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(3)

 広間を2,3往復しただけで、早くもめまいがしてきた。

 しかしみんなに迷惑をかけたくないので、その気持ちを押し殺して作業に集中した。


 ところが、途中でめまいがマックスを起こし、気がつけばフローリングの上に寝そべっていた。

「「「新介っっ!」」」


 みんなが心配して駆け付けると、影乃が俺を抱き起してくれた。

 彼はオスカーに向かって声を張り上げた。


「オスカーさん! 新介はもう無理だっ!

 人間にはこれ以上の力はない!」

「まったく、だらしがないな。

 仕方ない。あとはおれがお前の担当も引き受けよう」


 オスカーがアゴで指図すると、おれは部屋の隅に移動させていた椅子に座らされ、あとの様子を観察することになった。

 オスカーも自ら雑巾がけをしていたのだが……


「はっ! 早いぞこいつっっ! めちゃめちゃはえぇっっ!

 とても外国人のぞうきん掛けには見えねぇっっ!」


 キースがビックリする通りオスカーは見事な姿勢ですばやく広間を行ったり来たりしているのだが、おれはといえばまだ頭がクラクラするのでボンヤリとその光景をながめていた。

 そしてなんとなく、時計に目をやったりしていたのだが……


「げっっ! もうお昼時じゃねえかっ! 今ごろみんな飯食ってる最中だよっっ!」


 気がつけばずっと空腹状態にある。

 あわてて立ち上がり、ふたたび水バケツに欠けてあったぞうきんを手に取った。

 その瞬間影乃とヒャッパがこちらにかけつけてきた。


「新介っっ! 無理すんなっ! いいからお前は休んでろってっっ!」

「ムリだっ! これ以上時間はかけられない!

 こんな調子じゃいつまでたっても昼飯にはありつけねえぞっ!」

「みなさーん。お昼ですよー」


 突然の宣告だった。

 見れば、無表情のメアリーに引き連れられた沙耶たちがしたり顔でこちらに手を振ってくる。

 おれたち男子はたがいに目を合わせ、まばたきを繰り返した。





「うほほほほ、おいし~。

 さすがはメアリーさんの作ったサンドウィッチだね」


 おいしそうにサンドウィッチをほおばるタタミちゃんは上機嫌だ。沙耶も満面の笑みを浮かべて言う。


「キューカンバーサンドウィッチと言えば、シンプルで中身が薄いことで有名だけど、こちらは具だくさんでボリュームもたっぷりね」

「あら、そちらのサンドウィッチはメアリーだけじゃなくて、あたくしも手伝って差し上げてよ」


 そういうのは、赤いふわふわしたドレスを身にまとった寮長の「リサ・クロウリー」。

 見た目は弥子ちゃんより年下に見えるが、こう見えて24歳とけっこう年齢がいっている。


「ああそうでしたか、失礼しました。

 大変おいしくいただかせております」


 沙耶がていねいに頭を下げると、寮長もペコリと頭を下げた。さすがはお嬢様同士だ。

 寮長もまたサンドウィッチをひかえめに口にしながら、時おり執事(しつじ)の「ブラム」の入れた紅茶を行儀よくすする。

 それにしても料理長のガストンをはじめとして住み込みの人たちも昼食を楽しんでいるというのに、この人とメアリーは立ったまま動こうとしない。

 別の時間に食事をとっているのだろうが、執事とメイドというのは実に大変な仕事だ。


「沙耶たちは、どこを担当したの?」

「ええ、わたしたちは女子寮のほかに、この談話室、そして厨房(ちゅうぼう)の清掃もしたわ。

 厨房ではメアリーさんに代わってガストンさんが指導してくれたわ。

 彼には彼のこだわりがあるのね」


 おれはちらりとガストンのほうに目をやった。

 いっけんガサツに見えるが、おとなしく寮仲間と談話している姿はさすがにここの料理長をまかされているだけのことはある。寮長は慎重に雇う人を選んでいるようだ。


「ところで、1つ質問があるのですが」


 沙耶の問いかけに、寮長は「なにかしら?」と目を合わせた。


「わたしたちのすむ女子寮の奥に、大扉がありましたよね?

 あそこの先には確かひときわ大きくて高い尖塔(せんとう)がありますよね? 

 いったい何があるのですか?」


 言われ、寮長は「それは……」と口ごもった。

 おれはイヤな予感がした。


「疑問なのはそれだけではありません。

 先ほどの清掃の時間に、寮長はブラムさんとあそこへ掃除機を持って入って行きましたよね?

 そしてオスカーさんは開けられた扉の中に近づこうともしませんでした。

 また通じているのは一階の廊下だけで、2階から先は出入り口1つありませんね。

 いったいあそこには、何があるというんですか?」


 おれはあわてて沙耶の肩を叩いた。

 沙耶はおれのこわばった顔を見て、寮長に頭を下げた。


「すみません、失礼なことを聞きました。

 もし込み入った事情がおありなら、無理にお聞きすることはありません」


 寮長も難しい顔をしながら、ゆっくりと首を振る。


「いいえ、気になさらないでちょうだい。

 ただ1つ言わせてもらえれば、いずれはイヤでもあの塔になにがあるかを知ることになるわ。

 もっともあなたたちには、到底早いと思うのだけれど……」


 それを聞いて、おれと沙耶は顔を見合わせた。

 よほど、都合の悪いものがあそこにはあるというのだろう。

 おれは口元を隠して小さい声でつぶやいた。


「まさか、幽霊が出るとでも言うのか……?」


 これにはさすがの沙耶も、深刻そうな表情を見せる。ちょっと意外。


 やがて休憩時間が終わると、おれと沙耶はタタミちゃんに呼ばれた。


「あんたたち、まさかあの塔で人が死んでるとか疑ってる?」


 そろってうなずいた、その時だった。


「……にゃっはははははははははははははっっっ!」


 突然大笑いしはじめたタタミちゃん。おれたちは顔を見合わせた。


「あんたたち、知らないんだ! あそこが何て呼ばれてんのかっ!」

「もったいぶってないで教えてくれよ!」

「あーおっかしーっ! あのねえ、あの塔はね、

 通称『恋人たちの塔』って言って、ガマンできなくなった校内のバカップルがひそかにあそこに通ってんだって!

 ほら、うちって寮生活でしょ? いちおう表向きは恋愛禁止ってなってるけど、思春期で毎日男女で顔つき合わせておいてそれはムリって話よね!

 だから寮長も暗黙の了解で認めてるってわけ!

 それでも不足の事態に備えて、寮長もいろいろ気を使ってるみたいだけどね!」


 最後に、タタミちゃんはおれたちに近寄り、ヒソヒソ声で話しかけた。


「もしかしたらあたしたちもお世話になるかもしれないから、その時はヨロシクね!」


 そして半ばはしゃぐように去っていくタタミちゃんを見て、おれは頭をかかえた。


「あーなんてこったっっ!

 たしかにおれたちには早かった衝撃の事実っっ!」


 となりをチラ見すると、沙耶が顔を真っ赤にしてうつむいているのが見えた。





 気を取り直し、午後の清掃に入る。

 オスカーはおれたち男子を並べ、思い切り声を張り上げた。


「さあ! もう時間がないぞ!

 後はぞうきんを使って城中のホコリをぬぐい、大浴場とトイレの清掃を行ってもらう!

 残された時間はわずか2時間! 早くしなければ生徒達が帰ってきてしまう!」


 おれはおそるおそる手をあげた。


「あのう、ぞうきん掃除は後に回せませんか?

 どちらかというとトイレと浴場の方が大事だと思うんですが……」

「バカヤロウッッッ! バスとトイレはもっとも汚れる場所なんだっ!

 そんなところを先に回せるかっ!

 だいたいなんなんだ、西洋はバスとトイレをセットにしやがって! それぞれを別にしている日本のほうがよっぽど清潔感があるぞ!」

「オスカーさん、グチはいいですからさっさとはじめましょうよ。

 あと2時間しかないんでしょ?」


 ヒャッパの指摘にオスカーはあからさまな舌打ちをして返した。

 それを聞いたヒャッパが「なんでっ! なんでっっ!?」と泣きそうな顔でこちらを見てくるのだが、助けようがないので無視した。





 ぞうきんを使っての掃除もまた、なかなかの難作業だった。

 ときには高いところにあるランプをふくために、脚立(きゃたつ)を使って登らなければならなかった。

 慣れない作業に四苦八苦しているとオスカーが「もういいっ!」と言って無理やり入れ替わり、自分で作業するとものすごく手際が良かった。 

 おれたちはそれを必死で手伝う。


「くそっ! もう時間がなくなったか!

 仕方がない、あとの作業は後日の担当に任せてお前らは風呂場の掃除をしろ!

 まったく、このセリフを言うのは何回目なんだ!」


 どうやらこれまでにも数多くの生徒がツケを後に回してきたらしい。





 うんざりした気分で大浴場に向かうと、すでに女子たちが待っていた。


「おお! ようやくオスカーから解放されたね! で、どうだった?」


 タワシがけをしているタタミちゃん笑顔で言われ、おれは心底疲れ切った表情を見せた。


「まったく散々だよ。

 あいつこっちが掃除慣れしてないってのに、容赦なく使い倒そうとするんだもん。もううんざりだよ」

「にゃはははは~! そりゃ災難だったね!

 こっちはあんまり口うるさくないメアリーさんの指導でワリと和気あいあいとやってたよ!

 やっぱり女子と男子の待遇(たいぐう)って違うんだね!」

「もっともわたしたちはまじめに掃除に取り組んでたけどね。

 そっちはどうせキースやヒャッパがいいかげんなことばかりしてたんじゃない?」


 沙耶が問いかけると、おれは強く首を振った。


「そんなことないぞ!

 おれは今日、キースとヒャッパがまじめに掃除を取り組んでいるところを初めて見た!

 まさかと思うかもしれないけどそれほどオスカーはおっかなかったんだぞ!」


 案の定、女子たち4人は信じられないと言わんばかりの目でキースたちのほうを見た。

 だがしかし……


「うっひょひょぉ~~~~~~~~~~~~~~いっっ!」


 当のキース本人は緊張の糸が切れたのか、突然せっけんを拾ってヒャッパや影乃とキャッチボールを始めた。

 タタミちゃんがすぐさまどなる。


「こらぁぁ~~~~~~~~~~~~~~っっ!

 時間がないんだからさっさと風呂の掃除始めなさぁ~~~~~~~~いっっ!

 ヒャッパと影乃もキースのバカにつられて遊んでんじゃない!」

「タタミちゃんの言う通りだぞっ!

 おれたちに残された時間はあと1時間しかないんだっ! そのうち風呂掃除は30分しかない!

 これ以上時間をムダにして、肝心のトイレ掃除はいったいどうするつもりなんだ!」


 これにはヒャッパも影乃も「すまん」と言って、自らブラシを手に取った。

 一方のキースはと言えば、いまだに納得のできない表情で後ろで腕を組む。


 残された時間は確かに少ない。

 おれたちは力を合わせて熱心に広大な浴場の掃除に取り組むが、オスカーの監視がないことをいいことにキースは適当にその場をうろうろしはじめる。


「あそぼうよぉ~~。ねぇ~、あそぼうよぉ~~~」


 誰も相手にされないキースはまさかの幼児化。

 ミノンちゃんの両肩に手を置き、ささやきはじめた。


「うるさいっっ! いくらつまらないからってまとわりついてくるんじゃない!

 だいたいヤンキーのあんたがそんな気持ち悪い声で誘ってくると鳥肌が立つのよっっ!」


 それでもキースは舌打ちをしながらあたりをうろうろするだけだ。

 おれはブラシで洗面台を洗いながら呼びかける。


「おい、オスカーがいつまでも自分の作業に没頭してるはずがない。

 お前も早くブラシを持てよ。せめてやってるフリだけでもしとけ」


 が、目を向けたときにはとんでもない光景が待っていた。


「よっしゃー!

 俺様自慢の風呂(おけ)ピラミッドの完成だぜぇっ!」


 あろうことかキースは大量の風呂桶を使いピラミッドをつくり上げてしまっていた。


「なにしてんだよお前っっ!

 そんなのオスカーの奴に見つかったらどうなるかわかんねえぞっっ!」

「よし!

 いまからこのピラミッドをたった1つの風呂桶で完全崩壊させてやるから、みんな見とけっっ!」


 誰も止める気もなく、目にもとめない。

 沙耶にいたってはため息をつきながら完全無視だ。


 キースは手にした風呂桶を、サイドスローで床にすべらせた。

 野球をやってるおれから見ても見事なすべらせぶりだ。

 クルクルと回転する風呂桶は、ピラミッドの真下中央にぶち当たり、見事に全体を崩壊させた。


「あ~あ~、やっちゃったよ。

 まったく片づけすんのも大変なんだからやめて……」


 タタミちゃんのあきれ声が、途中で止まった。

 キースが異変を感じて風呂場入口に目を向けると、すべっていく風呂桶のひとつが何かに当たった。

 目を上にもっていけば、そこには全身をレモン色の防護スーツに包んだオスカーの姿があった。


「貴様、人が着替えに手間取っているときに、そんなくだらねえ遊びに興じやがって……」


 キースの身ならず、その場にいる全員がガクガクと震えだす。


「な、なぜそのような格好を、されているのですか……?」


 なぜか場違いな質問をするキース。

 相手は一層低い声で答える。


「ああ、おれは水に濡れるのが大嫌いなんだ。

 だから風呂とトイレの掃除はこういう格好に着替えるんだが、すっかり油断していたな……」


 そう言ってオスカーはビシッとキースを指差した。


「懲罰っっっ!

 貴様は今夜、裏学生寮の清掃をしろっっ!」

「う、裏学生寮っっ!?」


 キースがおどろくのも無理はない。

 裏学生寮はこの城の地下にある一部の学生用の宿舎(というよりは元地下牢)で、知性のない連中が気にしないことをいいことに衛生環境がろくでもない状態にされているという聞くに恐ろしい場所だ。

 おかげでろくに清掃もしていないという話だったのだが……


「すべて終わるまでは決して出ることはかなわん! もちろん食事も抜きだっ!

 裏学生寮の(あるじ)に連絡してしっかり監視してもらうつもりだから、そのつもりでいろよ!」


 キースはオスカーに首根っこをつかまれ、体格がいいにもかかわらずぐいぐいと引っ張られていった。

 浴場の外へわめきながら消えていくキースを見て、おれたちはそろって合掌(がっしょう)するのだった。





 おれたちは戻ってきたオスカーとともに、すべてのトイレ掃除を大急ぎで仕上げることになった。

 人数が足りないために大変な作業だったが、


「これもキース虚堀を止められなかったお前らの責任だ。

 奴の分もしっかりと働け」


 そう言われるとおれたちも一切私語禁止で作業に没頭せざるを得ない。

 それにしてもオスカーの手並みは見事だ。

 わざわざトイレを掃除するために長靴をはきかえるという念の入れようも相まって、あらためて彼が清掃の鬼だということを自覚させられた。

 しかし、新品同様の便器をブラシでこすり続けるオスカーは、突然えずきだす。


「うぇっ、うおぇっっ!

 ちきしょう、キース虚堀めっ!

 せ、せいぜい裏学生寮で地獄を味わうがいい……うおぇっっ!」


 この時オスカーに始めて同情の念がわいた。


 急ピッチで次々とトイレを終わらせたときには、すでに何人かの学生が戻ってきていた。

 残された力を懸命(けんめい)に振り絞って作業を終わらせたおれたちは、そこが広間のカーペットであるにもかかわらず、ぐったりと倒れ込んでしまった。


「おいおいやめろっ! そんなことしたら床が汚れちまうだろ!

 フローリングと違ってカーペットは水で掃除するのが楽じゃないんだ!」


 オスカーが近寄るなり、おれたちを無理やり立たせる。

 防護服は親指で廊下の方を指差した。


「お前ら、汗でビトビトだぞ! せっかくだから風呂に入って来い!

 ついでに着ている服は全部洗濯だ!」

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