剣道の防具の耐えがたいほどの臭さ(1)
突然の提案に2人の生徒会員、
但馬妖之丞も鳴神与奇助も、心底ビックリしているようだった。
「……ちょっとお待ちなさい。君はいったい何を言いだしてるんです?
野球部を、高校野球に出場させる?」
「は、ははは。人間より力に優れた奴らを、こっちの世界の連中と戦わせて、どうなる?
ほとんどイジメみたいなもんじゃねえか」
苦笑する妖之丞に対し、おれははっきりと断言する。
「もちろん、ハンデをつけてだ。
方法はなんとでもなるだろ。薬を投与して、おれと同じ人間程度の力に抑え込むとかな」
「……新介っっっ!」
突然誰かがおれの腕を取り押さえた。
少し力が強かったので顔をしかめつつ振り向くと、非道丸があせった表情を見せていた。
「お前はいきなり何を言いだしてるんだっ!? 正気かっ!?
この取引には何の意味もないっっ! お前にとっては何のメリットもないはずだっっ!」
「ありますよ……ありますよっっ!
こいつらは、おれたちが大好きな野球を侮辱したっっっ!」
おれはあ然とする野球部の面々を見まわした。
「今日の試合を見りゃ一目瞭然ですっ! みんな一生懸命だったじゃないですかっっ!
豹摩だって、あんなふうになってまで全力で沙耶と戦ってくれたんですよっっ!?
そんなにまで野球が大好きなみんなが、生徒会がひとこと言うだけでなにもできなくなる、それってあんまりじゃないですかっっっ!」
敵として戦っていたはずの彼らが、そろっておれの言葉に胸を打たれたような表情になる。
どちらかというと野球に熱心じゃない暗塵ですらそうだ。
「だから戦うんですっ!
おれたちは野球で、こいつらに勝てるって言うことを証明しなくちゃなんないっっ! そうでしょうっ!?」
「……クククク、ハハハハハハハッッ!」
突然、その場に笑い声がひびいた。
見ればマスクの書記がアゴをのけぞらせるくらいに大笑いしている。
「いいでしょうっっ! その言葉、たしかに聞き届けましたよっ!?
おもしろい、その申し出、引き受けましょう。
生徒会書記の名にかけて、もしその公約を実現するようなことがあれば、たしかに野球部の廃部、取り消しましょう」
本当なのか、と問いかける前に、妖之丞が書記のそばに寄った。
「おい、いいのか?
もし奴が公約を果たすことになれば、さすがに俺たちの立場も危ういぞ?」
「なにを言ってるんです妖之丞。そんなもの無理に決まっているでしょう?
大丈夫、彼らは絶対甲子園になんか出られないですよ。わかってるでしょう」
書記は余裕たっぷりだが、妖之丞はそうはいかなかった。
きっとおれの態度に確信めいたものがあることを悟っているのだろう。
相方がそんな態度をとっているにもかかわらず、マスクの書記はこちらの方を向いたまま後ずさりしはじめた。
「結城新介、君はいつでも我々を楽しませてくれる。
ここはぜひとも、君たちの奮闘ぶり、たっぷりと拝見させていただきますよ。ククククク……」
そう言ったきり、書記は反対をむいてさっそうと立ち去ってしまう。
白いYシャツを黒いズボンにすっぽりと収めた後姿もどことなく不気味だ。
半ばあわてたように後を追おうとする妖之丞だが、思い出したようにこちら側に振り返った。
「そうだ、『北家』のご令嬢」
「狛田村沙耶よ。
名前をきちんと呼んでほしいならそちらからなさい」
「フン、俺はお前と真剣でやり合うのを心待ちにしているんだ。
だがお前はまだそれにはほど遠い。もっともっと腕を磨くんだな……」
そして、妖之丞はいまいましげに目を大きく見開いた。
「野球なんぞというくだらないお遊びにつきあってないで、もっと剣に打ち込みやがれっっっ!」
豹摩がまたしても「なんだとぉぉぉっ!」と飛びかかろうとするのを、葬也がおさえる。
妖之丞は振り返って足早に相方の後を追った。
「……新介っっ!」おれが一息つこうとした矢先、タタミちゃんがそばに寄ってきた。
「大丈夫なのっ!? あんなこと言って! まさか、本当に甲子園を目指すだなんて……」
仲間たちが次々と集まってくる。
最後に現れた教頭が、めずらしく難しい顔をした。
「正直、今度ばかりは無謀なことを言いだしたと思うね。
キミは全国出場経験者だから大丈夫かもしれないけど、野球部のほうはどうかな?
甲子園を目指す高校球児が、そんなに甘くない連中だって知ってるでしょ?」
「大丈夫です。おれには確信があります。
彼らの実力なら、一般の高校生に十分に立ち向かうことができます」
そう言って、おれは野球部の面々を見た。
どれも困ったような顔をしている。クルガにいたっては「なんて言うか……」と消え入りそうな声まで発している。
「俺も、野球部に戻ろう」華鷹先輩に目を向けると、顔に決意をみなぎらせうなずく。
チアキが言葉をかけた。
「チッ。非道丸が気に食わないって理由だけで野球部を逃げ出したお前が、廃部寸前で戻ってくんのかよ」
「野球部創設以来最大の危機だ。
ここで放っておいたら男がすたる」
誰かが近寄ってきた。
おれは振り返って、言い出しかねている影乃の肩に手をかける。
「影乃、お前も野球部に入ってくれるよな?」
「そうしたいのは山々だが、先輩たちは、それでいいのか?」
非道丸は最初複雑な顔をしていたが、やがて笑みを浮かべ大きくうなずいた。
「大歓迎だ。今は少しでも有力な戦力がほしい。
お前の左腕はたしかに不安要素だが、きっとうまく抑え込める方法があるはずだ」
言われ、影乃は振り向いてようやく「やろう」と言った。
おれも大きくうなずいた。
誰かに腕をつかまれ、なかば強引に引っ張られる。
見ると、沙耶の顔にはだいぶあせりの色が浮かんでいる。
「あなた本気なのっっ!?
もし公約を守れなかったら、野球部だけでなくあなた自身の命まで危なくなるのよっ!?」
おれが「どうして?」と問いかけると、沙耶はますます眉根を寄せた。
「あのマスク野郎、とんでもない見落としをしやがった。
“おれたちが甲子園に行けば野球部を存続する”と言ったけど、
果たせなかった場合のことは何も言わなかった。
野球部は廃止するつもりだろうけど、“おれをどうこうする”だなんて一言もなかったぜ?」
言われてはっとし、うつむいてアゴに手を触れる沙耶。
「そう言えば……そうね。よっぽど新介君の提案におどろいてたからかしら。
だけど、それで生徒会がなにも手出ししないという保証にはならないわ」
「あいつ、他人の発言にはものすごくこだわってただろ?
それがひるがえって自分が言い忘れたからって、それを反故にできるわけがない。
だってあいつ、書記なんだから。
自分の発言を棚上げにしたら、それこそ奴の面目丸つぶれだと声高に訴えてやればいい」
そこまで言って、彼女は納得したように小さく笑った。
「んふふ、たしかにそうね。
だけどこれで奴らがあきらめるとは到底思えないわ。
野球部の危機にあなたを巻き込むことができないとしても、絶対に別の手を考えるはずよ?」
おれは「わかってる」とうなずき、少しかたむきだした太陽の方向に目を向けた。
「あ~あっ! しかしなんじゃこりゃぁ!
まさかまさかの『目指せ甲子園編』かよっ!?
我ながらなんちゅう選択をしてしまったんじゃぁっ!」
クスクスと笑い声を立てる沙耶だったが、いきなり納得のいかない表情になった。
「でも、大丈夫なの?
あなたが野球部をやめたのはよほどの理由があったはずだけど」
「ん? ああ、別に大したことじゃないんだよ」
そう言っておれはグリグリと腕をまわした。
ふりかえればいつもの仲間たちの姿がある。
「小学校からピッチャーとして活躍してる奴って、ずっと続けられるわけじゃないんだよね。
ピッチングってのは肩に強い負担をかけるから、まだ成長期のピッチャーはやがてほかの守備に回ることになる。
つまりピッチング以外のことができない奴は野球を続けられないんだよ」
「あなたが、そうだっていうの?」
どこかせつなげな沙耶の問いかけに、おれはうなずいた。
「守備とかバッティングとか、なにをやってもうまくいかなかった。
無理してピッチャーを続けてたらそのうち肩が痛み出して、監督に止められたんだ。
これ以上投げ続けたら本当に野球やれなくなるぞってね。
マネージャーのような裏方に徹するって言う手もあったけど、その時にはもうおれには野球を続けるって言う情熱がなくなってたんだよね」
「予想してたのとはだいぶ違うわね」
沙耶が意地わるげな笑みを浮かべると、おれは手を振って返した。
それに対してタタミちゃんはむずかしい顔をする。
「でも、やっぱり気の毒だよ。
だって大好きなことをやれなくなるって、つらいもん」
「まあ、未練がまったくないって言ったら、ウソになるけどな。
今は毎日が楽しいから、それはそれでいいと思ってたんだけど……」
そう言って、おれは少し離れた場所ではげましあっている野球部の面々を見た。
「まさか今さら甲子園を目指せるなんて、夢にも思ってなかったな。
非道丸……じゃなくてキャプテンだって、本当はそれを心の底から喜んでいるはずだよ」
その時ちょうど、少し離れていたところでメンバーを集めていた非道丸のドクロ顔がこちらに向いた。
「おい! お前も加われっ!
野球部に入るんなら先輩にもそれなりに気を使えよっ!」
今まではおっかないと思っていた連中だったが、今は異様なほどフレンドリーな雰囲気に見えた。
「ちっ! これからはお前ともあんましツルめなくなるな」
キースはこちらがとまどうほど本音をあらわにしている。おれは笑った。
「ま、甲子園が終わるまではガマンしてよ」
そう言って、おれは野球部員たちのほうへと向かった。
途中で影乃の肩を叩く。奴もまた「ん? あ、そうだった、おれも野球部員だ」といて後についていく。
そんなおれたちの姿を、沙耶たちがあたたかい目で見送ってくれたことは、ひしひしと感じとれた。
「きしょう~、きしょう~」
メイドのメアリーさんが、いつものようにドラをたたいて学生をたたき起す。
すっかり聞き慣れてしまった音だが、おれはいつもとは違う行動を取った。
「……うぅ~、ったくうるせえなぁ。
なんで毎度毎度こんなふうに無理やり起こされなきゃなんねえんだ。土日でもこれだぜ?」
だいぶ時間が立ってキースがうんざりしながら身を起こすと、いち早く起きてさっそく着替えをしているおれの姿を見た。
「あれ? お前いつもの日課は?
こっぱずかしいブーメランパンツ一丁で筋トレはしなくていいのか?」
ちょうど寝巻きを脱いでその姿になっていたおれは、野球着を手に取りながら顔を真っ赤にさせた。
「恥ずかしくなんかない! ブーメランは肌に密着し着け心地がいい!
だいたいボクサーなんてそんなに履き心地よくないし、よけいなところまでカバーしているから気に食わんっ!」
「はいはい、それは何度も聞いたからわかったよ。
それより筋トレしなくていいのか?」
「しなくてもいいだろ。おれ、もう野球部なんだから」
キースは思い出したような顔になった。
おれは着替えを続行しながら言う。
「今までは運動部に入ってなかったから自力で身体鍛えなきゃいけなかったけど、もうその必要もなくなったからな。
外が怖くてひかえてたジョギングも再開できるし、願ったりかなったりだな」
おれが着替え終わったところで、影乃がようやく半身を起こした。
「おい影乃っ!
お前も野球部だろうが! さっさと着替えろよ!」
新しい部屋に移ったタコゾウ(先日のこともあってか、すっかり姿を見せない)に代わり、今ではすっかりルームメイトとして定着した影乃は、目をこすりながら「ん……すまん」とゆっくりベッドから起き上がる。
「野球部とは仲が良くなったけど、まだ服部がいるんだからな!
お前が一緒じゃないと安心してグラウンドに行けないんだよっ!」
「なっ! 貴様っ!
エリザベートさまを侮辱するのは許さんぞっっ!」
突然まだ寝ていたヒャッパが起き上がる。おれはしらけた表情で言った。
「お前そんなに服部サマにご執心ならさぁ~、もうこれ以上沙耶に変な目向けないでくれる?」
「ばかなっ! 沙耶ちゃんは沙耶ちゃんのっ! エリザベートさまにはエリザベートさまのっ!
どちらも引けを取らない、それぞれの魅力があるっ!
貴様はどちらかを選べという残酷な選択を、強いるというのかぁっ!」
「ハハハハ、まったくお前、ひでえ奴だな」
ケラケラ笑うキースに対し、影乃はウトウトとしながらつぶやく。
「うるせぇな……いっぺん魔鬼眼でだまらせてやろうか?」
「「「カンベンしてください」」」
「アンガクゥ~~~~~~~……」
「「「「ファイオッ、ファイオッ、ファイオッ!」」」」
眉をそった辮髪(頭の前面を剃そって残った部分を三つ編みにする清朝の中国人の髪型)の非道丸のかけ声にあわせ、彼に負けないくらいかぶいた見た目の野球部員たちがそろって声をあげる。
見た目は凶悪なのに、そろってまじめに朝のジョギングに取り組んでいるのは異様としか言いようがない。
「なんでヤンキーなのに早朝からトレーニングまじめにやってんだよ……」
言えば、前を走っていた包帯グルグル巻きの豹摩がこちらを向いて後ろ走りする。
「バカ野郎っっ! てめえは甲子園に出たくないのかっ!
こっちは部の存続をかけて必死でやってんだからマジメに取り組みやがれっ!」
「まじめにやるんならまずは見た目からにしろよ。
お前は皮膚があれだからしょうがないけど、先輩たちも普通の高校球児らしい格好をしたほうがいいよ?」
「てめぇ、パイセンたちのバツグンのファッションセンスが理解できねえってのか!」
「ゴメン、外からやってきたおれにはまったく理解できません」
ヒョウマは舌打ちしながら、歯を剥き出しにした表情で前に向き直った。
「オレはお前のことを認めたわけじゃないんだからな。
お前には借りができたが、それを返すつもりなんて毛頭ねえ。
オレはただ、野球部のためにお前を利用するだけだからな」
「まあ、お前もピッチャーだからな。 いわば部内のライバルってことか」
「ライバル?
バカな、お前なんかよりオレ様のほうが実力はずっと上だ」
それを聞いたおれのとなりの影乃が、ため息まじりに口をはさんだ。
「オレは新介だけじゃなく、お前ともうまくやりたいがな。
どうせ1人じゃ試合のローテーションはこなせないんだ。ここはうまく協力し合わなければ」
「おっ! よく言った影乃!
それでこそピッチャーのあるべき姿だぞ! パチパチパチパチ……」
すると豹摩がまたしてもこちらを向いて、おれたち2人を交互に指差す。
「うるせぇっっ! オレは絶対、お前らを認めなんかしないからなっっ!
アンガク野球部のエースピッチャーはこのオレだっっっ!」
そう言って前に向き直ると、「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」と大声をあげながら全力疾走し、先輩たちを追い抜いていく。
「キャァ~~~~~~~~~~ッッ!
ヒョウマくぅ~~~~~~~~~~~んっっ!」
「やぁ~、オレのエンジェルたちぃ~~~~っ!
今日も朝っぱらから応援ありがとぉ~~っ!」
豹摩がデレデレで手を振りだしたのを見て、マッシュルームの暗塵先輩がどなりだした。
「てっめぇぇぇっっ!
俺ですらまじめにやってんのにふざけんじゃねえっっっ!」
彼が全力でヒョウマを追いかけはじめると、相手もまたあわてて逃げだした。
「にしてもあのエンジェルって奴ら、豹摩のなんなの?」
問いかけても影乃は首をかしげるだけだった。




