(2)
「野球部っっ! 全員集合っっっ!」
監督が大声を張り上げると、きびきび駆け寄ってくる奴、だらだらとゆっくり歩いてくる奴、とにかく全員がこちらの方に集まってくる。
「よし、集まったな!
今日は大事な話がある。まずは新介のほうから話してもらおう」
呼びかけにしっかりうなずき、少し前に進み出る。
「話と言うのは、なにを隠そう高校野球出場における我々の……」
「うるせぇ幽霊部員っっ!
えらそうなこと言いたいんなら毎日練習に出てからにしやがれっ!」
おれはヤジを飛ばしたクルガ先輩にすぐさまツッコミを入れる。
「幽霊部員じゃないでしょっっ!
時々室内練習イヤでサボったこともありますけど、あれはしょうがないでしょっ!
ちゃんと監督にも許可を取ってるんでほっといてくださいっ!」
すると主将の非道丸が腕を組んでため息まじりに言う。
「まだ入学初日のことを根に持ってるのか。
お互い誤解は解けたんだし、いいかげんクトゥルー神像にもあいさつしたらどうだ?」
「いやですよあんな不気味な像っ!
だいたいなんで存在しもしない神に祈りをささげなきゃいけないんです!?
くだらないことをさせてないでいいかげん心臓返してくださいよっっ!」
おれが鼓動のしない胸のあたりをバシバシ叩いても、現在の持ち主である非道丸はあさってのほうを見上げた。
「無理だな。高校野球出場はかなったが、甲子園に出られると決まったわけじゃない。
我々がいくら実力をつけようが、最終的には運で決まる。
まだ偉大なるクトゥルー神への祈りはやめられんし、心臓は返せんな」
「くっそぉ~、甲子園出場できないで廃部になっても知らないからな~」
おれが拳をにぎって顔をしかめていると、監督が取り持つように告げた。
「新介は特別だ。
彼はピッチャーしかこなせないため、練習のさせすぎはよくない。
もともと肩を故障しがちなので、無理はさせられない。我々死霊族とは事情がちがうんだ」
こういうとき、監督がしっかりしていると心底安心させられる。
これがもし星○徹並みのガンコオヤジだったら平気でおれを見捨てるところだっただろう。
おれは気を取り直して話を戻した。
「高校野球には規則と言うものがあり、これまでいろんな説明をしたと思います。
今回はその中の1つ、大会に出場できる髪型、についてお話をさせていただきます」
そしておれは、横並びになったけだるそうな先輩たちをびしっと指差した。
「はっきり言います!
このままだと、我々は高校野球に出場できません!」
反応は様々、素直にビックリする奴、なに言ってるのかわからんと言わんばかりの奴、中には怒っておれをにらみつけてくる奴までいる。
特に暗塵先輩はろこつにバカにした表情になっている。
「はぁ? なに言ってんだお前。
お前が高校野球出すっつぅからまじめに取り組んでんじゃねえか。
今さらなにケチつけてんだよ。お前がきちんと責任取れよ」
「だったらはっきり言います!
なんで暗塵先輩、いっつも身体に大蛇巻いて練習してんですかっ!
まさか、そのまんま球場まで持っていこうと思ってんでしょうねっ!?」
暗塵は一瞬身体にまきついた白い大蛇に目を向け、こちらを向いて眉をひそめる。
「は? いけねえの?」
「行けるわけねえだろっっ!
世界中のどこにペット連れて野球してる奴がいるんだよっ!
こっちの世界じゃ誰1人としていねえよっっっ!」
「ふっざけんな!
おれと『キヨコ』は一心同体なんだ! なのに彼女と離れろとっ!?」
「そのヘビ、メスだったんかい!
そんなことはどうでもいいとしてムリなもんはムリ! 確実に退場になるぞ!」
それでも首をふり続ける暗塵に向かって、今度は髪の毛のほうを指差した。
「そしてそのマッシュルームカットッッ!
こっちの方も規則違反、色も長さも完全にアウトですよっっ!」
とたんに相手は両手で頭をかかえた。
というより大事そうになでつけた。
「て、てめぇっ! このオレのサラサラヘアにケチつけんのかよっっ!」
「サラサラだろうがなんだろうがムリなもんはムリなんだよっ!
エトワールさんの許可は取ってんだからしっかり規定内のヘアスタイルにしてくださいっ!」
おれは他の野球部員たちを見まわした。
「はっきり言います! こんなかで規定内の格好をしている部員は誰一人としていません!
キチンと人間界に通用する格好にしてください!」
ウソである。高野連にははっきりとした髪型の規定はない。
せいぜいロン毛はやめろとか、あきらかに染めた髪はムリと言っている程度だ。
ただあまりに非常識な格好をしてるのが多すぎるので、運営側はあきらかに問題視するだろう。
しかし本当のことを言っても部員たちは納得しない。だからウソをつくしかないだろう。
「まずは主将! 高野連ではロン毛はダメですっ!
辮髪なんぞと言う後ろの髪だけをやたらと伸ばすような中途半端な髪型は金輪際やめて、きれいさっぱり丸刈りにしてください!」
非道丸は残された後ろの三つ編みに手を触れたあと、そり上げた前頭部をなでる。
「前だけ見れば、坊主なんだけどな」
「だから苦しまぎれの言い訳してんじゃねえよっ!
あんた高校野球好きなんだろっ!? 好きなら好きで趣味もちゃんとそっちにあわせんかいっ!
高校野球じゃ丸刈りは神聖な髪型なんですからっ!」
「そ、そうなのか……ならば、仕方がない……」
あまりにあっけなく撃沈したので、後輩の部員たちがおどろいて目を見張る。
一方のおれとしては、主将のあこがれである高校野球の話題をふればすぐに乗っかるとわかっていたので、まったくビックリしなかった。
「おい、俺は生まれつき丸坊主だ。こっちの方はいじりようがないぞ」
そういったのは、髪の毛どころか眉毛すらない葬也先輩。
ギョロ目を向いた自分の顔をまっすぐ指差すのがなんともこっけいである。
「葬也先輩は問題ないです……
ですけど体中に書いてある変な呪文は消してくださいねっ!?」
「それくらいわかってる。おれを他の連中のような馬鹿どもと一緒にするな」
逆ににらまれてしまった。おれは思わず身体がふるえだした。
「ふえぇぇ、ごめんなさい。
ついでに主将が本番の時にドクロペイントしないようにしっかり見張っといてください……」
おれはおじけづきながらも次のターゲットに目を向ける。
「あと、勢尊先輩もどうにかなりませんか? そのマスク……」
「勢尊はその前に体格からしてアウトだろ。
現役高校生にこんなガタイのいい奴はいないぞ?
はっきり言って出場資格からしてあるとは思えんな」
わりと現実主義の葬也が裏拳で巨大な肉のかたまりを叩いた。
言われた当の本人はチラリと視線を向けるだけだ。
「う……まあ、なんとかなるでしょ。
でもさすがにそのホッケーマスクはまずいと思いますよ」
すると意外なことが起こった。
勢尊はあろうことか、毎日のように素顔を隠していたホッケーマスクを、あっさりとはぎ取ってしまったのだ。
「……ぷっっ!」
思わず吹き出してしまう。
ホッケーマスクの下から現れたのは、筋骨隆々の肉体からはとても想像がつかない、みまごうばかりのきらびやかなイケメンだったのだ。
「な、なんじゃその体つきと顔のギャップはっ!
ギャ、ギャハハハハハハハハハッッッ!」
突然笑い出したのは、おれと同じ1年生の豹摩。
腹をかかげて大笑いしている。
「新介、豹摩。あまり笑うな。勢尊はこう見えて非常にシャイなんだ」
葬也が言う通り、勢尊は起こるどころか顔を真っ赤にしてうつむいているだけだ。
物騒な外見(顔が割れたらそうでもないが)のわりにおとなしい性格なのである。
「ま、まあ体格はともかくとして、顔は問題ないでしょう。
本番はキャッチャーマスクを被れば、あんまり目立たないでしょうし」
問題は勢尊の体格が話題になりすぎないかどうかである。
最悪出場停止は覚悟しておかなければならない。
勢尊がそそくさとホッケーマスクをかぶるのを確認すると、続いて2年生のほうを向いた。
まずはロン毛の銀髪。
「クルガ先輩! あんたも髪型が完全にアウトですっ!
色を黒にしてバッサリ切ってください!」
「んあぁ!? てめえ、この俺にケンカ売ってんのか?」
「先輩が高野連にケンカ売ってんですよっ!
死霊族でさえ常識的な髪型してる生徒多いのに、まさか本気で大丈夫だと思ってんじゃないでしょうねっ!?」
「おかしな話じゃねえか。
俺の大好きな野球マンガじゃ、ずいぶん派手な髪型してっけどな」
痛いところをつかれた。
おれはマンガ界の自由な発想をうらみつつ、仕方なしにクルガに近寄った。
「先輩、いいですか?
マンガで自由な髪型が多いのは、キャラの区別をつけるためです。
作家が描く人の顔ってだいたい似通うでしょ?
顔立ちにあまり変化をつけられない代わりに、髪型でキャラ分けをやってんですよ。
現実と架空の世界をひとまとめにしないでください」
「顔に変化がつけられない? 怠慢だな。
もっと個人個人で変化をつけられるように工夫しろ」
「この場に漫画家さんがいるわけでもないのにケチつけんのやめてくださいよっ!
とにかくマンガはマンガ、現実は現実なんですから高野連の言う通りにしてくださいっ!
先輩は本当に野球部がなくなってもいいんですかっっ!?」
それでもあきれ返ったかのように首をすくめるクルガ。
その横では小柄なチアキがご自慢の逆立ったモヒカンをいじくる。
「おいおい、せっかくエトワールがうまくセットしてくれた髪型なんだぜ?
それをわざわざボウズ刈りにしろってんのかよ。
いくら廃部がかかってるとは言われても、そりゃたまんないぜ」
「チアキ先輩はモヒカンのままでいいですよ。
でもせめてあと10センチくらいはカットしてください」
チアキが「チッ、めんどくせぇな」とつぶやいているのを見て、おれは再びロン毛を指差す。
「ほら、チアキ先輩はもう少し物わかりがいいですよ。
クルガ先輩もいいかげんあきらめてください。
ボウズにしろとは言わないまでも、もう少し短くまとめてくださいよ。
第一人間がロン毛のままヘルメットをかぶるとムレてしょうがないんです。死霊族なら全然気にならないかもしれませんけど、怪しまれますよ?」
クルガはそれでも舌打ちを返しただけだった。
ヤバい、予想以上にてこずらされそうだ。
「おれも、髪を切った方がいいのか」
そうやって目にかかるくらい長い前髪をいじくる華鷹先輩。
「そうですね。華鷹先輩はとりあえず前髪をなんとかすればいいと思います。
別に切りすぎなくても問題ないと思いますよ」
すると彼、どこか得意げな笑みをクルガに向ける。
相手はこれでも不機嫌な顔で返すが、これは案外効果的かもしれない。
ここで、誰かがその場を立ち去ろうとする。確認してみると……
「おい暗塵! お前どこに行くつもりだっっ!」
主将が声を張り上げると、振り返ったマッシュルームは思い切りにらみ返した。
「やってられるかっ!
チアキやクルガが廃部になったら困るっつーからしぶしぶ野球やってんのに、やれキヨコと別れろだの、サラサラヘアを刈り上げろだの、注文が多いんだよっ!」
「キヨコと別れろなんて一言も言ってねえし、丸刈りにしろとも言ってねえよ!
ただ身なりをこっちの世界に合わせろって言ってるだけでしょうがっっ!」
「んだとコラァァッッ!」
暗塵は血走った目でこちらに向かってくる。ヤンキーなのでさすがにビビって後ずさってしまった。
華鷹があわててマッシュルームの両肩をつかむ。
「押さえろ暗塵っ!
わかってるだろ! こっちと向こうじゃやり方がちがうんだ!
ここはガマンして、新介の言う通りにしろ!」
すると暗塵は乱暴に同級生の両手をふりほどく。
「うるせぇっ! 俺はなにも野球が好きでやってんじゃねえよ!
野球やってりゃ授業サボってもガミガミ言われねえから籍をおいてるだけだ!
お前らとは違うんだよ!」
「いちおう文句はつけてるんだけどねぇ……」
監督がぼそりとつぶやく。
しっかりした考えの人ではあるが迫力はあまりないので、ヤンキーだらけの部員相手には苦労しがちのようだ。
「とにかく、髪型変えろってんなら俺はもう部には来ないからな!
それにキヨコをここにおいてくのは絶対にイヤだからなっ!」
そう言って暗塵は肩をいからせて立ち去ってしまった。
肩からこちらをのぞき込む白蛇の赤い舌が、まるで挑発するかのようにチロチロと小刻みに動いていた。
「あ~、行っちまったよ。
監督、第一あんなやる気のない奴、レギュラーに必要なんですかね?」
チアキの質問にはおれの方が答えた。
「はい、必要です。
実は考えていることがあって、おれはあの人の協力が必要だと思っています。
クルガ先輩、なんとか説得できませんか?」
言われて、クルガは反論せずにロン毛をかきむしり、「めんどくせぇな」とつぶやいた。
いちおう説得はしてくれるようだ。
「おい、オレはどうすればいい?」
問いかけてきたのは、おれと同じクラスの影乃。
こいつが一緒に部に入ってくれているおかげで、おれもずいぶん気が楽になっている。
「できるだけ短くしてくれた方がいいな。その髪型気に入ってるのか?」
言われると、影乃は伸び放題のボサボサヘアを片手でいじくる。
「いや、忘れただけだ。
どうも床屋となるとめんどくさくなってしまってな。いつ行こうかと思ってたんだが」
「早ければ早い方がいい。
影乃、時間が会ったらすぐに行ってくれないか。忘れがちっていうんならなおさらだ」
影乃は要領を得た表情でこっくりうなずいた。
おれはあさってのほうを向いた。
「いちおう、話はついたな。
さて、後はみんなちゃんとエトワールさんのところに行ってくれるかどうか……」
「……っておいおい待てぃっ! オレはどうしたっ!?」
「豹摩?
お前は頭髪に関してはなにも問題ないじゃないか。むしろ問題なのは……」
おれはまっすぐ奴の顔を指差した。
「その顔じゅうグルグル巻きにしてる、包帯だな。
その下にあるヤケド跡みたいのを、なんとかしないと」
豹摩は後からにじみ出る変な液体でにじんだ包帯に手を当てる。
「これは、しょうがねえだろ。オレ様の身体的特徴みたいなもんだ。
この姿のまんまグラウンドに立っても問題ないだろ?」
「いや、それはむずかしいだろ。
顔中が包帯グルグルなんて、目立ってしょうがない。
だいたいそんな巻き方だと本当に衛生状態が良好なのかわからないからな。
こっちの世界できちんとした治療法を受けるとしたら、お前前が見えないくらいグルグル巻きにされてるぞ」
「オレ死霊族だから痛くもなんともないんだがな……」
「だから問題なんだって。
高校野球じゃお前も人間のフリをしなきゃいけないんだから、ちょっとでも様子がおかしいと公安のみなさんからすぐストップがかかるぞ。
なんとかごまかさないと……」
考えつつ、あるアイディアが浮かんだ。
「そうか、痛みを感じないんなら、ちょっとやそっとのことでさわいだりはしない……ぐおわっっ!」
突然後ろから誰かに組みつかれた。いったい誰が……
「よっしゃっ! 捕まえたぞっ!
豹摩、バリカン持ってこいバリカン!」
「クルガ先輩っ!? 今度はなにしようってんですっ!?」
「決まってんだろっ! 丸刈りにするんだよ丸刈りにっ!
てめえこのおれに髪切れって言うなら、お前もそれなりに誠心誠意を払えっ!」
うかつだった、考え事をしているうちに忍びよられたことを後悔しつつ、くじけず反論する。
「おれはもう髪切ってんですよっ!」
「関係あるか!
てめえも高校球児らしくさわやか丸ボウズになりやがれっっ!」
「イヤだっ! 丸ボウズもイヤだけどなによりおれは今の髪型気に入ってんです!」
「うるせぇ! 俺だって自慢のロン毛をカットするのは気に食わねえんだよ!
おとなしく言うことききやがれっ!」
言ってるうちに恐ろしい速さで豹摩が戻ってきた。
えげつない笑みを浮かべ、手にはバリカンを手にしている。
「イヤだぁ~~~~~~っっ! せっかくエトワールさんがカットしてくれた髪なのに~~~っ!
監督ぅ~、影乃~、主将助けてぇ~~~~っ!」
そのあと華鷹を含めた4人がすぐに助け出してくれたが、やはり部員たちに言うことを聞かせるのは一筋縄ではいかない。まざまざと痛感させられた。




