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(4)

「お、いよいよ予選大会の始まりだねぇ~。準備できてる!?」


 いきなりミノンちゃんが声をかけてきた。

 同じ運動部として、おれの所属する野球部の行く末が気になるのは当然だろう。


「う~ん、不安になると言ったらウソになるな。

 ここんとこ出場の準備ばっかで練習時間が犠牲(ぎせい)になってる。

 だいたい練習を始めたのは5月からだからな。正直、時間が足りない感は否めないよ」

「あんた大丈夫?

 これで甲子園出られなかったら、野球部廃部だよ?

 本当に責任とれる?」

「先輩たちに関しては、不安はないよ。影乃と豹摩もしっかり練習してるし。

 問題は、おれかなぁ……」


 腕を組んで考え込んでしまう。

 なにせたった2カ月しかボールをにぎっていないのだ。

 相手は本気で甲子園を狙う高校球児たち。いくら全国出場の実績があると言っても、その後2年間もマウンドを離れていたおれの投球が簡単に通じるわけもない。


「そうクヨクヨするな。お前はよくやってると思うぞ。

 だいたい、あんなユニークな練習をやりまくってるのはなんのためだ?」


 後ろから影乃が声をかけてきた。

 ミノンちゃんは振り返るなり「ユニークな練習?」と首をかしげる。


「ひたすらビデオ撮影の連続だ。

 まずカメラを設置して、新介が投球するところを撮る。

 新介が納得しないスピードだったらカメラでフォームを確認して、改善する。

 それをひたすら繰り返してた」


 おれは腕を組みつつ、人差し指を立てた。


「ピッチャーがよくやるのが、ボールの投げ込みだ。

 ひたすらボールを投げ続けて、納得のいくフォームを目指す。

 だけど投球って言うのは、世間が思っている以上に身体に負担をかけることなんだ。

 それじゃ肩を痛める危険性がある。事実おれの肩はすでに危険水域に達してるからな。

 だから量じゃなく、質にこだわることにしたんだ」


 ミノンちゃんは感心するようにおれの顔をのぞきこんだ。


「へえ、なかなかうまく考えるよね。新介、頭がいいんじゃない?」

「そんなの考えなくてもわかるよ。

 だいたいビデオカメラなんて文明の利器がなけりゃ、通用しない練習法だしね」

「しっかしまー、新介本当によく考えるよね。

 ウワサを聞いた運動部がしきりに新介のこと話題にしてるみたいよ?」

「それ、オレも気になるな。

 新介、監督はお前はかなりの理論派だと言っていた。

 その歳でよくも考える野球ができるもんだとホメてたぞ。

 オレにはよくわからんが、いったいいつ頃からそんな考えをするようになったんだ?」


 俺は問いかけをしてきた影乃に対し、恥ずかしくなって手を仰いだ。


「やめろって。

 でもまぁ、なぜか珍しいってよく言われる。おれからしたら普通なんだけどな。

 結局、出会った監督がユニークな人だったからかな」


「ユニークな人?」ミノンちゃんが首をひねった。


「おれは運が良かった方なのかもしれない。

 世間じゃアマチュア野球の監督はひたすら厳しいだけの人が多いみたいだからな。

 だけどおれが入ったジュニアチームの監督は違った。

 メンバーをやたらしかったりせず、問題点をひたすら洗い出して静かにさとす。

 勝利した時は徹底的にホメる。負けた時もホメる。そんな人だった」


「普通だと思うけど?」ミノンちゃんの質問におれは首をふった。


「ジュニアチームではそこまで努力する監督はなかなかいないって話だ。

 ましてや選手や敵チームの実力を徹底分析するような人はな。

 とにかく変わった人だった」


 おれはミノンちゃんと影乃を交互に見やった。


「おれはそんな人に、野球のやり方を徹底的に学んだ。

 きっと見込めるところが最初からあったんだろう。おれのやり方は全部その人に教えてもらったんだ。

 中学に進む時も、監督はオススメのアマチュアチームを紹介してもらった。

 おれの考えをしっかり理解してくれるチームだった。監督にはすごく感謝してる」

「その人は、まだ監督を続けてるの?」


 おれはミノンちゃんに向かって首をふった。


「いや、突然の病で倒れて、帰らぬ人になった。

 礼も恩返しもしてないってのに……」


 ミノンちゃんは「そう……」と言ってうつむいた。

 影乃がまっすぐおれを見る。


「だったら、今回の戦いはその恩を返す絶好の機会ってわけだ」

「わかってるじゃねえか。

 お前こそ人ごとだと思って油断すんじゃねえぞ」


 そう言っておれは影乃の胸を強く叩いた。

 それを見たミノンちゃんにも笑顔が戻っていた。





 安国学園が出場することになる西東京大会予選は、7月上旬に始まる。

 試合には平日も含まれるため、人里離れた場所に暮らす我が野球部は一日の大半を使わなければならない。

 泊まりの日も想定されるため学業はおろそかになるが、仕方がない。


 そのため応援も極力自粛(じしゅく)される。

 相手が大声援団を組織するのに対して、こちら側の味方はごく少数になるだろう。

 もっともそんなことをいちいち気にかけるような我が野球部ではないが、おれ自身としては内心影響があるんじゃないかと思っている。


 それでも、こちら側には絶対に負けられない理由があるのだ。しっかり気を保たなければ。

 心の準備はまだできていない。

 だが、やるしかない。

 甲子園に進むための長い戦いが、いよいよ始まろうとしている。





 早朝、いや真夏にもかかわらず外は暗いままの状況のなか、野球部員、そして監督だけが集合した。


「あ~! クッソ眠い。なんでこんな超朝っぱら……

 いや朝じゃねえよ! まだ夜だよっ! なんで夜中に学校出なくちゃなんねえんだよ!」


 がなりたてるグラサン姿のクルガの横でチアキが耳をほじくる。


「うっせぇな。みんなねみーんだよ。

 わめきちらされるとイライラする……」

「死霊族なのに、眠気は感じるんですね。

 おれなんかまぶたがひたすら重くってつらいです」


 おれと同じく華鷹はウトウトしながら小さく声をあげる。


「お前と同じ感覚かどうかわからんが、眠いという感じはわかるぞ。

 とにかく倒れてしまいたくなる」


 それに対して、はっきりと目が覚めている監督は全員に声をかけた。


「よし、全員集合したな。

 予定通り我々は公安6課が用意したバスに乗車し、試合会場に向かう。

 バスはすでに停車しているので、準備ができ次第すぐに乗り込むぞ」


 しかし、誰もが眠そうにしているなか、監督は眉間にしわを寄せた。


「緊張感がないな。もっとみんなしゃきっとしろ。

 見ろ、あいつなんかすでにスタンバイできてるぞ」


 そう言って監督が上の方を指差す。

 出てきた建物、学生寮となっている古城のバルコニーに数人が仁王立ちしている。


 1人がラッパを鳴らすと、突然太鼓(たいこ)の音が鳴りひびく。

 かなりの音量に顔をしかめていると、ラッパと太鼓がリズムよくハーモニーを奏でる。

 それに合わせ周囲の男たちが規則正しい動きで、ビシッバシッと拳や手刀を繰り出すようなダンスを繰り広げる。


 やがてすみのほうで、ヒラヒラとはためくようなものをかかげる者がいた。

 なんとも奇妙な記号が描かれたオカルティックな校章が記された旗は、おそらく人間では持ち上げることができないくらい巨大だ。

 持ちあげた男は普通の体格ながら、そんな巨大旗をブンブンと振り回す。


 目が慣れると、そいつらはみんなやたら(すそ)が長い学ランを着ていた。

 頭には白いハチマキ、両肩に同じく白いたすきをかけている。

 つまり当校の応援団だ。

 やがて中央に立っていた見覚えのある大巨漢が、一気に両手をまっすぐ斜め上につきあげた。


「フレーーーーーーーーッッ! フレーーーーーーーッッ! アーーンーーガーークッッ!」

「「「「フレッフレッ! アーンーガークフレッフレッ! アーンーガークッッ!」」」」

「ナッシング……エーーーールスッッッ!」


 そしてラッパと太鼓がけたたましく鳴り響く。

 主将はすぐに喜びの声をあげる。


「おお! 応援団かっ! これはずいぶん心強いなっ!」

「いや心強くなんかねえよっ!

 最後のナッシングエルスってなんなんだよっっっ! 意味が全然わかんねえよっっ!」


 おれのツッコミをよそに、応援団長の荒木笹勝馬(あらき ささかつま)は早くもやりきったと言わんばかりの表情で腕を組んだ。


「すまんなっ! オレたち応援団が出て来れるのはここまでだ!

 とくにオレはこんな見てくれだから、向こうの球場には顔を出せん! そのかわりここで精いっぱい声を張り上げさせてもらうぜ!」

「ハハハ、心強いな。

 お前の天をつく大声があれば、きっと野球の神もそれを聞き届けてくださるはずだ」

「主将、まだ夜中ですよ? みんなが起きてきたらどうするんです?」


「おいっ! 応援団が集合してるぞ!」

「なんだよっ! おれらにだまって出発かよ! 寮長も人がわりいなぁ!」


 案の定、バルコニーあたりから声がかかってくる。

 入口からもパジャマ姿の生徒たちが飛び出してきて、おれたちの姿を見て大さわぎになる。


「まったく。球場にはだまって向かうつもりが、これじゃ元のもくあみだな」


 言いつつ監督はまんざらでもない笑みを浮かべる。


「ちょっと、ちょっとごめんなさい!」


 誰かが応援団のわきを抜けて出てきた。

 白い浴衣姿の沙耶だ。後ろを見るとタタミちゃんたちもいる。


「新介君! ちょっと待って!」


 言うやいなや沙耶は高い場所にあるバルコニーから容赦なくと飛び込んで、華麗な動きで地面に降り立った。

 それを見たチアキが露骨ににやりと笑った。


「うっほ。話題の1年生の白パンツ拝見。こりゃもうけたね」

「ハイ、あとで沙耶に報告して殺してもらいます」


 おれの殺意を込めた視線にもうすら笑いを浮かべるチアキをよそに、沙耶がこちらへと駆け寄ってきてきた。


「まったく! 今日が初日だったのね!?

 わたしたちに十分な睡眠時間をとらせるためにだまっているなんて、寮長も人が悪いわ!」


 後ろからは、対抗意識があるのかパジャマ姿のタタミちゃんまで駆けつけてくる。


「球場に応援にも行けないなんて、サイアク!

 こうなったら授業サボって足運んでやろっかな!」

「2人とも、ありがとな。

 でもその気持ちだけで十分だって。泊まりがけになるけど、絶対いい知らせを持って帰るから」


 照れ笑いを浮かべて頭をなでていると、周囲から異様な視線を感じた。


「はん! モテる男はうらやましいぜ!

 もっとも俺はお前の知らない側面を知ってるがな! ヒャハハハハ!」


 そう言っていやらしい目でタタミちゃんをなめまわすように見る暗塵。

 案の定タタミちゃんはサービスしたことを後悔する目になっている。


「この元マッシュルーム野郎。帰ってきたらギッタギタにしてやるからな……」


 沙耶もしらけた目を向けつつ、おれの手をとって、ぎゅっと握りしめた。

 暖かな感触におれは顔を真っ赤にして目の焦点を失う。


「絶対、勝ってきてね。わたしたち、期待してるから」


 周囲の視線を感じてすぐに手を離した沙耶は、部員達の方も見まわす。


「みなさんも、ぜひがんばってきてください。ご健闘をお祈りします」


 そう言って彼女は頭を下げた。

 以前敵対関係にあった頃には全く想像もつかなかった光景だ。


「ハン! オレらを誰だと思ってる。アンガク野球部は死霊族最強だぞ?」

「しかも相手はたかが人間。間違っても負けることなんてねえよ」


 クルガとチアキが続けて言う。

 他の部員たちも不敵な表情で沙耶にうなずきかけた。


「よし、見送りがすんだところで、とっととバスに乗り込むぞ」


 監督の指図に従い、おれたちは校門へとゆったりとした足取りで向かった。

 大歓声がひびくなか、番長は再び大声を張り上げた。


「フレーーーーーーーッッ! フレーーーーーーーッッ! アーーンーーガーークッッ!」

「「「「フレッフレッ! アーンーガークフレッフレッ! アーンーガークッッ!」」」」

「ナッシング……エーーーールスッッッ!」

「だからそのナッシングエルスってなんなんだよっっっ!

 響きがなんとなくネガティブで気分が悪くなるわっっっ!」


 思わずツッコんだおれを見てクスクス笑いながら、沙耶とタタミちゃんはいつまでも大手を振っていた。





 サビだらけの鉄門を抜けると、そこには1台のバスが。

 真っ暗な森のなかブルブルとエンジンをうならせるその姿は、まるで異世界への片道切符のようでなんとも不気味だ。

……すでに異世界に住んでるようなもんだけど。


「うっわ。

 この学校に来てだいぶ恐怖慣れしてきたつもりだけど、こういうのはいつ見ても不気味に思えるな」

「はははは。

 まったく同じではないかもしれんが、このバスに乗り込んだら最後まったく別の場所に連れていかれるんじゃないかという不安は宿るね」


 言いながら、監督はバスのドアをトントンと叩いた。

 すると自動扉がプシューと音を立てて開く。


 運転席にいたのは、意外なことに若い女性だった。

 しかしこちらを見るなりにらみつけるような顔つきになる。


「遅い! こっちは特別ヒマってわけじゃないんだ! さっさと乗り込め!」


 それを聞いたとたん、人外のヤンキー集団は思い思いの表情で相手の女性をにらみつける。怖い。


「さっさと乗らんか!

 こちらは公安の方だ、いそがしいのは事実なんだから早く乗り込め!」


 監督に言われ、部員たちはしぶしぶスポーツバックを手に次々とバスの中に乗り込んでいく。

 もっとも通りざまに女性をにらみつけるのは忘れない。

 しかし女性は威圧的な視線にもまるで平然としていた。


 最後におれと監督が乗り込むと、女性は声をかけてきた。


「警視庁公安6課、13係の『倉鴨冷香(くらかも れいか)』だ。

 お前が結城新介(ゆうきしんすけ)だな?」

「倉鴨? 係長の娘さん?」


 50代くらいに見える倉鴨さんのことを考えると、これくらいの年ごろの娘さんがいてもまったくおかしくない。

 が、当の本人はこちらに向かってするどい視線を投げかけた。


「最初に言っておく。

 たしかに係長はわたしの父だが、奴の話は絶対にするな。

 わたしは奴のことが大嫌いだからな」


 おれは「わかりました」と言いつつも、首をひねって席に向かった。

 嫌いな父が所属している部署なのに、なぜ彼女は13係にいるのだろう。

 よほど深いわけがあるに違いない。

 そう思っていると、バスが突然急発進した。


「うおぉぉっ! 気をつけろよ! 人間が乗ってるんだぞ!」


 しかし前方からは「忘れてた」と言う声がかかってきただけで、後は猛スピードで森の中を走り抜けていくだけだ。


 なんとも言えない空気が車内にただようなか、バスはいよいよ目的の試合会場へと出発した。

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