(4)
入念にストレッチ運動をしながら、スタート台を前にするミノンちゃん。
クイックイッと伸ばすしなやかなボディラインがなんとも美しい。
一方カンペイは水面から飛び上がり、まるで重力など感じていないかのごとくまたたく間にスタート台の上に立つ。
「ククククク、なにを考えてるか知らんが、俺にとっちゃこんなのお遊びだからな。
負けたらおとなしく尻子玉を差し出してもらうぞ」
「そっちもいくら泳ぎが上手だからって、いつまでも調子に乗ってんなよ。
見てな……」
ミノンちゃんが腰に手を当て前かがみになると、全身の皮膚の色が変わった。
赤、青、緑、ピンク、レモンと言った調子に。
あらゆる色彩に目まぐるしい速さで色を変えていくと、ようやく元の小麦色に戻った。
「ローディング完了。河童のカンペイ、あんたの技と知識は全部吸収した。
あんたがあたしに対してなにを考えているかなんて、全部お見通しだよ」
「ケッ! なにを言いやがる。
しょせんお前は河童じゃないんだ。なにを覚えこんだからって、俺そのものになれるわけでもあるまいに」
言われたとおり、ミノンちゃんの顔色は優れない。
やはり水を泳ぐのに特化した生物を相手に、泳ぎで勝負するのは無謀なんだろうか。
ふと、おれは気がついた。
彼女、もしや玉砕覚悟でいどんでるんじゃないだろか。
彼女がカンペイに勝負を挑んだのは十中八九の危ない賭けのようだ。
ミノンちゃんは意を決した表情で、しなやかな足をあげてカンペイの横に立った。
「いいから早く勝負を始めようぜ。
勝負は100メートル。
当然、ここは50メートルプールだから当然折り返ししてこっち側に戻ってきた方が勝ちだ。そんくらいわかるよな」
どうやら水泳のルールは知らなかったようでカンペイは目を見張った。
「へぇ、水泳大会じゃそんなルールになってんだな。
まあいいぜ。それでも水中じゃ俺が有利だしな」
ここでタタミちゃんが前に進み出て、仁王立ちで片手を腰に当て、もう一方をまっすぐ上にあげた。
「位置についてっっ!」
すぐにミノンちゃんはきれいな動きで前かがみになり、両手をそろえてスタート台につける。
一方の河童は慣れていないのかかなり適当だ。おれはある種の予感を覚えた。
「よーいっ! スタァーッッ!」
タタミちゃんがまっすぐ腕を振り下ろすなか、一瞬で飛び出るミノンちゃん。
カンペイも同じタイミングで飛びこむが、華麗なフォームを決めるミノンちゃんの方が若干速い。
水を潜っているうちに、ミノンちゃんが距離を離した。
「そうかっ! ミノンの戦略が読めたぞ!
あいつはスタートや折り返しのテクで距離を稼ぐ作戦だ。対して奴はまともな競技方法を知らない!
知識の差で勝負だっ!」
キースのさけびが聞こえたあと、水面にあがったミノンちゃんが、息継ぎをしながら素早く両手を回転させる。
複数の部活をかけ持ちとはいえ、やはり水泳部の動きは普通とはまるで違う。
一分のスキもないその泳ぎは、もはや芸術的とさえいえる。
いっぽうのカンペイは、完全な平泳ぎ。しかし奴にはこちらの方が向いているのだろう。
手足の水かきの効果も手伝ってか、またたく間にミノンちゃんに追いついていく。
「くっ! どんどん距離を詰めてくぞ!
折り返しでうまくターンを決めないと追いぬかれるぞっ!」
少し時間がかかって、ようやくミノンちゃんが反対側にたどり着いた。
忍者が宙を舞うような華麗なターンで、すばやく反対側に進んでいく。
カンペイはと言えば、反対側につくなりかなり強引な姿勢でターンした。
やはりここは技術と経験と、そして知識の差がミノンちゃんを有利にしたようだ。
やがてプールサイドじゅうから大歓声が聞こえてきた。
もしかするとという予感に、みんなも我を取り戻してミノンちゃんを応援しだしたのだ。
それが聞こえているかどうかはわからないが、水面に身体を出したミノンちゃんは再び無駄のない動きで水面をかき回す。
が、カンペイはすぐそばまで近寄っている。ターンではそれほどの距離を稼げなかったのだ。
ゴールまではまだ若干の距離があるが、すでにカンペイの姿は目と鼻の先にある。
「ガンバレッッ! ミノンちゃん!
調子に乗った河童になんか負けるなっっ!」
おれの声援が届いたのかどうか、ミノンちゃんのペースがあがった。
まだゴールが離れているなか、彼女はこちらまで伝わってくるくらいのひたむきさで必死に両手両足を動かす。
「おい、おかしいぞ!?
彼女、いきなり泳ぎが速くなった! なんでだっ!?」
ヒャッパの声は、周囲の歓声にかき消されて聞き取りづらかった。
おれもそれを意識のすみにとどめつつ、泳ぐ少女に必死の声援を送る。
「ミノンちゃぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~んっっっ!」
しかしカンペイは、もうすんでのところに迫っていた。
一瞬ヒヤリとさせられながら、ミノンちゃんがプールの壁にまっすぐ手を伸ばした。
「……ぶはぁっっっ!」
帽子もメガネも付けていない彼女が、先に水面から顔を出した。
あとになってカンペイが余裕たっぷりに顔を出し、ニヤリと顔をゆがめる。
ところが、プールサイドは静寂に包まれていた。
「おい、これ、同時ゴールだったんじゃないか?」
「ああ、すごかったぞ。でもこれ、問題大ありじゃないか?」
「……判定っっ! ミノンちゃんの勝ちっ!」
タタミちゃんがまっすぐ手をあげても、誰も何も言わない。
何故なら……
「おいっ! 勝手に判定するなっっ!
敵側の判定なんか何の根拠にもならんだろうがっっ!」
そしてカンペイは乱暴に片腕をあげた。
「今の勝負っ! 俺の勝ちだっ!
俺の方が確実に早かったっっっ!」
が、誰もが首を振る。
まさかこちら側が、敵の勝利を認めるわけがない。
「うおおぉ、うかつだった……
第三者がいないと、どっちが勝ったのかはっきりしない」
そこで、ミノンちゃんの表情が動いた。
なんという不敵な笑み……
「わあぁぁぁっっ! てめぇっ! これを狙ってやがったのかっっ!」
カンペイが心底ビックリしている。
もはや不気味な妖怪の面影がない。
「引っかかると思った。ようは完璧にお前に追いつかれなきゃいいんだよね。
お前がまともな水泳のルール知らなくて助かったよ」
自慢げに首をすくめるミノンちゃん。
きっと水中では胸を張っているはずだ。
「てめぇぇっ! だましやがってっっ!
おらっっ! もう一回勝負だっっ!」
「やだよ、仕切り直しだなんてさ。はっきり判定が出ない限りは動かないね」
「こんの……てめぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」
怒りの形相のカンペイが、突然水中から飛び上がった。
大きく宙を舞う河童が、ミノンちゃんめがけてつかみかかろうとする。
「させるかっっっ!」
しかしその時にはすでに、タタミちゃんが見事なスタートダッシュを決めていた。
一気にプールに飛び出すと、カンペイの身体に飛びついて一緒に水面に叩きつけられ、はげしい水しぶきをあげる。
同時にミノンちゃんも潜った。
何やら2人がかりで水中で暴れ回っているようだが、水面が激しく揺らいでいるせいでよく見えない。
が、しばらくして中の動きがおとなしくなった。
次の瞬間、カンペイが一瞬で水面から顔を出した。
おれたちはがく然とした。
まさか、2人とも奴に無残にもお尻をまさぐられてしまったとでも言うのか。
「……グギャアァァァァァァァァァァッッッ!
いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」
しかし当の河童は必死に自分の腕を押さえつけ、ひたすら水面でバタバタ暴れ狂うだけだ。
「ほ、骨を外されたっっ!
すっげぇいてぇぇぇぇぇぇぇっっっ! た、助けてぇぇぇぇぇっっ!」
突然、2つの影がしぶきとともに飛び上がった。
現れたタタミちゃんとミノンちゃんが、2人がかりでカンペイをはがいじめにする。
勝利を確信した2人はニヤリと互いを見つめあうが、なぜか同時にその表情をくずした。
「「っていうかなにこれぇぇっっ!
ベタベタして気持ちわるぅぅぅぅっっ!」」
なんて見事なハモリよう。
そんなことはさておき、2人は最低と言わんばかりの表情で、暴れるカンペイをプールサイドに連行するのだった。
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!
骨を、骨を元に戻してくれぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!」
水面にあがっても、カンペイはだらりと垂れた腕を押さえながらジタバタもがき続けている。
それを仁王立ちで見下ろすタタミちゃんとミノンちゃん。
「おあいにくさま。こっちは苦痛を感じない死霊族さまだよ。
あんたがどんなに痛がろうと、こっちは効率を重視して戻してあげないかんね。
お前の痛みなんか理解してたまるか」
ミノンちゃんが告げたあと、ようやく入口から先生方が現れた。
水泳部の顧問もしている数学教師もやってきて、いまだにもがいているカンペイを無理やり立たせた。
「いだいっ! いだいから抜けた腕もたないでっっ! いだいいだいいだいっっっ!」
「うるさいっ! そんなこと知ったことかっっ!
今すぐ神社に連れてって魔界に送り返してやるから覚悟しておけっっ!」
「ひぃぃぃぃぃぃっっ! もう死霊族なんか2度と狙うもんかぁ~~~~~~~~っっ!」
教師たちに連れられ入口に消えていくカンペイを見送りながら、その言葉通りにしてくれることを切に願った。
カンペイがいなくなると、タタミちゃんとミノンちゃんは笑顔でハイタッチした。
「それにしても、あんたよくカンペイに組みかかれたね。
ひょっとして河童の弱点が骨のユルさだって気付いてた?」
「もちろん!
忍者は水の妖怪を相手にすることもあるから、当然の知識なんだよ。
おかげであんたの狙いもうすうす感づいた!」
おれはそんな2人の会話にすぐに混ざった。
「へぇ、河童って骨のつなぎ目がユルいんだ。
てっきり怪力のイメージがついてたよ」
タタミちゃんは笑顔のままこちらを向いた。
「確かに河童のパワーはすごいけど、守りに関しては弱いんだよね。
水の中では身体が軽い方が有利だから、その結果骨も軽量化するように進化したのかもね」
「でも、我ながら危ないところだったわー。
もしタタミがタイミングよく捕まえてくれなかったら、あたし1人であいつの骨外せるかどうかわかんなかったし、ホント助かった」
「あいつが怒りのあまり水中から飛び上がったのはチャンスだったね。
それに関しちゃ、ミノンの作戦はズバリ効果があったってことだよ」
「まったく、2人ともよくやったよ。今回はおれの出る幕は全くなかったな」
おれがすっかり乾いた髪をかきあげてため息をつくと、2人してこっちに向かって満面の笑みを浮かべた。
「さて、プールも平和になったことだし、またゆっくり泳げますな。にゃはははは」
「その前にもうお昼すぎちゃったって。
まずはいったんプール出て、腹ごしらえしなくっちゃ。
いつもの水泳部の練習まで、あと少ししかないけどさ」
ミノンちゃんの言葉に反応したのか、みんなぞろぞろと入口へと向かう。
この後水着姿のまま寮のコックが用意した昼メシにありつくようだ。
その時、後ろから「う~ん」という声が聞こえた。見れば沙耶がゆっくりと身じろぎしている。
おれは入口に向かうみんなに呼び掛けた。
「みんな先に行っててくれ。おれは沙耶を起こしてから行くから」
「あっ! ずるいぞ新介っ! アタシも残る!」
そう言ってタタミちゃんもその場に待機すると、あきれ顔のみんなは先にプールサイドから出ていった。
おれとタタミちゃんは、静かに沙耶が起き上がるのを待った。
「……う、うぅ~ん」
目覚めた沙耶は、額の上で軽く拳をにぎりながら、ゆっくりと上半身をのけぞらせるようにして身を起こした。
それがまたなんとも扇情的で、おれは思わず目を見張った。
「こら新介っ! 鼻の下伸ばすなっ!」
タタミちゃんの叱責が飛ぶが、おれはひるまない。
「だったらお前もなんかセクシーポーズを決めてみろよ。できんのか? ええ?」
口ごもるタタミちゃんをよそに、両手をコンクリートにあずけ身を起こした沙耶が、こちらを見るなり怪しげな笑みを浮かべる。
「あら、2人とも、こんなところでなにをしているのかしら?」
言われ、おれだけじゃなくてタタミちゃんまでポォッとその笑顔に見とれる。
が、沙耶はすぐに我に帰り、急いであたりを見回した。
「そうだわっ! 河童がいたのよっ! みんなは大丈夫っ!?」
そのあまりのあわてように、おれとタタミちゃんはそろってクスクスと笑った。
「心配しなくても、河童はとっくに連行されたよ。
今頃先生たちにこってり絞られてるところだから、もう2度とここに来ないと思うぞ?」
「アタシとミノンの活躍、見せたかったな~。
特にミノンなんかすごかったんだから」
「あら……そうなの。何だ、結局わたしは何もできなかったのね」
ものすごく残念そうな沙耶に向かって、おれはなぐさめる笑顔を浮かべた。
「そんなことねえよ。
沙耶が河童の隠れ場所をいち早く見つけたから、おれたちゃ早めに対処できたんだ。
それを言うならおれこそ何もできなかったな。ただ見てただけだもん」
沙耶はおだやかな笑みで首を振るが、なぜか突然顔を真っ赤にして、両手でおおった。
「……いやだわっ! わたし、河童にお尻をまさぐられちゃった!
まだ嫁入り前だっていうのに、なんて恥ずかしい……!」
「ああそのことか、たしかに残念だけど、あの野郎その報いは受けたから。
ミノンちゃんに腕の骨外されて、ヒイヒイ言ってたぜ」
おれはそう言ったが、沙耶は両手を離した後も顔を真っ赤にしてうつむくだけだ。
ただタタミちゃんのほうを見て「今何時かしら?」と問いかける。
「もうお昼すぎてるって。
早くしないとあっという間に開放時間が終わっちゃうよ?」
沙耶は気を取り直したように笑顔でうなずいた。
立ち上がろうとすると、下敷きになった長すぎる黒髪が邪魔でうまくいかない。
彼女は「あらいけない」と言って髪を短く戻していると、先に立って手を伸ばすおれたちを見上げた。
彼女はそれぞれの手をとって、笑顔で自分も立ち上がる。
が、ここで異変が起こった。
最初は何があったのかまったくわからなかったが、視線を下げると沙耶の黒いビキニの、ヒモがゆっくりとほどけていく。
完全に記事がずり落ちる前に、おれは急いで後ろを向いた。
「バ、バカァァ~~~~ッッ! 見るなぁ~~~~~~~~~~~~っっ!」
「見てないっっ! 見てないぞっっ! 絶対に見てないっっ!」
「きゃあぁぁ~~~~~~~~~~っっ!
もうダメぇ、お嫁にいけないわぁぁ~~~~~~~~~~っっ!」
2人がそろって暴れ出した。おれは必死に弁明する。
「だから見てないって言ってるだろっっ!
信じろってだから2人ともおれを攻撃するなぁ~~~~~~~~~っっ!」
そんなわけで、おれは大急ぎでプールサイドを後にした。
昼食はガストンと弟子のエドガーが用意した(あとプールに興味のない生徒も手伝った)鉄板山盛りの焼きそばだった。
2人とも食事時間が遅れたことにたいそうご立腹の様子で、俺たちは恐縮しながらさらに受け取り、グラウンドの芝生に腰を下ろした。
「それにしても、散々だったわ。
もう河童なんて大嫌い。戦う機会があっても絶対に相手にしないわ」
そう言いながら、沙耶は上品なしぐさで焼きそばをほおばった。
草むらに体操座りする黒いビキニ姿も大変素晴らしい。
「あははは、もはやトラウマレベルってわけか。そりゃ災難だったね~」
笑いながらはしをつつくタタミちゃんの体操座りも素晴らしいが、彼女は突然きょとんとした。
「あ、そう言えば。
去年の水難事故がはっきり河童のしわざとわかった今、ひょっとしたら例年の川遊びが再会するかもね」
沙耶も寄せていた眉をゆるめて何気なく前方を見る。
「それもそうね。
今は水泳部のお邪魔をしている状態なんだし、部員たちからそんな提案があがるのは必至ね」
「えぇ~、なんだよそりゃ~。おれなんだかいやだなぁ~」
沙耶とタタミちゃんに挟まれていたおれは、そろって「「なんでよ?」」とふに落ちない顔を向けられる。
おれはがっくりと肩を落とした。
「死霊族の川遊びなんてさ~。どうせ激流デンジャラススポットなんだろ~?
そんな場所にただの人間が泳ぎに行けるかよ」
「ま、なんて偏見。正直そこまで言われると訂正したくなるわ」
あきれ顔の沙耶と比べ、タタミちゃんは顔をあげるほど笑った。
「にゃははははは。でも心配するのもムリないよね。
だってアタシらもどんなところで泳ぐのか知らないもん」
「そうだわ。明日もお休みなんだし、せっかくだから行ってみましょうか」
突然の沙耶の提案におれはイヤな顔を隠せなかった。
「え~? 行くのかよぉ~。おれなんだかやる気失せるなぁ~」
タタミちゃんがおれの方をがっしりとつかんだ。
「これこれ、あんただけ断るのかよ。
いいのかなぁ~アタシたちのあられもない姿、もう2度と見れなくなっても平気なのかなぁ?」
タタミちゃんを見ると、顔を赤くしながらもどこか期待する目つきをしている。
「うぅ、それはもったいない気がする。
しょうがない、明日おれも行くよ」
「わたしもそうしてくれるとうれしいわ。新介君の水着姿、わたし結構好きだもの」
おれは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
一方のタタミちゃんは「興味ないっ!」と言って焼きそばを口いっぱいにほおばった。
翌日、ふたたび海パン一丁姿になったおれは目の前の光景を見て思わず目を見張った。
正直もっと期待しておけばよかった。
ものすごい轟音を立てて流れ落ちる大量の水しぶきが、円形の滝つぼに思い切り叩きつけられる。
すでに多くの生徒たちがたわむれる河原のそばにある断崖は、垂直の岩肌にびっしりとコケがはりついている。
「お~いっ! こっちだぞぉ~~~~~っ!」
ヒャッパの呼びかけにすぐにかけだしたおれは、ゴロゴロと群がっている石ころに足を取られないように気をつけながら、昨日とまったく同じ姿で待ち受けていた仲間たちのもとにたどり着いた。
「うっひょぅ! すげえいい場所だな! これならおれもひと安心だ!」
「安心するのはいいけど、滝のそばには近寄らないでね。
人間であるあなたじゃきっと抜け出せないから」
相変わらずの美しい水着姿の沙耶に言われ、おれはこっくりとうなずいた。
そのまま互いに相手の顔を見つめあっていると、キースが深いため息をついた。
「おいおい、見とれてんなって。
沙耶はともかく、新介の顔は大したことないぞ」
するとタタミちゃんが不機嫌な表情でキースの身体に裏拳をたたきつける。
「うっせぇな!
だいたいなんだよそのあんたの体つき。外人ハーフのクセになにヒョロヒョロしてんだよ!
なんだそりゃ、まるで『スレンダーマン』みたいじゃんか!」
それを聞いたヒャッパが突然大笑いしだした。
「ギャハハハハ! スレンダーマンかよっ!
オレも何本かフリーゲーム持ってるけど、それを新介にプレイさせられないのはなんとも残念だなっ!」
「野球部に入ってて良かった……」
「それにしてもスレンダーマンか!
ちょうどいいあだ名が見つかってよかったぜ、ギャハハハハハッッ!」
すると突然「てんめっっ!」と言ってキースはいきり立ち、あわてて逃げはじめたヒャッパを追いかけはじめた。
しかしヒャッパはすぐに足を取られて追いつかれ、キースはそばにあった岩にわしづかみにしたヒャッパの顔面を何度もたたきつける。
はた目では完全なる殺人行為だがどうせ不死身の死霊族なのでいっさい気にしない。
タタミちゃんはそれを見て大笑いするのだが、おれはしぶい顔で目をそむけた。
すると目の前には、岩場に座りおだやかな表情で滝を見つめる沙耶の姿があった。
彼女はおれの視線に気づくと、一瞬だけこちらに目をやり、すぐに視線を戻した。
「今週はたまたま好天が続いたわ。これからずっと、ここに来れればいいわね」
おれはため息まじりに首を振った。
「おれはそんなに遊べないよ。
7月になれば、大会が始まる。そうなったらみんなともなかなか遊べないな」
「だけど、新介君はずっとここにいるんでしょう?
チャンスは3年間もある。その間、わたしたちの関係に変化があればいいわね」
沙耶がこちらを見つめると、おれは思わず顔を赤らめた。
「う、うん。
たしかにおれはもう沙耶たちとずっと一緒にいるって決めてるけど、いくらなんでも気が早いよ」
脳裏では、もう完全に死霊族に慣れている自分に気がついた。
ある日突然心臓が元に戻ることになったとしても、ずっとこのままこの学園に残り続ける自分がいるのだろう。
「もし来年、恋人同士になることがあったら、そしたら2人っきりでこの滝を楽しみましょうね」
おれはツバを飲みこんだ。
たとえ人間でなくとも、こんな世にもみまごうばかりの美少女と、恋人同士になれる……
「なあにぃ!?
このアタシを差し置いてデートの約束かっ! 新介、抜け駆けは許さんぞっ!」
突然割り込んできたタタミちゃん。
もちろん沙耶にはない別の魅力を持っている彼女にも、おれは強くひかれ続けている。
「あ、あはは、もちろんタタミちゃんにもチャンスはあるよ。
おれ、まだどうすればいいか決めかねてるし……」
「よっしゃ新介、言ってくれたな!
沙耶、アタシ絶対負けないからねっ!」
「受けて立つわタタミ。正々堂々勝負しましょ?」
余裕たっぷりの笑みを浮かべる沙耶と、拳をにぎってわざとらしくにらみつけるタタミちゃん。
今のところ、おれの中では2人とも互角だ。
だが、おれは考えていた。
クラスを2分するほど人気のある2人の美少女が、かたやぱっと見はさえないおれをめぐって楽しそうに争っている。
他人から見ればあまりにもうらやましい状況だ。
だけど、2人はどこまで本気なのだろう。
どちらを選ぶか決めかねているおれと同じように、2人とも本気では好きだと思っていないのかもしれない。
もしかしたらあくまで友達以上、恋人未満としか見られていないのかもしれない。
おれは内心気付いている。
もしかしたら、おれは心の中にある期待を裏切られるのが怖くて、本気にはなれないでいるのではないかと。
2人ともおれには魅力があるとは言ってくれているが、いざその時になっておれの決断を不意にされたら、おれはどうなってしまうのだろう。
美少女2人と他のみんなが楽しそうに大さわぎするなか、おれは静かに背後で流れる滝の爆音を耳にしていた。




