしてるタイプには思えないけど?」
おれがビビっているとでも思ったんだろう。
はっきり言って、その通りだ。
「今回は度が過ぎてる。見ただろ?
あのゾンビ軍団に対して、おれなんかホントなんにもできずにいた……」
言いながら、背筋がふるえそうになる。
顔に出てしまったのか、タタミちゃんが心配そうな視線を送ってくる。
沙耶も難しそうな顔で腕を組む。
「それもそうね。さすがに今回ばかりは新介君にできることはなさそうかしら。
新介君には、安全な場所に避難してもらいましょう」
おれが仕方なしにうなずいた時、遠くから声がかかった。
「おじょうさまぁ~~! ごぶじですかぁ~~~~~~~っっ!」
振り返ると、シンと同じワンショルダーの鎧を着た面々が急いでこちらにかけつけてくる。
それを見て、心の底から深い安堵のため息をつくおれだった。




