(4)
戦いは終盤に差し掛かった。
新たに現れたピッチャーは相当手ごわく、アンガクナインは相当に攻めあぐねていた。
まともにヒットすら打たせてもらえない。
おれはと言えば、次々と迫る強打者をなんとかしのぎきっていた。
がその一方である種の予感も感じていた。
腕の痛みが、もう意識しないではいられないほどに強くなっている。
今のところは平静を取りつくろえているが、そのうち顔に出るのを抑えきれなくなるだろう。
後ろで何かが動いた気配がした。
思わず振り返ると、いつの間にかランナーが出塁している。
「しまったっっ!」あわててボールを投げたが、時すでに遅し。
3塁まで進まれてしまった。
「何やってんだ新介っ! 集中だ集中!」
ベンチの豹摩はのんきにもそんなことを言う。
そんなんだから、こいつにはなかなか任せられないんだ。
「落ちつけ、豹摩の言うことを気にするな。自分のやりたいようにやれ」
おれは主将の忠告に顔を向けずにうなずいた。
まずい、疲労と痛みで、集中力が落ちている。
今のは真後ろの2塁だったからまだ良かったものの、3塁にまで注意を払えなくなれば、おれはもうおしまいだ。
その回はなんとか乗り切ったものの、7回裏で事件が起こった。
ボールを投げた突如、突然腕に鋭い痛みが走った。
「ぐうっっ!」声に出したうえ、おれは顔をしかめてしまった。
まずい、今のは完全に相手バッターの目に映ったはずだ。
しかし、相手は困惑している。
こちらとしては弱みを見せてしまったところだろうが、向こうからしてみれば、相手の急所につけこんでおれをマウンドから引きずり降ろすようなマネをしたくないのかもしれない。
おれは心の中で舌打ちした。
本来なら感謝すべきところなのだろうが、勝負師としてのおれは相手のふがいなさをなじりたいところだった。
「……お前らだって甲子園に出たがってるくせに……!」
小さい声でつぶやいてしまう。
自分達だって後がないことを棚上げにして。
顔には出さないものの、おれは内心苦笑した。
試合前はあんなに甲子園を目指す奴をバカにしてたのに、今さら相手のプライドをなじるなんて。
おれにはまだそんな情熱が残ってたのか。
「審判! タイムッッ!」
突然声があがった。
振り返ると、主将が急いでこちらに向かってくる。
近づくにつれ、その表情にあせりの色が浮かんでいる。
「もう無理するな。お前はもう限界だ!」
心臓が跳ね上がった。
いや、今はこの男に取られてるんだっけ。
「なにを言ってるんです? おれはまだまだ大丈夫ですよ。
最終回まで投げられます」
「とぼけるな。わかってるんだ。
お前の動きは、さっきからおかしい」
どうやらごまかしきれなかったらしい。
おれはまわりを見まわす。
チームメイトたちも、おれに対して不安げな目を向ける。ベンチにいるみんなもそうだ。
振り返ると、相手側の監督が手をあげている。あちらの方もおれの異常に気がついたらしい。
繁野を見れば、立ち上がって手すりに身を乗り出してまでいる。
そうか。おれの様子は誰の目にも明らかなくらいバレバレだったのか。
よほど集中力がなくなっていたらしい。
「主将、もう少しだけ投げさせてください。
相手側のピッチャーは今までで最強です。
そんな奴を相手に、豹摩に任せてられない」
「ダメだ。お前は投げすぎた。
腕が不調でなくてももう限界に来てる。
これ以上投げると本当に病院行きになるぞ」
「主将! オレもそっち行ってもいいですか!?」
非道丸がうなずくと豹摩はすぐにこちらにやってきた。
顔を見れば、普通の人間に変装した相手は明らかに怒っている。
「お前いい加減にしろよ!
そんなにオレの腕が信用できないってのかよ!」
「……できないね」
豹摩は激昂し、「なんだとぉぉぉっ!」とつかみかかろうとした。
主将がなんとか取り押さえる。
「2人ともやめろ!
豹摩も怒りすぎだが、新介、お前も相手に対する信用がなさすぎるぞ!」
「あのピッチャーの腕見たでしょう!
あんなのに普通1年ピッチャーが勝てるわけがない!
おれですらまともに相手できてるのが不思議なくらいです!」
「だとしても、これ以上球を投げるのを許すわけにはいかん!
お前の腕にもしものことがあったら、もしものことが……」
主将は突然口ごもり、クルリとうしろの方を向いた。
「……すまん。
おれがお前の命をねらったりしなければ、こんなことには……」
声が明らかにふるえている。
おれはあわてて首を振った。
「そんなことない! おれは、うれしいんです!
こんな無力なおれでも、生徒会に一矢報いることができるかもしれない!
ここで踏ん張らなきゃ、おれのためにがんばってるみんなに申し訳が立たないです!」
そう言って、おれは本日始めて味方スタンドに目を向けた。
50人の応援団は静まり返り、じっとおれの方を見下ろしている。
その中に、彼女たちはいた。
沙耶、タタミちゃん、キース、ミノンちゃん、そして弥子ちゃん。
誰もが悲痛な表情でおれをじっと見つめる。
おれは頭を下げ、帽子をかぶりなおした。
正面にはまじめな顔をした豹摩がいた。
「言ってくれ。オレのどこが悪い?
性格が悪いのはわかってるが、どうやったらあいつらに勝てるんだ?」
おれは帽子のツバで目元を隠した。
「……ストレートを使いすぎだ。
お前は変化球も投げられるんだから、もっとそれをうまく使え。
それと……」
口ごもった。この先は、言っていいのかどうかわからない。
「難しいことでもいい! 早く教えてくれ……!」
おれは首を振った後、相手に聞こえる程度の声でつぶやいた。
「相手の性格を判断して球種を使え。
相手がどんなボールに弱いか、自分なりに考えて投げるんだ。
お前にとって、それは難しいかもしれない。
だけどそれをこなせない限り、おれたちは負けるぞ」
「豹摩。俺はお前に無理はさせたくない。
俺のせいでお前まで苦しめたくなんかないからな」
主将の言葉に、豹摩は大声をあげた。
「なに言ってるんですっっっ!
今日この試合負けたら、オレたちは野球ができなくなるんですよっ!?
そんなの絶対イヤだっ!」
そして決意をみなぎらせた顔で、帽子をかぶり直す豹摩。
「見ててくださいよ。
オレだって必死だってことを、みんなに見せてやりますよ」
ピッチャー交代。
新たにマウンドに立った豹摩は、おどろくほどの好投を見せた。
自慢のストレートのみならず、おれに言われたとおり様々な変化球まで駆使して、次から次へと強打者相手にストライクを勝ち取っていく。
気がつけば、おれは食い入るように豹摩を見続けていた。
まるで人が変わったかのように豹摩は相手の性格を冷静に分析して、討ち取るにふさわしいボールをうまく使い分けている。
信じられなかった。
豹摩に、こんな戦い方ができるなんて……
突然肩をたたかれた。
見れば、監督が納得したようにこちらに向かってうなずきかける。
「あいつはもう大丈夫だ。
新介、奴は確実にお前に影響されてるぞ」
その横を見れば、影乃もまた食い入るように豹摩のピッチングを見つめる。
おれにはそれが、影乃の中で何かを目覚めさせてくれればいいと願った。
一方の相手はと言えば、豹摩の急激な成長ぶりにおどろいているようだった。
あわてふためくベンチ陣をしり目に、どこかさみしげな笑みを浮かべる繁野の姿があった。
いったいどうやったら奴を目覚めさせることができるのかと言わんばかりの表情に、おれはただしっかりとうなずいて答えるだけだった。
豹摩は8回表まで無失点で抑えた。
次の回でも同じ活躍をすればこちらの勝利が決まるのだが、先輩たちは手をゆるめない。
むしろ豹摩の活躍に鼓舞されるように、仲間たちは必死に追加点に食らいつこうとする。
が、相手は最強クラスのピッチャー。
そのあまりの強肩ぶりに、先輩方はことごとくアウトを取られていく。
そんな中、非道丸がバッターボックスに立つ。
出塁は1人もないが、それでも全身から闘気が吹きだすような気合いの入れようだ。
「……しゃあぁっっっっ!」
声を張り上げた非道丸が、クルクルバットを回転させ、構えをとる。
負けじと相手ピッチャーも静かなる闘志をみなぎらせ、ボールをグローブの中に隠した。
第1球。放たれたボールは内角低め。
高身長の非道丸には打ちにくいうえ、途中で軌道を変えたために完全に外してしまった。
「主将! 落ち着いて! リラックスして臨んでください!」
おれの叫びに相手はうなずく。
この勝負に負けても、豹摩がわずか1点でしのげば、この戦いは勝利で終わる。
しかし、おれには主将の気持ちが痛いほどわかった。
なんとしてでもこの強敵を打ち破ることで、我らがアンガクナインに完全勝利をもたらしたい。
その意気ごみがピリピリとベンチにまで伝わってくる。
おれはその気迫を信じることにした。
大丈夫、この人は絶対やる。
第2球。ピッチャーは勝負に出た。
まったくムダのない完璧なフォームから繰り出された球は、まっすぐ中央を狙う。
しかし、急速はわずかに落ちた。ストレートのフリした魔球だ。
一歩間違えれば空振りのボール。それでも非道丸はその瞬間を見逃さなかった。
甲高い音が、球場全体にこだまする。
思い切り打ちあげたボールは天高く舞い上がり、どんどん青空の中に吸い込まれていく。
おれは祈るようにそれを見送った。
やがて放物線を描いて落下していく白球は、スタンドの掲示板を見事直撃した。
ボックスから動いていなかった非道丸が、思わずガッツポーズ。
「「「「よっしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」」」」
ベンチ全員が立ち上がった。
追加はたったの1点。それでも、非道丸は見事恐るべき強敵を、ついに打ち負かしたのだった。
こうなれば、もう誰もおれたちを止められない。
いつの間にか満員御礼の場内は残り人数のカウントをはじめていた。
あと3人。あと2人。そして……
「「「「あっとひっとりっっ! あっとひっとりっっ!」」」」
場内は完全にアンガク勝利ムードに沸き立っていた。
敵チームの応援団は必死に味方を鼓舞するが、それすらも今話題の謎の野球集団の勝利を祈っているように見える。
しかし、おれは迷っていた。
なにせマウンドに立つのは、あのお調子者の豹摩なのだ。
もしやここで油断するのではないかと、いけないとわかっていても不安になってしまう。
そして、ついに腰が浮いた。
瞬間、誰かに強い力でつかまれる。
見えば、監督はおれに向かって笑みを浮かべつつ首をゆっくり振った。
「大丈夫だ。あいつはちゃんとわかってる。
今と言う時間がどんなに大切なのか、身にしみてよくわかってるはずだ」
おれは監督を信頼することにし、腰を落ち着けた。
いや、今のはむしろおれが大人げなかった。
それでも必死に祈りながら、食い入るようにマウンドを見ていると……
「ストラーイクッッ! バッターアウツッッッ!」
一瞬会場が静まり返った。球審の今の言葉が意味することは……
「ゲームセッッツッッッ! 勝者、安国学園っっっ!」
一瞬、豹摩は周囲をじっとうかがった。
ある程度見回した後、豹摩は目を見開いて両手を高く上げた。
「……よっっっっしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!」」」」
大歓声。
グラウンドの先輩たちが、普段ではありえないほどの喜びようで豹摩のもとへ急ぐ。
ベンチにいるおれたちも立ち上がり、全速力で駆けだした。
「勝ったあぁぁ~~~~~~~~~~~~~っっっ! 甲子園に行けるぞぉぉ~~~~~~~~~っっっ!
野球部も、存続じゃぁ~~~~~~~~~~~~っっっ!」
まぎれもない完全勝利に、おれたちは抱き合いながら信じられないと言わんばかりに声をあげる。
先輩たちが豹摩を胴上げしようとすると、必死に手を振った。
「オレじゃない! オレじゃないっっ! 胴上げするんなら、新介だってっっっ!」
言われるやいなやおれの方がかつぎあげられた。
大の男たちに軽々と持ち上げられたおれは、それでも素直に両手両足を広げてされるがままになる。
身体が宙を舞ったり戻ったりするのは、とてつもなく心地よかった。
ついでに監督も胴上げしようとするおれたちだったが、ふと見ると豹摩の奴がおかしな場所にいた。
「お~~いっ! オレ様のエンジェルたちぃ~~~~っっ!
ちゃんと活躍見てくれたかぁ~~~~~~~っっ!」
「「「「きゃあぁ~~~~~~っ!
ヒョウマくん、サイコ~にカッコイイ~~~~~~~~っっっ!」」」」
「……あいつすぐに元に戻りそうな気がしますね」
勝利の喜びから一転しらけたムードになった一同にも気付かず、自分に酔いしれ続ける豹摩であった。
バックを持ってバスに戻ろうとすると、突然後ろから声をかけられた。
「新介。ちょっと話しようぜ」
繁野だ。
おれは先輩たちに「先言っててください」と告げ、1人たたずむ彼のもとへ向かった。
近寄れば繁野には満足そうな笑みが浮かんでいる。
「完敗だよ。よくやったな。お前は俺たちの監督以上の策士だな」
「やめろよそんなこと。そうじゃねえよ。
ありゃ、みんなが自分なりに必死で頑張ってくれたおかげだ」
もっとも、おれがそれまでにいろいろみんなを鼓舞してきたこともあったが、それを言わずに謙遜しておく方がいいと思ったおれだった。
「お前の才能、もったいねえな。
ピッチャーとしての能力は確かに限界だが、その賢い脳みそをもっと野球に使えよ」
たとえばどんな? そんなことを言う間もなく相手は人差し指を立てた。
「うちの監督がグチってたんだが、日本のプロ監督は過去の実績を重視されすぎだ。
特に元名選手を尊重しすぎる。
それよりも、欧米のように監督を養成する専門教育を受けた奴を起用したほうがいいはずだってな」
そして、繁野はおれの肩をがっちりとつかんだ。
「今からでも遅くねえ。お前、そっちの勉強してみろよ。
将来、名監督になれるかも知れねえぞ?」
おれは申し訳ないなと思いながら、恥ずかしげに後ろ頭をなでた。
「それはいい考えだけど、ゴメン。
今のおれって、まったく別の業界からリクルートかかってんだよね。
今はそっちの方に興味がある」
もちろん、沙耶たちを応援する進路だ。
言いながら、おれはそこで初めて自分の将来を真剣に受け止めている自分に気がついた。
「へえ、ずいぶん気が早いな。
まあお前のことを放っておかない連中がいるってことはいいことだ。
野球界に変革を起こせないのは残念だけどな」
繁野はもう一度肩をたたき、きびすを返してその場を歩きだしながら片手をあげた。
「気が変わったらいつでも連絡してくれ。電話番号は教えたからな」
おれは去っていく後ろ姿に「繁野」と呼びかけた。
ふと相手が立ち止まる。
「先輩のことは残念だけど、お前にはまだ4回もチャンスがある。
今度はお前が甲子園に行けよ。絶対にな」
相手はこちらに少しだけ振り返り、うなずく。そして今度は急ぐようにその場を後にした。
おれもその姿を見届けて、先に待つみんなのもとへと急いだ。
こうして、わが安国学園は見事甲子園への切符を手に入れた。
しかし快進撃もそこで終わりだった。
予選決勝を最後に、おれは正式に野球部を引退することになった。
みんな残念がったが、もうこれ以上右肩に負担をかけるわけにはいかなかった。
しかし、それ以上の理由があった。
初出場での甲子園ということで、メディアはナゾに包まれた野球チームの話題で一色に染まった。
おれは数多くの人々の(中には全く心当たりのない奴の)質問攻めにあい、心底辟易した。
それで完全に熱が冷めた。
もうこんなさわぎに巻き込まれるのは2度とゴメンだ。
それでもアンガクナインは必死に奮闘した。
しかし相手も強豪校でおおいに苦戦。はっきり言ってボロ負けに近かった。
安国学園、初戦敗退。最初で最後の甲子園はたった1試合で終わった。
それでも、夢の舞台に立った先輩たちは心の底から満足げだった。
土を持って帰る際にもどことなく生き生きとしているのを見て、スタンドで沙耶たちと観戦することになったおれはほほえましい気分にさせられた。
※ちなみに甲子園の土は本来もちかえり禁止です!
ダメとは言いませんが高校球児はその辺りきちんとわきまえるように!
そしていま、非道丸は1人誰もいなくなったスタンドに立って、夕暮れに染まるグラウンドをずっと見下ろしている。
おれはそっと近寄り、声をかける。
「……いやいや、大変でしたよ。
N○Kがスタンドにまで取材に来て、全国中継っすよ?
こっちはとっくに引退してるってのにメーワクな話です」
「それにしては、いい答えっぷりだと聞いているぞ。
お前もなかなかやるじゃないか」
非道丸はこちらの方を見ないまま言う。
おれは一緒にいた沙耶とともに、もう少しそばに近寄る。
「初戦敗退、残念でしたね」
「そうでもないさ。
まさか本当に、この舞台に立てるとは思わなかった。
神にいけにえを捧げようとまでしたのに、おかしな話だ」
そのタコ頭の神は実在しないんですけどね。と聞こえない声でつぶやいておく。
「それに、野球部も存続だ。
いくら生徒会と言えども、約束を反故にはしないだろう。
すべてお前のおかげだな」
そう言って非道丸はこちらを向いた。
満足そうな笑みの下には、手のひらで元気良く脈打つ、むき出しの心臓が乗せられている。
おれは思わず「主将……」と呼びかけた。
「これからは非道丸と呼べ。
礼といってはなんだが、これからは困った時はなんでも言え。
野球の時は封印しているこの能力でいつでも力になってやる。他の仲間たちも同じだ」
おれはうなずいて、一緒にいた沙耶とともに非道丸と同じ段差に立った。
「ほら、早く胸を出せ」
おれはうなずき、白シャツのボタンをとってTシャツをまくった。
くっきり割れた腹筋とそれなりに厚い胸板を見て、顔を赤くした沙耶がそっと目をそむける。
非道丸はそのまま、そっとつかんだ心臓をおれの胸に押し当てた。
まるですり抜けるようにして心臓はそのまま胸の中に吸い込まれていく。
「しまった。
心臓を返す前に、聞いておくことがあるんだった」
非道丸はバツの悪い表情で、おれをじっと見据える。
「これでお前には、もう無理して学校にとどまる必要がなくなった。
それでも、お前はアンガクにとどまってくれるか?」
おれは返ってきた心臓が胸の中で脈打つのを手のひらで確認しながら、それをにぎり拳に変えて強く叩いた。
「当たり前じゃないですか。
おれは人間界を変えたいっていう、沙耶たちを応援したいんです。
だからこれからも、みんなのために力になりたいと思ってます!」
非道丸はうなずきながら、「それはよかった」と告げた。
「わたしも、そう言ってくれてありがたいわ。
これからもわたしたちの力になってちょうだい」
「なに言ってんだ。
沙耶の場合はおれと別れたくないだけだろ? ま、おれもそうだけど」
そう言ってクスクスと笑いあうおれたちを見て、少し困った顔をしながらもおれの肩をしっかりとつかんだ。
「生徒会になんか、負けんじゃねえぞ。
おれたちも、奴らをつぶすためならなんだってやってやる」
「お言葉はありがたいっすけど、もっと野球がんばってください。
先輩たちにはまだ秋の大会もあるんでしょ?」
それを言って、3人で笑いあう。
この姿を誰かが見れば、出会った頃はたがいに牙をむいて争っていたなどとは、誰も信じられないだろう。
帰りのバスの中、わたしは眠りこけるタタミの横でそっと反対席に目を向けていた。
車内は静かで、新介君もまた眠りの世界に入り込んでいる。
野球部で忙しかったのだから当然だろう。
まるで何事もなかったかのように眠りに落ちたその顔を見て、わたしの中で心なしか妙な感慨にふけるのを止められなかった。
ところが、突然の着信音でそれが打ち破られる。
ビー○ルズを着信音にしているのはわたしくらいだと気づき、急いで携帯を取り出す。
周囲が目覚めていないことを確認し、メールボックスを開いた。
✡
差出人:不明
甲子園初戦敗退は、まことに残念だったね。
でも野球部は存続が決まり、大変喜ばしいことだ。
しかし、すべてが終わったわけではない。
むしろ君たちにとっての本当の戦いは、ここから始まる。
これまでは野球部の活躍を静観して眺めていた生徒会が、いよいよ本格的に新介君の排除に乗り出すだろう。
新学期が始まれば当然敵の作戦も緻密になり、執拗になる。
ますます気を引き締めたまえ。11月になれば「例のあれ」が始まる。
その時が敵の攻勢のピークになるだろう。
存分に自らの腕を鍛え上げることだ。
✡
わたしはいったんメールを閉じた。
興を覚まされたが、不快ではなかった。
むしろ、どこかたるんでいた自分をたしなめたい気持ちにかられた。
そう。敵の攻撃はここからが本番になるのだ。
夏休みが終われば、我々はさらに大変な目に会うことになるだろう。
決して気を抜いてはならない。
意を決して、わたしはメールボックスを再び開いた。
自分の決意を、見知らぬ忠告者にしっかりと伝えるために。




