(3)
「よかったなぁ新介っ! 俺があおったおかげで本番さながらのマジ演奏を聞かせてくれたぞっ!
しかも両方だぞ両方っ! こんなことめったにねえぞっ!?」
キースはおれの肩をがっちりつかんで大喜びだが、当のおれはと言えば心底うんざりしていた。
「くっっそっ!
首の骨が折れて意識失ってたせいで曲を半分聴きのがしたっ! ちっきしょ~っ!」
ヒャッパは顔をしかめてひたすら首をさすっているのを見て、タタミちゃんは得意げな表情で腕を組む。
「ふっふっふ、アタシはちゃんと聞いてたもんね!
まあ途中でビハレムに妨害されたけど!」
「それを言うんならタタミちゃん、おれがジンに頭を持ち上げられてた時にどうして助けてくれなかったんだよ。
まだ頭がきりきり痛む……」
「にゃはははは、ごめんごめん!
どうせ反撃してもあいつが持ってたギターでブッ飛ばされると思って。
どのみちキースがうまくなだめてくれたじゃん!」
「うぅ、なんだか手遅れな気がすんだよ。
どうしよう、血流おかしくなってねえかな……」
そう言って頭をさすっていると、向こうのほうからエレキじゃないギターの音色がひびいてきた。
先ほどまで聴いていたのはゴリゴリのギター音だったので、なんだか心が洗われる気分になる。
外は雨が降っているので屋根づたいにそちらの方に向かっていくと、木箱の上にすわってアコギをはじいている不審な人影の姿を目撃する。
どうやったらセットできるのだろうと思うほど前に突き出したリーゼント。
その下にシャープな造形のグラサンをかけ、上下はぴっちりとした革のレザースーツを着ている。
やがてギターマンは自ら歌いはじめた。
――おれの明日はどこに行った おれの自由はどこに逃げた
探し求めてさまようおれ 答えはまだ見つからない
なあ教えてくれ おれはこれからどこに向かえばいい
どこにいけば探し物が見つかる それともお前が見つけてくれるのか
このどうしようもないおれを目を向けてくれたお前 聞いてくれないか
おれの探し物を見つけたら おしえてくれ
おれがいったい何者なのか なんのために探し求めているのか
おれはすぐに引き込まれてしまった。
日本語をくずした歌い方だったが、歌詞がよく耳に残る。
ギターの音色も声色もどこかさみしげだったが、それでもとてつもなくうまい。
気がつけば、おれは引き寄せられるようにそばまで近寄り、思わず拍手していた。
ギターマンはこちらを向いてグラサンを下にずらし、こちらを見る。
シャープながらもいい顔だ。
「なんだお前は? 冷やかしか?」
「そうじゃないっす! すっげぇ素敵です!
ぶっちゃけ、重軽音部の連中よりも、引き込まれました!」
男は鼻で笑い、肩にかけたギターのベルトを外した。
「連中よりも、うまいとはな。
お世辞にもそんなことを言われちゃ、おれもおしまいだぜ」
「そんな、そんなことないっすっ!
すっげぇいい歌ですよ! 今度ライブやってくださいっ!」
そう言っても、相手はしょうもないと言わんばかりの笑みを浮かべてギターをなでるだけだ。
「ふふ、笑わせんじゃねえよ。
お前、ライブハウスから出てきたところだろ。
あいつらの歌に比べりゃ、おれのは平凡だ。
普通の曲が好みの奴が、あんな過激な歌を聴かされりゃどんな歌でもまともに思える」
おれが「そんな……」と言って口ごもると、後ろからタタミちゃんとキースが出てきた。
「悪い曲とは思えないけど、歌い方がねえ。
どうしてそんな悲観的になれるんですか?」
「あまりいい思いはしてないみたいだな。
あんた誰だ? 重軽音部か?」
おれはキースに「先輩、この人十中八九先輩」とクギを刺す。
当の先輩らしきギターマンはそれを鼻で笑った。
「ずいぶんと威勢のいい1年生だな。
ならこのおれが『軽音楽部』部長、『ジミー平野』と聞いたらおどろくか?」
おれたちは声にならないうめきをあげた。
たしかにそれらしきオーラとテクニックを持ってはいるが……
「あんたが部長? こんなところで、なにをやってる? なぜ1人なんだ?」
キースのぶしつけな質問におれは思わずひじ打ちを食らわせた。
相手は眉をひそめただけで全く動じていない。
ところが、当のジミーはその態度をせせら笑った。
「くくく、気にいったぜ。構わんぜ、答えてやる」
そう言ってジミーはキースを指差した。
「この学校にはもともと生徒が多くねえ。しかもうちの部はレベルが非常に高い。
プロでも食っていけるほどのレベルじゃなきゃ、ステージにも立たせてくれねえのがアンガク軽音楽部よ。
で、その資格があるってのが今お前らが見てきたBTRとTSDなわけだ」
「演奏は、あんたの方がうまいぞ。
だいたいなんで部長がこんなところで1人路上ライブをしてるんだ」
キースの呼びかけに、ジミーは遠くを見るような目になる。
「そりゃあ、おれだってバンドを組んでたさ。
しかし去年になって、ジンとスミカが入ってきた。
あいつらは中学からとんでもない才能の持ち主だったから、部員たちはみんな奴らに骨抜きにされちまったのさ」
そして目を伏せ、深々とため息をつく。
「おれのかつてのバンドメンバーは、やがて奴らに引き抜かれた。
お前らがいま会ってきた他のメンバーたちがそうだ。
おれの仲間は真っ二つに割れて、そして互いにくだらない理由で争ってやがる。泣ける話さ……」
おれは思わず外の方に目を向けた。
先ほどよりも強い土砂降りになっていた雨が、グラウンドの赤い土に容赦なく叩きつけられる。
ところが、そんなかすみがかった光景から妙な影が現れた。
なんだか見覚えのある、やたらと巨大な人影。
こちらまで近づいてくる前に誰なのかわかる。
「おう、ジミー。
相変わらず1人で弾き語りでもやってんのか? 全くこりねえ奴だな」
現れたのは、マンガでも読んだことのないバンカラ姿をした大巨漢。
「こりゃおどろいた。
1年坊主ども、お前らも奴の歌を聴きに来たのか? なわけねえか」
「番長っっ! ジミーさんと知り合いなんですかっ!?」
おれに言われ番長はたくましい胸板を巨大な拳でガンッ、と叩いた。
「おうよ! 奴とは同じ年に入学したんだ。
要は、腐れ縁って奴だな!」
「……あれ? 番長ってたしか留年生じゃなかったでしたっけ?」
「オレたちは一緒に入学して、今年で9年目だ。
つまり、ジミーの奴も8年間ずっと重軽音部の部長やってるってこったな、ガハハハハハ!」
うしろめたい気分でジミーに目を戻した。相手はまったく気にしていないそぶりで笑みを浮かべる。
背後でタタミちゃんがキースのわき腹をつついた。
「あんたも気をつけなさいよ」しかしキースは首をすくめるだけだ。
「かまわんさ。どうせおれたち死霊族は人間よりも生きてる時間が長いんだ。
おれはギターさえ弾ければ、場所なんてどこでもいい」
しかし、ジミーの笑みがくもりだしたと思ったら、がっくりとうなだれた。
「しかし、この辺が潮時だろうな。軽音部、いや重軽音部は、もうおれの部じゃねえ。
おれを必要としていない部活にいつまでもこだわるのはやめて、なんとか卒業までこぎつけねえとな」
おれたち1年生はなんとも言えずにいたが、番長は違った。
「バカヤロウ! お前くやしくねえのか! 歳のはなれた後輩どもにいいようにされやがってよ!
せめて卒業前にひと花咲かせてえとは思わねえのかっ!?」
腕を組んで仁王立ちする番長を、ジミーは力なく見上げる。
「ムチャ言うな荒勝馬(あらかつま・番長の本名)。
おれが納得のいくプレイができるような奴は、みんな奴らに取られちまった。
他の部員はまだそれほどのレベルじゃない。ましてや今年入った1年生連中じゃな」
ところが、ジミーは思い出したようにアゴをさすった。
「いや、1人だけ、目にかなった奴がいる。だがたった1人だけだ」
するとジミーはおもむろに革ジャンの中に手を入れた。
取り出したそれは、何年使ったかわからないほどボロボロになっている携帯だった。当然ガラケー。
ジミーはボタンをプッシュし、耳に手を当てた。
「おう、おれだ。そうか、練習中か。
悪いがライブハウスまで来てくれないか?
ほう、今そっちのほうで練習中か。そりゃ感心だ」
ふたたびライブハウスに向かう途中で、けたたましいドラムのリズムが聞こえてきた。
素人耳だが、かなりうまい。
いったいこれほどのスキルのある1年生って誰なんだろう。
そう言って中に入ると、あざやかなスティックさばきでドラムセットをたたきつける、小柄な……
「「「「あっっっ! ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」」」」
おれ、タタミちゃん、キース、ヒャッパ、つまり1年生4人全員が心底おどろいた声でドラマーを指差す。
番長まで普段とは違うすっとんきょうな声をあげた。
「おいっっ! なんてこったっっっ!
お前、『タコゾウ』じゃねえかっ!」
あろうことか、ドラムをたたいていたのはクラスメイト、
あの間野辺蛸蔵その人だったのである。
ドラムセットの中から、そいつはこちらの方をうかがう。
次の瞬間、はじけるようにしてそばにあったカーテンの横に隠れた。
「おいっっ! 姿を隠すなっっ!
お前こないだのこと忘れたとは言わせねえぞっっ!」
「そうだよっ! あんた野球の試合途中で逃げたでしょっ!
あの時の責任、いいかげんにとりなよっ!」
キースとタタミちゃんがさけぶのも無理はない。
おれがまだ野球部と敵対していたころ、タコゾウはまともにルールブックも読まず珍プレーをしてしまい、恥ずかしさのあまり逃げ出した前科がある。
思えばあれ以来この音楽マニアとまともに顔を合わせなくなったせいで、おれはここに連れてこられたようなもんである、かどうかはわからないが。
「どうした。お前らあの新入部員と知り合いか?」
「ま、まあ、いろいろと……」おれはそれだけ告げ、カーテンのほうに呼びかけた。
「タコゾウ!
お前はどうか知んないけど、おれはもうどうでもいいからな! おとなしく出て来いよ!」
ゆっくりと出てきたタコゾウは、めずらしいくらいに気まずそうな顔をしている。
普段からなにを考えているかわからない奴がこんな顔をできるのなら十分だ。
「それにしても、タコゾウがドラムねえ。ま、意外とは思わないけど」
気を取り直したようにタタミちゃんがつぶやくと、おれもうなずく。
「タコゾウがいるんなら、まだ安心ですね。少なくとも部長は1人じゃないってことだ」
しかし、ジミーはゆっくりと首を振る。
「もう1人、メンバーがほしい。
せめてベースか、ギターが引ける奴がいればな……」
「ギターでもいいんですか? ジミーさん、ギターボーカルでしょ」
たずねると、番長がジミーを指差す。
「こいつはギターだけじゃなく、ベースもうまいんだ。
もっともオレからすりゃどっちも一緒に思えるがな」
「そうでもないさ。メロディックなギターとリズムが命のベースはだいぶ毛色がちがう。
もっともおれはたまたま両方得意としてるだけだ」
「俺、ギターならはじけるぞ」
「アタシ! ベースひけますっ!」
「ボーカルはムリっすけどギターできます!」
おれ以外の3人がいっせいに手をあげた。思わず飛び上がってしまう。
「みんな楽器ひけんのっ!? マジでっっ!?」
言われ、3人は不思議そうに顔を見合わせる。タタミちゃんは言う。
「パンク好きなら、楽器のひとつふたつ引けないとねえ……」
「真のメタラーを名乗るんだったら、ギタープレイくらい軽くこなさなくては!」
ヒャッパまでそんなことを言う。
それに対してキースは首をすくめるだけだ。
「キースはともかく、タタミちゃんやヒャッパまでねぇ。
2人ともいそがしいだろうに」
言われ、タタミちゃんは照れ笑いで頭をなでた。
「ま、うちの寮は楽器禁止だし、最近は服部の相手でいそがしいからね~」
「だったら、一度ひいてみるがいい。
なんなら使ってないギターとベース貸すぞ?」
3人がそろって「いいんですかっ!?」と叫ぶと、ジミーはなんともなしにうなずいた。
「こっちも新しい人材が欲しいんだ。もし見込みのある奴なら、すぐにでも引き込んでやるぞ?」




