(4)
いちおうノルマは達成したので、おれたちは全員で休憩をとる。
理科室が終了した時にはとっくに昼を過ぎていたのだが、当然食欲があるはずがない。
全員でうんざりしながら、教室に戻って全員で机の上にうつ伏せになっていた。
「おいおい、なんだこれはっ!?
まるで誰かが亡くなったみたいな状況かよ!」
誰かが扉を開き、すっとんきょうな声をあげた。
顔を見上げると、寮のコックの1人、エドガーだ。
「あんまり遅いんで、来てみたらこれかよ。
困るぜ、こっちは1人で昼メシの準備したんだからな」
「そんなこと言わないでくださいよ。こっちは担当の部屋が3つともひどい有様だったんですから。
なんならまだ名残が残ってるんで見てみます?」
自分でもいかにも死にそうな声だなと思いつつつぶやくと、エドガーは白い帽子を脱いでウェーブがかった髪をカリカリとかいた。
「ったくしょうがねえなぁ~。
ほら、立て立て、とりあえず食欲がわくかどうかはまずは調理室に行ってから判断しろ!
育ち盛りなんだからとりあえず少しでも腹に入れとけ!」
そう言って入口近くのクラスメイトが無理やり立たされる。
順番に引き上げられていくので、残った全員ものろのろと立ち上がるしかなかった。
とは言え、調理室に向かうにつれなんともたまらない甘ったるい匂いに、自然と誘われてしまうおれたち。
部屋に入るなりキースが「うっほ~!」とさけんだ。
ミートソースのパスタと言う手軽な料理ではあったが、入るなり全員がノリノリで皿の上に盛りつけをしだした。
おれまで直前の悪夢を忘れて、フォークにグルグル巻きにしたパスタを口いっぱいにほおばってしまう。
食欲に誘われ簡単にトラウマを忘れてしまうという、高校生のなんたる悲しきことよ。
で、昼食を終えるとふたたび休憩に入る。
誰も動かず、中には居眠りを決め込んでしまう者もいた。
タタミちゃんが顔を伏せたまま声をあげた。
「いちおーさー、このあとメインのブッチャー食堂なんだけどさー。みんな行く気ある~?」
誰も返事をしない。
責任感の強い沙耶でさえ沈黙したままだ。彼女がここまでいやがるのも珍しい。
教室のすみでは「う~ん……」とうなっている奴さえいる。
おれはつぶやいた。
「いちおう全員集合っつってるけどさー、なにも全校生徒集まんなくてもよくねー?
こっちはトラウマ持ちなんだから行ける奴だけ行けりゃいいんだよー」
「それはそうかもしれないけれど、なんだか気が引けるわよね」
「沙耶ちゃんだってこんな調子なんだから、みんな無理するこたねえよ。
調子が戻ってきた奴だけ様子見に行きゃいいんじゃね?」
こういうのには案外強いヒャッパも、さすがにうんざりしている様子である。
突然ドアが開いた。
かなり乱暴な開け方にイヤな予感がして顔をあげると、全身防護スーツのガスマスクが立っていた。
「お前ら、なにをサボっているっ!
全校生徒はすでに食堂に集合しているぞっっ!」
そのまったく容赦ない物言いに、全員がのろのろと立ち上がった。
死にそうな気分で食堂に向かう我々だったが、入った時にはすでに様相が一変していた。
「おいおい、これが、あの例の食堂か?」
おびただしい数の生徒はオスカーの指示できちんと担当を決められていたらしく、整然と割り当てられた場所の清掃活動に黙々とはげんでいる。
そのかいもあってか、記憶の中にある壁や天井にまで張り付いている緑色のコケはほとんどなくなって、ありとあらゆる場所を埋め尽くしていた小汚いシミもなくなっていた。
キースがおどろくのも無理はない。
「あらま、こりゃおどろいた。こりゃまるで新築みたいだ」
おどろきをそのまま顔に出すタタミちゃんに、沙耶が感心してうなずいた。
「壁がタイル、床がリノリウムだったのが幸いしたみたいね。
比較的汚れが落ちやすくて、オスカーさんも良い洗剤を用意してくれたみたい」
洗剤を放水で洗い流していたためか、床は水びたしだった。
そのため気をつけて歩かなければならなかった。
おそるおそるオスカーさんのほうをうかがうと、相手はあからさまな舌打ちをする。
「チッ、来るのが遅かったようだな。
おかげでお前らの担当の振り分けも満足にできん」
「これでいいんじゃないんですか?
大人数でこれだけきれいにできれば、もう十分でしょ」
言いながらおれは鼻をクンクンさせていた。
以前来た時の異臭がまったくしない。洗剤の臭いに隠れているだけかもしれないが。
「バカな。食堂と言うのは極めて衛生状態を維持しなければならない場所なんだ。
でなければ伝染病や食中毒の温床にもなりうる。いくらやっても満足できんな」
「オスカーさん。
ここを利用する学生の100%が病気に強い死霊族だってわかってます?」
同じ死霊族とは思えないほど清潔観念が強すぎるオスカーに嫌気がさしつつ、カウンターから見える厨房をのぞく。
以前はつりさげられた肉塊と部屋をおおいつくす血ふぶきが見ているだけでなんともイヤな気分にさせてくれたが、今ではそれらは全く見る影もなく、銀色の光を放つキッチンがかがやいてみえる。
「おぉ~! これはだいぶ清潔になったな!
これならひょっとするとブッチャーの奴も喜んでくれるかもな!」
「……あんた本気で言ってる?
本当にあのブッチャーがこういうタイプのキッチン気にいると思ってる?」
タタミちゃんにするどい視線を向けられ、おれは完全に目が泳いだ。
「そ、そんなことわかんないだろ? 人を見た目で判断するなんて……」
「ブヒイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッッッ!」
突然入口の両扉が乱暴に開かれ、中から見覚えのある姿が現れた。
が、前と様子がちがう。
ブッチャーの全身は鎖でがんじがらめにされ、それを強引に引きちぎろうと全身に力を入れているようだった。
「寝ている間に鎖でしばったんだ。案外寝起きの悪い奴で助かったぜ。
にしてもいびきのうるさいのなんの。音が汚いってのもなかなか吐き気がこみ上げるな」
そう言って何気ないそぶりでピースサインするガスマスク。
「オスカーさん何やってんすかぁぁぁぁぁっっ!
にしてもブッチャーはやっぱり見た目通りの奴だったっ!
信じたおれがバカだったっっっ!」
「ブヒャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!」
ブッチャーが雄たけびを上げると、縛りつけていた鎖が一気に引きちぎれた。
両手をいっぱいに広げたブタマスクの身体から大量の鎖の破片が飛び散る。
沙耶が「あぶないっっ!」と言っておれの身をかばい、しがみつく彼女のふくよかな胸の感触を不謹慎にも味わってしまうおれ。
周囲では「わあぁぁぁぁぁっっ!」とか「きゃあぁぁ~~~っっ!」とか聞いていてゾワゾワする悲鳴がこだまする。
沙耶の身体をそっと押しのけ、周囲をうかがえば大勢の生徒が破片をもろにかぶってしまい、中には血を流している奴もいる。
「ちっきしょおぉぉぉぉぉっっ!
人がせっかくきれいにしてやったのを、また汚しやがってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」
そう言ったきり、きびすを返すように反対口から飛び出してしまったオスカー。
いったい何しに向かったのか、気にかけている場合ではなかった。
解き放たれた豚はありえないスピードで厨房にかけ込むと、まだそこに残っていた生徒を強引に押しのけ、しまわれていた調理器具を次から次へと手に取りだした。
やがてブッチャーが戻ってくると、そのあまりの風体におれはわけがわからなくなった。
片手には三日月のナタ、もう一方にはそりかえったノコギリ、そして体中にもともと何の用途に使う気だったのか3本のベルトを巻き、そこにありったけの包丁を差し込んでいる。
「もう、いったい何なんだよ……もう……」
あきれ返るおれを沙耶がかばう。
背中の黒髪から日本刀を取り出し、鞘をふたたび長髪に隠して刀身をまっすぐ前に構える。
「ちょっと待って! 床がぬれてる! すべるとやばいよ!」
そう言ってタタミちゃんのほうが前に進み出た。その時にはすでに眼帯に手をかけている。
「今度はアタシがやる!」
そう言って両手から鎖を伸ばした。半袖なのにどうやって隠しているんだろう。
タタミちゃんはさっそく鎖の先の分銅をまっすぐ投げつけた。
ブッチャーは手にした刃物で器用にそれをたたきつけたが、タタミちゃんはひょいとそれをいじる。
鎖は刃物を持つ手元に絡みつく。そのままぐいぐいと引っ張ろうとするが、懸念していたとおり床はぬれていてタタミちゃんのほうが引っ張られる。体重差があると向こうの方が有利だ。
するとタタミちゃんは自ら前に走り込んで、足を止めるとまるでスケートのようにすべっていく。
そして一気にブッチャーとの距離を詰め、飛び上がるなり回し蹴りの要領でブッチャーのブタマスクを蹴りつけた。
のけぞった相手の腕から一気に刃物をうばい、あさっての方向に放り投げた。
しかしブッチャーのダメージは薄かったようで、我に返ったかのように残っていたノコギリをタタミちゃんに叩きつけようとした。
もっともその頃には彼女はバク転を繰り返しながらブッチャーと距離をとっていたが。
ブッチャーは彼女に向かって走るようなマネをせず、かわりにベルトから包丁を取り出して投げつけた。
タタミちゃんは分銅でたたき落とすが、その間にブッチャーはゆっくりと距離を詰める。
途中ブッチャーはノコギリを背中にまわした。
どうやらそこに鞘があるらしく、両手が自由になったブッチャーは次から次へと包丁を投げつけていく。
タタミちゃんはこんなもの朝飯前と言わんばかりに次々とはたき落とすが、途中その一部がこっちまで飛んできた。
しかし俺の目の前にいる沙耶が日本刀ではたき落とす。
ブッチャーは途中で包丁を投げるのをやめ、いきなり突進を仕掛けてきた。
これにはタタミちゃんも危ないと思ったか、突然クルリと横に回転してブッチャーの巨体をかわした。
こちらを向く形になったタタミちゃんの片目が、怪しい赤い光を放つ。
床がぬれているためにブッチャーのスライディングが止まらず、こっちまで向かってくる。
沙耶が剣を突き出そうとするが、ここでブッチャーは背中にしまっていたノコギリを取り出して、横から剣へと叩きつけた。
あわや沙耶は足元から突き飛ばされ、一回転して床に叩きつけられそうになる。
心配しているどころではなかった。
沙耶が前方にいたということは、その先にはこのおれがいるのだ。
あわててかわしたものの、床がぬれているためにおれは足をすべらせてそばにあった柱に身体をたたきつけられてしまう。
ようやく前進を止めたブッチャーの巨体が、ゆっくりと起き上がる。
そしてゆっくりとこちらの方にブタマスクを向けた。
当然、ノコギリをにぎる手に力を込める。
しかし心配はしていなかった。
ブッチャーの真横から、一瞬にしてカラフルな影が舞いあがった。
「よそ見してる場合かっっっ!」
高くとびあがったタタミちゃんのかかとが、ブタマスクのこめかみあたりに思い切り叩きつけられる。
一回転して床に着地したタタミちゃんが、おもむろに両手を広げるとそこからクナイが飛び出した。
タタミちゃんはそのまま身体を素早く回転させ、体勢を立て直そうとしたブッチャーの身体を容赦なく斬りつけていく。
あっという間に身体じゅうをズタボロにされたブッチャーは、それでも残ったノコギリでタタミちゃんを攻撃しようとするが、あっけなく弾き飛ばされた。
とどめとばかりに、タタミちゃんは足をまっすぐ前に伸ばした。
上履きの中から新たな刃物が現れ、さらに急旋回するとますますブッチャーの身体をズタズタにしていく。
ようやく身体の動きが止まった時には、ブッチャーの全身は血まみれになっていた。
奴ががっくりとヒザを落としたとたん、突き出た腹がモゾリと動く。
突然そこから赤い内臓がニュルリと飛び出す。
「うぉぇっ! またこれかよ……!」
そう言って反対側を振り返った時だった。
「汚物は……消毒じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
そう言って現れたオスカーの手には、あろうことか火炎放射器が握られていた。
防護スーツが身じろぎすると勢いよく火炎が噴射される。
「おいおいおいオスカーさんあんた何やろうとしてんだよっっっ!
あんたこの学食を火あぶりにするつもりかっっっ!
そんなもん使ったら即火災になるに決まってんだろっっっ!」
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!
こうなったら目立つ粗大ゴミを丸焼きにしてやるっっっ!
今夜はブタの丸焼きじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
そう言って勢いよくこちらに向かって来たはいいが(よくないが)、ブッチャーの無残な姿を見たとたん、重そうな機械をゴトリと床に落とした。
「……ウオォボォォォォォェェェェェェェェェ……!」
思い切り前のめりになった奴の顔あたりの透明ビニールが、気色悪い色に染められていく。
それを見ておれもとうとうガマンできなくなった。
「ウオ……オエェェェェェェェェェェェェェェ……」
「も……もらいゲロ……」
タタミちゃんの声が遠くに聞こえた。
後日、オスカーに具合をきいた。
「もう校舎の清掃は2度と指揮しないぞっっっ!」
かなり怒っているようである。次の大清掃は学生主体で行われるようです。




