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(4)

「ピッチャー! 新介に代わり、影乃っっ!」


 まさかのピッチャー交代に、グラウンドの外がいっせいにどよめいた。

 内側にいる敵も味方もそろってベンチに落ち着いたおれの方に視線を向ける。


「新介くん。本当に、これで大丈夫なの?」


 となりの弥子ちゃんが心配そうにおれを見て、ちょっとした笑みを浮かべてうなずいた。


「みんなは不安がってるけど、おれには確信がある。

 大丈夫、奴はやってくれるさ」


 だからこそ、おれは安心して弥子ちゃんとともに落ち着いてベンチに座っているわけだ。

 その様子を察してか、彼女のとなりに座るユキナさんは冷静なまなざしでマウンドを一点に見つめる。


 プレートの上に立つのは、監督に頼んで急きょ左利き用のグローブを用意してもらった影乃。

 あまり手を動かさず、緊張の面持ちでバッターボックスを一心に見つめる。


 打席に立つのは、ホッケーマスクの勢尊。

 顔が見えないのでよくわからないが、ゆったりとした動きを見る限りそれほど緊張(きんちょう)しているとは思えない。

 おれはようやくユキナさんの差し入れに手をつけながら、グラウンドを見た。

 影乃の左腕についてはみんなある程度知っているので、いつでも逃げられるよう身構えているようにも見える。

 それでも、1人の人生がかかった試合に、誰もが釘付けになっているようだった。


 影乃が慎重に、グローブの中のボールに手をつけた。

 包帯でがっちりとまかれた左手で、ゆっくりと握りしめる。

 やがて、いつでもボールを投げられるようこれまた慎重に構えを取った。


 瞬間的に影乃は動いた。

 全身をバネにしてボールを投げつけるフォームは、とてもピッチャー初体験とは思えないほどだった。


 しかし、おどろくのはこれからだった。

 影乃の手を離れた白球は全く目には映らず、いつの間にか勢尊よりも大柄なはずの番長の身体が、あり得ないほどうごめいた。


「……うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ! こいつは、すげぇぇっっっ!」


 苦しむどころか、むしろ感動的な声をあげる番長。

 そしてそれを信じられないと言わんばかりの表情で見つめる影乃の姿が、そこにはあった。


 長らく沈黙(ちんもく)に包まれていたギャラリーが、一転して大歓声をあげた。

 影乃はあ然とした表情で周囲を見まわし、自分が予想とは違う結果を招いたことが信じられない様子だった。

 そして自分の左手に目を移すと、口元だけがわずかに笑みを浮かべた。


「やれる……やれるぞっっ! 暴走しないっ!

 オレはこの左手を、自由にコントロールできるぞっっ!」


 まっすぐ左手を、天高く突きあげる影乃。

 それを見て、味方チームの誰もが喜びの声をあげた。タタミちゃんとミノンちゃんにいたっては互いに抱き合って飛び跳ねている。

 沙耶のほうを見ると、彼女は真の功労者はおれだとばかりの笑みを送ってくる。

 おれは恐縮して手を振った。

 目線を変えれば、無理やりライトに立たされたヒャッパが心底ほっとしたかのように胸をなでおろしている。


 対称的なのは野球部の面々。

 ベンチに座る誰もが難しい顔をして、マウンドの影乃を凝視(ぎょうし)している。

 特に豹摩にいたっては、自分以上の剛速球を投げた新たなライバルの出現に、思わず立ち上がってがく然としている様子だった。





 影乃はその後も暴走することなく、安定したピッチングで次から次へとバッターを静めていった。

 その左手から繰り出される尋常(じんじょう)ではない剛速球を、番長はむしろ喜々として受け止めていく。

 投げられるボールはすべてストレートであるにもかかわらず、目にもとまらぬ速さのボールを野球部は誰一人としてとらえることができなかった。


 一方の豹摩は、それを見て大いに動揺(どうよう)したせいかピッチングに精彩をかいた。

 気がつけば試合は8回裏、ベース上には教頭、タタミちゃん、そして華鷹の姿がある。


 次打たれれば大逆転という状況の中、バッターボックスに立つのは、魔球を攻略した沙耶の姿。


「結局、わたしたちはあなたの魔球2号を攻略できていない。だけどその心配はもう必要ないみたいね。

 あなたは試合中に2号を何度も投じることができない。

 対して野球部の面々は、いまだだれ1人影乃君の球を打つことができずにいる」


 したり顔の沙耶に対し、豹摩の表情からは一切の表情が消えている。

 顔面を影乃の左手のごとく包帯でぐるぐる巻きにしているために、よけいに異様な雰囲気を放っている。


「いいや、もう2号にすら頼らん。

 こうなった以上、あれを出すしかない……」

「待てっっ! まだ8回だっ!

 『あれ』を出すのは9回にしておけっっ!」


 これまでだまって腕を組み、まっすぐ豹摩をにらみつけていた非道丸が突然どなり散らしてきた。

 しかし豹摩もだまっていない。


「うるさいっっっ! ここで『あれ』を出さないで、いつ出すって言うんですかっっ!

 もうオレたちに手は残されていない! もうここで勝負をつけます!」


 そしてベンチに顔を向けた。

 反対側なのでよく見えないが、ものすごい表情をしているように思える。


「オレがもしダメになったら、容赦なく切り捨ててください。

 どちらにしろここで点を入れられたらあんたはもうおしまいだっ!」


 言われ、非道丸は苦虫をかみつぶした表情になる。

 まったくのアホなカン違いだが、あのドクロフェイスは今回の試合に勝てば、人間界の高校野球に出場できると思い込んでいる。

 少なくとも奴にとってもこの試合は負けられないというわけだ。


 その後豹摩は一切奴の方を見ることなく、まっすぐ沙耶を見つめる。


「行くぜ……勝負はここからだっっっ!」





 その後、豹摩は2度も魔球2号を投げつけ、沙耶をツーアウトに追い込んだ。

 心なしか包帯男の身体がぐらついているようにも見えるが、眼だけはまっすぐ沙耶をにらんでいる。


「おいおい、これ、まずい状況なんじゃないのか?

 ただでさえ魔球2号を攻略できてないってのに、これから投げられる球は、さらなる魔球なんだろ……?」


 あからさまに不安げなヒャッパに対し、影乃が落ち着いた表情で口を開いた。


「確かに、どんな恐ろしい球が投げられるかわかったもんじゃない。

 だけど豹摩には、もう『アレ』を投げるしか手がなくなったはずだ。

 間違いない、次に来るのは……」


 顔面包帯がグローブを口元まで持っていき、全身に決意をみなぎらせる。


「さあ、たっぷりと味わいやがれ。

 ディストラクションボール……『3号』っっっ!」


 豹摩の身体が、ゆっくりと動いた。

 両手にはさんだボールを天高くかかげ、一本立ちになった状態でいったん動きを止める。


 ここで、あり得ない状況が起こった。

 まるで周囲の空気が奴の全身に集まってくるような、とてつもないオーラが奴の周囲に立ちこめてくる。


 一方、沙耶にも同様の現象が起こった。

 バットを横に構えたまま、まるで一流の剣客(けんかく)がこの上ない相手を前にするかのような殺気を、全身から噴き出させている。

 いや、あのバットを普段長い黒髪の中に隠している剣に置き換えれば、今はまさに剣の勝負そのものなのではないか。

 豹摩もまた、ある意味ではそれほどの相手なのだ。


 はたから見ても背筋がふるえるほどの、冷徹(れいてつ)な瞳で沙耶は相手をまっすぐとらえる。

 対称的に、燃え上がるような情熱の目で、豹摩は今まさにボールを投げようとしている。


 冷静と情熱が真ん中でぶつかり合った瞬間、ピッチャーが動いた。

 ここで誰もががく然とする。


 豹摩の手足が、ボールを放った瞬間おかしな方向にねじ曲がった。

 全身に負荷をかけすぎたばかりに、体型を維持できなくなってしまったのだろう。

 あまりの光景に、誰もが沙耶を見るのを忘れていた。

 いつの間にか、勝負はすでに決まってしまったのだ。


 沙耶はすでにバットを振り切っていた。

 あろうことか、金属性のバットは90度の角度に見事にへし折れている。

 ボールは? 誰もが静かに状況を見守った。

 やがてキャッチャーの勢尊が、たかだかとキャッチャーミットをかかげあげた。


 ボールは……入っていない!


「……やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 おれは立ち上がり、両手をにぎって全身で喜びを表した。

 が、誰も声をあげない。

 おれはすぐさま観音様のような表情になって、ゆっくりと周囲を見回す。


「……ホームランッッッッ!」

「「「「……ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!」」」」


 監督の声で、ようやく状況に気づいたグラウンド内外が大歓声をあげた。

 ベンチのメンバー全員が立ち上がり、全身で喜びを表した。

 ベースを周回して戻ってきたタタミちゃんとミノンちゃんは、またしても互いに抱きあった。


「えっ!? だってボールはっ!?

 ボールはいったいどこに行ったのっっっ!?」


 弥子ちゃんが声をあげると、沙耶はほほえみを浮かべ、まっすぐ得点版のほうを指差した。

 巨大な得点版の上についている時計の真ん中に、小さな穴がポツンと開いている。


「あ、あはははは……

 沙耶! いくらなんでも打球が強力すぎだろっっっ!」


 おれがおどろきのあまりツッコんでいる間に、全身がグニャグニャになって倒れ込んでいた豹摩に、非道丸がゆっくりと歩み寄る。

 そのためか周囲のざわめきが少し収まった。


「しゅ……主将……」


 豹摩は覚悟を決めていたようだが、非道丸は初めて見せる穏やかな顔で、ゆっくりと1年ピッチャーの腕をつかんだ。


「お前の言う通りだ。

 あれだけのことをされて、我々に後があるはずがない」


 豹摩を立ち上がらせようとするが、全身の骨がバラバラになった奴を起こせるはずがない。

 仕方なく肩をポンポン叩いてそのままにしておいた非道丸が、こちらにまっすぐ顔を向けた。


「新介っっ! 我々の負けだっ!

 俺たちには、影乃の投げる球を打ち返す自信などないっ!

 まだ1回ずつ残っているが、もうなにをやってもムダだろうっ!」


 周囲を見れば、グラウンド中の野球部員たちが、どれも納得の表情を見せている。

 それほど影乃の投げる球は早すぎるのだ。

 いわば、豹摩が全身を犠牲(ぎせい)にして投げた球を、影乃は毎回投げることができるからだ。


 それは誰が見ても明らかで、球審用のマスクを脱いだ監督も納得の表情だ。


「ゲームセットッ! この試合、新介チームの勝利っっ!」

「「「「やったぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっっ!」」」」


 ベンチにいる全員が立ち上がり、またしても喜びをあらわにした。


 しかし、おれはその中に混じれなかった。

 緊張が解けた瞬間、おれは全身の力が抜けてベンチに両手をつかなければならないほど脱力してしまったのだ。

 そんなおれに、誰かが歩み寄ってきて、そっと手を差し伸べてくる。

 もちろん沙耶だ。この世と見まごうほどのうるわしい笑みを浮かべている。

 おれも笑みを浮かべ、相手の手をしっかりと握る。柔らかい感触が手の中に伝わる。


「……とてもバットを曲げて時計に穴を開ける剛速球を打てる奴の手とは思えんな!」


 おれのツッコミに沙耶はただクスクスと笑うだけだ。

 そのあとも仲間たちが次々とおれの肩を叩いてきて、タタミちゃんにいたってはおれの腕を両手でがっちりとつかんできた。


「やったじゃん! これで新介もこの学校のヒーローだねっっ!」

「やめてくれよ。MVPは影乃にゆずってやる。そうだろ?」


 当の本人は照れ笑いを浮かべ、片手をあげながら横のほうを向いた。

 チームの誰もが、そんな彼にあたたかい目を送る。


「フン、負けたよ。

 たかが長いブランクと未経験者の集まりと思ってたが、ちっと甘く見過ぎたようだな」


 グラウンドのほうを見ると、野球部の面々が座り込み身体の骨を戻している豹摩のまわりに集まっていた。

 豹摩もまた、仕方がないと言わんばかりの表情を見る。


「試合には負けてしまったが、()いは残っていない。

 かつて全国で活躍した強敵と全力で戦い、俺の心は十分満足だ」


 さっぱりした表情の野球部主将。おれは思わず「非道丸……」とつぶやいた。


「……あ~あ。いいのかなぁそんなこと言っちゃって。

 自分たちが負けたことが、いったい何を意味してんのかわかってんのかぁ?」


 俺が声の意味を察する前に、沙耶が俺の目の前に立っていた。

 黒髪のわきから見えるその姿に、おれは思わず声をあげた。


「……生徒会の庶務(しょむ)っっっ!」


 逆立てた金髪に鼻から下を鬼のようなマスクに包んだ男が、まっすぐこちらを指差した。


「『妖之丞(あやのじょう)』だ。名前くらいは覚えとけ」


 暴走族風の特攻服の腰に2つの剣を指した妖之丞に向かって、非道丸はいまいましげな目を向ける。


「何の用だ。

 わかっているだろう、俺たちではもはや奴に勝つのは無理だ」


 2人は正面に向きあう。

 どちらも物騒(ぶっそう)ないでたちのために、なかなかの迫力だ。


「ああ。だから宣告しに来た」

「……非道丸。忘れてないでしょうねぇ?

 この試合、自分は野球生命をかけるってね」


 新たな人物の登場に、こちら側は騒然(そうぜん)とした。

 いったいどうやったら、そいつは妖之丞の背後に隠れられるのだろう?


 おどろくべきなのはそれだけではない。

 新たに現れた男は、顔に白塗りのマスクをかぶっていたのだ。

 マスクの下からのぞく不気味な目つきが言う。


「はじめまして1年生のみなさん。

 妖之丞と同じく、生徒会に属する

鳴神与奇助(なるかみ よきすけ)』と言います。役職は書記。

 どうぞ末永くお付き合いくださるようよろしくお願いします」


 口の部分は腹話術の人形のように上下に稼働するようになっていて、しゃべれば小刻みに動く。

 わざわざていねいに頭を下げるのが、かえって不気味だ。


「選手生命をかける? そいつはいったいどういうこった!」


 番長が声をあげると、白マスクは野球部の面々を見た。


「非道丸はこうおっしゃいました。

 俺はこの試合に、野球部のすべてをかけるとね。

 その発言、僕は書記ゆえに一切忘れていませんよ?」

「一体、何をするつもりだ」


 非道丸が消え入りそうな声をあげると、書記はアゴを少し上げた。


「生徒会権限により、

 “野球部は今後の活動を一切禁じること”とします。

 もし断られても無駄です。部活動関連予算をにぎるわが生徒会は今後の活動資金をすべて凍結(とうけつ)いたします」


 誰もが声をあげられなかった。

 ただ1人、非道丸があせったように手を前につきだす。


「……待ってくれっっっ!

 俺1人じゃなく、なんで野球部全員の活動を停止しなきゃならないんだっっ!

 今回の責任は俺だけで十分じゃないかっっっ!」

「言い訳は結構。僕は書記ですよ?

 あなたが“野球部の一切をかける”と言った以上、他の部員たちにも責任をとってもらいます」

「……このク○野郎っっっ!」


 非道丸は勢い余って、書記に殴りかかろうとした。しかしその動きは突然止まる。

 妖之丞が目にもとまらぬ速さで刀を抜き放つと、つかみかかろうとしたその腕を縦に真っ二つにしてしまったのだ。

 これにはたまらず非道丸も「ぐうぅぅぅっ!」とうめいて引き下がるしかない。


 今度はチアキのほうがだまって入られなかった。


「くそっ! 何て奴だ!

 主将の言葉じりをとっ捕まえて、いいように利用しやがってっっ!」


 しかしマスクの書記は平然と眉をひそめるだけだった。

 これには沙耶ですらたまらず前に進み出る。


「あまりに横暴きわまりないわね。

 だけどわかっているのかしら、あなたたち、今2人だけよね?」


 沙耶の長い髪がひとりでに動くと、その中からゆっくりと日本刀が現れる。

 それを手に取りながら言い放つ。


「ここには、武術に長けた者やケンカ好きの不良たちが大勢いるのよ?

 果たして妖之丞だけで身を守れるかしら?」


 野球部の面々やおれの仲間たちが、そろって殺気のこもった視線を送る。

 ところが、マスクの書記は動揺(どうよう)するどころか、さっと手を動かして何かを投げつけた。


「ううぅっっ!」突然タタミちゃんが小さくうめいた。

 見れば、そののどもとには細い糸のようなものをくくりつけた長い針のようなものが刺さっており、血がにじんでいる。

 これを見て書記が鼻で笑い、妖之丞は余裕たっぷりに腰に手をおいた。


「与奇助はな、頭が働くだけじゃねえんだ。

 こいつは狛田村のご令嬢と同様、有力な旧家の跡取りでな。

『裏伊賀流』という忍術のエキスパートでもあるんだ。

 そこにいる迷仲遊騎奈(まよなか ゆきな)の形式的な主人でもある」

「そうね。

 鳴神といえば、あの『南家』ね……」

「ユキナさん、知ってたのかっ!」


 沙耶のつぶやきを聞いて振り返れば、先輩も気まずい表情をしている。


「南家の三男は放蕩(ほうとう)息子だと聞いてたけど、まさかここを遊び場にしてるだなんて……」


 心なしか、マスクの中の瞳は怪しげな笑みを浮かべているように見える。


巌屋蛇々美(いわやたたみ)

 今はすたれてしまった『東家』の流派、裏甲賀流(うらこうかりゅう)の使い手と聞いていますが、いやはや、大したことありませんね。

 今のままではとても僕の相手になるとは思えない」


 言われ、タタミちゃんはいまいましげにのどに刺さった針を引き抜き、にらみつけた。


「残念ながら、この中に俺たちより強い奴は1人もいないようだな。

 なんならまとめてかかってきてもいいんだぜ?」


 そう言って妖之丞が両方の刀を引き抜こうとしたのを、相棒が押さえる。


「それはやめときましょう。

 ですがもし暴れたとして、果たしてそこにいるかよわい人間を守れる人が、この中にいるんでしょうかねえ……」


 マスクの目はこちらを見て、ここぞとばかりに目を細める。

 見ていて思わず鳥肌が立った。

 危機を察してか沙耶たちがおれをかばう。


「そういうこった。つまり、今はなにをしてもムダだ。

 野球部はコイツの言う通り、廃部決定というわけだ」

「そんな……そんなっっ! やめてくれっっっ!」


 前におどりでた者がいた。

 これまではなにかと調子ぶっていた豹摩が、思い切り取り乱して妖之丞の特攻服にしがみついた。


「頼むよっっ! 野球部を廃部なんてしないでくれっっっ!

 オレには主将が甲子園がどうのこうのなんてどうでもいいっっ!

 だけど今年の9月には、死霊族の大会が待ってるんだっ! オレも先輩もみんな優勝を狙ってるっ!

 なのになんでその夢をつぶされなくちゃならないんだっっ!」


 冷静だった妖之丞はいきなり豹摩を殴りつけた。

 あっけなく弾き飛ばされた彼の身体を、葬也が名前を叫んで抱えあげる。


「俺たちが決定と言えば、それで決定だ。

 2度と見苦しい態度をとるんじゃねえ」


 それを見て、おれの中で何かが火を()いた。


「ちょっと待て……

 それじゃ、それじゃいくらなんでもあんまりだっっっ!」


 生徒会の2人が、そろっておれに目を向けるが、ひるまなかった。


「いったい、いったい何のメリットがあるんだっ!?

 人の夢をつぶして、いったい何が楽しいってんだっっっ!」

「楽しいねぇ。

 他人が不幸のどん底に突き落とされて、ヒィヒィうめいてるのを見るのは」


 妖之丞は腕を組み、まるで狂っているかのような笑みを浮かべている。


「じゃあ、もっと楽しませてやろうか……」


 言えば、奴らは不審げな目つきでおれを見るようになる。

 おれは拳を思いきり握り、かみしめるように口を開いた。


「こういうのはどうだよ……

 おれが“野球部に入って”、先輩たちに実際にこっちの世界の高校野球をやってもらう。


 そして必ず、甲子園に出場させるってのは?」


 こればかりは、その場にいる誰もがあ然とせざるを得なかった。

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