(2)
重軽音部が拠点としている部室棟はグラウンドの南の方にある。
敷地の最南部を占拠するかのように、横にとてつもなく伸びる2階建てのプレハブの建屋で、この中に運動部のロッカーや一部の文化部の部室があったりする。
中に入るのは死霊族なのでおそらくエアコンは設置していない。炎天下はものすごく暑そうだ。
で、例の重軽音部の部室はと言うと、プールの反対にあたる一番端の方にある。
なぜかそこにはプレハブ小屋ではなく、黒い外観の大きなほったて小屋がある。
「ほら、あそこだ。あそこが重軽音部が使ってるライブハウス」
ヒャッパがまるで当然のごとく指を差す。
どちらかと言えばお化け屋敷に近く、入りたくない。
近づけば、プールのほうからパシャパシャという水しぶきの音と、キャアキャアさわぐ女子たちの甲高い声が聞こえる。
胸がすくひびきではあるが、ただいま傘を差さなければならないほどの悪天候に見舞われているため雰囲気が台無しになってしまっている。他の部活休んでるのに練習すんなよ。
ライブハウス(?)が近づいてくるにつれ、中からけたたましいベースとドラムの音が聞こえる。
ちょうど練習中のようだ。
これまた真っ黒な両扉の片方をヒャッパが開くと、ギギギという重苦しい音が聞こえる。
そのとたんにすさまじい金切り声がひびいておれは思わず耳をふさいだ。
「だあ~~~~~~うるさいっ!
何でもかんでも叫べば迫力があるって話じゃないだろっ!」
「今のセルディスのボーカルなんですけどぉ~」
横にいたタタミちゃんが不機嫌なまなざしになる。
おれは首をふりつつ、ヒャッパに導かれるままに屋内に入った。
幸運なことに、室内は暗くなかった。
ありったけの照明に照らされた室内はそれでも真っ黒で、ようは壁やら床にいたるまでがすべて真っ黒と言うことだ。
ライブハウスではめずらしくないことだが、なぜか陰鬱な雰囲気がただよう。
ステージ上には4人くらいのメンバーがいた。
タタミちゃんの発言だと、こちらの方がセルディスに当たるのだろうか。
中央に立つのは女性。ボーカルであることは曲を聞けば明らかだ。
「あっ! スミカさんだ! お~~~いっ!」
タタミちゃんが歓声をあげて手を大きく振ると、ボーカルはこちらに向かって中指を立ててきた。
おれは思い切り顔をしかめて見せる。
「ホントに人がいいの?」
おれはキースとヒャッパに問いかけてみたが、2人とも笑って首をかしげた。
練習が終わると、セルディスのメンバーはぶっきらぼうな足取りでステージを下りてきた。
しかし、こちらの方を無視するかのように奥の扉に向かおうとする。
タタミちゃんが「スミカさーん!」と言ってかけつけると、ボーカルは床に思い切りツバを吐いた。
「あぁん!? 話しかけんじゃねえよ、こっちは疲れてんだよ!」
疲れているというよりは、あまり関わりたくないという雰囲気たっぷりだ。
おれは隠れて外に出ようとするが、キースに首根っこを捕まえられて引き戻される。
「そんなこと言わないでくださいよ!
先輩にはぜひ会ってもらいたい人がいるんです!」
そういってスミカの腕をとって強引に引っ張りこむ。
相手は心底うっとうしそうな顔で「ふっざけんなっっ!」と言いながら腕を振り払った。
それでもタタミちゃんはニコニコ顔で後ろ頭をなでる。
やがてスミカの目が、こちらをギロリと向いた。
おれは思わず「うっ」と口ごもる。
それにしても、なんて風貌だ。
どうせロクでもない格好してんだろうなとは思っていたが、まさかここまでとは……
女性にあるまじきピンク色のモヒカンヘアに、やせこけた顔にはピアスだらけ。
つけられるところにはとにかくつけてある。
するどいトゲがズラリと並ぶノースリーブの革ジャンの下に、モノクロながらも女性の裸がプリントされたTシャツ。
これまた革製のショートパンツの下は網タイツで、ロングブーツはやたらくたびれている。
「どこ見てんだよこのクソッカスが!」
なめまわす目線になっていたおれに気づいたスミカが、そのブーツを蹴りあげてきた。
おれは「おわぁぁっっ!」と言いながらあわてて飛びすさる。
「オマエあれか。例の人間サマって奴か。
まったくウワサどおりの女ったらしだな。あたしみたいなもんジロジロ見たってコーフンしやしねえよ」
「してません。
どっちかって言うとそういう視点で見てませんでした」
思わず言ってしまうと「んだとこらぁぁっっ!」と言って飛びかかろうとする。
タタミちゃんがなぜか笑顔で押さえつけ、「まあまあまあ」となだめる。
「うぅ~っ。こえぇよこの人。ホントにタタミちゃんが言ってたような人?」
「しっつれいだなぁ~! まずは自己紹介するっ!」
タタミちゃんが怒るので、おれは仕方なしに頭を下げた。
「結城新介です。よろしくお願いします」
「なに言ってんだお前。アタシはコイツの名前なんざ覚える気ねえぞ?」
「ほらっ! センパイ! ちゃんと名前名乗って!」
スミカは生意気な後輩の頭を「命令してんじゃねえよ!」と言ってはたきつつ、顔をしかめてモヒカンをカリカリとかいた。
「アタシの名は『羽田棲香』だ。ああまったくめんどくせぇ」
意外と律義だったので、タタミちゃんの言った通りなのだろうか。
後ろにいたメンバーが気だるげに自己紹介しだした。
どれもこれもバンドのコンセプトにあわせた物騒な格好だが、今後はあまりからまないので詳細は割愛する。
スミカがおもむろに何かを取り出した。
見れば、それはあきらかにタバコだった。
ジッポーを器用にクルリと回して火をつけると、容赦なく火をつけた。
「ええと、ええとタバコは……」
恐縮してつぶやくとスミカは思い切り煙を吐きかけてきた。
おれはせきこんだ。
「ごほっ! げほっ! 受動喫煙! いくらなんでも受動喫煙はダメッッ!」
「新介、心配しなくても大丈夫だよ。
死霊族は肺が丈夫だからタバコ吸ったぐらいでどうにかなるもんじゃないよ」
「え? でもキースはタバコ吸わないじゃんか。
なんでヤンキーなのに吸わないの?」
「肺が丈夫なのはいいが、ニコチンが効かねえんだよ。
個人別ではまったく何にも起こらねえ場合もある」
「ケケケケ! キースは特殊能力の事情もあるからな!
ニコチンが入ってもすぐに体外に放出されちまう」
せせら笑ってタバコを吹かすスミカは、またジャケットから何かを取り出した。
筒のようなもののフタを開き、そこに煙草の灰を落とした。意外とマナーのいい人。
「んで? オマエはどうしてタタミやキースに連れられてここに来たんだ?
アタシらになんか用でもあんのか?」
「その前に、タタミちゃんだけでなくキースとも知り合いなんですか?」
スミカはタバコをくわえながら答える。
「コイツらが中坊からの知り合いだよ。
って言うか、ファンだな。ライブはここだけじゃなくて、むこっがわでもやる。
コイツらはそんころからの追っかけだよ」
煙を吐きながらの回答を聞き、おれは「なるほど」と言いながらうなずく。
「新介君が、センパイの曲すっごくいいだって。
だから一度生で見てみたいって言ってて」
そんなこと言ってないぞ、とタタミちゃんをうらみがましげに見つめるおれ。
「はぁん? ま、キョーミねえな。
アタシャ聴きてえヤツが聞けばいいと思ってっからよ」
そう言いつつもまんざらでもないというふうに不敵な笑みを浮かべ、吸いがらを筒の中に入れた。
「ただ、あんな投げやりな歌い方とか、死にたい死にたいばっか言ってる歌詞はどうにかなんねえかなって言ってましたよ」
「キースッッッ! お前はなんてよけいなことを……」
「んだとこらぁぁぁぁっっ!」
スミカが思い切りおれの胸倉をつかんできた。
人間ではないだけにすごい締め付けだ。
「ぐっ、ぐうぅぅっっ! ちょっと、くるし、苦しいですって……!」
「るせぇっ! 文句をつけに来たんなら容赦しねえよ!
このまんまシメ殺したろかぁぁぁっ!?」
「ち、違いますってセンパイッ!
アタシがここに連れてきたのは何かと誤解してる新介にセルディスの魅力をわかってもらおうと思って」
「タタミィィッ! その略称で呼ぶなっつったんだろうが!
TSDだTSDッッッ!」
思い切りにらみつけるスミカに、タタミちゃんは明らかにオドオドしている。
「だ、だって先輩、アルファベット省略がBTRとカブるからっていやがってたんじゃ……」
「あれは向こうがわりいんだよ!あっちこそ一部のファンが呼んでる『ビハレム』で呼ばれりゃいいん……」
なんだかスミカの叫びが小さく聞こえてきた。
もうろうとする意識のなか、ようやく胸倉の締め付けがユルくなったような気がしてきた。
「……上等じゃねえかっっ!
だったら今日はとことんアタシらの魂の叫びを聞いてもらおうじゃねえかっっっ! 見てやがれっ!」
ぼんやりと前を見ると、スミカは「行くぞっっ!」と手を振り上げ、めんどくさがっているメンバーたちを引き連れもう一度ステージに上がる。
おれはその間に仲間たちに呼びかけた。
「げほっ、げほっ! なんなんだよアイツ!
全然いい人じゃねえじゃねえか! タタミちゃんのウソつきっ!」
「お、おっかしいなぁ。
あの人確かに口悪いけど、あそこまで乱暴な人だとは……」
タタミちゃんの横顔はあきらかに釈然としない顔つきになっている。
「ハハハ。お前ファンだっていう割にはあんましアイツのことわかってねえな。
スミカは人の好き嫌いが激しいんだよ。
ようは、新介はアイツのお気に召さなかった、それだけのことさ」
「キースッ! 知ってんだったら早く言えよ!
ていうかお前明らかにあいつのことあおったろ!」
おれが言ってもキースは全く反省の余地なしと言った感じでケラケラ笑っている。まったく、何て奴だ。
突然の爆音。おれは思い切り耳をふさいだ。
そしてスミカが金切り声でさけんだ。
「オラァァァァァァッッ! 耳ふさいでんじゃねえよっっ!
耳かっぽじって、アタシの叫びをちゃんと聞きやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」
そしてバンドの演奏に合わせてスミカの歌が始まった。
しかたなく、おれはセルディスの曲に聞き入る。
おれに見せつける意味合いがあるので、彼女たちの演奏は本番さながらだ。
うん、歌はいい。と言うか、歌自体はとても素敵なのだ。
しかし、スミカはわざと音程やリズムをずらし、ヒステリックに歌い上げる。
歌詞カードで確認した内容の悲惨さも合わせると、とても手放しで喜べるような歌じゃないのだ。
「これは、好みにもよると思うんだけど、おれ、やっぱこの歌い方好きに慣れないなぁ……」
「そぉ?
たしかにあの歌い方は好き嫌いが分かれると思うけど、セルディスからあれを抜いたら、ホントにただのポップソングだよね。
やっぱり新介はパンクわかってない」
口をとがらせるタタミちゃんは相変わらず本人の了承を得ない略称で呼ぶ。こりない。
そんな彼女の反論を聞いても、やはりおれはもったいないと思うのだった。
こればかりは毒のないロックばかり聴いてきたおれのワガママなのだろうか。
その時、突然奥の両扉がバタンと乱暴に開かれた。
「うおらぁぁぁぁぁっっ! セルディスッッ!
てめえらの練習時間はとっくに終わってんだっっ!
なにまだ演奏してんだよ! 早く変われっっ!」
がなりたてる男のほうを見ると、おれはまたしてもあっけにとられた。
死霊族の肌はそのままでも青白いというのに、その男は明らかに顔を白塗りにしている。
しかもメイクはゴテゴテどころか、顔を歌舞伎の隈どりかドクロを模したものにしている。
とにかく、くどい。
髪はやたらとふりみだしたロン毛、服はノースリーブの革のロングコートと言う、いかにもな身なりだ。
となりにいる2人のメンバーもだいたい似たような格好をしている。
突然ヒャッパ「ジンさまぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」と叫んでかけだしたが、ジンと呼ばれた男は「近寄るんじゃねぇっっ!」と叫んで思い切り殴りつけた。
軽々と吹っ飛ばされたヒャッパは床に倒れると、その首がおかしな方向にねじ曲がっている。
「あ、ああ、ああああ……」おれはひたすらガクガクと震えるしかない。
「うっせぇビハレムッッ! アタシらだって別にてめえのダッセえツラなんざおがみたかねえよっっ!
けどそこにいるマヌケヅラがアタシらの曲をフザケとるとか抜かしてっから、見せつけたかっただけだよっっ!」
言われ、ジンの見開いた目がこちらをギロリと向いた。
おれは思わず「あわわわ」と口ごもった。
見かねたのかキースが口を開く。
「そういすくめないでやってくださいよ。コイツはBTRの大ファンなんです。
だからセルディスに文句たれたんで、許してやってくださいよ」
するとジンの顔に笑みが浮かんだ。不敵な笑みで目は見開いたままだ。
いっぽうスミカのほうからは「なんだとっっ!?」の叫びが聞こえる。
ジンはまるで獲物を見つけたかのような笑みのまま、こちらにズカズカ寄ってきた。
「そうかそうかっ!
キサマオレ様のファンかっ! そうならそうと早く言えっっ!」
ジンは豪快にガハハハと笑いながら、おれの肩を叩いた。
「うげぇぇっ!」思わず肩の骨が外れそうになり、身を伏せつつあわてて肩に異常がないか確認する。
ジンは黄ばんだ歯をむき出しにし、親指で自分を指す。
「オレ様はビハインド・ザ・レッドラムの偉大なるボーカル、
『紫紋刃』サマだっっ! よく覚えとけっっ! ガハハハハハッッ!」
「ケッ! な~にが偉大だよ。
曲作りに関しちゃアタシの方が天才だっつうの」
ジンが「あぁぁんっ!?」と言って振り返ると、スミカはけだるそうにマイクスタンドにあごを乗せている。
ジンは彼女を指差してうなり声をあげた。
「うっせぇぇっ! 曲作りがうまいからって調子にのんなっ!
絶対音感を持つこのオレ様の前にゃ、テメェは敵じゃねえんだよっ!」
顔をあげたスミカは明らかにバカにしたような表情で細い両手を広げた。
「ハッ! 絶対音感? 聞いただけで音階がわかってどうすんだよ。
だいたい音階って言うもんがあるせいで、音楽っていうのは無限の可能性が狭まってんだよ。
邪魔だよ邪魔」
「ああんっ!?
でその無限の可能性ってのが、音程はずしてリズムもずらす戦法だってのか!
まったくたいした音楽理論だな! 相変わらずだぜ!」
「てめえこそガアガア叫んでないで普通に歌ったらどうだ?
ま、普通に歌ったところで凡人並みの歌唱力じゃあなぁ」
「んだとてめぇっ!
人の曲まともに聞いてねえくせに歌唱力にケチつけんじゃねえっ!」
どうやらと言うよりは当然というか、2バンドの争いは互いのボーカルの争いを中心にして起こっているらしい。
「うちの新介も、ジンさんの歌唱力はすばらしいってホメてますよ。
ですけどだったらもっとコーラス部分を増やしたらどうですかってボヤいてました」
「キースはだからよけいなところであおらな……どわぁぁぁっっ!」
気がつくとジンはおれの頭をわしづかみにしていた。
グイグイと締め付けると、あろうことかそのままおれの身体ごと持ち上げた。
「てめえ……このオレ様の曲にケチつけんのか……」
「ぐぎぎぎぎ、痛い、痛いって……」
ジンはそのまま自分の顔におれの身体を持っていく。
相当なにらみつけなのだろうが、頭を締め付ける痛みのせいでぼやけてよく見えない。
「いいか、オレ様の曲はあくまでグロウルが主体なんだ。コーラスなんてのはあくまでもオマケなんだよ。
その辺、よくキモに……」
「……さん、その辺にしてやってくださいよ。
そいつ人間なんだから死んじゃいますよ」
遠くキースの呼びかけが聞こえ、ジンは手を離す。
おれは意識を失いかけていたこともあってか思い切り尻から床に落ちてしまい、クラクラしながら床に倒れ伏した。
「じゃあてめえにはサービスだっ!
今度はオレたちが演奏してやるから、こっちのほうこそよく耳をかっぽじって聞いておけっっっ!」
そしてステージ上に上がると、しぶるセルディスのメンバーたちを乱暴にどかす。
さすがにスミカも細身なので筋骨隆々のジンには逆らえず、彼女たちに変わってジンたちがポジションに立った。
ジンは真っ黒なギターをかき鳴らすと、あろうことかそこからすさまじい電流がほとばしっている。
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」
野太い声で思い切りが鳴り立てるものだから、おれはまたしても自分の耳をふさいだ。
ジンはおれの方をじっとにらみつけている。
仕方なく、おれは奴の曲に聞き入るフリをする。
曲自体は悪くないのだが、ギターがとにかく低音で耳をつんざくのと、ジンがやたらと野太い声でヴォウヴォウがなり散らしているせいでメロディアスさが台無しになってしまっている。
やはりおれの趣味には合わない。
やがてたまりかねたセルディスメンバーが「なげえよっっ!」と言って飛びかかり大乱闘になるまで、おれはたっぷりとビハレムの曲を聞かされ続けたのであった。




