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(3)

 ついにこの時がやってきた。

 この試合に勝利すれば、我がアンガクの甲子園出場が決まる。

 話はだいぶハショってしまったが(発想ふくらまなくてスミマセン・by著者)、その道は並大抵のものではなかった。


 それが、ついに最後の試練にまでこぎつけた。

 これさえ勝ち抜けば、野球部は生徒会の魔の手から逃れることができる。

 絶対に負けられない戦いだ。


 それ以上に、個人的にはとても楽しみな試合でもある。

 都合がいいことに、繁野も1年生ながらレギュラーの座にこぎつけた。

 これも中学時代に数々の実績を残してきたたまものなのだろう。

 本人はまだ先輩たちの力にはほど遠いと言っているが、それでも同じグラウンドで戦えるのが待ち遠しくて仕方がない。


「おい、全員集合」


 主将の声に自分の世界に浸っていたメンバーたちが次々と集まる。おれもその1人だ。

 アンガクナインは円陣を組み、ほとんどが殺気に近い闘志をみなぎらせる。


「相手は東京でも有数の名門校。

 我々が決勝で戦うにふさわしい相手だ。全員、決して手を抜くな!」

「「「「うっっっす!」」」」

「そして負けは許されない。

 負けた瞬間に、我々はアンガクにいる限り一切試合ができなくなる。

 それは何としても阻止しなければならない。全員それを忘れるなっ!」

「「「「うっっっす!」」」」

「そして、勝利すればまさかまさかの甲子園だ!

 おれは子供のころからあの大舞台に立つことをずっと夢見てきた!

 みんな、このふがいない俺のために、その力を全部貸してくれっっ!」

「「「「……うっっっっっすっっっっ!」」」」


 非道丸はいったん息を深く吸い、思い切り声を張り上げた。


「ナッシング……」「「「「エーーーールスッッッ!」」」」

「……あのすみません。そのナッシングエルスってなんですか?

 正直応援団が叫んでるの聞いて意味わかんないんですけど」


 すると豹摩が思い切りバカにしたような顔つきになった。


「はぁ? お前何言ってんだよ。

 Nothing Elseは『他に何もない』、つまりオレたちは唯一無二の存在ってことだよ。

 お前、意外と英語力ないな」


 がく然とした。

 なんとなく日本語訳はしてみたが、その言葉にそんな意味があるとは思わなかった。

 どおりでおれは英語が苦手なわけだ。そりゃ志望校落ちたとカン違いするわ。


「……ナ、ナッシング、エーーーーーールスッッッ!」


 周囲がゲラゲラ笑うのを聞いて、おれは顔が真っ赤になった。

 もっともそれで緊張はほぐれたが。





「フレーーーッ! フレーーーッ! アーンーガークッッッ!」

「「「「フレッフレッアンガクッ、フレッフレッアンガクッッッ!」」」」

「ナッシング……」「「「「エーーーーールスッッッ!」」」」


 もう恥ずかしくないと思っていたが、聞いてみるとやはり恥ずかしい。

 あり得ないほど図体のデカい番長を抜いた応援団の声援を聞きながら、おれたちはマウンドの中央に横並びになった。

 チラリと少し横を見ると、ちゃっかりスタメン入りした繁野が不敵な笑みで親指を立てる。

 おれも同じしぐさを返した。


「……試合開始っっっ!」

「「「「っがいしまーーーーーーっっ!」」」」


 クルリとうしろを向くと、スタンドのアンガクサイドは言われたとおりに顔に色を塗っている。


「よかったぁ。みんな言うこと聞いてくれて。

 ま、沙耶は例外だけどまあいっか」


「おい、試合に集中しろよ。

 よけいなことで目をうばわれてトチったら一生恨むからな」


 かなりドスを聞かせておどしかけるチアキだが、おれはこっくりとうなずいた。

 もちろんまったく手を抜くつもりはない。

 戻ったところで、監督はおれたちに声をかける。


「今回は3人の投手にしっかり投げてもらう。

 先発は影乃。中継ぎは新介。そして抑えは豹摩だ。わかっているな」

「「「はい!」」」

「いいか。我々はこの試合に全力をかたむける。

 相手にとっても甲子園が目前に見えているなか、こちらはそれ以上に部の存続がかかっている。

 決して相手には同情するな。

 少なくとも、絶対に悔いの残るプレーだけはするな!」

「「「「はいっっっっ!」」」」


 いつもはヤンキーバリバリにしらけた態度をとるアンガクナインだが、この時ばかりは真剣そのものだった。

 もう態度をごまかす余裕も残っていないということだ。


「よしっ! 行けっっ!

 必ず生徒会がくやしがるような結果を残して来いっっ!」


 守備陣が立ちあがり、おれと豹摩を含めた数人が見送る。

 もともと野球部の人数は少ない。

 しかも何人かは普段から怪しい行動をとっているため、会場に連れてくることもできない。


 しかし、相手は強豪校。

 ベンチメンバーも充実し、応援も大多数だ。数だけを見れば圧倒的な劣勢だ。

 もちろん数イコール戦力じゃない。それに今日は、こちら側も応援団がいるんだ。

 おかげでチームには心なしかいつも以上に力が入っている。


 ところが、力が入りすぎた。

 マウンドに立つ影乃は明らかにガチガチになっていた。


「おら影乃っっ! リキみすぎだおらっ! もっと力抜け力をっ!」


 豹摩に言われても、影乃はひたすらオドオドするだけだ。

 相変わらずこちらに助けを求める視線を向けてきたので、おれはあわてて目を伏せた。


「うぅ、せっかくの決勝だから緊張するのはわかってるけどさ~」


 その時となりで立ち上がる音が聞こえた。

 おれはあわててマウンドに出ていく豹摩を止めようとしたが、間にあわなかった。


「……ざっけんじゃ、ねえよっっっ!」


 いきなり飛び蹴りをかまされ、影乃は思い切り地面にたたきつけられる。

 さっそく球審が反則のジェスチャーをした。おれは顔を手でおおった。


「だーかーらー豹摩はそうやってよけいなことをすんじゃねえっっっ!」





 もっともそのおかげで緊張がほぐれたのか、影乃は好投を続け初回を無失点に抑えた。


「スリーアウトジェンジッッ!」言われたバッターは思い切りバットを地面にたたきつけた。


「なんなんだあの化け物! もはや人間じゃねえっ!」


 そんな姿を見て、おれはひそめた声をあげてしまう。


「……ま、人間じゃないんだけどね。あは、あははははは……」


 歓声(かんせい)が上がるなか、影乃は笑顔でベンチに戻ってきた。

 おれは顔を引きしめる。


「影乃、調子に乗るなよ。

 あの状態であんなあわてぶりじゃ、まだまだおれの代わりは任せらんねえからな」


 しかしおれに冷たく突き放され、ガックリと肩を落とす。

 監督は苦笑いを浮かべた。


「まあそう言うな。

 決勝の舞台、おれはうまくやってると思うぞ。この調子でもっと奴らを静めてやれ」


「うっすっ!」影乃は気を取り直してベンチに座った。

 おれはうなずいて、マウンドに目を向けた。


 そしておどろいた。

 先発ピッチャーは、よりによってあの繁野なのだ。

 奴はこっちのほうに顔を向けて真っすぐ指をさしてくる。

 おれは思わず笑ってしまった。


「あれがお前の幼なじみか。

 1年ながらに先発を任されるとは、奴もよく認められたものだ」


 主将に問われ、おれはしっかりとうなずいた。


「ええ、すごい奴です。

 おれと同じく、リトルリーグ時代の監督の哲学をしっかりと受け継いでいる奴です」


 喜ぶおれとは対照的に、主将は難しい顔で「強敵だな……」とつぶやく。

 それを見ておれはまたしてもクスリとしてしまう。


『1番。ショート、馬場君』


 ヘルメットをかぶったギョロ目の怪人が、マウンドに向かった。

 とても高校生とは思えない(留年してるらしいが)異様な風貌(ふうぼう)のバッター相手に、さすがの繁野も緊張を隠せない様子。


「今さら言うのもなんだが、葬也の本領はやわらかい全身を活かしたフルスィングだ。

 ひとたびバットが当たれば、はじかれたボールは誰にもとることができない」


 いよいよ待ちに待った、繁野の第一球。

 ストレート。すかさず狙いをつけた葬也だが、ボールはまたたく間にキャッチャーミットに吸い込まれた。

 それを見てギョロ目はおどろく顔をする。

 そばにいた2年生の良心、華鷹(はなたか)が声をあげた。


「いいピッチングじゃないか!

 1年生であれほどの球を投げられるのはあまりいないぞ!」

「ええ、でも奴の得意はストレートだけじゃないですよ」


 第2球。ふたたび真っすぐ投げられたボールは、しかし直前で真下に折れまがった。

 しかも葬也は軽くバットを振ってしまっている。

 主将は思わず顔をおおった。


「なんてこった! 奴は変化球も得意としてるのか!

 どおりで1年でマウンドに立てるわけだ!」

「ええ、しかもあいつはストレートもピカイチ。

 はっきり言って、投球ではおれより上です」

「まずい相手に当たったな。この試合、勝てるのか?」


 ゆっくり首を振る主将に対し、おれは笑顔を向けた。


「言ったでしょう。投球では上って。

 それだけじゃ、このおれには勝てませんよ」


 主将はチラリとこちらを向いて、納得したようにうなずく。


「なるほど。

 なら、お前は奴に対してどう対処すべきだと思う?」

「まずは様子を見ましょう。一巡して、うまく対策を立てます」

『2番。センター、弐嶺(にれい)君』


 続いてバッターボックスに立つのは、小柄なチアキ。

 だが対戦相手はコイツこそが最も警戒すべき相手の1人だと知っている。


 相手キャッチャーが繁野にジェスチャーを送る。それに対し繁野はうんうんと何度もうなずく。

 うちのチームはこういうことができない。

 キャッチャーの頭がそれほどよくないからだ。


 しかしあまり心配はしていない。

 チアキには人間ではとうてい追いつかない動体視力があり、相手のどんなわずかな挙動でも見逃さないからだ。

 当然、チアキはこの時も余裕しゃくしゃくでバットを構えていた。

 対する繁野は闘志をギラギラみなぎらせ、構えを取った。

 第1球、繁野がボールを投げる挙動を取ったとたん、チアキの目がギラリと光った気がした。


 ところが放たれたボールを、チアキは見事に空振りしてしまった。

 これにはベンチメンバーがそろって全員立ち上がる。


「な、なんだこりゃあっ!

 チアキがストライク取られるなんて初めて見たぞっっ!」


 クルガが声をあげるのも無理はない。

 まさか、人間相手にチアキの視力が追いつかないとは。

 繁野がこちらの方見て、ニヤリと笑った。

 おれは力を失って座り込んだ。


「これは、いったいどういうことなんだ!? 新介、理由がわかるか!」


 監督があわてて呼びかける、おれは力なくうなずいた。


「戦いも終盤。敵は死ぬほどおれたちの戦いぶりを観察しています。

 いくらチアキ先輩が強いからって、何度も戦えばそれなりにやり方が見えてくる。

 よく見れば、チアキ先輩の闘い方にはある程度のパターンがあります。余裕ぶっているせいか、それを変えようとしません。

 そこを敵に見抜かれたのでしょう」


 言われ、納得したメンバーはそろって席に着いた。

 主将にいたっては早くも深刻な表情になっている。


「これが、決勝戦か。この戦い、荒れるぞ……」


 おれはうなずく。

 あわてたのか、それともヤケになったのか。

 チアキはその後も精彩を欠き、本大会で初めてアウトを取られた。





「スリーアウトチェンジッッ!」


 戻ってきた非道丸は、それこそまずい表情になっていた。

 彼の場合は特殊能力が封じられているのだから無理もないが、それでも危機的な予感を感じているようだ。


「これはまずい……まずいぞ……」


 それを聞いたナインが、それこそ顔をいっせいにこわばらせる。

 おれはあわてて首を振った。


「初回でそう判断するのはまずい。

 おれと監督がうまく対策を練ります。主将はもう少し落ち着いてください」


 言われ、主将はしぶしぶうなずいた。

 少し落ち着いたところで、今度は守備のためにほとんどのメンバーが立ちあがり、グラウンドに向かった。

 おれはひそかに監督に目配せして、人気にない場所に誘った。

 相手は真剣な表情で問いかけた。


「実際のところ、どうなんだね」


 おれは他のメンバーが聞き耳を立てていることを承知で、声を最大限ひそめる。


「かなりまずい状況です。

 我々と敵チームでは、かなりできがちがう」


「くわしく分析できるか?」おれはうなずく。


「かなり選りすぐられたスタメンです。

 普通高校野球の選手と言えば、作戦を監督任せにしてしまっていることが多い。

 だけど今回の相手は、それぞれの選手が独立してきちんと考えている節がある。

 きっとメンバー1人1人が独自の野球論を持っているのでしょう。

 それを対戦前に監督と打ち合わせしあい、照らし合わせて慎重に対策を練っている可能性が高い」

「ミーティングに時間を割いているのは我々も一緒だ。

 我々と何がちがう?」

「対してうちのメンバーは頭を使うことを嫌ってる奴が多い。

 しょせん人間が相手だとナメてかかっている節もある。

 心構えからして相手と違ってます」

「どうする? どうすれば奴らに勝てる?」


 動揺(どうよう)しまくる監督に、おれは手のひらを向けた。


「監督も落ち着いて。もう少し様子を見させてください。

 まだ初回が終わったばかり、なんとか対策を考えます」


 これまでにない取り乱しようを見せる監督をふたたびベンチに座らせ、おれも腰を落ち着けた。

 しかしおれは顔色をみんなに見せないよう、必死に別のほうを向いた。


 おれの顔には、いやらしい笑みが浮かんでいたからだ。

 不謹慎(ふきんしん)にもおれはこの状況に喜びのようなものを感じてしまっている。

……繁野、お前いいチームに入ったじゃないか。





 まずい状況に影乃も動揺したのか、ピッチングがあきらかに乱れた。

 こればかりは奴自身のせいとは言い切れない。


 手元が狂い、予定とは違ってストレートが投げ込まれた。

 しかも急速が遅く、ボールは見事にバッターに打ち抜かれ、空高く舞い上がる。

 チアキが名誉挽回とばかりにうまくキャッチしたが、その間に1点を先制される。

 チーム内に動揺が広がる。おれは手をあげた。


「投手交代だっ! おれが入る!」


 それを聞いたとたん、影乃がこれ以上ないくらいに目を見開く。

 おれは帽子をかぶりグローブをはめ、すぐに影乃のもとへ急いだ。


「もう無理はするな。点を入れられたのはお前のせいじゃない。

 みんな動揺してる。これからはおれがマウンドに立って、みんなを引っ張る」

「バカな! 交代が早すぎるぞ!

 もうちょっと、もうちょっとだけやらせてくれ!」


 必死に抗弁する奴に向かって、おれはその肩を叩いた。


「お前が立ち直る前にさらに点を入れられたらどうする?

 いいからおれに任せとけ。絶対に奴らは抑えとくから」


 それでも影乃は気まずそうな顔でうつむき、「すまん」と言ってベンチに戻っていった。

 それを見送ってから、ひるがえって相手側ベンチを見る。

 ついに自分と同じマウンドに立ったことにほくそ笑む繁野ではなく、ちょっと離れた場所にいる相手監督に目を向けた。

 評判がいいのは知っていたが、自分の目で確かめると迫力がちがう。

 うちの監督も頭は悪くないが、彼は相当の切れ者のように見えた。


「ちきしょう、こっちだって負けれられるか。おれたちには、後がないんだ……」


 そう言って正面に向き直る。

 待ちかまえるバッターも利発そうで、相当苦戦が予想された。





 苦戦しながらも、おれは好投を続けた。

 できるだけ登板をひかえたおかげで、おれはまだ何とか投げ続けることができる。

 腕にはわずかにしびれのようなものが宿っているが。


 しかし、連中がわずかに目配せしているのが気にかかった。

 おれはその意味を考える。


 間違いない。奴らはおれらの弱点を知っている。

 慎重に、頭の中で対策を考える。

 全神経を研ぎ澄まし、相手側に悟られないように周囲をうかがう。


 おれはあえて真後ろに向かってボールを投げた。

 すでに2塁を出走していたランナーは意表を突かれ、あわてて戻るがその頃にはセカンドのクルガがボールを受け取ってた。

 ランナーが思わず地面を殴りつけている間に、偏光グラスのクルガは不敵な笑みを浮かべてボールを返してくる。

 さすがに知覚能力が異常に発達しているだけあって、突然の対応もお手のものだ。


 相手チームはおれの予想以上の読みに警戒しているようだ。

 繁野だけが納得して笑みを浮かべている。

 おれは横目でナメてんじゃねえぞ、とクギを指した。


 わずかながら、応援席から歓声が上がる。

 相手チームに比べたらわずかばかりだが、それでもみんなの必死さが伝わってくる。

 沙耶もタタミちゃんも一生懸命応援してくれているんだろうが、目を向ければやる気がなえる気がしてそれはできなかった。


 さて、おれの洞察力は今回も通用するのはわかった。

 しかし油断はできない。

 うちのキャッチャー勢尊は図体こそデカいが頭はよろしくないので、バッテリーとしては相性最悪だ。

 おれは自分の力だけで背後に精いっぱい気を使わなければならない。

 さっきと同じように相手は間違いなくそこをついてくるだろう。

 一瞬たりとも気を抜けない。


 それと、腕の調子も気にかけなきゃいけない。

 今のところはなんとか投げ続けていられるが、それが長続きしないのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。

 こっちの方にも気を使わなければならないとは、なんともいそがしい。


 せめて、おれの意気込みがみんなに伝わってくれればいいが。

 みんなが必死にどうやってこの試合を戦えばいいか各々に考えてくれないと、この試合は勝てない。





 試合はいよいよ中盤に差し掛かった。

 わがチームは相手側に完全に動きを読まれ、うまく攻めることができない。

 対する相手チームもおれがうまく抑え込んでいるが、おかげですっかりくたびれてしまいうまく集中できなくなってしまった。


 1塁にはなんとかクルガが進んでいるが、すでに2アウト。

 この回はもう後がない。


「新介、ここはおれの力を使っていいか?」


 おれは暗塵にうなずくが、しかしすぐに考え込む。


「華鷹の攻撃だが、うまく行くのか?

 ホームランを打てればいいがそうじゃなきゃ次はお前なんだぞ?」

「わかってるさ。おれだって、このままじゃ終われねえ」


 チラリと視線を向けた。相手は向こうを向いたままだ。

 それをいいことにおれは眉をひそめる。


 暗塵は、野球人としてはそれほど腕がいいわけじゃない。

 それでもこの場に呼んだのは奴には昆虫を自在に操る能力があるからだ。

 それを使って敵を撹乱(かくらん)し、これまで数々のピンチを乗り切ってきた。

 しかしこのタイミングで切り札を出すとは、どういうことだろう。


 しかも奴の方から言い出すのはほとんどなかった。

 ましてやこんなふうにせっぱつまった様子で自分から切り出すとは珍しい。


 何か意図があるな。おれは考えた。

 しかし皆目見当がつかない。


「いいか新介。今回はタイミングをおれに任せてくれ。

 大丈夫だ、ちゃんと考えがある」


 おれは腕を組んだ。そして深く考え込む。

 こいつは頭は悪くないが、野球への情熱が少ない奴にうまく情勢を見極められるか。


「……わかりました。任せましょう。

 先輩、好きな時に虫を放ってください」


 言うやいなや、先輩の襟もとから白いハエが舞い上がった。

 ふわふわとあたりをただよいながら、ゆっくりマウンドに向かっていく。

 反対側では監督が大丈夫なのかと言う視線を向けるが、おれはしっかりとうなずいた。


 華鷹が2ストライクを取られたところで、突然繁野が身じろぎした。

 周囲をハエが飛びまわっているせいで集中できないらしい。


 それでも繁野はボールを投げた。

 高めのストレートらしいが、華鷹は意を決してバットを振った。


 かなり高い打球だが、あと少しのところでバックスタンドの壁にぶつかった。

 その間にクルガと影乃は必死で走るが、どちらも2塁3塁で足止めを食らってしまった。

 となれば、次は暗塵が自ら出ることになるわけだ。


「暗塵か。

 奴のバッティングセンスはいまいちだ。とても期待はできんな」


 監督は言うが、おれには奴の本気が見えた。

 今までは仲間を救うためにイヤイヤやっていた奴が、今は意気込みがちがう。


 バッターボックスに張り、バットを振り回す暗塵の目は真剣そのもの。

 問題はその闘志がバッティングに結びつくかどうか。


「……ストラーイクッ!」


 いきなり1本とられた。

 チームメイトからは軽い悲鳴のようなものがあがるが、おれは落ち着いて前を見据える。

 その後ボールを2つ取った後、またしても「ストラーイクッ!」の声が。


「ダメだ、あいつさっきから全然虫を使ってない。

 本気で打つつもりあるのか?」


 思わず葬也が声をあげる。しかしおれは声をあげた。


「いいからだまって、奴のことを信じてあげて下さい!」


 かなり強い口調になってしまった。

 葬也はため息をつくが、おれは両手を組んで必死に祈った。

 繁野の投球。

 その時、暗塵の目の色が変わった気がした。


 思い切りフルスィングする。

 バットは見事ボールにあたり、繁野のそばをかすめるようにしてまっすぐすりぬけていく。


「よっしゃっっ! 打った! 行けっ!」


 当然のごとくクルガと影乃がかけぬける。

 センターがボールを受け取りサードに投げるが、すでに影乃はベースに足をつけていた。

 同じタイミングでクルガがスライディングし、土煙をたてながらホームベースに靴の裏をぶち当てた。


「「「「おおっしゃぁぁぁっっ!」」」」


 ようやく1点が入った。

 これで同点。しかし油断はできない。


 なぜなら次のバッターボックスには、スタメンで最弱の一蔵がひかえているからだ。

 戻ってきたクルガをハイタッチで迎えつつ、目線はしっかり頼りなさげなバッターに目を向ける。


 どこか軽快な足取りで、バッターボックスに立つ一蔵。

 ヘラヘラ笑いつつ、なんともなしにバットを構える。

 対する繁野の奴も、こいつに関してはまったくノーマークと言わんばかりだ。


 しかし、暗塵だけは違った。

 その鋭い瞳はまっすぐ相手を見据え、じっくりタイミングをはかっているように見える。

 おれはその姿を冷静に見守る。


 繁野は投球フォームに入る。

 いきなりストレートで仕留めにかかる、そうおれは直感した。

 その時、繁野の視界を何かがかすめた。

 奴の手元が狂ったように見えた。

 投げ出されたボールの勢いはそがれたが、軌道がやや低すぎる。


 しかし、そんなことはアホな一蔵にはどうでもよかった。

 思い切り振りかぶった奴のバットは、見事ヒット。

 しかもよりによって空高く舞い上がっていく。


 おれは思わず立ち上がった。

 周囲はその意味がわからず、思わずこちらに視線を向ける。

 打球はどんどん高く舞い上がって行き、とうとうバックヤードの壁を越えた。

 掲示板の下にあたり、すぐに壁の中に消えた。


「ほ、ほ、ホームランッッッ!?」


 繁野がすっとんきょうな声をあげた。

 そりゃそうだろう。見るからに実力もやる気もなさそうな奴が、よりによって本日一番の打球を放ったのだから。


 一蔵が大はしゃぎしてグラウンドを駆け回っていく。

 それに対し、暗塵はどこか堂々とした様子でベースラインを走り抜ける。

 先にホームインしていたマジメ部員華鷹は、今までやる気を見せていなかった同級生に対し不思議なものを見る目を送る。


 戻ってきた影乃に対して、おれたちはハイタッチで迎えた。

 しかし続いて現れた暗塵は、ベンチ前で立ち止まった。


「お前ら全員に言いたいことがある。

 この試合、ちったあ頭使わねえと勝てねえぞ」


 その一声に全員が押し黙った。


「ここにいるだいたいが頭を使うのが苦手なのはわかってる。

 だけどな、それでも必死で考えろ。

 自分にいったい何ができるのか、この試合でなにをすべきなのか、一生懸命考えてみろ。

 あんだけのやっかいな奴らに勝つには、もうそれしかない」


 暗塵の言葉を聞くにつれて、場の雰囲気が変わった。

 間違いない、ただがむしゃらに突き進むしか能がないわがアンガクナインに、何か変化が起こった。

 その瞬間をおれは確かに感じたのだ。


 おれは思わず暗塵に向かって笑顔で親指を立てた。

 ようやく戻ってきた相手はうんざりした顔で一瞥(いちべつ)してきた。


 ふと、一蔵を見た。

 こいつと控えの仁蔵の兄弟だけはアホみたいにすっとぼけている。

 まあこいつらには何を期待してもムダだ。だまって暗塵に利用されるのが関の山だろう。


 ここで異変に気づいた。

 グラウンドを見ると、繁野が相手側の主将に叱責(しっせき)を受けている。

 その主将が、球審を向いた。


「投手交代だ!」


 おれは思わず繁野と目を合わせた。

 帽子をとり、会釈(えしゃく)をたれる繁野。

 おれと奴との直接対決が終わってしまったみたいで、なんだかさびしかった。


 しかし新たに現れた投手を見て、おれたちは緊張におそわれた。

 奴は相手チームの中でも最強のストッパー。

 目つきは鋭く、大柄な肉体は威圧感を感じさせる。


 それを対戦半ばで投入されたのだ。

 波乱の展開は、まだまだ終わらない。

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