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(2)

※おわびとお知らせ


 すみません、展開がかなり早いです。サラサラと流してしまってすみません。

 そもそも本作が野球メインではないということもあるのですが、実はもう1エピソード、野球部編を考えていたんです。

 しかしうまく構想がまとまらず、本編での展開をあきらめざるをえませんでした。

 とはいえようやく構想がまとまったので、後日番外編として披露いたします。時期は未定ですが、しばらくお待ちください。

「もうすぐ準決勝ね。

 まさか本当にここまで勝ちあがってくるなんて。正直信じてなかったわ」


 保険医のミカ先生に片腕で腕の調子を見られながら、おれは思わず吹き出した。


「それ、送迎のレイカさんにも言われましたよ。

 ていうかいろんなところで言われる」

「それもそうね。

 だっていくらポテンシャルがあるからって、アンガクは高校野球初出場。

 おどろかれても仕方ないわ。

 あなただって2年のブランクがあるわけでしょう?

 それでよく本気の高校球児相手にあなたの投球が通用するわね」

「練習を工夫したおかげですよ。

 とりあえず筋トレとランニングで基礎体力をあげて、動画でフォームを改善しながら投球練習は最小限に抑えました」

「そう、だからいまにも限界が来そうな腕でもあれだけ敵と渡り合えるのね」


 言いつつ、ミカ先生は複雑な面持ちでおれの腕をながめる。

 その様子が気がかりで、おれは先生の顔をまじまじと見た。


「先生、正直言ってください。おれの腕、どこまでもちます?」


 相手は見返した後、すぐに目を伏せた。


「あなた相手に隠してもしょうがないから、はっきり言うわね。

 この様子だと、あと1,2回の試合が精いっぱいだわ」


 それを聞いて、おれはむしろ顔をほころばせた。


「……よかった! 決勝戦にはおれの幼なじみが出るんです!

 どうしてもその試合には出たかったから、ホントによかった!」


 涙ぐむおれを見て、ミカ先生はまじまじとおれの顔を見る。


「どうしてそんなことで喜べるの?

 あなた、ひょっとしたら甲子園に出られないのかもしれないのよ?」

「別にいいですよ、甲子園なんて。別に有名人になりたいわけじゃないし。

 ていうか、とっくにおれの存在全国のテレビに流れちゃってるし」


「悲運の高校球児、最後の夢をかけてマウンドに立つ」。思いだしただけで恥ずかしい。


「ずいぶんとおかしなこと言うのね。

 甲子園なんて、すべての野球少年にとって夢みたいな所じゃない」

「主将にとってはね。

 でもおれにとっては違う。もうあそこに自分の夢は見ませんよ」


 不思議なものを見る先生の視線に耐えられず、おれは丸イスを経って窓際のほうに向かった。


「怖いんですよ、マウンドに立つことが。

 おれが対戦相手をねじ伏せることで、その瞬間に彼らの甲子園への夢は終わるんです。

 それを延々、続けなきゃいけない。何度も、何度も」

「そんなことは相手側も百も承知(しょうち)じゃない。それがわかっててみんな戦うのよ。

 後悔するのは、本気で戦うことができなかった奴だけよ?」

「わかってます。でも……」


 おれは少しだけ振り返り、すぐに前を向いた。

 窓の外はうっすらとした霧が強い太陽の光に照らされている。


「全国4000校のうち、甲子園に出られるのは49校だけです。

 対して死霊族の野球大会は16校しかない。

 考えてみれば異常じゃないですか?

 しかも本選は全国生中継。それを日本中の人々が注目する。

 メディアがあおりにあおったおかげで、たかが高校生の野球が全国の人々の熱狂をかき集めてるんです」


 言いながら、なんだか悲しくなってきた。


「かわいそう、だとは思いませんけど。

 少なくともおれはその中に混じりたくないんです。

 注目を集め、もてはやされる。

 普通の奴なら情熱ではね返せるけど、おれにはもう無理です。

 おびただしい数の高校生のくやし涙を飲みこんできた高校野球の、一歩間違えれば狂気に近い熱狂のうずに巻き込まれたくない。

 めちゃくちゃ怖いです」

「正直、わたし高校野球の大ファンなのよ」


 思わず振り返ると、メガネをはずして口にくわえ、残った手を使って白いハンカチでぬぐっている先生の姿が見えた。

 当然しゃべれないので待つしかない。

 ようやくメガネをつけなおした先生は位置を直しながらあわれむような目を向ける。


「はっきり言っていい?

 普通の高校生とは思えない発言ね。どうしてそんなこと言えるのかしら?」

「ハハハ。

 普通じゃないから、おれはこんなところにいるんじゃないですか?」


 先生は舌打ちまじりに「それもそうだったわ」とつぶやく。

 おれは笑いながら続ける。


「だけど、きっかけは一度野球をやめたからだと思います。

 夢だった甲子園をあきらめると、その本質が見えてくる。

 人々を熱狂にさそう甲子園の正体がいったい何なのか、冷静になってみるとわかってくるんです」

「あなたが甲子園に間に合わなくても後悔しない理由はわかったわ。

 でも、よくそんな調子で戦えるわね」


 ため息まじりに言われると、おれは照れくさくなって頭をかいた。


「まあ、ひとえに野球部のみんなのためですからね。

 それに、決勝も楽しみだ。それがある限りはおれも一生懸命戦えますよ」


 そう言われ、先生の顔にようやく笑みが戻った。


「甲子園、出場かなうといいわね。楽しみに待ってるわ」


 おれはこっくりとうなずいた。





 準決勝試合、我々はピンチの追い込まれていた。


 おれは決勝のために力を温存していたのだが、それがよくなかったらしい。

 マウンドに立った影乃はヒットを何本も打たれ、3つのベースにはそれぞれランナーが待ち構えている。

 助けを求めるようにこちらを見たので、おれは「タイム!」と声をかけ、マウンドに向かった。


「影乃っ! 何度もおれを呼ぶな! その自信の無さがお前の弱点だぞ!」

「うぅっ、すまん……」


 いつになく余裕を失っている影乃。

 おれはその肩をがっちりとつかんだ。


「いいか。おれはあえて、お前にアドバイスは送らないぞ。

 お前自身が、自分の頭で考えるんだ」


 本当に困った顔をする影乃だが、おれは首を振り、ベンチに戻った。

 そこへすかさず監督が声をかける。


「彼をあれほど追いつめてしまっていいのか?

 もしここで点を入れられたら、わがチームは負けが確実になるぞ?」

「いいんです。影乃もいずれは、おれの支えなしで野球部を盛り立てていかなきゃいけない。

 ここで成長しなきゃ、奴はいつまでたってもダメです」


 しかし、マウンドの影乃はいまだに取り乱した様子で目を泳がせている。

 おれはギュウッと両手を組み、必死に念を送った。


 気付いてくれ。お前は、おれのやり方を十分学んだはずだ。


 念が通じたのか、急に影乃の態度が柔らかくなった。

 思いついたのか、それとも単に開き直ったのか。

 どちらでもいい、ヤケクソになるのだけはやめてくれ。

 影乃はちゅうちょなくボールを投げた。そのとたん、おれは勝利を確信した。


「……ストラーイクッッ!」


 ここで思わずこちら側の何人かが立ちあがった。

 一種の障害者と言う設定で目に偏光グラスをかけたクルガがさけぶ。


「ああっ! あの野郎、ヤケクソになって変化球を全力で投げやがった!

 あんな早い変化球あるか!」

「いや、これでいい。

 1試合くらい、奴が全力でボールを投げたっていいんだ。

 勝てばいい、なんとか勝てば、それですむ」


 先輩たちはこちらにチラリと視線を向けただけだったが、監督だけは意味深な目を送ってきた。

 おれの言葉にあきらめに近いものがあるものを悟ったらしい。





「よっしゃ~っ! やった、やったぞっ! ついに決勝進出だっ!

 すごいぞっ! おれら、本当に甲子園に出れるかもしれねぇっっ!」


 暗塵が全力ではしゃぐ。

 虫を使って相手を撹乱(かくらん)する以外は特に目立った活躍がなかっただけに、その喜びもひとしおのようだ。

 他の先輩方もその波にのまれ、とても楽しそうだ。


 そんな和気あいあいの控え室。おれは少し離れ、腕の様子を探っていた。


「大丈夫か?」主将がおれのとなりに座る。

 チラリと目を向け、こっくりとうなずいた。

「なんとか決勝に間にあいそうです。

 今日の試合、影乃と豹摩に任せておいてホントに良かった」

「ははは、ずいぶん危なっかしい試合になったがな。

 影乃はともかく、豹摩はすぐ調子に乗るクセがあるからな。見てられん」


 おれも軽く笑うと、複雑な表情を浮かべている主将に気づく。

 おれはあえて言葉をかけない。


「甲子園はおれの夢だ。

 だからその機会を与えてくれたお前には、どんなに感謝してもしきれない」

「主将、おれに礼を言うのは大会が終わってからじゃないんですか?

 いいんですかまだ最後の試練が待ってるって言うのに」


 そういうと、主将はおれの肩をポンと叩いた。


「無理するな、と言うことだ。

 いいんだぞ。お前は自分のことを考えていればいい。

 俺たちのことは、もう心配するな」


 そう言って主将は立ち上がった。

 おれは顔をしかめながら言う。


「おいちょっとあんた体重かけただろ!

 効き腕なんだからやめてくれよ! 逆の意味で心配になるよ!」


 主将は「ははは、すまんすまん」と言いながら仲間のもとへと戻っていった。

 おれは肩をゆさぶりつつ、それなりに気づかってくれた非道丸に感謝した。





『うっひょー! マジでやりやがったよ!

 明日決勝なんでしょっ!? ヤバいマジでうれしいわこれっ!』


 電話口でタタミちゃんはやたらとさわぐ。

 おれは少し耳を離した。


「はしゃぎすぎだよ。まあ、気持ちはわからなくもないけど」

『ああ、それと大ニュース!

 ようやく許可が出て、アタシたちようやく会場に応援に行けることになったんだよね! やったー!』

「おう、マジでかっ!? ていうか、大丈夫なのか?」

『事前に厳しい審査があったけどねー。ま、アタシは余裕で合格できたけど』

「そっか。

 タタミちゃんが応援に来てくれるなら、これほど心強いもんはないな」

『他のみんなも行くよ!?

 え~っとぉ~、キースでしょ? ミノンでしょ? 弥子でしょ?

 あ、ヒャッパは審査に落ちました!』

「大丈夫かよアイツ。将来は政府の下で働くんだろ?」

『ニャハハハ、アタシャどうでもいいけどね。

 ついでに、この人も行きま~す!』


 何かがぶつかるような音が聞こえ、電話の主が変わった。


『お、おめでとう、新介君。

 まさか本当に決勝進出できるとは思わなかったわ。心から、あなたたちを祝福します』

「相変わらず口調がおカタいな沙耶は。

 で、お前大丈夫なの?」


 相手は「なにが?」と問いかける。

 おれはすぐに「ごめん、なんでもない」と答えた。

 よく考えれば一緒に東京に行ったこともある仲だ。


『大丈夫かどうかは、新介君のほうでしょ。

 腕の調子、あまりよくないと聞いたわよ』

「それなら大丈夫だよ。明日の試合は全力で打ち込めるようにちゃんとやってる。

 幼なじみが相手だから、絶対戦いたいんだよね」


 それを聞くと、沙耶はむしろ不安げな声色になった。


『甲子園はどうでもいいって聞いたけど、本当に大丈夫?

 もしかしたら、あなたも甲子園の土を踏めるかもしれないのに』

「理由はちゃんと話しただろ?

 おれはあんなところで燃え上がるタイプじゃねえよ」

『新介君って、変わった人なのね。ずいぶん前からわかってたけど』

「お前さんにゃ言われたかねえよ。

 じゃ、電話切るけどタタミちゃんに変わらなくていい?」

『大丈夫よ。

 それじゃ、今日はゆっくり休んでね。おやすみなさい』


 タタミちゃんが割り込むように『ばいば~いっ!』と言った。

 おれは笑いながら「おやすみ」と言い、電話を切った。

 静かになった。

 もとい影乃がグゥグゥいびきを立てるなか、おれはそっとスマホを胸に当て、暗い窓の外を見た。


 いよいよ決勝か。

 自分でそこまでたどり着くと宣言したのに、今さらながら信じられない気持ちにかられた。


 もちろん、野球部を救うという大義名分もある。

 だけどそれ以上にここまで勝ち進めてこれたのは、きっとあいつのおかげだ。


 繁野。これ以上ない対戦相手と再会したおかげで、おれはここまでやって来れたのだ。

 奴も順調にここまで進み出た。

 ひょっとしたらあいつにも同じ効果が出たのかもしれない。


 今日は眠れる気がしない。それでもいい。

 とにもかくにも、明日の試合が待ちきれない。





 疲れていたのかさすがに眠れたので、朝はすっきりと目が覚めた。


「やっほーっ! あっそびにきったよ! 2人とも元気にしてる!?」


 朝食で早くもタタミちゃんたちがやってきた。数はゆうに50人くらいはいる。

 期待したよりは少なかったが、これでも政府にしてみれば精いっぱいなのだろう。

 沙耶はほほえみを浮かべて軽く手を振り、キースはキザっぽい笑みで手をあげる。

 ミノンちゃんと弥子ちゃんは大はしゃぎで手を振ってきた。


「ククククク、巌屋蛇々美(いわやたたみ)

 このおれが恋しくてここまでやってきたか」


 短髪を逆立てた暗塵がじりじりとタタミちゃんの方に近寄ってくる。

 もちろん相手は後ずさる。


「出た。元おかっぱのヘンタイ野郎。こっちくんな」

「ヘンタイ~?

 忘れたとは言わせねえぜ。お前がおれにたっぷりサービスしてくれたことはなぁ」

「いつまでも過去のことを持ちだすな!

 お前モテないわけじゃないんだから他を当たれよ!」

「その通りですよ先輩!

 おれだってこのあいだたっぷりサービスしてもらったんだから!

 もう自分だけがタタミちゃんの胸の感触知ってるだなんて調子に乗らないでくださいよっ!?」

「チッ! てめえもか。

 それじゃどっちがこいつを本気でホレさせるか、勝負だ」

「あのねえ。新介、殴るよ?」


 タタミちゃんの声はめずらしいくらいドスをきかせたものだったので、おれはペコリと頭を下げてその場を逃げ出した。

 が、途中で誰かにつかまる。


「おいおいちょっと待ちなさいよ!

 せっかくこっちもお祝いの言葉かけてやろうと思ってたのに逃げ出すんじゃないよ」


 ミノンちゃんである。

 となりを見ると、弥子ちゃんはこれ以上ないくらいに目をキラキラさせている。


「すっごぉ~~~~~~いっ!

 新介クン、本当に決勝に行っちゃったんだね。

 わたし正直信じてなかったから、本当にビックリしたよ!?」

「ああ、ありがとう。

 でもおれだけじゃないからな。他のみんなの努力もあるし。

 あと影乃にも同じ言葉をかけてやれな?」

「うん! 影乃クンもすごいよね!

 わたし中継見て、感動しちゃった!」

「はいはいそれは本人の前で言う。

 ほら、あそこにいるから行くよ?」


 ミノンちゃんに背中を押され、弥子ちゃんはあわてながら「がんばってね!」と手を振る。

 おれも手を振って返した。

 ふと顔を戻すと、そんな弥子ちゃんに遠くを見るような目を向ける沙耶の姿があった。


「あの子、前日まで東京行きにどうしようどうしようってあわててたのに。

 いざ本人を前にするとあんなにはしゃいじゃって。ホントにわかりやすい子ね」

「あははは、ていうか沙耶もホントに子供扱いだな。少しは同級生として見てやれよ。

 ま、気持ちもわからなくないけど」


 言いつつ、おれは沙耶の顔をまじまじと見つめた。


「どうしたの?

 今さらわたしの顔に見とれるなんて、恥ずかしいわ……」


 なにを考えたのかポッと顔を赤らめ、目を伏せてほおにそっと手を当てる沙耶。


「い、今さら見とれるだなんて。いやいつ見てもかわいいけどさ。

 それよりちょっと気になることがあって」


 そう言っておれは思い出したようにテーブルの上に並べられた道具をとり、沙耶に手渡した。


「これ、ファンデーション?

 わたしがおめかしする時よりも濃い色をしてるけど?」

「沙耶さまはおめかししなくても十分にきれいですよ。

 じゃなくって、これ、カモフラージュ用だから。ちゃんと顔に塗って」

「あら、わたし美白が自慢なのに、なんでこれを塗らなきゃいけないのかしら?」

「あのねぇ、沙耶だけじゃなくて死霊族全員が美白なんですよ。

 うちの学校の生徒がみんな塗りたくったような色白だったら普通の人間が怖がるでしょ。

 ほら、みんなにも手渡して」


 素直に色違いのファンデーションを受け取りながらも、沙耶はジト目を向けてくる。


「わたしは塗らないわよ?」

「わーったっ! わーったからさっさとみんなに手渡してくる!

 こばむ奴は説得しろよ!? 特に男子で色白って言うのはねえからな!

 男の肌は小麦色! これがベスト!」


 不満げにおれから離れる沙耶をしり目に、おれはパックを開いて鏡をうかがった。

 うん、いい具合にこんがり焼けてる。

 できれば顔や腕だけじゃなく全身も焼きたいのだが、今は大会に集中しなければ。早く日光浴がしたい。

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