高度経済成長期のスポ根マンガはもはやホラー(1)
「ストラーイクッ! バッターアウツッッ!」
宣告を受けた非道丸はひたすら首を振りながらバッターボックスを離れた。
ゆっくりとした足取りで、チラリと視線を送ってきた。
「変化球だけじゃないな。
きちんと相手の心を読み、ストレートやボールまで駆使してこちらの考えをほんろうしやがる」
おれは片手に持ったボールをポンポングローブの中に放り込みながら答えを返す。
「別に? ピッチャーやってる奴なら当然の発想さ。
変化球だけが取り柄だと思うなよ?」
「いいや、お前のような歳でそのような知的な発想ができる奴は少ないさ。
監督やキャッチャーの知恵によらず、自分の判断でピッチングができる奴はな」
そう言って非道丸はベンチのほうへと向かって言った。
「だとしたらあいつらはその辺を改めた方がいいだろうな」
「4番! キャッチャー、勢尊っ!」
次に出てきたのは、後ろの番長ほどではないが巨大な身体つきをしたホッケーマスク。
顔色がわからないので、相手の戦略をどう読みとっておけばいいのかわからない。
すると、番長のほうがサインを送ってきた。というよりはジェスチャー。
ええと、つまりこいつは見た目以上にアホだということか。まあここは番長の意見を参考にするしかない。
「バッターアウツッッ! スリーアウツチェンジッッ!」
そのとたん、グラウンドの外から大歓声が上がった。
素人と思われていたおれが実は変化球の名人であり、れっきとした野球部員に対して無失点に抑えたからだ。
基本的に野球部は陰険な生徒会に反感を持っているし、人間界からの使者であるおれに対し好意的だ。
「……ちっきしょうぅっっ!」
後ろで罵声が飛んだ。
見れば2塁に出たまま先輩が討ち取られるのを目の当たりにしたモヒカンチビのチアキがベースに向かってグローブをたたきつけている。
「なんでだっ! なんでたかが人間ごときに点を取れないっ!?
こっちには人間を超える動体視力だってあるのにっっ!」
おれは何も言わず、マウンドを抜けた。
あまりしゃべりすぎるとヒントを与えかねない。
足早にベンチに向かおうとすると、3塁から華鷹先輩がかけよってきた。
「おいおい、予想以上だぞ。
まさか経験でも体力でも勝る野球部に対して手も足も出させないとはな。お前の確固たる自信はそこから来てるわけだ」
「いいえ。予定ではチアキも抑えるつもりでした。
あいつは他の野球部員よりもとりわけ目がいい。要注意人物です」
華鷹は親友でもあるチアキのことを言われ、「気をつけよう」と言いながらアポロキャップを目深にかぶった。
ベンチのほうから拍手が聞こえる。
よく見知った相手だが、格好がおかしいせいでどことなく違和感がある。
「アハハハハハ。いやいやすごいもんだね~。
ブランクを経てもなおさえわたる投球ってことかな~?」
「教頭……せっかくジャージを着ているのに、シルクハットをかぶってるんですね。
プレイに支障はないんですか?」
おれは言いながら私物らしきジャージを着こむ教頭のとなりに座る。
相手はちょんちょんとシルクハットをつついた。
「ん~、事情があってみんなと同じ帽子はかぶれないね~。ま
、死霊族だからってことで許してくれないかな?」
おれが「まあいいですけど」と言いながら前を見ると、仲間たちが喜々こもごもの視線でこちらに詰め寄ってくる。
「おいおい、まったく何なんだよお前は。
新介にあるまじきカッコいいところ見せつけやがって」
「まさかの凡人キャラ卒業とはなっ! まったく見損なったぜっ!」
そろってジト目を向けるキースとヒャッパに対し、おれもしらけた目を向ける。
「おれが普通の人間とは違うってことなんとなくわかってただろ。
むしろここはその秘密がなんとなくわかったところを喜ぶべきなんじゃねえのか」
2人は舌打ちをしながらベンチに向かう。
それをいまいましいげに見送ったタタミちゃんが、おれを見たとたん目をキラキラさせる。
「すっごぉ~~~~~~~いっっ! 新介、やるじゃんっっ!
ヒーロー誕生の瞬間を見たって感じっっ!」
「やめろよこっぱずかしい。
正直、おれが投球うまいことがバレるのは覚悟してたけど、まさか非道丸がおれの正体を知ってたのは意外だったぞ。どれだけ野球バカなんだよ」
ここでなぜかふに落ちない顔になっていた沙耶が教頭に目を向ける。
「教頭先生、ひょっとして新介君が野球で活躍してたこと、知ってたんですか?」
「ん、もっちろん! 新介クンの経歴はバッチリ押さえてたからね。
実のところ、新介君をこの学校に招き入れる最大の要素になったかな?」
沙耶は「やっぱり……」と言ってこちらに視線を送る。おれはキャップを押さえながらも、目線はしっかりと返していた。
彼女は大丈夫と言わんばかりに笑みを浮かべる。
わざわざ華鷹に「お隣よろしいかしら」と言いながら、沙耶はおれのとなりに座る。一瞬目がクラクラする。
タタミちゃんが「あっ! ずるいっ!」と言って華鷹を今度は強引にどかした。
おれは冷や汗ぎみに「その人、先輩だからね……」とクギさした。
「タタミ、わたしは話があってここに座っているのよ?
教頭先生は、野球で活躍してた頃の新介君の評判が、どれくらいのものなのかご存知ですか?
その、野球に詳しいとはいえ非道丸が新介君のことを知っているのが意外だったので」
前のめりになりおれ越しに教頭を見る沙耶の横顔は、近くで見ると本当にきれいだ。
これだけはいくら一緒にいても本当に慣れようがない。おれはどぎまぎしつつ教頭に目を向ける。
「いんやぁ、かなりマイナーな情報だよね。
でも知ってる人は知ってる、リトルリーグ界のヒーローだったみたいだけどね」
「そんな、ヒーローだなんて……」おれは両手で顔をおおった。
追い打ちをかけるように、沙耶がそっとおれの肩に手をおく。
おれは思わず笑みを浮かべる彼女と目を合わせてしまう。
「あなたが、どことなく魅力的な理由がわかった気がするわ。
普通の人にはないものをかかえて生きてきたことがあるのね」
まごうことなき美少女に賛辞を言われ、おれは「あわわ……」と情けない声をあげながらもう一度顔を隠した。
それを見てクスクス笑う沙耶。もうヤダ、顔が爆発しそう。
「結城新介君か。ウワサは聞いていたが、予想以上の実力だね」
前から声がして顔をあげると、青白い肌をしている以外は普通の見た目の野球部監督がいた。
興味本位の視線をおれに向けてくる。
「よかったら、君がリトルリーグで活躍できた経緯を教えてくれないかな?
試合が終わったあとでいいから」
「あ、それは……」おれが胸に手を当てると、監督は一瞬深刻そうな顔つきになった。
もし今回の試合で負けることになれば、生徒会の陰謀によりおれの心臓は非道丸に握りつぶされる約束になっている(本人の意図ではないが)。
それを思い出し、おれは背筋が凍りついた。きっと顔にも出ているだろう。
それを見かねてか、監督はそっとおれの肩に手をかけた。
「大丈夫だ。君はきっと勝てる。
実力をこの目で確かめた私が保証する」
目を合わせると、監督はニッコリとほほえんでいた。
おれが「あ、ありがとうございます!」とぺこりと頭を下げると、相手は表情をくずさずに再びバッターボックスへと向かっていった。
それを見送っていた教頭が意外なほどまじめにつぶやいた。
「……確かに、気になるところではあるよね。
いったいどうして、君は子供のころから活躍できるような子になったんだろうね?」
「ああ、それはきっと、所属したチームの監督がしっかりした人だったんでしょう」
教頭が「監督?」とこちらに目を向けた。おれは返答しようとするが……
「カモンベイベーッッ!
みんなっ、オレ様の活躍を見ててくれぇぇ~~~~っっ!」
マウンドの上で、両手を広げまるでスーパースター気取りの奴がいた。
野球部の新入部員、顔を包帯でぐるぐる巻きにした幻豹摩が砕けた口調で叫んでいる。
が、歓声はあがらない。せいぜい一緒にやってきた4人の女子くらいだ。
「ったくふざけんなっっ! なんなんだよおいっっ!」
そう言ってグローブを地面に叩きつけた。
とたんにブーイングがやってきた。それを聞いた豹摩は見開いた目でこっちを指差してきた。
「てめぇっっ! ヒーロー気取りかよっっ!
言っとくがてめえなんかオレ様の実力の前にゃ足元もおよばねえんだからなっっ!」
「目が怖いよ。ルックスがあれなだけによけい血走った目つきが怖い……」
相手に聞こえない程度にしか言わなかったおれに変わり、監督がどなりつけた。
「調子に乗るな豹摩っ!
お前は昨年活躍した卒業生に代わりピッチャーを務めさせてもらっていることを忘れたのかっ!」
注意されてなお包帯の上からでもわかるあからさまなふてぶてしさで、キャッチャーの勢尊が投げたボールをパシッ、と受け取る。
「ていうか勢尊、ホッケーマスクのまんまキャッチャーやるつもりなんだ……」
もはや見慣れすぎて逆に違和感がない。
おれの前を誰かが横切った。
「一番! センター、タコゾウ君!」
最初にバッターボックスに立ったのは、ずんぐりむっくり体型のタコゾウ。
あんな体型でトップバッターを務めるのは常識的には考えられないが、理由がある。
タコゾウはああ見えて、空中を自在に動く特殊能力を持っている。
今回野球未経験者は自由に能力を使っていいので、タコゾウはその実力をいかんなく発揮できるというわけだ。
しかしそんな厄介な相手であろうにもかかわらず、ピッチャーは不敵な笑みでヒザに手を置き、相手をまっすぐ見つめる。
口だけが何かをつぶやき、すぐに構えを取った。
豹摩が動いた。
一切のムダのないフォームで常人よりすばやく動きを見せた奴の手から、尋常ではないスピードの投球が放たれ、おれは息が詰まった。
人間ではありえない剛速球が、タコゾウの目の前に迫る。
しかし彼は一切の動揺を見せず、まっすぐ放たれたそれを渾身の力で打ち返した。
まるで垂直の壁に当たったかのように打球はまっすぐ豹摩の身体へと吸い込まれ、受け止めようとしたものの奴の身体を浮き上がらせるほどに弾き飛ばしてしまった。
おれが思わず立ち上がってしまったのと同時に、空中を一直線する丸まったタコゾウの姿が、1塁ベースを容赦なく叩きつける。
巻き添えを食らったファーストの非道丸が前のめりに空中へと投げだされ、その間に巨大な肉のボールは2塁へと向かう。
そこへ体勢を立て直した豹摩の投げたボールが、セカンドのクルガが広げたグローブの中へと向かう。
しかしボールが吸い込まれる前に巨大ボールがベースにたどり着き、クルガの身体をきれいに弾き飛ばしてしまう。
ボールが向こうへ向かうなか、空中で回転した目隠しの男の身体がグラウンドの土に叩きつけられた。
「……セーフッッ!」
「セーフっ!? これでセーフなのっっ!?
人間だったら確実に死人が出てるこの展開で大丈夫なわけっっ!?」
がく然とするおれを見て、教頭はケラケラと笑った。
「タコゾウ君は特殊能力を使ったけど、実際の死霊族野球の試合もこんなもんだよ。
不死身で体力があるのをいいことにみんな容赦ないね~」
「こんな状況の中に混ざろうとしている自分が無謀に思えてきた……」
おれは立ち上がっていたことを思い出し、消え入りそうな声をあげながらベンチに座り込んだ。
横からきれいな声が通過する。
「そう言えば前から気になってたんですけど、どうして野球の試合では特殊能力の使用が禁止されてるんですか?
解禁すればもっとエキサイティングになるでしょうに」
「エキサイティングって。
血まみれ人肉ドロドロショーの間違いだろ?」
ある意味現実に打ちのめされたおれの声に笑いながら、教頭は沙耶の質問に答える。
「人数が多すぎるのもあるかな。
選手の中には、特殊能力があまり実用的じゃない子もいる。そういう子たちにも試合で活躍できるように、公式試合ではすべての選手に特殊能力の使用を禁じてるんだ。
野球以外のスポーツでも、特殊能力が使えない子にあわせて使用を禁じたり、ハンデをつけたりして公正を保てるよう厳密にルールづけされているよ」
沙耶が素直に「へぇ~」と感心するなか、おれはがく然とグラウンドを見つめていた。正直生きた心地がしない。
「新介っ! しっかりしろ! 次はタタミちゃんの番だぞっ!」
華鷹の声におれははっとしてバッターボックスを見た。
そこにはすでに意気揚々と打席に立つタタミちゃんの姿があった。
自信満々の表情でヘルメットを直し、もうガマンできないと言わんばかりにしきりにバットをゆする。
彼女の打席は左側。そう言えば彼女左利きだっけ。
対する豹摩も左投げ。少なくともストライクゾーンで向こうの有利に働くことはない。
1球目。おれは豹摩の投げ方に違和感を持った。予
想通り、ボールは軌道を大きくそれた。しかしタタミちゃんはそれはお見通しとばかりに微動だにしなかった。
「へえ、やるじゃねえか。
さすがは暗塵センパイをだまらせただけのこたぁあるな」
ニヤリと豹摩が言うと、サードベースにいるマッシュルームカットがウィンクしながら投げキッスを送ってくる。
タタミちゃんは何かをつぶやきながら心底イヤそうな顔をした。いったい何があった。
2球目。今度は豹摩も容赦しなかった。
全身のバネを使って投げつけた投球は、まっすぐ勢尊のミットの中に吸い込まれた。「ストライークッ!」
しかし、タタミちゃんは冷静だった。
すずしげな視線で勢尊に目をやると、次に豹摩に目を向けながら、片手でヘルメットの中の眼帯に手をかける。
おれが「来るぞ……」とつぶやき、豹摩が「来たか……」と口を動かす。
タタミちゃんの眼帯の中から、周囲をウロコのようなものにおおわれた爬虫類に似たするどい瞳があらわになった。
彼女の右目には、「近いうちに起りうる出来事」を把握できる能力がある。
これさえあれば、いくら相手が命ピッチャーであっても……
「ひゃああああああああああっっ!」
いきなりタタミちゃんがビックリして飛びあがった。
何事かと思い、ベンチにいるこちら側の何人かが立ちあがってしまう。もちろんおれもだ。
「どうしたんだよタタミちゃんっっ!」
「なにこれ……こいつすごい球投げる……」
少し取り乱した様子の彼女。
おれのとなりで冷静な教頭が口を開く。
「さっきのストレートはかなりの剛速球だけど、あれほどの球を投げる選手は他にも色々いるよ。
だから上級生を差し置いて1年でレギュラーをやれるということは、彼にはそれにふさわしい武器があるっていうことだろうね」
珍しいくらいおとなしい態度の教頭に横目を向けながら、おれはただ「魔球……」とつぶやくしかなかった。
どうやら1回表でわめいたことはただのハッタリではないようだ。
気を取り直してバットを構えなおしたタタミちゃん。その顔がありえないほど緊張感に満ちている。
それをいいことに豹摩は余裕たっぷりの表情でボールを振りかぶった。
「オレ様のことを知ったところで……ムダだっっ!」
先ほどよりも力強いフォーム。もはや身体に過度の負担をかけているとしか思えない。
それがたたっているのか、振りおろした手の先から何かが飛び出した。
注視する余裕なんてなかった。あり得ないほどの剛速球が、タタミちゃんにおそいかかる。
「きゃあぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!」
叫びながらも懸命にバットをスウィングするものの、あっけなく空を切った。
ボールは受け止める勢尊が全身を大きくふるわせるほどのものだった。
「何ていう……剛速球なんだ……」
ベンチには座れないので外れたところであぐらをかいていた番長が、思わずゆっくり立ち上がるほどだ。
当然おれは開いた口がふさがらない。
「見たか! これが『ディストラクションボール1号』だっ!」
叫ぶ豹摩が前に出したままの手のひらは、飛び出した血で真っ赤に染まっていた。
「なるほど、死霊族ならではの再生力を駆使し、肉体をまったくいとわないほどの強引なフォームで通常よりも威力のある投球を行うという手法か。さすがだねぇ……」
「あれ?
でも死霊族なら結構思いつきそうな手段ですけど、めずらしいんですか?」
思わず問いかけると、教頭は感心した目をこちらにむけた。
「ん? なかなか鋭いね新介君。
確かに公式野球の一般の部では珍しくないけど、高校生の、しかも1年ルーキーの時点であれほどの球を使いこなすのは、なかなか見ないねえ」
その話を沙耶が引き継いだ。
「死霊族のことを考えれば簡単に聞こえるけど、あれを完璧に使いこなすには相当なテクニックがいるのよ。
わたしが聞く限り、同じ年齢で扱えるのはあの子しかいないはずよ?」
「実物は初めて目にするぜ。
そうか、あれが例の、ディストラクションボールか……」
番長までそんなことを言う。
こちらの動揺を悟ったのか、豹摩がドヤ顔を向け、えらそうにこっちに人差し指を突きつけた。
ムカつく態度だが、この時ばかりは説得力があった。
その後タタミちゃんは動揺を抑えられないまま3振。
続く華鷹と番長の2人も奮戦するが、例の魔球を攻略することはかなわず、タコゾウの2塁出塁もムダに終わった。




