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(2)

 さっそく放課後に職員室を訪問、シルクハット教頭に提案する。


「あっはっはっは! それは面白いね!

 ぜひ陣頭指揮に立って校内の汚れを一掃してくれたまえ!」


 おれと教頭はガッチリ握手をし、さっそく教職員を集めての検討会となった。

 が、後日おれは別の人にせっつかされることになる。


「おい、お前野球部はどうするんだ!?」


 非道丸先輩は不満タラタラだったが、おれはあえて首を振った。


「どうせ雨降ってばっかりなんだから室内練習だけでしょ!

 先輩たちもヒマを見て手伝ってくださいよ!」

「俺はともかく、ほかの連中は期待すんな」


 ということで、主将だけは手伝ってくれそうだ。





 で、週末の土曜日、廊下じゅうにおびただしい数の生徒が整列させられた。

 全員が真っ黒なジャージ姿で、見えるかどうかもわからない最前列をうかがう。


「はーい! みんな集まってくれたかなー!

 今日は張り切って、前校舎内をピッカピカにしておこう!」


 全力ではりきる普通のジャージ姿の教頭をよそに、おれのとなりに立つキースが大あくびをした。


「ふおあぁぁ。だっりー、なんで朝っぱらから掃除しなきゃなんないんだよ。

 おれぁこないだの寮内清掃が軽くトラウマになってんだよ」

「あれでよく軽いトラウマですんだな。

 むしろいいんだぞムリしなくて」

「んなこと言ったってよー。今日の清掃寮の職員まで集まってんだぜ?

 誰もいない寮なんて不気味でしょうがねえよ」

「き、キースでも不気味って感覚あるんだな……」


 引きぎみに言うおれの横で、別のあくび声が聞こえた。


「ふんあ~。アタシもなんかやだな~。

 校内のできれば触れたくない場所にまで手をつける羽目になったら、アタシ逃げるかんね」


 タタミちゃんはもろにイヤそうな顔をするが、おれは口を酸っぱくして言った。


「うるさいっ! とにかく今日は徹底的に校内の汚物を徹底(てってい)洗浄するぞっ!

 汚物は消毒だっっ!」

「新介君。

 そんな台詞(せりふ)言って、思い余って校舎を燃やしたりしないでね」

「沙耶?

 普段古い日本文学しか読まないアナタがなぜ、サブカルチャーに造詣(ぞうけい)の深いセリフを口にする?」


 おれの疑問をよそに、最前線に立つ教頭の横から何者かが現れた。

 げっ、あの見たことある黄色いスーツは……


「本日の校内一斉大清掃の陣頭指揮として、このオスカーが立つことにした。

 普段はあまり興味のない本校舎だが、さすがに内部を見て居ても立っても居られない気分だ。

 こんなものがうちに寝泊まりする学生たちにまとわりついていると思うと、吐き気がするっっっ!」

「うっっっわ。よりによってオスカーかよ。

 しかも最初っから防護スーツ着用。気合い入りすぎだろ……」


 おれは生徒たちの間からチラチラ見える黄色い防護服を見て、さすがにため息をついた。


「まあ、気合いを入れてさせてやろう。どうせ全校生徒でやるんだから。

 なにからなにまで逐一(ちくいち)チェックっていうふうにはならないだろ」


 ここで沙耶が、事前に配られたプリントに目を通しながらつぶやく。


「それにしても、それほど大きくはないと思っていた校舎でも、使われていない部屋が数多くあるようね。

 これはいったいどういうことかしら?」

「う~ん。もともと数が多くない死霊族、うちは全学年合わせても500人くらいしかいないしね。

 そんでもって裏学生寮の連中を引くと、完全に500を割っちゃうんだよね」


 タタミちゃんが言うと、ヒャッパがその先を引き継ぐ。


「今調べたところだけど、それにもかかわらず校舎は一般的な中学レベルの学校の規模を参考にしてつくられたそうだ。

 高校レベルの校舎なんて作ったらそれこそ人数を埋められないが、それでも使われない部屋が多くできちまったらしいぞ?」

「かといって小学校の校舎と同じレベルの建物をつくるのはいくらなんでも……

 っていう作り手側のプライドが見え透いてくるな。なんだか泣けてくるぜ」


 ちなみにプログラム資料は1クラスにつき数枚分しか()っていない。

 おれはタブレットにかじりついて例のプリントを指にはさんだままのヒャッパのものをかすめ取り、目を通す。


「ええと? 『図書室』?

 図書室って必要だろ、なんで使ってないんだ?」

「この湿気が多い校舎では一般公開しながらの保存が難しいのよ。完全密閉されてる資料室とは違ってね。

 そのかわりに学生は寮の書庫を使うようにしてるわけ」

「あそこに置いてある本って英語の奴ばっかなんだけどな……」


 タタミちゃんが横から資料をのぞき見る。


「ええと、『和室』って……

 使ってない今ってとんでもないことになってない?」


 沙耶は自分が持っている資料を確認する。


「書道室や茶道室は、武道系校舎のほうにあるからかしらね。

 建屋の増加に伴い使われなくなった部屋が数多く残されてるみたい」

「うげっ!

 『旧理科室』があるよ。こっちもできるだけ担当にはなりたくねえな……」


 おれの言葉にタタミちゃんがひきつった笑みを浮かべた。


「年代物のホルマリン漬けとかないといいけど……

 まあ科学研究棟にあるホルマリン漬けも十分キモイけどね」

「おいおい、進路指導室と面談室も使われてないみたいだぜ。

 大っぴらにできない話とかあるだろ」


 沙耶の方のプリントをキースがのぞき込み、ため息まじりに言った。

 それをまじまじと確認する沙耶が言う。


「こういった話は、ミーティング室で代用してるみたい。

 全校生徒の数が少ないからこういうことになるのね」

「ってなんなんだよおいっっ!

懺悔(ざんげ)室』っっ!? そんでもって『調教室』っっっ!?

 この学校いったい何の目的でこんな部屋建てたんだよっっ!?」


 おれがすっとんきょう声をあげると、みんなが意外すぎるリアクションをする。


「「「「え? 普通だけど。逆になんで使われなくなったのかがわかん(ら)ない」」」」

「もう質問する気も失せた……」


 やがて最前列にいる教職員達が、各クラスに担当の部屋を指定する時間になる。


「どうか……どうかえげつない部屋にあたりませんように……」


 おれは両手を組んでそれを高くかかげ、懸命に祈る。

 が……


「1年C組! 1階第6教室! 和室! そして旧理科室!」

「……なんでっっ! なんでキモい部屋が2つも当たっちゃうんだよっ!」

「言いだしっぺがいるからじゃない?

 一番やる気のある奴が一番敬遠される部屋やれっていうこと?」


 そういうタタミちゃんは心底うらめしげな目を向けてきた。

 おれは深いため息をつくしかなかった。





 そんなわけでクラス全員で掃除道具を持ち、まずは1階にある使われていない一番奥の教室を目指した。


「うちの学校は6クラス分教室があるんだけど、そのうち教室が使われてないのは1年生だけだよね。

 2,3年は選択授業があるから、いちおう全部の教室を使ってるんだけど……」


 タタミちゃんは言うが、キースは両手をあげて首をすくめた。


「上の第6教室もまともに掃除してないらしいぜ。

 テキトーに掃除当番させりゃ、当然そうなるわな」

「でも、まったく使われてないよりましだろ。

 ていうか学級委員の沙耶にわざわざカギを渡すだなんて、どんだけ開かずの間なんだよ……」


 おれは沙耶がおもむろにあげた3つのカギを目につつ、目的の6教室についた。

 すりガラス越しに見える教室は真っ暗で、当然部屋の様子がわかるわけもない。

 まったくちゅうちょしない沙耶が、カギを穴に差し込んだ。

 が、なかなか思うように回らないようだ。

 いつも冷静な沙耶が珍しいくらいに強引にカギをゆさぶっている。見かねてヒャッパが声をかける。


「おいおい、沙耶ちゃん手加減しろよな。カギが壊れたら元も子もない」

「あらそぉ?

 開かなくなったらなったで、この部屋はもう掃除できませ~んとか言い訳できるんじゃない?」

「それはさすがにオスカーが許さないだろ。

 あいつは今日の掃除に命まで()けてんだぞ」


 タタミちゃんとキースがくだらないやり取りをしている間に、沙耶はなんとかカギ穴を回した。

 無事解錠(かいじょう)した沙耶がほっとため息まじりに言った。


「まったく、開かずの間が毎度こんな感じだったらたまらないわ」


 そして何のちゅうちょもなく扉を開こうとすると、途中でつっかえた。

 現れた暗闇からムワッとむせかえるようなにおいが大量のホコリとともに舞いこむ。


「うわっっ! なんじゃこりゃあっ! くっっせっっっ!」


 沙耶をはじめその場にいた全員が鼻を押さえ目をしかめ、空気をひたすらあおいだ。

 見れば、開けた扉のすぐ先はすでに1センチ近いホコリでカーペット状態になっている。


「想像以上にまずい状況だわ。

 ここは、まずは全員分のマスクと、大量のごみ袋が必要ね」


 まるで生命の危機におちいったかのごとく深刻そうな沙耶に、彼女とそれなりに仲のいいクラスメイトが「沙耶ちゃんこれ」とマスクの入った箱を取り出す。

 当然沙耶は「あら、用意がいいのね」と言って遠慮ぎみにマスクを一枚とった。


 全員でマスクをかぶり、まずは教室の入り口にたまったホコリを取り出す。

 沙耶が先頭に立って中に侵入し、ホウキを使ってホコリをかき出していくと、一部が廊下じゅうに舞い散る。

 おれは指示を飛ばす。


「窓開けろっ! このままじゃ廊下がホコリで汚染される!」


 廊下じゅうに舞い散るホコリに早くも涙目になってきた男子たちの1人が反論する。


「んなこと言ったってよ!

 外雨降ってんだよ! 中に雨が舞い込む!」

「しょうがねえだろ!

 どうせ全員で掃除してんだから一部は終わったあとで床ふいとけ!」


 言われた男子が「ったく人使いあれえな~」としぶるのをよそに、おれは暗闇の中へと侵入した沙耶と女子たちに外から声をかける。「大丈夫かー」


「ここ、相当ヤバいわっ!

 ああやだっ! わたしの自慢の美しい髪の毛に大量のホコリがっ!」

「掃除が終わったら髪洗うしかねえだろっ!

 とにかくみんなが入れるように場所をつくっとけ!」


 見かねたヒャッパがクラスメイトからカギを受け取り、向こう側にあるもう1つのドアの穴に差し込んだ。

 奴もまたドアを開けるのに苦労し、なんとか扉を開けるが、なぜか硬直して動かなくなった。

 思わずかけよると、中の光景を見ておれも固まった。

 一緒にいたキースがしらけぎみにつぶやく。


「おいおい、こいつはいったいどういうこった……」


 みれば、やたらと積みくずしたサビだらけのイスと机が、ドアの上よりかなり高く積み上げられている。


 まるで外からの侵入者を防ぐためにパニックぎみに急いで積み立てたかのようだ。

 見ていて狂気めいたものを感じる。


「あぶねぇっ!」ヒャッパがそう言っておれを乱暴に後ろにどけると、積み上げられたイスの一部が飛び出し、廊下の固い床に思い切り叩きつけられた。

 それっきり入口の異様な壁はまったく微動だにしない。

 それを見ておれはため息をつく。


「いったい何が起こったらこんなバリケードになるんだよ……」


 仕方なく、おれたち待機班は沙耶たちがある程度なかの掃きだしが終わるまで待つしかなかった。

 途中同じ待機班のタタミちゃんが「なにさぼってんのよ!」と言って近寄るが、おれが反対の入口を指差すとこれまた「なにこれ……」と引きぎみに納得した。


 しばらくすると沙耶が出てきた。

 少し不機嫌ぎみに「なにやってるのよ」と言いながら寄ってきて、おれらが入口を指し示すと深くため息をついた。


「こんなの、無理やり引っ張ればいいじゃない。

 新介君は危ないかもしれないけど他のみんなは大丈夫でしょ?」

「それより、中はどうなってんだよ。

 入口がこんなじゃ、中は相当なことになってないか?」

「気になるんなら、一度中に入ってみれば?」


 沙耶と一緒に作業していた女子たちが、両手に灰色の物質でいっぱいになったゴミ袋を持って去っていくのをながめる。

 かわりに中に侵入すると、案の定なんとも言えない光景が待っていた。


 予想通り、教室のイスと机は後ろの方に乱雑に山積みされていた。

 それもまた鳥肌の立つ光景だったが、がく然としたのはそれ以外の光景だった。


 ホコリがある程度払われた床に、おびただしい茶色のシミが所狭しと床にこびりついていた。

 どう考えても、これは人間の血液のものだ。いや出元は死霊族か。

 茶色いシミは床だけでなく、壁や天井にも飛び散っており、さながら教室内で無差別多量殺人が行われたかのような様相をていしている。


「いったい何をやったらこんな悲惨(ひさん)な状態になるんだよ!

 ここの実情がわかってない奴が見たら完全に心霊スポットじゃねえかっ!

 ていうか本当にこの血死霊族のものなのかっ!? ひょっとして人間のものじゃないのかっ!? ここで本当に死人が出たんじゃないのかっ!? だとしたら出るぞっ!? 夜中の2時ぐらいに怪しい影やうめき声が発生するぞっっ! 気温が下がって息が凍りついてラップ音がバチバチってなるぞっっっ!」

「なに1人でパニックになってんだよ。

 気になるんなら調べたろか?」


 後ろでヒャッパがシラケぎみに言った。


「あ、いいや。

 どうせアンガクなんだから調べてもろくでもないネタバレしかしないだろ?」

「アンガクだから安心できるってどういう理屈よ?」


 タタミちゃんもしらけぎみにつぶやくと、キースが教室中を見回す。


「にしても、こんな状況はさすがに俺でも引くぞ。

 本当にこんなところ掃除しろって言うのかよ」


 教室のいたる所にクモの巣がはりついており、一部はモゾモゾとうごめいていてなんとも不気味だ。


「しょうがねえだろ。このままほっとくのかよ。

 とにかくクラス全員で役割をうまく分担して、少しでも創建時の状態に戻すぞ」


 と言うわけで作戦を立てた。

 まず一部の男子が乱雑に組み立てられた机とイスを廊下に排出し、整頓(せいとん)して並べる。

 同時にそれらをぞうきんでふいている間に、沙耶たち女子はとにかくまず床のホコリを徹底的に排除する。

 ある程度きれいになったらぞうきん班がていねいに床をふく。


 必死に床に雑巾をこすりつけるが、染みついた茶色いシミはなかなか落ちない。

 それどころか開始1,2分でぞうきんは真っ黒になってしまい、複数用意されたバケツもあっという間ににごりきってしまった。

 おれは残った人数を水の組み替えに回し、きれいな水の供給を急がせた。


「おいカントク!

 机とイスのホコリは落とせても、サビはどうにもなんねえぞ!」


 ひたすら指示を送っているだけのおれは、早くも周りからカントク扱いされてしまった。


「サビはどうしようもねえや。

 とにかく指示通りに汚れ落としたらそいつらはもう一度きれいに整頓しとけ」

「カントク。

 はき掃除はある程度終了したわ。ゴミ袋は大量に出てしまったけどね」

「だから沙耶までおれのことをカントク呼ばわりしないっ!

 終わったら壁や天井に張り付いたクモの巣を片づけて!」


 すると沙耶が露骨にイヤそうな顔をした。


「イヤよ。

 わたしもあまり好きじゃないけど女子の中には本気でクモが嫌いな子がいるの」

「だったら外で机とイスを整頓してる奴らと変わってこいっ!」


 完全に鬼カントクと化してしまったおれだが、めげずに指示を飛ばし続ける。

 茶色く黄ばんだカーテンを広げれば、それなりに部屋が明るくなったが、かえって茶色いシミが強調されるだけだった。

 クモを片づければ、いよいよ壁と天井のシミに手をつける。

 天井にはぞうきんが届かないので、仕方なくモップを使ってひたすらシミを落とす。


「こらぁっ!

 キースたち男子はクモをいじってないで早く外に捨てろ! 間違っても足を引きちぎるなよ!?」


 その後も必死にシミを落とし続けるものの、結局落ちなかった。

 途中タタミちゃんの提案で洗剤を使うものの、殺伐(さつばつ)としたクオリティがほとんど下がらない。


 仕方なく、机といすを教室に戻す。

 きちんと整頓すると、かえって教室の不気味さが強調されるだけだった。

 床、壁、天井に大量のシミがこびりつき、サビだらけの机が並ぶ、はた目には過去に何かがあったとしか思えない完全な事故物件。

 30人近くが力を合わせ、1時間もの時間をかけてなお、当初の様相がほとんど変わらなかった。


「あんだけ苦労したのにこんぐらいしか変わらないのかよ……」


 目元を手で押さえなげき悲しむと、後ろからなぐさめるように沙耶が肩に手をおいた。

 カーテンを閉めて廊下に出ても、ふりこんだ雨でぬれてしまった廊下を全員でふきあげるという作業が待っていた。

 やっててなんだか悲しくなってきた。

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