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掃除の時間に遊んでいる奴らは気持ちはわかるが嫌われる(1)

「エントリーナンバー4番っ! ライトッ、キースくんっ!」


 ヒャッパに呼ばれ意気揚々と前に進み出たキースは、ホウキをバットのように振り回し、まるでバッターボックスにいるかのように適当な位置で構えをとる。


「よっしゃ影乃っ! 来いや!」


 離れたところに立つ影乃が、丸めたぞうきんを思いきり振りかぶり、投げつけた。

 向かってきたぞうきんをキースが思い切りホウキではたくと、形のくずれたぞうきんから大量の水しぶきがはじけ飛ぶ。


「ううおっっっ! きったねぇぇっっ! なんじゃこりゃぁぁっ!」


 大あわてで水しぶきをよけるアホな3人組。

 影乃はまんまとズボンにそれをかぶってしまったが、気にせずに大笑いしている。


「……アンタたちマジで何やってんのっっっっ!」


 ここぞとばかりに大声がひびいた。

 彼らとは対照的に大真面目に教室を掃除していたおれ、沙耶、タタミちゃんだが、3人が廊下で好き放題やっているのを見ていてもたってもいられず、タタミちゃんはどなりつけたのだった。

 もっともキースはうっとうしそうな顔を向けるが。


「んだよタタミー。

 掃除なんてかったりーことやってられるかよ。お前らよくそんなのまじめに取り組んでられっよな」

「当番なんだから当然じゃない!

 あんたたちもいつまでもウダウダしてないで多少はキレイにしとかないと寮帰れないよっ!」


 言われ、ヒャッパは頭の後ろで腕を組んだ。


「んにしたってよー。

 せっかく掃除したところで、明日になったらまた汚れてんだよー。

 後ろの方に座ってるアホどものせいでさー」


 おれは教室のほうに目を戻した。

 ヒャッパの言うその「アホ」の1人が、まだ教室の壁のほうを向いて微動だにしないでいる。

 おれたち全員が声をかけづらくて手をつけられないままだ。


「それに、1クラスの清掃担当に定められた範囲が広すぎるよな。

 そんなのまじめにやってたらいくらなんでも時間が足りない。

 しかもうちの校舎の中には決まった担当がいなくて誰も手をつけてない場所もあるっていう話じゃないか。

 裏校舎の3階便所とかさ。あそこ汚すぎて誰も使ってないだろ?」

「きちんとした清掃員を雇ったほうがいいな。

 もっとも寮の清掃員を高い金で雇いすぎて、こっちに回す余裕がないって言う話らしいが」


 影乃は言いながらわざとらしく身体をふるわせた。おれも同じ気持ちだ。


「とにかく、掃除なんか切り上げてさっさと帰るぞ。

 こっちはそんなにヒマじゃないんだ」

「キースが言うことじゃないでしょ。こんなかで部活やってないのはアンタだけじゃん。

 まったく使えない武器をつくってるヒマがあったら、アンタ1人残って掃除してよね」


 キースは舌打ちをして、廊下に立てかけてあったモップを手に取った。

 都合の悪い時だけまじめにやる奴だ。

 一方のヒャッパはいまだにやる気を見せない。


「こっちは男3人だからかったりーんだよ。

 新介、お前は沙耶ちゃんとタタミちゃんに囲まれてうらやましいよな。

 これが世にいう両手に花って奴か?」

「そんな言葉チョー久しぶりに聞いたよ。

 だったら代わるか? 言っとくけどこの2人、けっこうキビしいぞ?」

「だったらお断りだね。

 お前が2人と仲良く“3P”でもやってろや」


 ヒャッパの完全なるセクハラ発言に、沙耶とタタミちゃんが声にならない悲鳴をあげた。


「お、おまっっ! いまっ、なんて……!」

「ひっど~~~いっ!

 ヒャッパいくら自分がモテないからってその発言ひどすぎないっ!?

 ねえ沙耶もそうおも……う、でしょ……」


 オレとタタミちゃんがそろって沙耶のほうを見ると、そこに沙耶はいなかった。

 かわりに立っていたのは、髪を思いきり振りみだした、まるで幽霊のような女性……


「さ、沙耶……? 沙耶ちゃん……?」


 怨霊は長い黒髪の中から取り出した日本刀を手に取りながら、髪の中からわずかに見える目を大きく見開いた。


鬼形百八郎(おにがた ひゃくはちろう)……

 お前はそのような発言をしておいて、ただですむと思っているのか……」


 とても元の沙耶のものとは思えない、かすれているのにはっきりとわかる声色だった。


「こわいこわいこわいこわいっっっ!

 気持ちはわかるけど怖すぎるよ沙耶っっっ!」

「お……お手やわらかにお願いします……」


 おれたち全員がちぢみあがるなか、当然ヒャッパも一段とガクブル状態である。


 沙耶は鯉口(こいくち)を切り、中から鋭利な刃をキラリと光らせた。

 反射した光が目のあたりに当たったため、よけいに怖い印象を与える。


「よろしい、ならばお前の脳みそをぶった切って、野ざらしにしてやろう。

 そうすればお前は明日から一番後ろの席だ。覚悟はよいな……」

「「「「沙耶っっっ! それはやめてあげてっっっ!」」」」





 とまあ、そんなくだらないやり取りを繰り広げているうちに、掃除の時間はあっという間に終わってしまうのである。

 もっともそれはおれらに限ったことではなく、掃除担当になった奴らはだいたいまじめな奴がふまじめな奴に足を引っ張られるという展開になる。

 高校生の掃除なんてだいたいこんなものである。


 しかし、我々はまだ認識が甘かった。

 あの日、あの時間が来るまでは、我々は想像すらしていなかったのである。


 掃除は時として、

 人にこの世の地獄をもたらしかねないということを……





 季節は5月下旬を回り、いよいよテスト期間に入った。

 そのせいか、机に突っ伏したまま大声でわめくタタミちゃん。


「うっわ~! とうとう来ちゃったよぉ~!

 この学校わりとレベルが高いから乗りきれるかどうか不安~っ!」

「大丈夫だって。

 タタミちゃん服装が自由なわりには勉強まじめにやってるでしょ?」


 おれが言うと、タタミちゃんは机に伏せたままこちらの方を向いた。


「そうかもしんないけどさ~。

 アタシ得意な教科と苦手な教科の振り幅が大きくてさ、特に英語と数学は最大の鬼門なんだよね~。

 あ~チョー不安!」

「それに比べてわが校屈指の優等生、狛田村沙耶(こまだむら さや)ちゃんは何の不安もなさそうですな!」


 おれが振り返ると、沙耶は神妙な目つきで食い入るように教科書や参考書を見つめていた。


「話しかけないで。今回のテストに、わたし命かけてるから!」


 複雑な顔でタタミちゃんのほうを向くと、相手もひきつった笑みを浮かべていた。


「この人本気で学年1位狙ってるよ~。こわいよ~」

「オレはあまり心配してないな。

 なんつったって理数系は得意だし、他の教科もきちんと対策立ててるからな」


 そう言うのはヒャッパ。おれたちは後ろを向いて少しうなずいた。


「お前も勉強は得意そうだな。よかったらコツを教えてくんないか?」


 するとヒャッパはここぞとばかりに不敵な笑みを浮かべ、がっちりと腕を組んだ。


「そりゃ無理だね。

 お前らは論理的アルゴリズムの極意を理解できるほど頭よさそうには見えないからな」

「は? 今なんておっしゃいました? 論理的、あるご……」

「そんなことはどうでもいいんだ。

 だいたいお前はどうなんだ?

 時おりおどろくような奇策で難局を乗り切り、全校生徒をあっと言わせる人間界からやってきた新介の実力やいかに!」

「ああ、おれ? そんなの大丈夫だよ。

 ようは授業をまじめに受けてりゃいいんだろ? 数学のヘンクツオヤジの内容は覚えてないけど、要はそっちの方を重点的に勉強しときゃ大丈夫だって」

「な、なにこの余裕……

 新介、まさかあんたも優等生タイプだったの……?」


 がく然としているタタミちゃんにおれはあわてて首を振る。


「そ、そんなことねえよっ!?

 だいたいおれは赤点さえとらなきゃそれでいいし、うちわりと進学校だからあんまり期待もしてねえよ!」

「さっきからお前らはなにグダグダまじめな話繰り広げてんだ。

 テストなんてくだらねえ。俺なんかはそういうのは一切無視で行くぜ」


 そう言って後ろに振り返ったのはキース。見た目は完全に不良だが……


「キース、アンタ赤点取りたいの?

 うちの学校は補習がとってもきびしいって有名なんだから、覚悟できてる?」


 タタミちゃんに言われても、相手は首をすくめるだけだ。


「そんなんまじめにやるわけないだろ?

 補習のあいだ寝るか、でなきゃ最初っからサボるかするだけだ」

「ったくアンタもこりないわね~。

 あ、そうだ影乃クンはどうすんの?」


 突然話を振られ、ハッとした影乃はめずらしく教科書を手にしていた。


「お、オレか? いや、オレは補習は苦手だ。

 だからできれば赤点は取りたくないが、勉強もこの上なく苦手だからな。

 なんとかなればいいが……」

「あはははは。影乃クンあせってる~。

 あわてて勉強したって知識は頭に入んないって~」

「プレッシャーかけんなよタタミちゃん。

 とにかく、影乃も勉強がんばれよ」

「あ、ああ。ありがとう……」


 おれの物言いになぜか顔を赤らめてあさってのほうを向く影乃。

 おれのなかである疑惑が進行しつつある。


 そんなことはさておき、おれたちの前途にはいよいよ最初の高校テストが待ち構えている。

 いろんな人が指摘していることだが、今回のテストの成績うんぬんで今後の高校生活があれこれ変わってくる。

 おれはどうだろう、この学校でどの辺の順位をとり、おれはそれによってどんな立場になってしまうのだろう。

 考えても仕方ない。

 とにかく苦手な数学を克服すべく、今は教科書を開いて少しでも頭の中に叩き込むだけだ。


 そう思って教科書を開いた、その時だった。

 突然教室の扉が開いた。

 担任の茶太良が早めに来たのかと思ったら、違った。


 教室に現れたのは、ガスマスクをかぶった茶色いスラックスの男。

 夏が近いにもかかわらず長袖のシャツの上に茶色いベストを着ている。そして両手にはしっかりと黒い手袋がはめられている。

 この男はケタ外れの潔癖症(けっぺきしょう)として有名だ。


「……おい、来やがったぞ『完璧清掃人オスカー』が。

 今日はうちのクラスが犠牲(ぎせい)になるのか……」

「おいおいやめてくれよ。

 テスト期間中だぜ? だのに寮掃除を手伝わそうとするのかよ……」


 教室のあちこちでヒソヒソ声が聞こえる。

 おれたちはというと、怖くて何も口にできなかった。

 教壇(きょうだん)に立ったオスカーは正面をむき、ベストの中から青色の紙を取り出した。


「めでたい話を持って来たぞ、青紙招集だ。

 この俺の指示のもと、自分たちのすむ学生寮を新居同様に改められること、(ほこ)りに思うがいい」


 ものすごく腹の立つもの言いだが、誰も何も言わなかった。

 言えばそいつも一緒に清掃班に召集させられてしまう。

 ガスマスクのせいで表情がまったくうかがえないオスカーは、やがて無言で紙きれを開いた。


「それでは招集メンバーを発表する」


 教室中のだれもが、両手を組んで発表から外れることを祈った。もちろんおれたちもだ。


「出席順から名前を読み上げる。

 巌屋蛇々美(いわやたたみ)、キース虚堀(うろほり)結城(ゆうき)新介、鬼形百八郎、狛田村沙耶、毛鞣(けなめし)影乃。

 本クラスでは以上6名」


 おれと周囲の5人がいっせいに机の上に倒れ伏した。

 周囲がわずかにどよめき立つ。


「なお巌屋と狛田村のルームメイトである、海宮実呑(かいぐう みのん)垣冴弥子(かきさえ やこ)にも召集をかける。

 以上の8名で、明日朝礼時から清掃活動に入ってもらう。

 清掃活動は遅刻厳禁(げんきん)

 遅れた者には相応の懲罰(ちょうばつ)を与えるので、そのつもりで」


 オスカーは「以上」と言って足早に教室を出ていく。

 ドアを開けるとなぜか頭を下げ、そそくさと抜けると代わりに茶太良が部屋に入ってきた。


「おいおい、オスカーの奴が来やがったのか。

 あの清掃の鬼の犠牲(ぎせい)になった奴は誰だ?」


 おれはがっくりとうなだれて手をあげた。

 他のみんなも同様だ。


「そうか……お前らか。すまんな、こんな大事な時期に……」

「先生! ひどいよっ!

 なんでテスト期間中には青紙招集を免除してくんないんだよ! なんとか言ってくれよ!」

「「「「そうだそうだっっっ!」」」」


 おれたちが涙ながらに訴えても、茶太良はゆっくりと首を振るだけだ。


「すまん、こいつは俺の一存ではどうにもならないんだ。

 寮の清掃担当にオスカーは必要不可欠。

 俺たちが死霊族である以上、パート料金で人間界のおばちゃんを雇うわけにはいかないからな。

 どうしても住み込みの正社員が必要になる」

「だからって重要な時期にまで生徒を引っ張りだすなんてどうかしてるよっ!

 オスカーの奴はどこまで潔癖症(けっぺきしょう)なんだよっ!」

「しょうがないだろう。

 あんな広い学生寮を1人で掃除するのが、どんなに大変かわかってるのか?

 オスカーが徹底清掃を求めるくらい、ガマンしろ」


 現実から逃げられないと悟ったおれたちは、全員でわめき倒した。

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