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(2)

 食堂には誰もいなかった。厨房(ちゅうぼう)にはブッチャーの影もない。


「まだ生徒たちは服部の言葉の意味を理解してないのかしら。

 それともわたしたちが間違ってた?」


 沙耶と同じくタタミちゃんもだだっ広い空間を見まわしていう。


「でも、ブッチャーがいないのも不気味じゃない?

 まあまだ時間が早いだけかもしんないけど。案外予想通りだったりするかもよ」


 すると、奥のほうでガチャガチャさわぐ音が聞こえる。

 何事かと厨房のほうを見ると、何やら物々しい姿をした人影が現れた。


 ブッチャーだ。ところがいつもと違い、身体じゅうを鎖でがんじがらめにされたどたどしい足取りでこっちへ向かいながら、ひたすら「ブヒッ、ブヒッ!」とわめいている。


「ブッチャーッッ!? あいつがこんな簡単にがんじがらめにされんのかよっ!

 しかもなんだか既視感がただようしっ!」

「服部の腕なら問題ないでしょうね。

 それより、胸のあたりをよく見てみて」


 沙耶の言う通りブッチャーの胸には、赤い点滅を繰り返す黒い物体がはりついている。

 中央にデジタル時計がついているところを見れば、おそらくこれが爆弾だと思われる。


「大変っ! もしブッチャーがつまずいたら、爆発しちゃうかもっ!」


 タタミちゃんの声が聞こえたのかどうか、ブッチャーが突然あわててこちらへと駆け寄ってきた。

 おれが声にならない悲鳴を上げるなか、案の定ブタマスクはつまずいて前のめりになってしまう。


「危ないっっっ!」おれがつんざくような声をあげたときには、すでに何人かが前に飛び出していた。

 間に合うかどうか、まったく予想できなかった。


 まず沙耶が黒髪の中から日本刀を取り出した。しかし距離が足りない。

 そこでただでさえ長い髪をさらに伸ばし、それを柄にからませたまま引き抜いた刀身をブタマスクの中央に突き刺した。


 それでも倒れ込みそうな巨漢の勢いは止まらない。

 そこへ「とりゃぁっっ!」と叫んだタタミちゃんが飛び蹴りを放ち、ブタマスクの眉間に思い切り靴の裏をぶちあげた。

 その後キースが追いついてブッチャーの足をつかみあげることで、あおむけに倒れさせた。


「ブヒィィッ! ブヒィィィィィィッッ!」


 ブッチャーは鎖に縛られたままジタバタと暴れる。


「まずいっ!

 このままじゃうつぶせになっちまうぞっ! なんとかしないと!」


 おれが言うなり沙耶はブッチャーの真横に回り込み、両手に持ち替えた刀をまっすぐ相手の首に突き刺した。

 それっきり、ブッチャーは微動だにせず動かなくなってしまう。


「これで大丈夫よ。

 脊椎(せきつい)を切断しただけだから死んだわけじゃないわ」


 言うなりヒャッパに向かって「今のうちにっ!」と呼びかけた。

 小柄な電子マニアはブッチャーの前に座りこむなり、タブレットをいじりながら爆弾を交互に見る。


「任せろ。こいつは複雑な機械だが、メカニズムは既知の範囲だ。

 エリザベート様は特別爆弾にお詳しいわけじゃなさそうだな」


 ヒャッパは持ってきたドライバーで爆弾に取り付けられたネジを外していき、ゆっくりとフタを開く。

 わけがわからないほど複雑な構造の内部から、数本のコードをとり上げた。


「少々時間がかかる。ちょっと待っててくれ」


 言いつつタブレットをいじりだした。

 すばやく指をスワイプさせていくが、いつまで時間がかかるか予想がつかなかった。


「どんだけ時間がかかる?

 爆弾はあと6つもある、あまり悠長(ゆうちょう)にしてられねえぞ?」


 キースが不安気味に問いかけても、ヒャッパは画面を見続けるだけだ。


「こういうのは最初が肝心だ。

 爆弾に詳しくないエリザベート様からすると、構造は全部同じはずだ。

 1つの爆弾のメカニズムが解明すれば、他の爆弾を解除する時間もグンと短くなる」


 言いながら作業をテキパキと進める姿は、さすが「テクノの申し子」と言われるだけのことはある。

 ヒャッパは突然タブレットの画面を思いきりタップした。


「よし! わかったぞ。

 こいつの解除コードは黄色だっ!」


 そう言って、用意していたニッパで容赦(ようしゃ)なく黄色のコードを切った。

 すると時計のデジタル表示が止まり、赤い点滅アラートともに消灯した。

 その場にいる全員がため息をつく。

 ヒャッパはおれたちのほうを見てうなずいた。


「エリザベート様は爆弾自体には複雑な仕掛けをほどこしてない。

 あの方がこのゲームに求められる趣旨(しゅし)は、いかにしてこの学園に隠された爆弾を見つけ出すか、ということにあるんだろう。

 爆弾の解除はオレに任せて、みんなは残りの爆弾の個所を推理(すいり)するんだ」

「色欲が指し示す位置は寮の尖塔で確定できるとして、残りの爆弾はどこにあるのかしら?」


 沙耶の呼びかけにおれは影乃のほうを見た。


「残りの大罪はなんだっけ?」

「傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲の5つだ」

「ぱっと聞きでは予想がつかないわね。いったいどこにあるのかしら」


 考え込む沙耶に目をつけつつ、おれは外でわずかに聞こえるさわぎに耳をかたむけた。


「今学校中のみんなが爆弾を探しているはずだ。

 みんなで手分けして探せば、いくつかの爆弾は発見できるはずだ」

「とりあえずおれは職員室に連絡して、爆弾を1つ解除したことを報告する」

「ヒャッパ。

 報告はいいとして、放送室は服部に占拠(せんきょ)されてんじゃないのか?」

「どうだろうな。

 あのエリザベート様が放送室に1人きりでたてこもられるという大ざっぱなことをするとは思えない。

 爆弾を作る技術がおありなら、放送電波をジャックするということも可能じゃないか?」

「お前そのやたらとエリザベートを気遣う口調はなんとかならないのか?

 だいたいお前、エリザベート様エリザベート様言ってるわりには、ちゃっかり俺たちの手伝いしてるじゃねえか」


 キースが疑わしい目を向けると、ヒャッパは立ち上がって思い切り拳をにぎった。


「なに言ってやがる!

 これはエリザベート様が我々のために用意していただいたレクリエーションなんだぞ!?

 全力投球しておかない方が失礼だっっ!」

「はいはいわかりましたよ。

 だったら沙耶の奴に色目を使うのはやめてくれ」

「ムリだっ! 校内一のアイドルに対してそういう目で見ない方がおかしいだろ!」

「いいから無駄話していないでさっさと職員室に報告してっ!」


 言われた本人が顔を真っ赤にして声をあげた。


「ん?

 じゃあのさ、ちょっと疑わしい場所があるんだけど、いいかな?」


 おれが手をあげると、全員がこちらに注目する。

 おれはわざとらしくせき払いする。


「その職員室も、エリザ……服部の標的になってんじゃねえかな?」

「わざわざ呼び直すくらいなら呼び捨てでもいいから名前をちゃんと言え!」


 ご機嫌斜めのヒャッパを無視し、タタミちゃんが手をあげる。


「職員室がその、七つの大罪? のどのあたりに当たるか、見当ついてるの?」

「わかんね。でもなんか1つくらいは当たってそうだ。

 ほら、傲慢(ごうまん)とか、あとなんだっけ……」


 ここで影乃を見ると、相手もうなずく。


「オレとしては、『強欲』あたりじゃないかなと思う。

 生徒会の反対を押し切って、お前をうちの学校に引き入れたくらいだからな。

 エリザ……服部に言わせれば、人間と死霊族の共存など、単なる高望みだとしか思ってないんだろう」

「だからなんでわざわざ名字で呼び直すっ!? エリザベート様だエリザ……」

「それ、あるな。

 だったら最初の爆弾解除の報告ついでに、あそこに爆弾がないか探ってみよう」


「もういいよ……」ヒャッパはあからさまにふてくされていた。





 駆け足で職員室のある廊下へとやってくると、数人の先生方がたむろしていた。


「教頭! あと茶太良先生もっ!」


 そしてなかなか見ない顔ぶれもあった。

 校長先生だ。とてもれっきとした人間とは思えない、力強い目つきでこちらの方を見る。


「おお、新介君か。

 いつもはシュドラ(教頭)君が窓口になってるから顔を合わすこともないが、よくやってるみたいだね」


 おれは緊張しつつ頭を下げた。


「その結果がこれだとバツが悪いです。なにかあったんですか?」


 そういうと、校長は目の前にある部屋に目を向けた。校長室だ。


「ここにもエリザベート君が仕掛けた爆弾があってな。

 どう解除しようか、対策を練っていたところだ」

「やっぱり! で、おれらにできることは!?」


 これに対し、意外な人が手のひらを向けた。

 歯ぐきがむき出しののっぺらぼう、茶太良だ。


「ここは俺に任せてくれ。さっき呼ばれて来たばかりなんだ。

 この爆弾の解除には俺の能力が役に立つ」


 言われ、意外に思ってしまった。

 確かに死霊族は例外なくみんなと同じように特殊能力を持っているが、茶太良にもそういったものが宿っているとは普段から考えたこともなかった。

 茶太良は姿勢を正すと、なにもない顔面からふわりとオーラのようなものがただよった。

 するとそのオーラはまるで霧のようにスーッと校長室の入口に向かい、閉じられた扉のすきまから入り込んでいく。

「俺の特能、

『アストラルプロジェクション(幽体離脱ゆうたいりだつ)』だ。

 身体じゅうから霊体を放出し、どこにでも移動できる。

 密度を薄くすればドアのすき間にだって入れるし、逆に凝縮(ぎょうしゅく)すれば物体に触れることだってできるぞ」


 そう言ってしばらく霊体を潜ませていると、突然扉からガチャリという音が聞こえた。

 ガラガラと開かれると、いつもの校長室にはいくつもの細いワイヤーが縦横無尽に張られていた。


「扉のロック、異常なし。

 中に忍び込んで、机の上の爆弾を解除するぞ」


 茶太良の言う通り、校長が座る机の上に、赤い点滅を繰り返す爆弾が無造作に置かれている。


「どうすれば、この爆弾を解除できる?

 ヒャッパは爆弾に詳しいのか?」


 言われ、ヒャッパは身を乗り出して部屋の奥をうかがう。


「もうすでに食堂にある爆弾を1つ解除しました。

 見た限りでは同じ型に見えますが、近づかないと詳細はわからないですね」


 表情はわからないが、茶太良は部屋を指差して困惑(こんわく)する声色になった。


「そんなこと言われても、このワイヤーは絶対爆弾と連動してるぞ?

 こんな密集ぶりじゃお前はつれていけない。おれが解除するしかないだろう」

「だったら、先生のスマホ貸してもらっていいですか?」


 茶太良が携帯を差し出すと、いったん床に座ったヒャッパは自前のタブレットとスマホを両方いじりだす。

 しばらく作業をしていると、ヒャッパは動画を起動させたままスマホを返却した。


「おれのタブレットと動画を共有させました。

 これを持って爆弾に近づいてください」


 そして同時にニッパとドライバーも持たせた。

 するとおもむろにこれらの道具を持ち上げた茶太良は、オーラにそれを乗っけて部屋の奥へと運んでいく。

 ヒャッパはタブレットを凝視(ぎょうし)つつ、茶太良に指示を送る。


「ワイヤーがつながってる以外は、構造は全く同じです。

 ドライバーで慎重にネジをゆるめてください」


 茶太良はうなずくと、両手をギュッと握った。

 いかにも集中したいと言わんばかりだったので、誰も話しかけずにいた。

 校長がおれの肩を叩いてきたので、おれは彼がうながすままにその場を離れた。


 しばらく廊下の奥を進むと、意外な人物が現れた。

 逆立った金髪。鬼をイメージしたいかつい面具に、白い特攻服。腰には2つの刀を差している。


「おやおや。

 どこの誰かと思ったら、校内で数少ない人間どもが雁首(がんくび)そろえてらっしゃるじゃございませんか」


 相変わらずの威圧的態度に、おれは思わず後ずさりしてしまう。

 しかし校長は慣れているのか、両手を後ろで組んだまま平然としている。


「生徒会庶務(しょむ)但馬妖之丞(たじま あやのじょう)君じゃないかね。

 こんな緊急事態に、いったい何しに来たというのかね?」


 うっすらと不気味な笑みを浮かべる校長を目にし、妖之丞は型耳をほじくるしぐさをする。


「人聞きが悪い。別に爆弾処理の邪魔を死に来たわけじゃありませんよ。

 今日来たのは報告です。生徒会役員室、爆弾を1つ解除しました」


 俺は声にならないおどろき声をあげた。

 意を決してちゃんと口に出す。


「服部はお前らの顧問(こもん)だろっ!? なんでお前らの部屋に爆弾を仕掛けるっ!?」


 妖之丞は腕を組み、声を低くして笑う。


「奴にしたら、俺たちを楽しませるつもりだったんだろう。

 そのかわり、アナウンスにあったおまけのトラップは一切しかけられてなかったぞ。

 ポツンと我らが会長の机に爆弾が置いてあっただけだ。

 あいにくこっちにも情報通がいて、すぐに解除できましたけどね。

 しかし仮にも俺らの役員室を爆破しようとしたんだ。

 お返しにこうやって報告しに来たってわけです」

「お前らのつながりは、いったい何なんだ」


 思わず問いかけると、当の本人は首をかしげた。


「お互い利害でつながってるだけだからな。

 結城新介、お前を排除するという目的でな」


 鳥肌が立った。

 服部とこいつらが一枚岩じゃないのは百も承知だったが、ここまで信頼関係が存在していないとは。

 本当に強いつながりがあるのなら冗談でもこんなことはしない。


「さしずめ、おれらのテーマは『憤怒』って言うところですか。

 じゃ、報告はこれで終わり」


 そう言ってくるりとうしろを向くと、軽快な足取りで廊下を戻っていってしまう。

 去り際に妖之丞は片手をおもむろにあげた。


「それじゃ、みなさんの健闘をお祈りしてますよ……」


 彼が廊下の先を曲がると、それまで空気中をただよっていたピリピリとした雰囲気が止んだ。

 あらためて、おれは奴の放っていたオーラに気圧(けお)されていたことに気づいた。


 落ちつけ、奴の相手はおれじゃなく、沙耶だ。

 それでも奴が万が一おれをターゲットにするとしたら、自分をしっかり保てるかどうかまったく自信がなかった。


 振り返ると、爆弾解除に集中しているヒャッパと茶太良以外のみんなが、こちらに目を向けている。

 特に沙耶やタタミちゃんの気づかうような目つきは、正直まっすぐ見ていられるようなものじゃなかった。

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