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(5)

 外の光景が徐々に明るくなっていくと、森の中からチラチラと建物が見えてくる。

 やがて建物の数はどんどん増えていき、周囲はとても同じ東京都は思えない田舎町から、誰もが知っている大都会へと徐々に移り変わっていく。


 当然、バスは朝の渋滞(じゅうたい)に巻き込まれた。

 居眠りしている仲間たちと違い緊張でよく眠れなかったおれは、なんとも進み具合の悪い交通状況に舌打ちをする運転席に気がついた。

 おれは窓際で寝ている監督を起こさないようそっと立ち上がり、運転席に向かった。


 こちらに近づいてくるおれに気づいたレイカさんは、チラリとするどい目を向けただけだった。

 朝の光でよく見えるようになったその顔は、わりときれいに整っている。

 ボブショートヘアとフレームの細いメガネがよく似合う。


「本意ではないでしょうけど、おれたち野球部の送迎、感謝します」


 するとレイカさんは心底あきれたかのように、深いため息をつく。


「係長がお前のことをよく自慢(じまん)げに語る。

 心底うっとうしくてたまらない。

 わたしからすればお前は普通の感覚からは相当ズレた、頭のおかしいガキとしか思えないんだがな」

「普通とは違うのは自覚してますけど、そこまで言いますか?

 頭がおかしいって……」

「おかしいだろう。

 あんなバケモノみたいな連中に囲まれて、もう3カ月だぞ?

 よくも根をあげないでいられるもんだ。わたしだったら1週間で逃げ出すな」

「お言葉ですけど、レイカさんは死霊族のことをどのくらいご存じなんですか?」

「勤続年数は多くないが、連中のことはよく勉強している。

 知れば知るほど吐き気がこみあげてくる連中だ」


 そう言って思い切り顔をしかめた。あんまりな言い方だと思った。

 彼女のもの言いには、単なる差別だけでは説明しきれない何かがある。

 きっと父親にも関係しているはずだ。


「死霊族はそんなこわい存在ではないですよ。

 確かに人間とまったく違うところはあるけれど、性格的には全く我々と同じです。

 一緒に暮らしていて、強く実感させられました」

「フン、どうせお前は美人に釣りあげられていい気になってるだけじゃないか」


 きっと沙耶やタタミちゃんのことを言ってるんだろう。

 おれはさすがに気分が悪くなった。

「いけないんですか」と言うと、レイカさんは絞り出すようにため息をついた。


「まったく、思春期のガキはよくもまあそこまで発情していられるもんだな。

 その調子じゃ自分のママをオカズにしたこともあるんだろ?」

「……ずいぶんひどいことを言うんですね。

 あんた、死霊族のことをバカにしすぎてる」


 おれの声色が変わったことに気づいたのだろう。

 レイカは憎しみすら宿った視線をこちらに向けた。


「当たり前だろう。奴らはバケモノなんだぞ?

 痛みを感じない。心臓を突き刺しても死なない。

 そんなバケモノどもと一緒に暮らしていける、お前はとんでもない変態野郎だ」

「よしんば変態だと認めるにしても、沙耶たちをバカにするのは許せない。

 倉鴨さんはなんであんたをバスの運転手に選んだんだ」


 きっと娘さんの誤解を解きたい意図があるんだろうとわかってはいたが、あまりの物言いに運転手を交代してほしいとすら思った。


「知るか。

 とにかくわたしは、人の姿をした気持ち悪いバケモンとそしてそいつらと一緒に暮らしてる頭の狂ったガキを、何度も送迎するなんつうふざけた任務を背負わされたんだ。

 お前らも不満だろうが、わたしだって仕事じゃなきゃこんな付き合いは金輪際ごめんだね」


 ふと、この傾向は13係全体にあるんだろうかと思った。

 大多数が死霊族に対して深い差別意識を持っているなか、倉鴨さんだけが彼らのことを尊重している。

 彼は孤独(こどく)な人生を歩んでいるのかもしれない。

 あの人には支えてくれる人が必要だ。

 おれのように、死霊族に対して深い理解があるような人間が。

 もしかしたらすでにいるのかもしれないが、そうじゃない場合は……


「おい、いつまでつっ立ってんだ。

 早く席に戻れ。お前の顔を見ると吐き気がする」


 何か吐き捨ててやりたい気持ちをこらえ、おれは席に戻ろうとした。

 が、途中で全く動けなくなってしまった。


 野球部の部員たちがそろって目を覚ましていて、どれもが怒り心頭の表情をしていた。

 中には立ち上がろうとする者までいる。


「みなさん、落ち着いてください。

 もし何か問題でも起こしたら、廃部どころじゃすみませんよ」


 手のひらを向けて必死になだめようとするおれに向かって、豹摩が容赦(ようしゃ)なく声をかけてくる。


「新介、お前は腹が立たねえのか?

 オレなら頭がおかしいとか気持ち悪いとか言われたら、即ブチ切れてるところなんだがな」

「豹摩、いいから落ち着けって。とりあえずちゃんと席につけ」


 こちらは必死にフォローしているにもかかわらず、運転席からはあざわらうような声が聞こえてくる。


「ははは! わたしを殺す気か!?

 上等だ! やれるもんならやってみろ!

 もっともそしたらお前ら研究所送りになって、すみからすみまで実験される羽目になるがな!」


 豹摩はとうとう「んだとてめぇっ!」と言って席から飛び出しそうになる。

 後ろから影乃が「落ち着けっ!」と言って必死に押さえつけている。


「どうした? かかってこないのか!?

 こっちは覚悟できてんぞ! お前らがわたしに手を出して、死霊族は問題ありと政府が判断すれば、死霊族は2度と表社会に出てこられなくなる!

 そしたら願ったりかなったりだっ!」

「……どうして、我々死霊族をそこまで憎むのかね?」


 監督は静かに問いかけた。

 彼女の挑発(ちょうはつ)がただ事ではないことをさとった口調だ。


「はっ! 決まってるじゃないか!

 お前ら死霊族は人間にとって超危険生物なんだよ!

 お前らがこの世界にとどまれば、いずれこっちに重大な被害が及ぶ!

 そんな奴らを野放しにしようっていう、係長の魂胆(こんたん)が知れないね!」

「レイカさん。あんた、本当に父親のことが嫌いみたいだね」


 おれが問いかけると、わずかに見える彼女の顔がきっとこちらをにらみつけた。


「奴のことは口にするなと言っただろうがっ! ぶっ殺してやろうかっ!?」

「ああ口にするねっ!

 こっちもボロクソに言われてだまってるつもりなんか毛頭ない!

 言いたいことを素直に言わせてもらうよっっ!」


 いったん声を荒げたあと、おれは怒りをため込むように静かに続けた。


「父親への憎しみをおれたちに向けられても困るね。

 倉鴨さんは、あんたにどんなひどいことをしたんだ?」


 レイカは言うに事欠いて、眉間にシワを寄せたまま前に向き直った。


「奴の関心は、いつも死霊族のことばかりだ。

 死霊族死霊族死霊族!

 おかげで奴は実の家族のことをほったらかしてばかりだった」

「あの倉鴨さんが、家庭のことをかえりみないような人間? 信じられないな」


 確かに怖い顔はしているが、言動はなんとも包容力を感じさせる人柄だ。

 家をほったらかしにしているようには見えない。


「お前は今の係長しか見てないからそんなことが言えるんだ。

 今はあんなふうだが、昔は仕事のことばかり考えていた」

「つまり、昔は典型的な刑事だったってことか。よく聞く話だ」


 華鷹が言うとレイカはわざとらしいくらい鼻で笑った。


「テレビドラマの見過ぎなんじゃないか? まあ確かにそうだ。

 刑事なんてやる人間は、たいてい家庭を犠牲(ぎせい)にするもんなんだよ。

 いや、むしろ家庭を持つ資格なんてないね。

 犯罪者を相手にする以上、そのうらみが家族に向けられるのは当然だ。

 刑事なんて職業を選んでいる時点で、そいつには子孫を残す権利なんてこれっぽっちもないんだよ」

「だったら、なんであんたは同じ刑事の道を選んだんだ」

「そんなろくでなしが、なにを思ったかつくっちまった家庭の犠牲者だからさ。

 アタシは家庭なんて作らない。

 ずっと1人で生き、1人で死んでいく。そのために刑事になった。

 奴と同じ部署を選んだのもそのためさ。

 わたしが奴と同じみじめな人生をたどっていくことで、奴が過去にしでかした不始末を心底後悔させてやるのさ。

 どのみち生まれるべき人間じゃなかったからな」


 おれはレイカさんの横顔をじっと見た。鳥肌が立った。

 彼女の笑みには、もはや狂気のようなものすらただよっている。


 おれは力ない足取りで、席に戻った。

 先輩たちの顔を見ると、先ほどの怒りは消えうせてむしろバツの悪い表情になっている。

 聞いてはいけないものを聞いてしまったという表情だ。

 おれも正直怒りに身を任せてしまったことを後悔している。


 席につき、静かに首を振る監督を見て思う。

 刑事になった人間が家族を持つ資格がないなんて、間違っていると思う。

 刑事だって人間だ。家庭を持ち、子供を産む権利はあると思う。

 そこで失敗を犯してしまうのは個人の責任だと思うし、万が一のことがあった時は逆に本人の責任じゃない。警察組織自体の怠慢(たいまん)だ。


 いったいこの親子の間に、なにがあったというのだろう。

 無性に倉鴨さんに電話したい気持ちにかられた。

 あれほど優秀そうな彼は、なぜ娘をここまで追いつめてしまったのだろう。





 ホームベースを前にして、2つのチームが向かいあって並び立つ。

 1つは白を基調とした生真面目なユニフォーム。

 もう1つは高校野球では珍しい黒に近い灰色のユニフォームをまとったチームだ。


 ところが、白のチームはどことなくそわそわしている。

 突然目の前に現れた初出場のチームが、そろいもそろって異様な雰囲気を発しているからである。

 あきらかに修羅場を数多くくぐってきたと言わんばかりのヤンキーまがいの集団は、容赦なく相手選手のメンバーをここぞとばかりににらみつける。


「な、なんなんだよこいつら。あきらかにタダモンじゃねえよ……」

「おっかねえ、おっかねえよ。いったいナニモンなんだよ……」

「だいたいあんな危なっかしいオーラしておいて、全員色白ってなんなんだよ。

 いったいどこで練習してきたんだよ……」


 そんなヒソヒソ声は、主審の「プレイボーーーーールッ!」のひとことでかき消される。

 両チームが帽子をとって頭を下げる。

 こちら側はけだるそうに「お願いしまー!」と言うだけだったが、相手チームは声が明らかにそろっていない。

 この試合、勝ったな。





 おれはあえて、先発を影乃にまかせた。

 緊張感みなぎった顔でマウンドに立った影乃は、それでも前方で待ちかまえている相手に向かいまっすぐ射抜くような視線を向ける。


「影乃! 落ち着けっ! いつも通りにやれば必ずうまく行くっ!」


 おれの声援にうなずいた影乃、第一球。

 練習通りの華麗なフォーム。

 左手のグローブから放たれたボールは、あきらかに高校生が投げられる類のものではなかった。

 またたく間にバッターを通り抜けて、その後ろの大巨漢のミットに吸い込まれる。


 打ち抜かれたバッターは今起こった出来事がまったくできないという表情をする。当然だろう。

 影乃は薬で力を押さえてはいるが、その左手には人間では明らかに打ち抜くことができないパワーが秘められているからだ。これでも手加減してる方だ。


 だからこのバッターはあっけなく討ち取られるどころか、その後も3者凡退であっけなく初回が終わってしまう。

 あまりの剛速球を目にしたバッターたちはそろって絶望的な顔をしている。


 続いて攻撃に回る。

 影乃があまりに強すぎて早くも退屈していた守備陣は、ようやく攻撃に移ることができてうれしそうである。


「いいですか!?

 くれぐれも、相手の身体をわざと痛めつけるようなマネはやめてくださいよっ!?」


 おれはメンバーに呼びかけるが、どの顔も相手をいじり倒したいと言わんばかりの表情だ。心配でしょうがない。


「俺が手本を見せてやる。お前らはよく見てろ」


 1番の葬也が立ちあがりボックスに向かう。

 いつも顔中にかきこんだ呪文は消しているものの、シャープな顔立ちでギョロ目なので向かい合ったピッチャーはおじけづく表情になっている。

 バットを構えた葬也は容赦なく相手をにらみつけた。


 完全にビビったピッチャーは明らかに投球ミスをした。

 狙い目をつけた葬也は持ち前の柔らかい身体をしならせるようにバットをふるう。

 ムチのように叩きつけられたボールは弾丸のように、相手チームたちの身体の間をまっすぐ通り抜けていく。

 すかさず葬也は全身のバネを使ってはじかれるように飛び出し、外野がボールを取りこぼしているうちに2塁につけた。


 続いて2番のチアキ。

 こちらは小柄な体型をしているのでピッチャーは落ち着いていた。

 ストライクを1回とられるものの、続くストレートでは優れた反射神経をほこるチアキが容赦なくボールを捕らえ、恐るべき速さで1塁ベースへと飛び出した。

 その間に葬也もまたあり得ない速さでグラウンドをかけぬけ、なんと1点先制。


 次々と恐るべき力を持ったアンガクメンツの攻撃に、相手チームの中には早くも絶望的な表情のメンバーが出てくる。


 それでも攻撃は終わらない。

 次は主将の非道丸。長身を活かした見事なバッティングで、なんとホームラン。

 余裕でチアキとともにホームインして、おれたちは全員でハイタッチした。


 もっとも、相手チームにはあまりに気の毒な話である。

 それでも絶望は終わらない。

 続いてバッターボックスに現れたのは、とても高校生とは思えないような圧倒的な体躯(たいく)を持つ、なのに顔は童顔と言う不気味なルックスをした勢尊。


 相手チームはそれを見て全員ががっくりと肩を落とした。





 結局、試合は相手のコールド負け。

 相手の動きを完全に見切るクルガ、ピッチャーなのにバッティングにおいても猛威をふるう豹摩と影乃など、恐るべき力を持ったメンバー相手に全く歯が立たず終了時には恐ろしい点差がついていた。


 試合終了のあいさつ。

 相手チームはほとんど攻撃できていないというのに、どこかやりきったと言わんばかりの表情になっていた。

 相手の圧倒的な力の前に甲子園の高い壁を実感させられたのだろう。

 それほどの強豪校ではないのも拍車をかけている。


 それでも、グラウンドを去っていく後ろ姿を見送る非道丸には、複雑な表情が宿っていた。


「どうしたんですか主将。まさか相手に同情してるとでも?」


 こちらに振り返った非道丸は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。


「甲子園を目指すのは、ずっと俺の夢だった。

 だがそれが現実になった今は、少しだけ後悔している」

「そりゃそうでしょう。先輩たちは人間じゃないんだから。

 ズルをして勝ちあがっていくようなもんですから」


 主将は鼻で笑った。


「なんともバカのことを考えたもんだな。

 神に祈って、いけにえを捧げようとしてまで。

 よく考えれば無茶苦茶なことだ。

 本当はわかっていたんだ。いくら頭が悪いとはいえ、自分が現実をまったく見ていなかったということにな」


 そして、非道丸はまっすぐおれの目を見た。


「お前には迷惑をかけるな。入学初日から、これからもずっと」


 おれは深くため息をついた。

 ようやく現実がわかったのかよと思いながらも、口ではまったく別のことを言った。


「それでも、続けるしかないでしょう。

 先を進むことでしか、おれたちは野球部を救うことができない。

 こちらには勝ち続けなきゃいけない理由がある。それで十分じゃないですか」


 長身の主将は照れ笑いを浮かべながら「そうだな」と言った。

 後ろの方を振り返ると、早くもスポーツバックを手に取ったアンガクナインが急ぐよううながすしぐさをする。


「早く行くぞっ!

 せっかく試合が早く終わったんだったらじっくり観光しないとな!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよっ!

 常識のない先輩たちが町に繰り出したら絶対事件が起こりますって!」


 おれがあわててベンチに戻っても、主将はケラケラ笑ってゆっくり歩き出しただけだ。

 おれは振り返って手招きする。


「主将も早くっ! 先輩たちを止めてくださいっ!」


 ようやくかけ足になった主将とともに、おれたちはグラウンドを後にする。

 和気あいあいとしたムードのなか、おれは脳裏でひたすら次の試合のことを考えていた。


 おれたちはいわば、本来この場に立ってはいけない存在だ。

 なのに、今はこうして甲子園を目指している。

 これから立ちはだかる無数の対戦相手は、おれたちが何者なのかまったくわかっていない。

 そのことを思うと、自分のしでかしたことの重大さが身にしみて伝わってくるのだった。


 それでも、おれは進まざるを得ない。

 おれのまわりにはこれからもずっと野球を続けたいと思っているみんながいるのだから、その願いをかなえるために、おれはこれからも小さな罪を重ね続けなければならないのだ。


 なぜかその時、バスの中でつい本音を暴露しうんざりした顔で待っているであろうレイカさんの顔が、ふと思い浮かんだ。


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