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(4)

「闇のかなたに(おど)りしは、悪を憎む炎の天使っ!」


 聞いたことあるようなないような口上を述べ、生き物はさっそうと腕を組む。


敢然(かんぜん)と立ち向かうその闘志(とうし)、すべては愛と正義のためっ!

 とうっっっっ!」


 それは一瞬で手すりを飛びはね、おれたちの目の前に降り立つと身体を斜めにして両手の拳をかかげた。


「いざ、すべてを打ち滅ぼさんとする悪の先兵たちよ!

 わが雄姿に恐れおののくがいいっ!」


 そういって昆虫人間はあれこれとムダなポーズをとりはじめた。


「わが名は獄炎大使、『ネクロカイザー』ッッッ!

 悪党ども! 今宵(こよい)こそ、貴様たちの年貢の納め時だっ!」


 最後に人差し指を突きつけられ、おれたちはしらけた空気になった。


「なんなん……これ……」

「これ、正義のヒーローのつもりなん?

 どう見ても悪の怪人にしか見えないんだけど……」


 おれたちは互いに見合わせると、誰もがしらけた表情だとありありとわかる。


「どこをよそ見している! さあ、このワタシと尋常に戦え!」


 おれたちはふたたび正面を向いた。

 昆虫人間の顔はまさに虫そのもので、目には複眼、口元を割れたあごのようなマスクでおおっている。


「ええと。キミ、藤ヶ丘疾太クンって、知ってる?」


 おそるおそる聞くと、意外な返答が返ってきた。


「いったい誰のことだっ!

 私はそんな人間など知らん! その子をいったいどうする気なのだっ!」


 ネクロカイザーは本名を切り出されてもまったく動揺を見せることがなかった。

 あのハヤタにここまでの演技力があるとも思えない。


「やばい。こいつ、本当に覚えてないみたいだ。

 もしかしたら本当におれたちのことを敵とみなしているかも……」

「ネクロカイザーッ、助けてくれっ!

 そいつら死霊族は社会の闇にまぎれて私たち人間を支配しようとしている連中だっ!

 この地上を奴らの好き勝手にさせてはいけないっ!」

「まっとうな指摘でアタシたちを悪者扱いしやがったっ!」


 タタミちゃんの叫びにネクロカイザーは大げさに手を横に振った。


「なにっ!?

 許せん、このネクロカイザーがお前たち死霊族をたたきのめしてくれる!」

「そういうお前も死霊族なんだがな……いや、もう覚えてなさそうだ」


 キースがあきれて身構えると、昆虫人間も臨戦態勢に入った。

 が、動かない。


「様子見てんの?」


 タタミちゃんの指摘におれは首を振った。


「こいつ、自称正義のヒーローだぜ?

 こっちの方から動かなきゃ、相手も何もしてこないだろ」


 一同、硬直(こうちょく)

 ネクロカイザーは微動だにしないおれたちを見て、じりじりと身じろぎしはじめる。


「どうしたっ! かかってこないのか!? ならばこっちから……

 いやダメだっ! そんなことではヒーローの資格はないっっ!」

「正義の味方だと思い込んでんなら、ちょうどいいや。

 このまま話し合いで解決しよう……」


 ヒャッパが半笑いでつぶやくが、おれは上の方を指差した。

 みんなで見上げると、高台のスタイナーがここぞとばかりにいやらしい笑みを浮かべながら、手元の端末を指差している。

 すなわち、「戦わなきゃ強彦たち3人の人質がどうなるかわかってんだろうな」というジェスチャーである。


 ネクロカイザーも後ろにふりむいた。

 しかし時すでに遅く、スタイナーの顔がふたたび緊張感にみなぎった、ただし演技の顔に戻る。


「ああダメだっ! しかたがない!」


 おれはヒャッパと影乃をうながし、後ろの方へと向かった。

 ネクロカイザーが「待てっ!」と呼びかけるが、その前に3人が進み出る。


 沙耶、タタミちゃん、そしてキースの3人がそれぞれ武器を手に昆虫人間を取り囲んだ。


「くっ! たった1人を相手に3人がかりか! 汚いぞっ!」

「気をつけてっ!

 彼は強化された死霊族よっ! きっとわたしたちより強い力を秘めてるっ!」


 言うなり沙耶は真正面からネクロに斬りかかる。

 が、さすがは自称ヒーロー、すばやい一閃を背中の羽をばたつかせながらきれいにかわした。

 横からタタミちゃんが手裏剣を連続で投げつける。

 これにはおどろいた、ネクロは両手で鋭利な刃物をバシバシとつかみ取った。


「こしゃくなっ! これでも食らうがいい!」


 すると昆虫人間の(から)と殻の間が赤く光り、両手から炎が噴き出した。


「こいつを食らえっ! 『エニシングファイアー』ッッッ!」


 わけのわからない技名を叫び、わざわざ一回転しながら腕をふるう。

 すると赤い手から火の玉が飛んだ。タタミちゃんはすばやくかわすが、少しかすめたようで服の端がチリチリと煙をあげている。

 ヒャッパがタブレットを確認しながら呼びかけた。


「気をつけろみんな!

 ハヤタはもともと『パイロシューター(炎投擲えんとうてき)』と呼ばれる炎を使う能力者だっ!

 変身したことでより強力になっているはずだぞっ!」


 これには沙耶のほうが大声をあげた。


「なんですってっ!? そういう情報は早くわたしたちに教えなさいっ!

 こっちには遠距離攻撃の手段が限られてるわっ!」

「いや、ここは俺の出番だっ!」


 そう言ってキースは手に持った円輪を思いきり投げつけた。

 ネクロは身構えるが、放たれた円輪は正面からではなく放射状に円を描きながら横方向からネクロの前をかすめた。

 その瞬間、彼の複眼から血がほとばしる。


「ぐっ、ぐぉぉっ!」


 昆虫人間が両手で目を押さえている間に、Uターンしてくる円輪を片手で取り上げたキースが、すばやく相手へと斬り込む。


「ハハハハハァァッ! どうだ、まいったかっ!?」


 キースは容赦なく円輪で斬りつける。

 一方ネクロは必死に抵抗しながらも、次々とおそいかかる刃に無残にも切り裂かれていく。


「あ~あ、何やってんだよ。あれじゃまるで本物の悪党じゃねえかよ」


 ヒャッパが言うのが聞こえたのか、ネクロがうなり声を発した。


「ぬぅぅ~~~~~~~~~~っっ! おのれぇ~~~~~~~~~~っっっ!」


 抵抗をやめて両手を下にもっていくと、手の間から赤く光る球体が現れた。

 おれははっとした。


「やめろキースッッ! 今すぐ敵から離れ……」「『エグゾイドフレア』ッッッ!」


 爆発。一瞬の閃光とともに爆音がひびくと、キースの身体が大きくはね飛ばされているのが見えた。

 壁に思い切り激突し、そのまま落下し尻もちをついたキースの胴体は、肋骨(ろっこつ)が見えてしまうほどひどい有様になっている。


「うっ、うおぇっ! 久しぶりにグロい光景を見た……!」


 吐き気をこらえながら目を戻すと、ネクロはさらに両手が燃え上がった状態で、両手を立てた状態で構える。


「どうしたっ! かかってこないのか! それとも降参(こうさん)するか!?」


 沙耶とタタミちゃんはなおも構えをくずさないが、どうすればいいか迷っているようだ。

 おれはヒャッパと相談した。


「どうする? 降参すれば、あいつ見逃してくれると思うけど?」

「そんなことあるわけないだろ? うちの強彦を人質にとられているの忘れたのか?

 それになんだかんだ言いくるめて、スタイナーは学校中を破壊させる気だ」

「だとしたら、今は沙耶ちゃんとタタミちゃんでなんとかするしかないってことか……」


 言っているうちに、2人は戦いを始めた。

 タタミちゃんが鎖分銅を振りまわすと、ネクロはそれをきれいにかわしていく。

 その間に沙耶が長い髪を使って剣で攻撃。肩を切り裂かれながらもネクロは沙耶の髪をつかみ取ろうとする。

 ひょいと髪をどかした沙耶だが、燃え上がった手がかすったために火が燃え移り、それをあわててははたきながら、沙耶は結局両手に刀をにぎった。


「くっっ! わたしの能力は使えない、相性が悪すぎるわっ!

 タタミ眼帯はっ!?」

「わかってるよっ!」


 すでに眼帯を外し、ウロコにおおわれた赤い目を現したタタミちゃんは、ぐるぐる回転しながら分銅をネクロに叩きつけていく。


「なるほど、彼女の能力を使えば目を向けなくても相手を攻撃できるな!」


 おれがぐっと拳を握りしめて言うが、タタミちゃんはなぜか攻撃をあきらめてしまった。

 ほぼ同じタイミングでネクロは空中高く舞い上がる。


「ああっ! ずるいぞっ!

 空から攻撃するなんてちっともヒーローぽくないぞっ!」


 タタミちゃんが言うと、いったん腕を組んでえらそうにしていたネクロはあわてて地上に舞い降りた。

 そこへすかさずタタミちゃんと沙耶が同時に攻撃を開始する。


「な、ならば2人同時に攻撃するのは卑怯(ひきょう)ではないのかっ!?」


 さらに後方からは、突然キースが起き上がって後ろからはがいじめにした。


「ほらほらボーヤっ!

 遊びの時間は終わり、今からみんなで仲良くいじめてやるからねっ!」


 ネクロは必死に引きはがそうとするが、燃える手で相手の身体をつかんでもキースは一向に力をゆるめない。

 それどころかひきつった笑みを浮かべグイグイと昆虫人間の体を締め付ける。

 一方のタタミちゃんと沙耶は、さすがにこれで追い打ちをかけるのはまずいと思ったらしく、武器を構えたまま様子を見守っている。


「ぬ、ぬうぅぅぅぅぅぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」


 仁王立ちになったネクロが、咆哮(ほうこう)をあげた。

 するとその全身が赤く燃え上がり、しがみついていたキースの全身も燃え上がってしまう。

 これはさすがにまずいと思ったのかキースは身体を離し、その場に転げ回って必死に炎を打ち消そうとする。


 タタミちゃんがすかさず攻撃を仕掛けた。

 勢いをつけて投げつけた分銅は、しかしネクロにあっさりとつかみとられ、あっと間に真っ赤に焼けただれてドロドロと溶けだしてしまった。


「わぁ~~~~~~っっ! アタシの武器がぁ~~っ!」


 タタミちゃんがビックリしている間にネクロは手のひらを沙耶に向けた。

 そこから火の玉がはじけ飛び、沙耶は手にした刀でそれをなぎ払う。

 しかし一度ならず何度も火の球を飛ばすので、沙耶はそれを次々と斬りはらうのにいそがしくなる。


 続いてタタミちゃんに対しても同じように火の玉連続攻撃を仕掛ける。

 彼女もまた残った鎖で火の玉を受け止めていくが、連続で受けているうちに鎖が真っ赤に染まっていった。


「まずいぞっ!

 このままだとタタミちゃんまで戦えなくなる! なんとか手を打たないと!」


 ヒャッパが言うなり影乃が飛び出した。

 おれは「やめろっっ!」と引きとめるものの、影乃は沙耶とタタミちゃんを押しのけてネクロに殴りかかった。

 相手は大きくはね飛ばされるものの、影乃の左手にまかれた包帯が燃え上がっている。

 それをはたいて打ち消していくうちに、影乃の左手は包帯がなくなって真っ黒な素肌があらわになった。


「はっ! し、しまった、拘束が……」


 腕から突然何かが現れた。巨大な目のようなものが複数。

 すると影乃の左手がグニグニとうごめきだし、次第に形を変えていく。


「まずいっ!

 炎を受けたショックで奴の腕が暴走するぞっ! みんな、早くこっちへっ!」


 おれが手招きすると沙耶、タタミちゃん、黒コゲになったキースの3人がこちらへと急いでやってくる。

 しかしおれは逆に前に進み出そうになった。


「まずいっ! ネクロが危ない!

 あいつは記憶をいじられてカン違いしているだけだっ!」


 ネクロががく然とした様子で、巨大化しいくつもの触手に分たれていく影乃の黒い腕を見上げる。

 おれは影乃に呼び掛けた。


「影乃っ! 暴走を止めろっ! 操られているだけのハヤタを殺すなっ!」

「わかっているっ! だがもう少し様子を見させてくれっ!

 ネクロカイザーがどこまで応戦できるか知りたいっ!」


 言うなり触手がネクロカイザーにおそいかかった。

 昆虫人間は全身から火をふきだし、パンチキックの応酬(おうしゅう)で対応する。なかなか手際がいい。


「新介君、これは危険な賭けよ?

 下手をしたらどちらかが、いや2人とも……」

「沙耶、いざという時は死角から影乃の左腕を切り落とせ。

 根元を経てば何とかなるかもしれない」


 沙耶がうなずいているうちに、ネクロのほうが対応しきれなくなってきた。

 おれは大声で叫んだ。


「ネクロッッ! タイミングを見て空に逃げろっ!

 空中から必殺技をお見舞いしてやれっ!」


 ネクロはなぜ自分を応援するんだと言わんばかりにこちらを見るが、やがて影乃に目を戻すと、ほんの少しのスキをついて触手の群れをかいくぐり、背中の羽根を目にもとまらぬ速さでばたつかせて空中に舞い上がった。

 上空に逃げたネクロを触手たちが追うが、つかみきれずに取り逃がした。


 天井近くでホバリングしたネクロは、両手をわきの下にもっていき、広げた手の間から赤い光のボールを現した。


「すべてのものを食らいつくす邪悪なる怪物よっ!

 これでも食らえ、『バーニングブラスター』ッッッ!」


 ネクロが両手を前に押し出すと、そこからまばゆい光が飛び出した。

 ビーム状になった炎の円柱は黒い触手たちを次々と燃え上がらせ、あぶりつくしていく。


「何て強力な攻撃なんだっ! これじゃ影乃もひとたまりもないぞっ!」


 ヒャッパの声に誰もがかたずを飲むなか、両者に異変が起こった。

 ネクロのビームが小さくなり、その身体が床へと降下していく。

 一方の影乃の左腕も、徐々に触手がちぢみあがり、勢いが弱くなっていく。

 やがて両者がおとなしくなると、ネクロも影乃もその場にヒザをついた。

 おれたちは静かに後の動きを待った。


「ああっ! みんなあれ見て! ネクロの身体がっ!」


 ネクロカイザーの身体をおおう、かたい殻が次々と散らばっていく。

 するとその中から以前も目にしたことがある、あのハヤタの風貌(ふうぼう)が現れた。

 ドロドロとした粘液まみれの身体には、まだ破れた衣服が残っている。


 おれたちは2手に分かれ、ネクロと影乃両方にかけよった。

 しかしまだ少し怖いので一歩手前で立ち止まる。

 最初に口を開いたのは、ハヤタのほうだった。


「うぅ、オレは……いったい何をしていた?」


 顔をしかめ頭をかかえるハヤタに、おれは呼びかけた。


「ハヤタ、記憶が戻ったのか?

 自分がさっき何をしていたのかは思い出せるか?」


 指と指の間から見える目がぱっと見開かれる。とっさに手を離した。


「ぐっ! 思い出した! そうか、オレは死霊族だ。

 しまった、お前らとは敵対する理由はなに1つなかったんだな。すまなかった……」


 頭を下げて申し訳なさそうな目を向けるハヤタに、おれは満足げにうなずいた。

 キースの声が飛ぶ。


「こっちも大丈夫だ!

 さっきの攻撃を食らって、影乃の左腕もすっかりおとなしくなってるぜ!」


 おれが上を見上げると、ハヤタを操っていたスタイナーはなんとも言えない表情になっている。


「実験はまずまず成功だが、記憶が戻ってしまったようだな。

 これでは兵器としての実用はまず困難か……」

「おい!

 お前のたくらみは失敗したぞ! おとなしく先生たちを返せっ!」


 真っすぐ指差すおれだが、スタイナーはもったいぶったかのように端末を持ち上げた。


「バカめ、おいそれと投降すると思ったかね。

 こうなればこの学園を脱出するよりないが、ここにいる教師たちは人質として利用させてもらおう」


 ちょうどその時、扉が大きく開かれ、教頭をはじめとした先生たちが押し入ってきた。


「そこまでだっ! おとなしく沖潮先生たちを解放しろっ!」

「ほう、今さら現れたか。

 だから言ったではないか。私には人質がいる。すまないが道を開けてくれないかね」


 ここでなぜか誰かが前に進み出た。片腕白衣のミカ先生だ。


「あら、それはどうかしら。

 そう言えば博士、昨日あたくしがコーヒーをごちそうしたのを覚えておいでかしら?」


 口元に手を当て、怪しげな笑みを浮かべるミカ先生。

 スタイナーは不審げな目を向ける。


「ふぅん? そう言えば確かにそんなことが……はうぁっっっ!」


 目を見開いたスタイナーが突然頭をかかえ、携帯端末を落とした。

 それが手すりにあたり下まで落ちてきたので、沙耶が長い髪を伸ばしてそれをつかみ取った。


「よし! 端末を拾い上げたわ! ヒャッパ君、操作をっ!」


 ヒャッパが受け取っている間に、スタイナーがよろけながら後ろの拘束台にもたれかかった。

 それを見てミカ先生がメガネを押し上げる。

 キースが「どういうことだ?」と問いかけるがおれが手を出して制止した。

 ミカ先生はメガネを押し上げながら不敵に笑う。


「自分が他人にしたことを、自分がされると案外気づかないものね。

 あなたの身体には、強彦先生たちに仕込んだものと同じ寄生虫がとりついている。

 あなたは生物学の権威(けんい)だけど、魔界の生物の扱いについてはこちらの方が上手よ。

 あなたがこれ以上わが学園で好き放題できないように、その虫は取り除かないでおくわ。いいわね?」


 そう言われたきり、スタイナーは力を失って、拘束台からずり落ちて見えなくなっていった。


「よしっ! 寄生虫強制排出(はいしゅつ)っ!」


 ヒャッパがモニターをタップすると、突然高台にいた3人の科学教師がもがきだした。

 なぜか左から順番にゲロを吐くと、その中からミニサイズの寄生虫が飛び出し、こちら側の床に落ちてバタバタと身をおどらせている。

「うぇっ」おれは2度目の吐き気におそわれた。

 ミカ先生がこちらに近寄ってくる。


「これで万事解決ね。

 それにしても、あんたたちまた無謀なことをしでかしたわね。ほっといても事件は解決したってのに」

「すみません。

 先生がすでに対策をとっていたってことにも気づかず、いてもたってもいられなくなって」


 素直にあやまると先生も首を振った。


「いいの、正直寄生虫を使うのは一種の賭けだったし、教頭先生に伝えるのも忘れてたしね」


 そう言って、美人校医はハヤタの元まで近寄った。


「ハヤタ君、災難(さいなん)だったわね。

 でもこれで終わりじゃないわ。あなたには、まだネクロカイザーに変身する力が残ってる。

 どうする? 寄生虫を排出しちゃう?」


 ところが、ハヤタは目をキラキラさせて「本当ですかっ!?」と問いかけた。

 先生がうなずくと、ハヤタは勢いよく立ち上がった。

 なにかと思えば、両手を握り、思い切り上に突き出すではないか。


「うお~~~~~~~~~っっ! いやった~~~~~~~~~~っっ!

 これで本物の変身ヒーローになったぞぉ~~~~~~~~っっっ!」

「いやいやあれでヒーローかよっ!

 どっちかって言う怪人……まあ死霊族だからいいかっ!」

「うっほほ~~~~~~~~~~いっ!」


 喜び勇んでスキップしだすハヤタ。

 ミカ先生は立ち上がり、振り返ってこちらへと歩き出す。


「どう? なかなかいい味方だと思わない?

 これで少しは生徒会もおとなしくなるかもよ?」

「先生、もしかしてわざとハヤタ君をネクロカイザーに!?」

「あの力があれば、生徒会にとって脅威(きょうい)になるでしょう?

 本人も変身能力がついて喜んでるし、結果オーライじゃない」


 これに対し、振り返った沙耶が不満げな表情を見せる。


「あまり感心しませんね。

 もしかしたらハヤタ君の身が危ない目にあってたかもしれないのに。

 勇み足でしたけど、わたしたちも危険にさらされました」

「わるかったわね。

 でもあたしたちだって生徒会にいいようにされて平気なわけじゃないの。

 どんな手を使ってでも一矢報いたいという気持ちがあるわ」


 納得いかないと言わんばかりの表情で、沙耶は飛び跳ねるハヤタの姿に目を向けた。

 おれはそんな彼女の姿を見ながら、沙耶はきっとこんな形での生徒会への抵抗を望んでいるはずじゃないということをさとっていた。





「現れたな! 魔鬼眼使いのエイノッッ!

 今日こそ決着をつけてやるっ!」


 首に巻いた赤いマフラーに、ごわごわした髪がうっとうしいハヤタが、さっそうと現れた影乃に向かってするどくにらみつけながら構えをとる。


「オレは望んで世界を破壊したいわけじゃない。

 すべてはこの腕、魔鬼眼が悪いのだ。むしろ止められるのなら止めてみるがいい」

「なにをぉ~~~~っ!

 ならばオレの全身全霊の攻撃、受けてみるがいいっ!」


 すると突然ハヤタは服を脱ぎ出した。

 全身の服がビリビリになるのがいやなのでごていねいに裸になる配慮(はいりょ)が痛々しい。


「いざっ! ネクロカイザー、ヘ~ンシンッ!」


 グルリと両手を回しポーズを決めると、ハヤタの全身が激しく燃え上がり、突然現れた甲殻がその肉体をおおいつくす。

 ふたたびあらわれた炎の昆虫人間。


熱血闘士(ねっけつとうし)、ネクロカイザー! ただいま参上っ!」


 一方の影乃も腕をまくると包帯をグルグルと引きはがし、真っ黒な腕をあらわにする。


「目覚めよ魔鬼眼っ! エサの時間だ、存分に食らうがいいっ!」


 影乃の左腕が暴走を始めるが、現れた触手たちは前回のトラウマが残っているのかネクロの姿を見ておじけづいているように見える。

 一方影乃とネクロは構えをとり、いつでも戦えると言わんばかりににらみあった。


「いいかげんにしろやコラッッッ!

 お前らなに自分の力を使ってヒーローごっこなんてしてんだよっっ!」


 あまりのさわぎにグラウンドにやってきたおれに両者が目を向けてきた。


「お、来たか新介。お前も見物に来たのか?」

「結城博士っ! 下がっていてください! これはワタシと影乃の戦いですっっ!」

「博士じゃねえよっっ! 勝手に人をキャスティングに巻き込むんじゃねえっ!

 ていうか触手がなぜかおれを狙ってるんですけどっ!?」


 向かってこようとした触手に対し、ネクロが「エグゾートフレアッッッ!」と叫ぶと、巨大な炎が触手にぶつかり、おとなしくなった。


「あ、ありがと……

 じゃねえよなんでお前らの遊びでおれが死にかけなきゃなんねえんだよっっ!

 だいたいお前ら高校生にもなってみっともねえマネしてんじゃねえよっ!」

「しょうがないじゃないか。

 だって変身ヒーローだぞ変身ヒーロー。お前も大人ぶってないで楽しんだらどうだ?」


 影乃があっけらかんとつぶやくのを聞いて、おれはいいかげん腹が立った。


「こんのクサレ中二病がぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっっ!」





 そんな新介君の姿を、わたしとタタミは少し後ろからクスクス笑って見守る。

 もちろん彼の身を守るという目的もあるのだが、それ以上に彼の姿を後ろからながめ、楽しみたいという気持ちもあった。

 タタミが不意に、わたしの方に腕をおいてわざとらしいため息をついた。


「あ~あ、それにしてもめんどくさいコンビが出来上がっちゃったよね。

 まったくなによ、昼間っから授業サボってグラウンドでヒーローごっこなんて、バッカじゃない?」

「そうとも言えないわ。実に楽しそうじゃない。

 わたし、影乃君があんなにも楽しそうにしているところ、初めて見たわ。

 案外ハヤタくんとは大親友になれるんじゃない?」


 笑みを浮かべて言うと、タタミは最初きょとんとして、次第にあきれ顔になった。


「いやいや、だって影乃のやつ野球部でしょ?

 練習はどうすんの。グラウンドがボコボコになったら直すのは誰なのよ?」

「野球部に関しては、新介君がしっかり管理してくれると思うわ。

 グラウンドの手直しは帰宅部のネクロ君1人でやってもらいましょ」


 言われタタミは首をすくめた。


「さんせー。アタシたちだって部活あんのにつきあってらんないもんね」


 彼女が言っている間に、わたしは前方の3人のほうを見つめた。

 ネクロ君の力があれば、今後の生徒会の追及もおとなしくなることだろう。


 一方で、わたしは不満も覚えていた。

 たしかに生徒会を打ち倒すために、わたしたちがより力をつける必要はなくなるかもしれない。

 それでも、わたしは強くなりたかった。


 妖之丞(あやのじょう)

 屈指(くっし)の二刀流の使い手を打ち倒すのは、このわたしでありたかった。

 使命感だけではなく、わたしの身体の中に流れる剣士としての血が、それを心から欲するのだ。


 ネクロ君にどうにかなってほしいという、不謹慎な欲求はない。

 ただ、もし妖之丞と戦う機会があるとするなら、わたしは絶対にそれを取り逃がしはしない。

 押し黙るわたしを気遣うタタミに感謝しながら、ひそかに拳を握りしめるのだった。

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