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(3)

「……うぅ~。暑い、ちょっとのぼせちまったかな?」


 長いこと日の光にあたりすぎたせいで、身体はすっかり乾いてアスファルトが熱い。

 それでもおれはあおむけからうつぶせに体勢を切り替え、じりじりと照りつける太陽の光に耐えた。

 しかしそれも潮時だと思い、身を起こそうと思った直後だった。


「ちょっと! 新介起きてよ!」


 顔をあげると、セミロングの髪を首筋にべったりとはりつけたタタミちゃんが前かがみでこちらをうかがってくる。


「うぅん? どうしたんだよいったい……」

「沙耶が水にもぐったきり、戻ってこないの。一緒に探してくんない?」


 身を起こせば、同じく身体を水にぬらしたミノンちゃんと弥子ちゃんの姿がある。

 ミノンちゃんも同じくぬれた髪が顔に張り付いているが、なぜか弥子ちゃんはおかっぱ頭の形がくずれないままだ。ちょっと不思議な髪型。


「マジでか。

 でもおれが水の中にもぐっても、身動きとれないと思うぞ? 人も結構いっぱいいるし」

「大丈夫だって。もうすぐお昼ごはんだから。

 そしたら人がはけて探しやすくなるとおも……」

「ちょっとぉぉっ! 大丈夫っ!? しっかりしてっっ!」


 突然の大声におれたちは振り返った。見れば、気絶した女子生徒を友達が必死で介抱している。

 タタミちゃんがすぐに「どうしたのっっ!」と声を張り上げた。

 相手はすぐに返事を返した。


「気絶したまま目を覚まさないの!

 どうしよう、水におぼれたわけもないのに……!」


 それを聞いたミノンちゃんと弥子ちゃんがおどろいた顔を見合わせ、一緒にタタミちゃんの横に立つ。


「みんなっ! うちの沙耶を探してっ!

 彼女もきっと同じ目にあってるかもしれないっ!」


 気絶した女子生徒を友人たちがプールサイドに引き上げている間に、プール内の生徒たちが水の中を捜索(そうさく)する。

 すると別のところで声があがった。


「おいっ! どうしたんだよ! しっかりしろ!」


 男子生徒が、同じく気絶したと思われる女子生徒を抱きかかえていた。

 被害者はこれで2人目。


「おい! いったい何があったんだよ!」

「あっ、あのね……!?」


 弥子ちゃんが振り向くと、急いで自分たちが先ほど話していた話を繰り返した。


「……というわけなの!

 沙耶ちゃんはそれが気になって、1人でプールの中を探してたみたいなの!」

「そりゃ一大事じゃねえか! すぐに彼女を見つけないと!」

「ギャアァァァァァァァァァッッ! オバケェェ~~~~~~~~~ッッ!」


 突然男子生徒のさけび声がした。

 振り返ると、ビビり倒している男子のすぐそばに、大量の黒い毛がプカプカと浮かんでいる。


「……って違うよっっ! それが沙耶だよっ!

 今すぐ助けろ! なんでみんな遠巻きにながめてるだけなんだよ! 気持ちはわかるけどさぁっ!」





 結局おれたちも手伝って沙耶の身体を引きあげると、いつもより倍に伸びている長髪のせいで救出作業がおぼつかない。


「うぅ……いつもすぐそばにいる存在なのになんでこんなに抵抗感がある?

 なんだか悲しくなってきた……」


 もっとも黒い髪をかきあげると、ぐったりとして微動だにしない彼女の姿が浮かび上がり、おれは心の悲鳴をあげた。

 真っ白な肌をしているので健康状態がまったくわからない。


「おい! 大丈夫なのかっ!?

 ずっと水に沈んでたんだろ!? 蘇生(そせい)はしなくて大丈夫かよ!」


 ひざまずき肩をゆするおれに、頭上からタタミちゃんが呼びかける。


「大丈夫だと思う。

 死霊族は蘇生能力が高いから、きっと自力で息を吹き返すんじゃないかな」


 しかしそれが聞こえていなかったおれは(フリです、ハイ)なおも肩をゆさぶり、名前を呼び掛ける。


「でも、一応心臓マッサージをする必要、あるんじゃないかな」


 弥子ちゃんは言うが、おれは首を振った。


「いや、それより人工呼吸だ!

 急がないと間に合わなくなる!」

「……あんた最初っからそれが目的でしょっ! ったくこのスケベッッ!

 言っとくけど意識がない間にファーストキスされると女子はけっこうショックなんだからね!」


 ミノンちゃんの罵声(ばせい)におれは観念して顔をあげた。


「うぅ、わかったよ。

 でも弥子ちゃんの言う通りこのまま何もしないってのもどうかな。

 心臓マッサージくらいはしてあげた方がいいと思うけど」

「だったらあたしがやる! エロ介はどいて!」


 おれを乱暴に振り払い、反対側に座りこんだミノンちゃん。

 慣れた姿勢で沙耶のきれいな胸の谷間をグイッと押した。

 その瞬間、沙耶のくちびるがツンととがって、水がピューッ、とふきだした。


「おしっ! いい感じ! 水泳部じゃうんざりするほど教えられるからね!」


 しばらくすると、ミノンちゃんはあわせた両手を離した。

 すると沙耶のふくよかな胸が、ひとりでに上下に動き出した。

 それを見た全員がほっと胸をなでおろす。おれは興奮(こうふん)でそれどころではなかったが。


「それにしても、あれだけ運動神経のいい沙耶がおぼれるだなんて。

 これはどう考えても普通の事故じゃないね」


 タタミちゃんの言い分に、おれも腕を組んで首をかしげた。


「まさか、本当に河童が?

 いくら食べ物に困ってるからってこんな広くもないプールに潜入するなんて、リスクが多すぎるぞ?」

「それでも、沙耶ちゃん河童が隠れられそうな場所探してたよ?

 でも、本当にそんな場所あるのかな?」


 弥子ちゃんのひとことに、誰もいなくなったプールをながめた。

 直前のパニックで水面は()れまくっていたが、それでもすみわたっていて水の底がよく見える。

 いや、それがかえってひとつの場所に対する疑念を浮かび上がらせた。


「おい、沙耶が沈んでた場所を見てみろ。あの黒い四角形はなんだ?」

「そうか! 吸水口だっ!

 待ってて、ここは現役水泳部の出番だよっ!」


 いきりたったミノンちゃんが、すぐに水に飛び込んだ。

 弥子ちゃんが「あ、あぶないよっっ!」と言ったのは少々遅かった。


 そのまま不安げに水面を見つめるが、弥子ちゃんの予感は的中した。

 突然水しぶきが上がり、バシャバシャと水面をかき乱していくなか、時おり小麦色の手足が飛び出る。


「ミノンちゃぁぁ~~~~~~~んっっっ!」


 おれは思わず水に飛び込みそうになる弥子ちゃんをかばいながら、しばらく様子を見る。

 するとミノンちゃんが大あわてで水面から飛び上がった。

 かなり不自然な姿勢で無理やりプールサイドからあがる。


「あ、危なかったっっっ!

 もう少しであたしもセクハラ被害にあうところだったよっっ!」


 言うなり弥子ちゃんが抱きつき、「ばかばかばかぁぁっ!」と言って彼女の身体をポンポン叩く。

 ミノンちゃんは申し訳なさげな笑みで親友の頭をなでた。


「ゴメンね、ちょっと無謀(むぼう)だったかな。今度からは気をつけるよ」


 その様子にどこか心がほっこりするなか、突然の大声がひびいた。


「ギャハハハハハハハハハハッッッ!

 このプールは、この俺サマが乗っ取った!」


 何かが大きな水しぶきをあげ、スタート台の上に立った。

 その姿を見ておれは腰を抜かしそうになった。


「おうわあぁぁぁぁっっ!」


 それは伝承(でんしょう)にあった通り、頭に皿、背中に甲羅(こうら)、全身が両生類を思わせるヌメリとした質感をしていた。

 手足には水かきがあり、口はするどくとがっている。


 それでも、話に聞くのと実際に見るのとでは全くの別物だ。

 予想以上にシャープな身体つきをしたそれは、しかし全体的に異様なオーラをまとっていた。

 どことなく水死体を思わせるその不気味な雰囲気は、プールという公共の施設に立つとよけい違和感がある。


「げっ! まさかホントに、カッパが現れただなんてっ!」


 タタミちゃんの声を聞き、カッパはおもむろに前に手をかかげするどい目つきでこちらをうかがう。


「おうよ! 俺の名は河童の『カンペイ』!

 近頃じゃ向こうの世界で狩りができなくなったもんで、こっちの世界になんとか入り込んだはいいがよ、たった一年で川遊びを中止しちまうとは、いったいどういうこった!

 おかげでこんなところにまで来ることになっちまったよ!」


 おれはおどろきまじり(ビビりまじり)に声を張り上げた。


「よ、よくもこんなところまで来れたな!

 そんなに若い子のエネルギーがうまいのかよ!」


 新手の人外が、ギロリとにらみつけてくる。

 おれは思わずちぢみあがってしまう。


「ああ、とっても美味だ。

 わざわざ高いリスクを冒す価値はあるぜ!」


 そう言って、奴は水かきつきの片手をあげた。

 そこにはぼうっとうっすら光っているエネルギーのかたまりがある。


「ほれ、最後にとっておいたとっておきの玉、しっかり食ってやるっ!」


 おれたちが思わず手を伸ばしてしまうなか、カンペイは遠慮せずエネルギーにかぶりついた。

 一口とは行かず、小さくなった光のかたまりの形がくずれる。

 河童は次の瞬間、大きくのけぞった。


「うおっほぁっっ! こいつはうまい!

 まああんないい形の尻をしてりゃ当然だわなっっ!」


 プールサイドにいる全員が、おもむろに気絶している超絶美少女のほうに目を向けた。


「くっそぅっ! なんてこったっっ!

 沙耶のおしりのエネルギーがあんな奴に食われちまった!

 ちっくしょうっっ! めっちゃくやしいぞっっっ!」

「尻子玉を抜かれたくらいで死にゃしないけど、くやしいのはわかるね。

 にしても新介の言い方完全にスケベすぎ」


 そう言って前に進み出ようとするタタミちゃんを、ミノンちゃんが引きとめる。


「待って。相手は河童だよ?

 水の中じゃ、どんなに強くても一筋縄じゃいかない」


「そのとおりっ!」そう言って、カンペイは高くジャンプして水の中に飛び込んだ。


 水面から顔を出した河童は引き続き、沙耶のエナジーを咀嚼(そしゃく)しながら高らかに笑う。


「この俺を退治したいのなら、水中戦に特化した専門の退魔師を呼んでこなきゃなんねえ!

 だがこの学園にまさかそんな奴なんていまい! それまでこのプールは俺様の天下だっ!」

「ちっ! なんてこった!

 それじゃおれたちはともかく水泳部のみんなが練習できなくなるじゃないか!」


 カンペイは怪しい笑みを浮かべながら、最後の一口で残りのエナジーをほおばった。

 満足そうに口をもぐもぐさせるのがなんとも腹立たしい。


「ははは! なにもいつまでもここを占拠しようだなんて大それたことは考えちゃいねえぜっ!

 せいぜい俺が満足するまで、カワイイ女子の尻子玉をいただくだけだ!

 そうだな、数十人分の尻子玉さえあれば、俺の背中についてる甲羅の中に蓄えて、ひと冬乗り切れるぜ!

 そしたらすぐにプールを解放してやる!」


 言いつつ、カンペイはこちらのあたりを指差した。


「それと、そこにいる3人っ!

 金髪のちょっと背が高い奴と、髪も肌も茶色のショートヘアと、小柄なおかっぱ頭っ!

 お前らの尻子玉は確実によこせ!」


 言われ、タタミちゃん、ミノンちゃん、弥子ちゃんの3人が「ひえぇぇぇっ!」と後ずさり、互いにがっちりと抱き合った。

 美少女認定されたのはすばらしいことであるが、選んだのが不気味な妖怪なのでなんとも言えない。


「やだよっっ!

 なんであんたみたいな不気味な妖怪相手に自分のオシリを差し出さなきゃなんないのよっ!」

「こわいよぉ~~っ! 本物の河童見たけど、想像したよりずっと怖いよぉ~っ!

 あんなのにおしり触られるのやだよぉ~っ!」


 タタミちゃんと弥子ちゃんはもう泣きそうになっている。

 ミノンちゃんも相当困った顔をしているが、キースが容赦なく指差した。


「いいのかよ。せっかくのご指名なんだぞ。

 選ばれたからには喜んで差し出してやれよ」

「あっ、あんた何言ってんのよっ! いやに決まってるでしょ!

 あんな気味の悪い化け物に誰が好きこのんでお尻をまさぐらせるもんかっ!」

「沙耶はとっくにやられてることは棚に上げるのね。トホホホ……」


 気絶してる本人には伝えないで上げとこう。

 それでもキースがこのまま(だま)っているとは思えないのだけど。


「クククク、どうした?

 このままじゃ他の連中はともかく、水泳部は貴重な練習ができなくなるんだぞ?

 お前水泳部なんだろ? このままでいいのか」


 そう言われ、「ぐぅっ」と奥歯をかみしめる表情のミノンちゃん。

 先輩たちの残された時間をムダにしないためにも、この申し出を断るわけにはいかないとでも言うのか。


「おい、ムリするな。

 なにもあんな妖怪相手にまともに言うこと聞くことないぞ。なんとかして奴を倒す方法を見つけよう」

「……いや! ここはなんとしても、あたしが食い止めるっ!」


 そう言ったミノンちゃんは、ビシッとカンペイを指差した。


「条件付きだっ! このあたしと水泳勝負しろっ!

 そして勝ったらおとなしくこのケツを差し出してやるっっ!」

「……ええぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!」


 いったい何をどう考えたらそんな結論になるのか、正直わけがわからない。


「おい正気かっ!? 相手は河童なんだぞっ!? 勝てるわけねえだろ!

 なに考えてんだよお前っ!」

「しょうがないじゃない!

 水中の河童はいい大人のプロフェッショナルでも数人がかりで1匹倒すのがやっとなんだよ!?

 なのにまともな妖怪ハンターがいないうちの学校で援軍が来るのを待ってても仕方ないじゃない!」


 最初は不安げな表情だったが、徐々に決意がみなぎってくる。


「ここはなんとしてでも、現役水泳部の意地を見せちゃる!

 大丈夫、あたしの能力でなんとかするから!

 それにもし万が一負けたとしても、こっちはおとなしくおしりを差し出してガマンするだけだからね!」


 そこまで言われれば、おれとしても反論できなかった。

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