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(4)

 仕方なしに大浴場に向かう。

 脱衣所に入り、服を脱ぎだすと、ヒャッパがうらめしげにおれのブーメランパンツを見る。

 もうこれで何回目だ?


「いいかげんにしろよ。

 人によって大きさはまちまちなんだから、仕方ねえだろ」

「ふん、お前はいいよな。

 自信があるから堂々としていられんだ。

 ま、なんならお前のそのこっぱずかしいブーメランパンツのことを沙耶ちゃんたちにバラしちまってもいいんだがな」

「や、やめろ! あ、いやいつかはバレることか。

 だけどおれはなにも細マッチョ体型や股間のリッパさを誇示(こじ)したくてこういうのを()いているわけじゃない!

 適切なフィット感、ムダな部分をおおわない開放感、そういった実用的な面でおれはブーメランを評価しているだけだ!

 それをきちんと説明すれば彼女たちも理解してくれるはず……」


 ヒャッパは途中で話を聞いていなかった。

 その目が全裸になった裸の影乃の股間に向かい、悲壮感みなぎる表情になっている。


「ひどい……ひどすぎるっっっ!

 世の中はなんて理不尽なんだっっ!」


 そう言って腕にしがみつくヒャッパをおれはこばまなかった。

 その気持ちはよくわかる。


「だろ? 世の中はそういうもんなんだ。

 そう、そういうもんなんだ……」


 気を取り直し、湯船につかる。

 一番風呂は気持ちいいが、おれたちは3人とも無言で、ぼう然とかなり先まで続いている広間を見つめる。

 突然、浴場の引き戸がガラガラと音を立てた。


「お~、いたいた~。3人とも仲良く並んでるね~」


 ふりむいて、まさかの光景におれはビックリする。

 影乃とヒャッパも同じ光景を目にすると、鼻から思い切り血を吹き出した。


「な、なななっ! なにやってんだよお前らっ!」


 初めて見る光景ではない。

 しかし、4人全員がそろうとさすがに目のやり場に困る。


 一糸まとわない姿をタオルでおおい隠しただけというあられもない姿で、沙耶、タタミちゃん、ミノンちゃんと弥子ちゃんが全員勢ぞろいしていた。

 彼女たちはぞろぞろと小走りでおれたちが使っている湯船へと向かってくる。


「にゃはははは♡ 新介、すっごい緊張してる。

 さすがに全員そろうのは初めてだもんねー」

「わたしもタタミ達と一緒におじゃまするのは初めてね。

 最初は入学2日目に新介君と2人きりだったから」

「ちょっと恥ずかしいけど、本来混浴で入るのがこっちの習わしだもんね。

 みんなで入らないとソンソン」

「止めたんだよ~?

 止めたんだけど、みんながせっかくだからって聞かないから、もう、恥ずかし~っ!」


 タオルがジャストサイズになっている弥子ちゃん以外は、みんなタオルを両手で肝心な部分をおおい隠すだけだ。

 おかげで彼女たちのボディラインが強調されてしまい、おれたち3人は本当に目のやり場に困った。

 それでも本能に勝てず、ちらちらと目をやりながらおれは告げた。


「いいのかよ! こっちは3人もいるんだぞっ!?

 だいたい沙耶とタタミちゃんはヒャッパのことまだ許してないんだろっ!?」

「ああそうそう。ヒャッパ、お前あっち向け」


 タタミちゃんがありえないほど冷徹に告げると、ヒャッパは泣きそうな顔になった。


「こないだのことはあやまるよっ!

 本気であやまるからオレも仲間に加えてくれっっ!」


 女子4人はしらけた視線を向けながら、かけ湯をして湯船につかろうとする(タオルがぬれたとたん肝心の部分がうっすら見えた気がしたが、必死に目をそらす)。

 とっぷりと湯につかった4人の女の子と至近距離という普段ならありえない状況に、おれの心臓はバクバクと波打ち破裂(はれつ)しそうになる。


 横を見るとヒャッパと影乃がありえないほど顔を真っ赤にしている。健康状態が心配である。

 おれは影乃のほうを注視した。この喜ばしい状況にヒャッパと同じ反応をしているということは、ホモ疑惑は解消か?


「やっぱお風呂はみんなで入るのが楽しいよね~」


 タタミちゃんが言うなり、女子たちは勝手に盛り上がりはじめた。


「と言っても混浴で入るのはちょっと抵抗感があったけどね。

 まあ、先陣を切ったわたしが言うのもなんだけど」

「男の子と一緒なんて、恥ずかしいよぉ~。

 でも、ちょっとだけ、ちょっとだけ楽しいかも」

「でもキースがいたらとてもムリだね~。あいつ平然と見せびらかすタイプだから」


 沙耶、弥子ちゃんに続き最後につぶやいたミノンちゃんが、こっちの方に目を向けた。


「ほらほら新介、あんたも会話に加わりなよ。

 せっかく混浴してやってんのにこれじゃ何の意味もないじゃん」


 できるだけ目を向けないようにしながらおれは話に加わる。


「う、うるせぇなっ! こっちは恥ずかしいんだよっ!

 だいたいお前らだってよくこんなことができるよなぁ!」

「あはははは。こっちもホントは心臓バクバクだけどね。

 でも、こういうのもなんだかんだ言って楽しいっしょ!」

「楽しいって言うか、ぶっちゃけスリル……」


 言いかけて、おれは真顔で沙耶たちをチラ見した。


「あれ? お前らどうすんの?

 このまま湯につかってたらなかなか出られねえじゃん。こっちは3人も男がいるんだぜ?」


 言うと、顔を真っ赤にいているミノンちゃんはあっけらかんとした表情で言った。


「そんなん同じタイミングで出るんだよ」

「おい、おれらのほうが先に風呂入ってんだぞ。

 なんでタイミング同じにしなきゃなんねえんだよ」

「うるさいなこのエロ介。

 せっかく女子と一緒に同じ湯船につかれるという恩恵を与えてやってんだからそんぐらいガマンしろ」


「んな殺生な……」と言いながらふたたび横を向くと、ヒャッパと影乃がうなだれたり首をのけぞらせながら、白目をむき始めている。


「やばいっ! こっちの2人は慣れない状況に気絶しはじめてる!

 悪いけどこの2人には先に風呂をあがってもらうぞ!」


 女子たちが「えぇ~? やだぁ~」としぶるのを無視し、おれは2人をたたき起こした。

 影乃はおれの指示に素直にうなずくが、ヒャッパは首をはげしく振る。


「む、ムリだっ! オレは今、とてもピンチなんだ!」


 おれははっとした。

 とまどいながらも立ち上がろうとする影乃に呼びかける。


「影乃っ! 股間を隠せっっ!

 お前のモノを見られると女子たちがドン引きするぞっ!」

「あ、ああ。わかった」


 影乃はタオル越しに必死に両手で股間を隠す。

 女子たちはなんともいえぬ表情でちらちらと視線を向ける。

 頭に手ぬぐいを乗っけたタタミちゃんがつぶやいた。


「え、影乃も、なかなかいい身体つきしてるじゃねえか……

 それにしても新介の時も思ったけど、アンタら尻は隠せないの?

 見ているこっちは恥ずかしくてしゃあない」

「手、手ぬぐいは股間を隠すので精一杯なんだ!

 男には男の自然現象ってのがあるんだよっ!」

「し、自然現象だってさー。なんのことだかねー」


 女子たちは苦笑しつつ顔を見合わせる。

 弥子ちゃんにいたっては恥ずかしすぎるのか両手で顔をおおってしまっている。

 仲間外れになりたくなくて一緒になっている彼女が不憫(ふびん)で仕方がない。


「おらおら、ヒャッパ、お前もあがれって。

 このまんまだと沙耶が手を出さなくてもお前は一番後ろの席に座る羽目になるぞ?」

「オ、オレはお前らと違って身体に自信がないんだ!

 とても沙耶ちゃんたちに見せられるもんじゃない!」

「だったらおれが前に立つから。

 お前は影に隠れてくれりゃいい」


 ようやくうなずいたヒャッパを立たせ、おれもその姿に覆いかぶさるようにして立ち上がった。

 すると、湯船に残った4人がちらちらとこちらに視線を送りはじめる。


「お前らおれのハダカが目的かいっ!

 女子高生が男子の全裸姿に興味を持つのはまだ早いっ!」

「いやいや、カン違いはよしてくださいよ。

 我々はただ、伝説の野球部エースがどんな立派な体格をしているのか、興味があるだけですのよ。

 オホホホホホ……」


 顔を真っ赤にしながらもタタミちゃんはわざとらしい笑い声を立てる。

 おれは「どうなんだか……」とあきれかえりつつも、股間を必死に隠してヒャッパをシャワーへと案内していった。

 ヒャッパは声をひそめて言う。


「まったく、これじゃ心臓がもたねえよ。

 いくら思春期の男子と言ってもこれは刺激が強すぎだ」

「お前らも運がわりいな。

なんせ1年生でもっとも評判が高い美少女4人組が勢ぞろいしてんだもんな……」


 先にたどり着いた影乃のほうを見ると、こちらも緊張しすぎたのか冷水らしきシャワーを必死になって浴び続けている。なんとも気の毒だ。

 気を取り直して体を洗っていると、キャンキャン騒ぐ女子たちのほうから声がかかった。


「おーい、こっちもあがるぞー。

 男子ども、絶対にこっちに目を向けんなよー」


 そうは言われても、あられもない裸体をさらす美少女達の姿を時折目に焼きつけてしまう。


「う、うぉ……壮観。

 まるで中世に描かれたギリシャ神話を題材にした名画を見ているようだ……」

「あ、あいつらもわかっててやってんじゃないか?

 な、なんだかんだ言って、あいつら楽しそう……」


 欲求をこらえきれないおれたちと違い、影乃は一心不乱に身体を洗い続ける。


「うぅ、頭がおかしくなる。

 2人とも、身体を洗ったらさっさとここを出るぞ」


 その時突然、入り口が乱暴に開かれた。


「……お前ら俺が地獄を味わっているときになに勝手に楽しんでるんじゃぁぁぁぁぁぁっっ!」


 目を向ければ、ジャージを泥まみれにしたキースの姿がそこにあるではないか。

 なんという鬼気迫る表情。


「俺も混ぜろっっ!

 そしてこの美しき全裸姿に、誰もが酔いしれるがいいっっ!」


 そう言ってキースが急いで服を脱ぎはじめた。

 あまりに突然の出来事にあ然としていた女子4人だったが、やがてお互いに裸の体を抱きしめあいながら絶叫する。


「「「「きゃあぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!」」」」


 突然誰かが立ちあがった。

 その時にはほぼ全裸でパンツに手をかけはじめたキースを、必死に引きとめようとしている影乃の姿があった。


「沙耶たちが困ってるだろっっ! お前いい加減にしろっっっ!」


 しかし、それは別のことを意味していた。

 影乃はいま全裸だ。それが意味するところはつまり……


「「「「……いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」」」」


 その立派すぎる股間の付属物を見て、女子たちがひときわ大きな悲鳴をあげる。当然だろう。

 影のも自体に気付いてあわてて股間を隠すが、隠しきれていない。


「影乃っ! とりあえず戻れっ! とにかく別の作戦を考えるんだっ!」


 おれは呼びかけるが、その時キースの背後から何者かが忍び寄ってきて、高身長の彼をはがいじめにした。


「キースッッ! 貴様何をやっているっ!

 まだ清掃の途中だっっ! おとなしく地下室に戻れっっ!」


 いまだ防護スーツ姿のままのオスカーが、グイグイとキースを浴場の外へと連れ出そうとするが、半裸のキースも必死で抵抗する。


「イヤだっ! もうあんな地獄はイヤだっ!

 おれはここでヘブンにひたるんだっっ!」

「うるさい自分の置かれた立場をわきまえろっ!

 ていうかくせぇっ! 防護スーツごしでもにおうぞてめぇっ! なんじゃこりゃ、う、うおぇっっ!」


 えずきながらもオスカーはなんとかキースを引っ張り込み、ワアワアおおさわぎしながら2人はすりガラスの向こうへと消えていった。

 残されたおれたちは、全員で深いため息をついた。


「手早く身体を洗って、さっさと上がるとしますか……」


 あまり目を向けなかったが、全員がうなずいた気がした。

 チラリと目を向けると、風呂入口でくしゃくしゃになっていたキースのジャージが、なんともいえぬ哀愁(あいしゅう)を漂わせていた。





「おいおい聞いたか?

 C組の沙耶とタタミが、ルームメイトを引き連れて入浴中の新介のところに乱入したらしいぞ?」

「あいつらどんだけ仲いいんだよ。

 おれらと仲いい女児グループじゃ絶対そんなことしてくれねえぞ」

「うらやましすぎるぜ。

 でもあのアホキースだけはカンベンだったらしくて、さっそく追い出されたみたいだぞ……」


 夜の談話室で生徒たちがそろいもそろってウワサ話を立てているので、おれたちはそろって肩身の狭い思いをさせられた。


「思えば、かなり大胆なことをしてしまったのね。

 今さらながら自分のしでかしたことの重大さを思い知らされるわ……」

「うぅ~っ! これもすべてはキースのせいだっ!

 あいつがあそこまで大騒ぎしなきゃ、ここまでヒソヒソ言われなくてすんだのにぃ~っ!」

「だから言ったのに、だから言ったのにぃ~っ!」


 沙耶、タタミちゃん、弥子ちゃんの発言を聞き届け、ミノンちゃんは額を手でおおった。


「はぁ、これでしばらくは混浴も禁止か。

 だいたいキースが変なさわぎを起こしてせっかくの楽しみが台無しになるんだよね」


 その発言に沙耶とタタミちゃんが強くうなずく。おれはあきれた。


「お、お前らまだこりてねえのかよ……

 しかし混浴のおあずけを非常に残念に思うおれがいるのも事実だが。とほほほ」


 タタミちゃんが意を決した表情で人差し指を立てる。


「こうしない?

 今度混浴計画を立てるときは、キースの手足を切り離しておこうよ! そうすればアホキースに邪魔されずにすむし」

「お前らの変な趣味のために犠牲(ぎせい)になるキースがかわいそうだな……」


 ヒャッパは言いながら、突然顔をしかめ出した。


「おいおい、そうだよ。お前ら肝心のテストはどうするんだ?」


 言われ、誰もが絶句する。

 沙耶にいたっては顔面が蒼白(そうはく)にまでなっている。


「し、しまったわ。

 息抜きするつもりであんなことしてたら、今が大事な時期だということをすっかり忘れてた……」


 すると沙耶は突然立ち上がり、拳をにぎった。


「こうしちゃいられないわ!

 今すぐ部屋に帰って、テスト範囲を集中的にあらためなおさなくちゃっ!」


 そう言って急いで立ち去ろうとする沙耶に向かって、おれは思わず手を伸ばした。


「待て、沙耶っっ!」気がつけば、おれの手ががっちしと彼女の細い腕をつかみとっていた。

 コソコソこちらの様子を観察していたよその寮生たちが、それを見て「うおぉぉ……」という声をあげる。

 おれはそんな下世話な奴らをギロリとにらみつけると、あわてて知らないそぶりを見せた。

 一方の沙耶はと言えば、腕をつかまれたままきょとんとしている。


「うっっわ。新介、これまた大胆な」


 タタミちゃんが口をあんぐりさせているのを見て、おれはあわてて手を離した。

 沙耶は腕をさすりながらなぜか残念そうな顔をしている。


「そうじゃなくって、せっかく勉強するならみんなでやろうよ。

 そしたら苦手な勉強でも楽しくなるだろ?」


 それを聞き、ミノンちゃんが眉をひそめた。


「あ、あたしはいいけど、沙耶は学年1位をねらってんでしょ?

 その申し出はちょっと見込みがないんじゃ……」

「いいえ、やりましょ。なんだか楽しそうだわ」


 思わぬ承諾(しょうだく)に、おれたちはそろって顔を向けた。

 沙耶はほんのりと笑みを浮かべ、コックリとうなずく。

 タタミちゃんは拳をにぎって立ち上がった。


「よっしゃっ! こうしちゃいられねぇ!

 みんな勉強道具持って来い! そしてここに再集合だっ!」


 言われるやいなやみんなやる気のみなぎる顔で立ちあがる。

 おれもうなずき、さっそく席を立って自室へと足早に向かった。


 ふたたびみんなが勢ぞろいすると、そろって教科書、参考書、ノートを開き、机いっぱいに並べた。


 こうしてみんなそろっての勉強会が始まった。

 自分の成績に影響が出てくるかもしれないというのに、沙耶もヒャッパも根気よく勉強が苦手なメンバーにていねいに説明する。

 対するミノンちゃん、弥子ちゃん、そして影乃もそれに必死についていこうとする。

 おれはそんなみんなを見て、どこかほほえましい気持ちになった。

 おれもまた自分の得意な範囲をみんなに教え、そして苦手な分野は教えを()いながら、夜はどんどん更けていく。


「あら、もうこんな時間だわ。

 そろそろ明日の弁当の準備をしないと」


 意外と楽しく過ごせた時間は、あっという間に終わった。

 明日もみんなで集まろう、おれが心の中で決めながら立ち上がった時だった。


「う、うおぉぉぉ……お前ら、そんなところに居やがったのか……」


 一同、戦慄(せんりつ)

 談話室の入口に、全身を真っ黒にした半裸のキースの姿があった。


「ど、どうしたのあんたっ!

 そんな姿にまでなって、いったい何をさせられたのっ!」


 ふらふら状態になっているキースは自力では立てないらしく、必死に扉の枠にしがみついている。

 そんな彼が力なく質問したタタミを見た。


「どうしたも何も、今まで必死に地下の掃除してたんだよ。

 にしてもひどい汚れでたまんなかったぜ……」

「ていうかなにこのニオイッ!

 ろこつに臭うっ! あんたさっさと風呂入ってきなさいよっ!」


 突然ただよってきた異臭におれたちはそろって鼻をつまんだ。

 するとキースの後ろから見覚えのある影が現れた。


「そんな薄汚れた身体で寮内をうろつくなっっ!

 また掃除しなきゃなんないだろっっ!」


 しがみついた防護スーツ姿のオスカーは、しかしすぐにキースから離れた。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!

 くせぇっ! くさすぎるぞっっ! これはたまらん、おま、お前はさっさと風呂へ……

 うおぇぇぇぇっっ!」


 オスカーはとうとうガスマスクの中から何かを吐き出した。

 その様子があまりにえげつなく、おれたちはそろって顔をそむけた。


 それで結局、弁当作りをあきらめざるを得なかった。

 むしろキースとオスカーがまき散らした汚れを掃除せざるを得なかった。明日の昼メシどうしよう。





 数日後、廊下の掲示板に、数多くの学生が群がっていた。

 その中におれたちが混ざり、食い入るように巨大な紙の端に目を向ける。


「……やった! やったわっ! わたしが学年1位よっっ!

 やはりこの学園の最優秀優等生はこのわたしなんだわっ!

 この学園にわたしより頭のいい人なんていやしないんだわぁっっ!」


 両手を高く上げて飛び上がるという、彼女らしくない大はしゃぎぶり。

 周囲が半ばあきれぎみに拍手を送る。


「す、すごいな沙耶は。あの状況でホントに学年1位をとりやがった。

 ていうかなんだよそのはしゃぎよう、正直引くぞ……」


 しかし、タタミちゃんの視線はむしろおれに向いている。

 おれはジト目でにらみ返した。


「な、なんだよお前ら。

 沙耶が予定通り1位とったぞ。もっとツッコめよ」

「あたしたちとしては、むしろ新介のほうが気になるんだよね。

 なによあんた、なにげに30位圏内に入ってんじゃない」


 タタミちゃんが指差すほうを見ると、沙耶からそう遠く離れていない場所におれの名前がしっかりと乗っていた。

 おれは恐縮まじりに紙の後ろをなでさする。


「あ、あははは。みんな、よく気づいたね。

 おれも正直、びっくりしてる。ま、まさかこれほどの順位が、取れるとはねぇ……」

「なんだかんだ、お前も優等生じゃねえか。

 てっきり凡人だと思ってたのに、次々と裏切ってくれるぜ」


 おれは腕を組んでむっつりしているヒャッパを指差した。


「そういうお前だって、ベスト10入りじゃねえか。

 まあお前がわりかし頭がいいのは知ってたけどな」

「フン、当然だ。

 統計学の天才であるオレにかかりゃ、教師たちがどういう問題を出すのかなんて見え見えだせ。

 しかしアドリブが効きすぎの現国だけはどうにもならなかったな」

「お得意の数学的論理で解決かよ。なんかずるいな。

 まあそっちはどうでもいいや。気になるのは、他のみんなだな」


 タタミちゃんが気まずそうに苦笑いしながら、バクハツした金髪の後ろをなでる。


「にゃははははは。アタシは、案の定表のど真ん中だったな。

 あれだけ勉強しても結局苦手な教科が足引っ張りました。なんだか面目ない」


 同じように、ミノンちゃんも苦笑している。


「あたしは下から数えたほうが早いよ~。

 やっぱりスポーツ特待生が成績上げようと思ってもカンタンにはいかないや、ごめんね~」


 しかし、弥子ちゃんにいたっては少し意外な反応をする。


「うぅ~! 途中でど忘れしちゃってかなりの範囲逃したよぉ~!

 中学の時より成績下がったぁ~! くやしいよぉ~っ!」


 ど忘れしない彼女の実力がいかほどのものなのか、気になるところではある。

 おれは最後に、票を食い入るように見つめたまま動かない影乃に目を向けた。


「影乃、お前のほうはどうなんだ」


 いわれ、こちらに目を向けた影乃はものすごく気まずい表情をする。

 そしてすぐに首を振った。おれは肩をすくめた。


「おいおい、あんなに勉強手伝ってやったんだぜ?

 せめて順位ぐらい教えろよ」


 すると影乃はがっくりとうなだれたあと、観念したかのように力なく表の左端を指差した。

 そこはあろうことか、赤点になってしまった連中の巣窟(そうくつ)だった。

 名前を探し、先に同じ野球部の豹摩の名前を発見し、続いて影乃の名前を見つけた。


「すまん……勉強したんだが、結局何もわからなかった。

 ピッチング練習はしばらくお預けだな。お前には迷惑をかけっぱなしだ」


 おれはすぐになぐさめるように肩をポンポン叩いた。


「気にすんなよ。お前はがんばったんだ、それだけでも価値があると思うぞ」


 影乃は情けない表情をくずさないながらも、うなずいて少しだけ笑った。


「あれ? キースの名前がないんだけど?」


 タタミちゃんのつぶやきに、おれたちも表の中のキースの名前を探す。

 が、いくら探しても見つからない。


 すると突然影乃が「あっ! あんなところにっ!」と指を指して食い入るように見つめると……


「さ、最下位……」


 キースの名前は一番後ろのあたりにあった。

 今まで気付かなかったのは、そこに名前が刻まれている連中は、ほとんど、いやほぼすべてが裏学生寮を寝床にしているような頭の不憫(ふびん)な連中ばかりだかりだったからだ。


「た、たしかにアイツ、テスト中ずっと居眠りしてばっかだったけど、まさかオール0点だなんて……」

「あのやる気のなさ、もはや筋金入りだな。

 このままだと落第街道まっしぐらだぞ……」


 正直、本人の意思を無視してでもなんとかしてやらねばならない。

 そう思った時だった。


「キィィィィィィィスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!

 待てやこらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 みんなで叫びが聞こえるほうに振り返る。

 全速力で廊下を走ってくるキースが、何者かに追いかけられていた。


「危ないっ!」沙耶が突然前に進み出ると、長い髪を自在に動かし、かけよってくるキースの足を引っ掛けた。

 その高身長が一回転するほどの勢いで床にたたき落とされた。


「うっっっ! ぐぅっ、なんてこった……

 沙耶っ!? なにしやがる!」

「みんなにぶつかる勢いだったわよ。新介君がまきぞえになったら危険だわ」


 言うないなやキースの身体が何者かに取り押さえられる。

 茶太良をはじめとした、テストを採点する教師たちの姿だ。

 どれも怒りの顔を見せているが、特に茶太良の怒りようがすさまじい。顔ないけど。


「よくも白紙回答しやがったなっ!

 ましてや俺の歴史なんぞっ! お前には人生の中で勉強というものがどれほど重要なのか、身体のしんまでたたき込んでやるっっっ!」

「や、やめろっっ!

 お前はただ単に自分の教えたことが無視されたのがくやしいだけだろうがっっっ!」


 キースは必死に抵抗するが、いかんせん教師が数人束になってはどうしようもない。


「うるさいっっ! こうなったらお前は通常の補習に加えて特別補習つきだ!

 朝になるまで先人たちの素晴らしい人生の戦いの系譜(けいふ)について教えてやるから、覚悟しておけよっっ!」

「ふざけんなっっ! お前の趣味に付き合う気なんざ毛頭ねえぞっっ!

 ていうか職権乱用だっっ! し、新介、助けてっっっ!」


 必死に手を伸ばすキースだが、おれはあきれ顔で首を振った。

 うらみがましい目を向けながら、キースはどんどん廊下の先に引きずり込まれていく。


「た、たすけてぇぇ~~~~~~~~~~~~~~~~……!」


 まるで地獄の亡者に連れ去られるようにして、キースの姿が消えた。

 それをお互い苦笑いしながら見つめ合うおれたちだった。


 こうして何とか高校最初のテストを乗り切ったおれたちだったが、ただ1人キースだけは、この先留年にいたらないことを祈るだけだった。

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