(2)
プールサイドでは、あらゆる男女がこちらを指差して、ひたすらウワサし合っている。
ほとんどが沙耶の(あるいはタタミちゃんとセットで)見目うるわしい姿に見とれているのだろうが、中にはこっそり笑っている奴もいる。
ケッ、どうせおれのことなんだろ?
気を取り直して、おれたちはさっそくプールに入ることにした。
「「「ひゃっほぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~いっっっ!」」」
キース、ヒャッパ、影乃の3人が思い切りジャンプして、プールに飛び込んだ。
当然ものすごい水しぶきが上がり、残された沙耶たちはすでに水浸しになってしまう。
「ちょっとぉ~っっ! なに勝手に飛び込んでんの!
先走ってんじゃない、あがれあがれ!」
タタミちゃんの指摘にもかかわらず、男たちは「うほほ~い!」と言って勝手にさわぎはじめている。
その時おれはこっそり、女子4人の後ろ姿を堪能していた。
形のいいお尻が4つ並ぶと、まさに壮観のひとことしか出てこない。いやはやホントに素晴らしい。
ところがタタミちゃんがいきなり後ろを向いて指差してきた。
「……それと新介はなんで後ろにつっ立ってんの!
もしかしてあたしたちのオシリじっくり観察してたんでしょ!」
「ちがうぞっ! おれは人間だ!
まだ6月だから水は冷たいかもしんないだろ!?
いきなり入って心臓マヒを起こしたら大変じゃないか!」
おれはあわてて弁解するが、4人は腕を組んでにらみつけてくる。
おれは観念した。「すみません、そのとおりでごさいます……」
「まあいいや、エロ介はほっといて、さっさと入ろ?
まずはゆっくり両足を水につけて……」
タタミちゃんは言うが、対する沙耶はイルカのごとき見事なフォームで、ザブンとプールの中に入りこんでしまった。
なぜかミノンのほうが怒りだす。
「ああこらっ!
現役の水泳部員の目から見ても見事な飛び込みを披露するんじゃない!
くっそー! あたしも負けてらんないや、それぇっ!」
これまた見事なフォームでミノンちゃんも着水する。
タタミちゃんは腰に手を当ててため息をついた。
「まったく、男子とは違うところを見せつけてやろうと思ったのに。
まあいいや、アタシも裏甲賀流直伝の飛び込みを披露してやる! とうっっ!」
2人とは違い、タタミちゃんは高くとびあがってスピンしながら着水。
残された弥子ちゃんは軽く両手をにぎってくやしそうな声をあげた。
「うぅ~!
みんな置いてきぼりはずるいよぉ~っ! いじわるぅ~!」
「ならばマドモワゼル、ワタクシのエスコートはいかがでしょうか?」
おれが手を差し伸べてやると、振り返った弥子ちゃんは顔を真っ赤にしながらも笑みを浮かべる。
「あ、ありがと。新介くんはやさしいね」
ゆっくりと水に両足をひたしはじめたおれたちを見たキースがどなりあげた。
「おいっ! 女子3人どもっ! いつまでも水中にもぐってないで顔をあげろっっ!
新介のヤローが弥子をエスコートしてるぞっ! これでいいのかっ!」
弥子ちゃんがプカプカ水に浮かぶのを見届け、ようやく最後に着水したおれは、しかしすぐにその場を動かすに、壁に背中をあずけながらあたりをキョロキョロしだす。
その時、水中からザブンと誰かが顔を出した。
顔を思いきり上にあげ、「ぷはぁっ!」と息を吸いこんだタタミちゃんは、こちらの方を見てキョトンとする。
「あれ? 新介は泳がないの? 気持ちいいよ?」
「う~ん、不安だなぁ~。
死霊族が泳ぎ回ってる中で奥に進んだら、なんだかケガしそうで怖いんだよなぁ」
「あ~、それもあるか。
なんならアタシたちでうまく場所作ってあげよっか?」
「うっ、なんだそりゃ。
取り囲まれて1人で泳ぐなんてシュールなマネできるか」
「にゃははははは!
そりゃそうだ、う~んだとしたらどうやって……」
その時、おれのすぐ横で何者かが水面から顔を出した。
横を見ると……
「ギャアァァァァァァァァァッッ! オバケェェ~~~~~~~~~ッッ!」
現れたのは水にぬれた毛むくじゃらの怪物。これにはタタミちゃんも思わず飛び上がった。
がしかし、それは突然手を出すと前面にかかった毛をはらい……
「っていうか沙耶じゃねえかっ!
髪をまとめてなかったらホントに幽霊みたいだよっ!」
「ぷふぅっ。ごめんなさい、一生懸命泳いでたらほつれちゃって。
にしてもオバケは失礼ね。まあ、オバケなんだけど」
そう言うと、沙耶は両手を使って長い髪をまとめはじめる。
それだけじゃなくひとりでに髪がウニュウニュ動いているが、それが特殊能力由来だとわかっていても水にぬれた髪だとなんだか不気味だ。
「うぅ、寒くなってきた。
じっとしてもなんだから、ここはムリしてでも泳ごっかな」
「それはダメだよ!
アタシたちならともかく、他の生徒が泳いでるところにぶつかったら骨が折れちゃうよ!?」
タタミちゃんに言われ、沙耶もアゴに手を触れて考えはじめる。
「ちょっとうかつだったわね。
なんとかして新介君でも楽しめる遊び考えられないかしら」
その間に周囲を見回したタタミちゃんが、ある方向を向いて指を差した。
「あっ! あれいい! 2人とも、ちょっと待ってて!」
言うなり彼女はプールサイドに手をつけ、ジャバァ、と水からはい上がった。
したたり落ちる水がそのなめらかな肌からすべり落ちるのを見て、おれは一瞬見とれた。
そこで沙耶もおれの視線が集中しているのに気づき、後を追って自ら上がった。
なぜそこで対抗しようとする? もっともその効果はバツグンだが。
2人はすぐに戻ってきた。その頃には、他のみんなも集まっている。
タタミちゃんが手にするのは、やわらかそうなビニール状の球体。
それを見て一番はしゃぎ出したのは弥子ちゃんだった。
「わぁっ! ビニールボールだっ!
やったぁ、これであそぼっ!」
「よっしゃ! じゃあキャッチボールしようぜ。
ただ水の上でプカプカ浮いてるのもなんだからな」
ヒャッパが言うなり、タタミちゃんと沙耶は水に飛び込んで、全員でビニールボールを投げあっこすることになった。
「そおれぇ!」タタミちゃんが高くボールをあげると、ヒャッパが飛びあがってボールを突き返す。
沙耶が余裕を持ってボールをはね飛ばすと、影乃が片手でそれをはじく(左手を使わないのは気を使っているからだろう)。
弥子ちゃんがそれを受け止めようとするが、小柄な彼女が飛ばしても高くはあがらない。
「わぁーん」と情けない声をあげる横でミノンちゃんがボールをやさしく受け止めると、とんだボールはおれのところに向かってきた。
「よっしゃっ! ひときわ高く上げるぞっ! 人間の力をナメるなっ!」
必死でボールを突き上げると、たしかにそれは高く飛んだ。
しかし計算ミスがあった。
キースのところに向かってきたボールはよりによって乱暴に叩きつけられ、大きく放射線を描いてプールサイドにはじかれてしまった。
「「「「……キースぅっっっ!」」」」
みんなで責め立てられても、当の本人は首をすくめるだけだ。
「ちょっと手加減間違えただけだろ? で、誰が取りに行くんだ?」
「「「「当然お前が取りに行ってこいっっっ!」」」」
おれたち全員に指差され、キースはしぶしぶプールサイドに向かった。
こうしてまあしばらくボールでたわむれていたおれたちだったが、おれは途中であることに気づいた。
もともと天気はいい方だったのだが、それでも学園周辺独特の気候ゆえに多少かすみがかっていた。
それが今は珍しく、雲ひとつない青空が上空に現れている。
沙耶も気づいたのか、ボール遊びをやめて真上を見上げる。
のけぞったあごのラインが美しい。
「あら、なんて晴天なのかしら。
雲ひとつない青空はなんとも心が洗われるわね」
同調したタタミちゃんもすぐに上を見上げる。
やはり水のしたたるのどもとが美しい。
「いいよねぇ~。
死霊族の街だと太陽はめったに見れないから、アタシホントに見とれちゃうよ~」
全員が珍しい青空に目を向けるなか、おれはハッとした。
「しまった! こうしちゃいられない!
みんなどいたどいたっ!」
仲間たちの身体を次々と押しのけると、おれは急いでプールサイドにあがって、コンクリートの上にあおむけに寝そべった。
「……何やってんの?」当然タタミちゃんからしらじらしい声が聞こえてくる。
俺はすぐに顔だけあげる。
「これは日焼けするチャンスだっ! このチャンスを逃してなるものかっ!
こんがり焼くぞっ! 今年の夏に限って肌が真っ白なのはイヤだからなっ!」
おれはもともと色黒なほうだが、実はここの太陽の当たらない環境で身体が日に焼けないことをひそかに心配していたのだった。
数少ないチャンスを逃してはならない。
「なによぉ~。色白軍団のアタシたちに対する当てつけぇ~?」
タタミちゃんに言われても、おれは顔をあげてにらみ返した。
「うるさいっ! それとミノンちゃんっ! おれは負けねえぞ!
絶対にお前に負けないくらいのこんがり小麦肌になってやるから、見てろよっ!」
「おーい、あたしの肌は別に日焼けじゃないよ~。
特異体質だから、メラニン色素は関係ないよー。おーい」
おれは呼びかけを無視し、降り注ぐ太陽に全身をさらけ出す。
「あんなヤツほっとこほっとこ。それにしてもあんなブーメラン水着で日光浴かよ。
日焼け跡がこっぱずかしい形になるのは正直引くよ。
まあ見る機会なんてめったにないと思うけど」
おれはタタミちゃんに言わせたいだけ言わせてやり、軽く手を振ってみんなを無視しはじめた。
日焼けにこだわりだした新介君を無視して、わたしたちは水とたわむれ続けていた。
ちょうどボール遊びにも飽きてきたところなので、適当に泳ぎながら女の子4人でおしゃべりを始める。
タタミがふとこんなことを言いはじめた。
「ああそう言えば、ちょっと気になることがあるんだけどさ。
去年までは付近の川で遊んでたらしいじゃん。
なんでわざわざプールを使いはじめたの?」
「そう言えばそうね。
ミノンの水泳部だってあるのに、練習を途中でストップして、なんだか申し訳ないんだけど」
わたしが振り向くと当のミノンはあきれ顔で手を振った。
「いやいやいや、一日中練習なんてやってられませんよ。これも息抜き息抜き。
でもまあ、理由があるらしいけどね」
弥子が首をひねって「理由?」とつぶやくと、ミノンはこっくりとうなずく。
「去年の川遊び、事故が頻発したらしいよ?
なんでも水に溺れる生徒が続出したんだって」
「「「水の事故ぉ!?」」」
わたしも含め、3人で声を大きくさせてしまった。
タタミが続ける。
「ちょっと待ってよ!?
アタシたち死霊族だよっ!? 水に何分でももぐってられるよ!?
おぼれるなんて、カッパよりありえなくないっ!?」
「そのまさかよ。
だから例年の川遊びは中止になって、かわりにプールを解放することになったわけ。
あたしとしては練習漬けになんなくなってちょうどいいけど、先輩たちは不満があるみたいね」
それを聞いて、わたしはアゴに手を触れた。
「水の事故? ふるさとなら聞く話ね。
なんでも実在する河童が死霊族の『尻子玉』を抜くために川遊びの最中を狙うらしいのだけれど、現世では聞いたことがないわね」
尻子玉というのは、人間、あるいは死霊族のおしりの上あたりにある生命エネルギーのことだ。
これは魔界の川辺に生息している河童族の大好物で、尻子玉が頻繁に再生する死霊族はよく狙われるのだが、子供の場合はいくら死霊族でも命の危険が伴うので、討伐の対象となる。
それでも例年のように事故が絶えない。
ただし、河童族は現在ではほとんどが魔界に閉じ込められている。
近年の現世における水難事故は起伏に富んだ激しい水流が原因なので、まさか付近の川に河童が生息しているとは考えにくいが、しかし……
「お~い、沙耶さーん。
ひょっとしてマジで原因付きとめようと思ってる?
そんなんあとあと、今はプールなんだから、心配しないで楽しみましょうよぉ~」
ミノンに言われ、わたしははっとした。
ふてくされた様子の彼女にそっと笑みを浮かべ、ふたたび泳ぎを楽しむのだった。
気になる事件ではあったが、そんなものは後で検証すればよい。
今はせっかくの初泳ぎを堪能するにこしたことはなかった。
しかし、しばらくしてわたしたちは不思議な現象に居合わせることとなる。
「キャアァァァァァァァァァァァッッ!」
突然叫び声があがった。
振り返ると、プールの中にいた女子生徒がおびえる表情でうつむいている。
友人らしき女子が両肩に手をかけて問いかける。「どうしたのっ!?」
「水の中に、なにか変な奴がいた……」
わたしはタタミたちと顔を合わせ、そばに寄ることにした。
振り返った彼女たちはそろってびっくりした顔をする。
「C組の狛田村さんっ!?」
「わたしたちも混ぜてもらってもいいかしら?」
「ええ。いいけど、遊んでる途中で迷惑じゃないかな?」
「いちおう学級委員だから、みんなの安全を守る義務はあるわ。
どんな姿だったのかしら」
目撃者の女子は真っ青な顔ながらもうなずく。
「よく、見えなかったんです。みんなの影に隠れてたから。
だけど、明らかに人の姿をしてませんでした」
わたしは周囲を見た。
死霊族の中には現世の人間とは全く違う姿をした者も多いが、ここにはそれらしき人物は見当たらない。
「どうかな~。アタシはのぞき目的のヘンタイだと思うけどな~
それでもシバキ対象にはなるけど」
タタミは不敵な笑みで組んだ指をポキポキと鳴らすが、目撃者は声を張り上げて訴える。
「そんなことない! あれはたしかに、普通の見た目してなかった!」
言われても、わたし以外の仲間はそろって首をかしげるだけだ。
「沙耶ちゃ~ん、まだうたがってんのぉ?
こんなところに、河童なんていないよぉ?」
わたしたちは泳ぐのもやめて、プールのへりでぷかぷか浮かんでいた。
が、難しい表情をくずさないわたしにみんなはあきれた表情になっている。
「弥子の言う通りだよ。
だいたい、前年の事件の原因が河童だとは思えないし。
河童は死霊族や公安6課の監視にさらされてこっちの世界にはいなくなったはずだよ?」
ミノンに言われても、わたしは疑問をぬぐえなかった。
「でも、川遊びの中止でもし河童が困ることになれば、このプールの中を狙うようになるわ。
奴がもしいたとすれば、ここはごちそうの宝庫だもの」
タタミにいたってはあくびまでしはじめる。
「だから考えすぎだって。
だいたい、こんな広くもないプールのどこにカッパの隠れ場所があるっつーの。
そんでもってアタシたちの尻子玉を狙ってんだとしたら、逃げ場のないここじゃすぐにバレてとっつかまっちゃうよ?」
そんなタタミが、プールサイドでいまだに寝そべっている新介の姿に目を向けた。
「ったくあいつはいつまで日向ぼっこしてんだか。
もうすぐお昼になっちゃうよ?」
「わたしもうあきてきたー。
いったん上がって、お昼ご飯にしよっかな」
弥子までそんなことを言う。
わたしはいったんタタミ達から離れた。
「ちょっと、あんたどこ行くのよ!?」
「先にあがってて、わたし、念のため調べてみる!」
引き留めようか迷っているタタミ達をよそに、わたしは思い切り息を吸い、水中へともぐった。
水の中は、決して少なくない生徒たちの姿でひしめき合っていた。
相手が河童なら、身を隠すのは不可能ではないだろう。
さて、隠れるとするならどこがいいか。
わたしはここで少し後悔した。水中では視界が悪くなる。
水中メガネがあれば、中の様子がはっきりわかるのだが、残念ながら単なる水遊びに水中メガネを持ってきている生徒はいないようだった。
ふと、遠くの視界に何者かが横切った。
わたしははっとした。あれはたしかに、普通の人の姿とは思えない。
しかも動きが非常になめらかだ。
ある程度訓練を積んだわたしでも、あきらかに尋常のものでもないとわかる。
水泳の技術を徹底して磨いたものでないとすれば、あるいは……
完全に姿を見失ってしまったので、わたしは捜索をあきらめ、いったん水面に顔を出した後でもう一度潜った。
今度はあらかじめ検討をつけていた場所に向かう。
プールには必ず、水を出し入れする設備が設けられている。
空になっている水槽に水を満たすための水道はもちろんのこと、汚れが混じった水を吸入しろ過するための装置も設けられている。
吸入口と排水口は、唯一の隠れ場所になるかもしれない。
人の波をかき分けながら、まずは排出口にたどり着いた。
壁際にあるもので、絶えずゆるやかな水の流れがある。
が、あまり広くない。これでは人の大きさの生物は隠れられないだろう。
いったん顔をあげて、3度目の潜水。
今度は吸入口に向かった。床にあるタイプの、黒い格子の板だが、おどろいた。
人が入れるくらいの大きさがある。
近寄ると、髪の毛の一部が吸い込まれた。
ゆるやかだが少しずつ水を吸引する力があるらしい。
身体を寄せ、格子に指を触れた。
ぬめり気がある。
これが河童のものなのか、汚れを吸引したためのものなのかはわからない。
しかしわたしには確信があった。
ここは絶好の隠れ場所だ。
生徒がいないうちにここに潜り込めば、あとはみんなが集まってくるのを待つだけ……
ふいに何かの気配が背後に押し寄せた。
振り返ろうとしたときには、お尻に露骨な感触が押し寄せた直後だった。
とたん、わたしは意識を失いそうになり、あわてて水面に顔を出した。
「ぶはぁっっ!」思い切り息を吸い込んだが、しかし身体に力が入らない。
まずい、このまま水の中に沈んでしまえば、場合によっては死に至る危険がある。
誰かに知らせねば。
しかし、その想いもむなしく、わたしの身体は再び水の中に沈み、徐々に意識が薄れていった……




