(3)
後日、グラウンドで練習する部員たちの髪型はさっぱりしていた。
主将は葬也と同じくきれいさっぱりスキンヘッドにし、クルガとチアキもなんだかんだ言いながら髪の毛を3分の1にカットしてくれていた。
エトワールさんのご尽力もあり、2人は新しいヘアスタイルをけっこう気に入っているようだった。
もちろん、影乃も新しいヘアスタイルになっていた。
おれより少し長めの髪は思いのほかよく似合っている。
もともと顔立ちがいいだけに、見栄えのよくなった影乃はずいぶんカッコよくなった。
「こういうことなら、これからは美容室を頻繁に利用することにするか」
一番素直に言うことを聞いてくれただけに、おれも安心することができた。
一方、グラウンドにまったく姿を見せない奴もいる。
「暗塵の奴、まだ来ないのか……」
ふと声をかけられると、おれは正面から見るとあまり変化がない主将に向かってあきれたしぐさをした。
「まあ、ムリもないですね。
今までずっと続けていた生活スタイルを、いきなり変えろと言われていい顔をする奴はいませんよ」
「だが、お前は奴の力が必要だと思ってるんだろう?」
「ええ、必要です」おれが言うと、主将の眉間のシワはますます深くなる。
「言ってしまうが、奴にはあまり野球の素質はないぞ?
バッティング、走塁、捕球やと投球にいたるまで、あらゆる要素がほかの部員に劣る。
たしかに練習不足の感はあるが、それを差し置いても才能のある選手とは言えないぞ?」
「だけど、飛びぬけて優れているところはあるでしょう?
ほら、人間にはない……」
最初は要領を得なかった表情の非道丸は、突然すっとんきょうな声をあげた。
「特能のことを言っているのか!?
バカな! 公式戦では一切利用を禁じているはずだぞっ!?」
「ですけど、我々が戦うのは事情をまったく知らない人間たちとの野球です。
大丈夫、公安の倉鴨さんにはちゃんと話をつけてありますから」
「本当に、そんなことをして大丈夫なのか?」
「どのみち、チアキ・クルガ先輩の能力は完璧には封印できないでしょう? それと同じことです。
なにより公安のみなさんにとっては、我々死霊族の能力がスポーツにおいてどこまで活用できるかと言う、壮大な実験になるんですよ」
突然、非道丸がポカンとした表情になった。
「『我々』? お前大丈夫か?
お前は相手と同じ人間だということを、忘れたのか?」
言われ、おれは一瞬のうちに顔が熱くなった。
「やべぇぇっっ! いつの間にか自分まで死霊族の一員みたいに思えてきたっ!
共同生活が長引きすぎだっ! ヤベェもう人間界に帰れる気がしねぇ~~~っっ!」
「ははははははっっ! 相変わらず面白い奴だなっ!
お前の命を奪わないでおいて大正解だっ! あははははははは!」
「それ、言わないでくださいよ。
あのころを思い出すと今でも背筋が凍りますって。ていうかいいかげん心臓返してくださいよっっ!」
言っても、非道丸は「わははははは!」と大笑いするばかりだ。
おれは腕を組み、仕方なくこれからの予定を考えるのであった。
暗塵がゆっくり目を開けると、そこは見覚えのある場所だった。
周囲は薄暗いがここはまぎれもない、野球部が使っている遺跡みたいな施設の一室である。
前面コンクリートの殺風景きわまりない室内を、窓や天井の照明から差し込む頼りない光が照らしだしている。
「おい、こりゃどういうこった。
ていうかなんでいつの間にこんなところにいるんだよ?」
暗塵は目の前にいる主将、そしておれをにらみつけた。
主将は言う。
「手荒な手段で取り押さえてもよかったんだが、お前が本気を出せばよけいな被害が出るという新介の判断でな。
クルガに頼んで昼メシに薬を混ぜ込んでもらったよ。
事情を話したらこころよくひきうけてくれた」
暗塵が自分の身体に目を向けるといつもの白い大蛇ではなく、荒々しい縄でイスにがんじがらめにされていることを確認し、またにらみつけてきた。
「キヨコは今どこにいるんだ?」
「別室にて待機中だ。
お前が服の中にしまいこんでるハチの大群も殺虫剤をかけまくってやったぞ。
どうせ時間が経てば再生するんだろ?」
おれが途中で口をはさんだ。
「暗塵さん、動物を意のままに操る能力を持ってるんですよね。
しかもそれだけじゃなく、自分の血を分けることで同じ不死身の存在にすることができる。
思えばすごい能力です。
タタミちゃんが『とんでもない能力の持ち主だった』ってえらくホメてましたよ」
するとどういうわけか暗塵は怪しげな笑みを返してきた。
「ああ、あいつもいい女だったぜ。
以外と胸があるんだな。首を折られる際にサービスしてもらって、いい感触がしたぜ」
「……てんめぇ~~~~~~~っっ!
人より先にあいつの胸を堪能しやがってっっ!
金払えっ! 今すぐタタミちゃんに1万円払えっっ!」
うらやましい、うらやましすぎる。
なんでこんな怪しいヘンタイ野郎にタタミちゃんが奉仕せねばならんのだ。
「落ちつけ、話を脱線させるな」
困った表情でおれをたしなめたあと、主将はひるがえって暗塵に手を向けた。
「お前の能力の利便性は俺も知っている。
だとしたら、それを試合で活用しないか?」
「は? 俺の『サーヴァント(使い魔)』を野球で使え?
そんなん反則じゃねえのかよ?」
「もちろんあからさまに相手を攻撃するのは危険です。
ですが相手にバレないようこっそりと使うようにすれば、対戦相手にとっていい牽制になるんじゃないですか?」
「そりゃそうだが、そりゃいくらなんでもズルすぎるんじゃねえか?」
意外な反応だった。
見た目で判断するのはよくないが、暗塵と言う男はてっきり目的のためなら手段を選ばないイメージが先行していたので、おれは思わず目をむいた。
気を取り直し、おれは先輩に不敵な笑みを向けた。
「大丈夫ですよ。
なにせ相手はこちらの素性をまったく知らないんです。これからも知ることはない。
そりゃないよと訴えられることもありませんよ」
「だとしても、そこまでやるか?」
それでもとまどう先輩に、おれは真剣な目をしてうなずいた。
「我々はなんとしてでも、甲子園に出場しないといけません。
部の存続がかかっているんなら、使える手はなんでも使えます。
誰にも文句は言わせませんよ」
「おれらを見張ってるのは生徒会だ。奴らにはなんて説得する?」
「レギュラー不足、っていう言い分を使います。
我が野球部は部員が多いですが、暗塵先輩ほどのレベルに到達してる先輩方はいません。
ましてや1年生レギュラーを3人も抱えてるくらいですからね」
「へえ。
だとしたら、この俺を使うって言うのも仕方がないってわけか……」
物思いにふけった後、暗塵の顔に怪しい笑みが浮かんだ。
「おもしれぇ。やってやろうじゃん」
引っかかると思った。
暗塵は自分の本領を発揮する機会を与えれば、迷わず食いついてくるタイプだと見抜いていた。
油断せず、先輩たちにも人となりを確認しておいてよかった。
「よろしくお願いします」
心の中でほくそ笑むのをこらえながら、顔では訴えかけるような目つきをして頭を下げた。
「なんだよ。人の頭を見て面白がってんじゃねえよ」
翌日。
ようやくグラウンドに現れた暗塵先輩は、たしかにがらりと髪型が変わった。
しかし髪の色は真っ白からグレーになっただけ。
短くまとめたが、ヘアジェルを使ったのか天空に向かって針山のようにツンツンに突き立っている。
「あは、あはははは。もういいや、それで……」
もうあきらめた。
これ以上奴に譲歩を迫れば、本当に退部しかねない。
ここはぐっとこらえて、素行不良の生徒の更生の難しさをアピールするしかない。
「それにしても、まったく来ないな」
投球練習を終えると、主将が眉間にしわを寄せて問いかけてきた。
「いったい何を待ってるんです?」
「ほら、もう試合も間近だろ。
なのになんでテレビ局の取材が来ないんだ? こっちは首を長くして待っているというのに」
「あの、主将。
なにかアピールしたいことでもあるんですか?」
「なにを言う新介。我々だって真剣に練習に取り組んでいる。
それをアピールすることは我が野球部のイメージアップにつながるはずだぞ?
我が野球部のみならず、アンガクの士気も多いに上がるに違いない」
まっとうな理由だった。
なので、返答を返すのにずいぶん苦労した。
「あの、実はその話……断りました!」
主将は目を大きく広げ、「なんだとっっっ!」と大声を張り上げた。
おれは周囲に注目されないかと必死にあたりを見回す。
「声が大きいですよっ! しょうがないでしょう!
うちの学校は人間の目に触れるとまずいものが多すぎるんです!
隠したって隠しきれない、取材自体をお断りするしかないでしょう!」
すると突然胸倉をつかまれた。すごい圧力。「く、くるし……」
「貴様、そんなことでいいと思っているのか!
N○Kの出場校への取材は神聖なる儀式だぞ!
わが校に限ってそれを断るなど、あってはならないっっっ!」
何度も何度もタップしまくり、ようやく拘束から逃れた。
「ゴホッ! ゲホッ! い、いきなりシメないでくださいよ!
主将人間じゃないんだからおれ死んじゃいますよ!」
「だったらなんで取材を断るんだっ!」
ヤンキーならではの怖い表情で迫ってくる主将に、おれはあわてて弁解した。
「いいですか? 高野連にはわが校のことをこう説明しています。
『安国学園は特殊な事情をかかえた生徒が多く集まる特別校。
なので在校生に配慮し、メディアの校内取材は一切控えるようお願いいたしたい』。
というわけで、取材は一切NGです。わかりましたか?」
「事情をかかえた生徒? 我々はなんと説明しているんだ」
「まあ、不登校ですね。
先輩たちヤンキーなんで全員家庭とうまくいってないっていう設定にしています」
主将は思い切り不服そうな顔をした。「俺は親とうまくいってるんだがな……」
「設定ですから設定!
主将ご両親にもそうやってきちんと説明してくださいよ!?」
他の先輩たちも親御さんに説明し忘れることがないようにしないと。
「新介は? お前は有名選手だったんだろ? 高野連にはなんて説明した」
「あ、おれ、危うく高校浪人になりかけたんで、それで、それで……」
おれは思わず顔をおおった。恥ずかしい。
今思えば体調不良ですべり止めにも受からなかったと思うと(もっともこれは教頭のワナだったのだが……)、とても恥ずかしい。
ましてやこれから関係各位にそうやって触れまわらなければならないというのか……
事情を察した主将が、「そ、そうか……」と気づかった声をあげた。
おれも自分の身を犠牲にしているので、わかってもらえるととても助かる。
監督が部員全員を集めて、テーブルの上にいくつかの小道具を広げた。
「我々は人間のフリをして、グラウンドにあがらねばならん。
これらは素性を隠すための道具だ」
まず、監督は薄い円形の小さな箱を取り出した。
中を開けると、小さな鏡の下に肌色のざらざらした質感のものが張り付けてある。
「ファンデーションだ。
女の化粧のようで申し訳ないが、お前らにはこれから人前に出るたびにこれを顔に塗りたくってもらわねばならん」
一部から「え~!?」と言うひんしゅくの声が聞こえる。
監督は反論する。
「しょうがないだろう。我々は人間社会にまぎれるには色が白すぎる。
ましてや普通の高校球児たちは日焼けでばっちり小麦色に染まっているんだ。
野外活動をしている我々が色白では怪しすぎるだろう」
ここで、影乃がびしっと手をあげた。
監督は無言でうながす。
「それにしちゃこのファンデーション。色が薄すぎやしないか?
これじゃ例の対戦相手からおかしな目で見られることに変わりないぞ」
「影乃、教員に対してその口調はなんとかならんのか……
まあいい、たしかに私もそれを疑問に思った、説明は新介がする」
うながされ、おれは立ち上がり先輩たちに振り返った。
「確かにこのファンデーションでは、あまり見た目に変化が起こりません。
ですがこれは意図的なものです」
葬也だけが「意図的?」と口を開いた。
おれはうなずく。
「敵は最初から、我々をナメてかかります。
なんなんだこの色白集団は。まともに練習してるのか? だいたい初出場校だしな、とまあこんな具合です。
つまり、我々は敵の油断を容赦なくつくんです」
ふんぞり返るチアキから「へへ、なるほどな」と言う声がかかった。
「それに加え、これにはもう1つの狙いがあります。
あえてファンデーションの色を薄めにしたのは、対戦相手にもう1つの効果、『威圧感』を与えるためです」
「威圧感?」クルガは首をひねる。
「ええ、対戦すれば、敵は我々がただ者ではないことをすぐにさとります。
それとともに、我々の尋常ではない風貌を目にして、『こいつらはただ者じゃない』という印象を与えることになるのです。
それらはたいがい、恐怖をともなうものになります」
「恐怖、ねぇ」案の定、暗塵は楽しげな話題に食いついた。
「我々の実力は話題になるでしょう。そうなれば相手の油断を誘う戦法は通用しなくなります。
しかし逆に最初の試合で強烈なインパクトを与えれば、次の対戦相手は我々に対していいしれぬ不安を感じるようになるでしょう。
恐怖や不安、負けの許されない戦いにおいてこれほど心強い味方はいません」
それを聞き、先輩たちはみんなおどろいているようだった。
ここで突然拍手が鳴り響いた。監督が感心して思わず手を叩いたようだ。
「なるほど、さすがは中学野球において優秀な成績を収めただけのことはある。
君は大した策士のようだな」
「それほどでも。思いつきを実行に移しただけです」
「だが、君が我々に対して大変な努力をしていることは認めるぞ。
非道丸、お前もそう思うだろう」
急に話題をふられた主将だが、あわてずに何回かうなずいた。
「今回の作戦立案で、監督や俺より多くのアイディアを出しているのは、お前だ。
新介、お前はもう我が野球部にはなくてはならない存在だ。
みんなもそれを自覚しているはずだ」
言われると、ヤンキー部員たちはそろって気恥ずかしそうにそっぽを向く。なにげに素直な連中だ。
おれもまた、熱くなった顔を下にさげた。
「ほめてもらっても困ります」
「カン違いするな。本当にホメるのは結果が出てからだ。
それまではこれまで以上に厳しく接するぞ。覚悟しろ」
真剣な目を向けてくる主将に対し、おれもまっすぐ見返して「はい、わかりました」とうなずいた。
「おい、ちょっと話脱線すんなよ。
ファンデーションの横に置いてあるモロモロの道具はなんだ?」
おもむろに立ち上がった豹摩を見て、おれはテーブルの上に目を向けた。
「ああ、これお前用の変装道具だよ。
これは特殊メイク用のシリコンだ。
まずはお前の頭部を石膏でかたどりして、頭部のミニチュアをつくる。
そんでもってその上にシリコンを塗りたくって、お前用のマスクをつくる。
そいつを被れば、お前も立派に人間のフリをできるってわけだ」
言うと豹摩は包帯グルグルの自分の顔に触れた。
「おいおい、まさかお前ら、オレ様のこのハンサム顔をいじりまわそうとしてんじゃねえだろう……」
「ハンサムじゃねえしっっ!
包帯で顔隠してる奴のどこがハンサムなんだよっ!」
「オレ様のエンジェルたちが言ってくれるんだよっ! 覚悟しておけよっ!?
もし下手にブサイクに加工しやがったら、ギッタギタのケチョンケチョンにしてやっからな!」
本当にやりかねなかったので、おれはビクビクしながら「ぜ、善処します……」と告げた。
「ってなんじゃこりゃぁぁぁぁぁっっ!
全然まともになってねえじゃねえかぁぁぁっっ!」
半日以上かけて作ったシリコンマスクは、なかなか上出来だった。
なのに本人は文句を言う。
「な~によう。これでも苦労して作ったのよぅ?
なのに、ケチつけるわけぇ~?」
作業のほとんどを担当したエトワールがいかにも不服そうな顔をする。
「言い訳ねえだろっ! なんだこのツルツル顔はっ! 元に戻せ!」
「すみませんエトワールさん。
この人美意識が少々おかしくて、元の顔がハンサムだと思い込んでいるみたいです」
「いいえ? なかなかいい顔だったわよ。
たしかに表面はただれてるけど、顔の作り自体はけっこうイケてんのよ。
ただ今回作ったマスクとあんまりクオリティ変わんないはずだけどねぇ」
「新介ぇ~、覚えてるよなぁ~。
もしオレのお望み通りにならなかったら、ギッタギタのケチョンケチョンにしてやるってなぁ~」
立ち上がった豹摩が、両手の指をポキポキならせながらこちらに詰め寄ってくる。
「ま、まずい! よし、ここは奥の手だっ!」
そう言って扉を開けると、そこには数人の女子生徒がいた。
ぞろぞろ入ってくるなり、生まれ変わったボーイフレンドの姿を見てビックリする。
「あっ! 豹摩クンだっ!」
「すっご~いっ! 元の顔をしっかり生かしてるぅ~!」
そう言って駆け寄ってくるエンジェルたち。
一方の豹摩はとまどうばかりだ。
「わぁ~、つるつる~」「これはこれで、カワイイよね~」
「そ、そうなのか? ハハハ、そう言われれば、下手に文句も言えないなぁ~」
あきらかにデレデレしている豹摩。
おれはあきれた目でイチャイチャする彼らをながめた。
「前からずっと気になっていたんですけど、あれ、豹摩のなんなんですか?」
するとエトワールは耳に顔を近づけて声をひそめた。
「あれ、ぜんぶ豹摩クンの“彼女”らしいのよ。
全員同じ部屋で寝泊まりしてんだけど、4月に隣同士になった寮生が豹摩クンがたずねて来た時の『騒音 』があんまりひどいんで、彼女たちはとなりに寮生がいない部屋に移ってもらったっていう、もっぱらのウワサよ?」
「なんて、なんてはしたないんだっっっ!」
そしてなんてうらやましいんだ!
おれが壁に顔を伏せてなげいていると、エトワールの容赦ないひと声がかかる。
「あんな子を見習って、沙耶ちゃんタタミちゃん両方を手玉に取ろうなんて考えちゃダメよ?」
「うおぉぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!」
あからさまな想像を許してしまい、おれは自分を責めたててやりたくなった。




