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(4)

※ 筆者はわりと野球が好きですが、しょっちゅう試合を見るほどには詳しくありません(ニュースのダイジェストばっかり)。ルールの知識不足があるかもしれませんが、暖かい目でごらんください。

(あくまでも野球がテーマではありませんので)

「ふぁぁぁ、ねみぃ」


 大あくびをするキースに向かって、おれは眉をひそめた。


「時間はあったはずだぞ。なのにお前夜中にごそごそと作業やってんだよ。

 まったく使えもしない殺人マシーンばっかり作りやがって」


 キースの趣味は、刃物がメインの奇妙で実用性をうたがう武器をつくることだ。

 しかも再生能力があることをいいことにしょっちゅうケガばかりしているので、教科書の類は一切並ばない彼の机の上はものすごいことになっている。


「うっせぇな。俺の趣味なんだよ。

 お前は自分の時間をうばわれて苦痛を感じないのか?」

「ま、まあ野球は、好きなので、なんとも思わないん、ですけどねえ……」

「ほらそうきた。

 まったく華鷹の野郎、おっそい時間まで付き合わせやがって……」

「ったく緊張感がないなぁ。

 こっちは同じ寝不足でも今日の試合のプレッシャーのせいだっつうの」


 手前の方を歩いていたタタミちゃんが、同じく眠そうな顔をこする。


「まあ、やれることはやったつもりよ。

 後はみんなの力を合わせて乗り切りましょ」


 沙耶はどちらかと言うとすっきりした顔立ちになっている。こんな時によく眠れるなぁ。


「みんな、ホントにありがとな。

 おれがまじめにあいつらと戦うと言ったせいで」


 それを聞き、沙耶はきれいに首を振った。


「そんなことないわ。

 あなたがいなくなったら、わたしたちもどうかしてしまうもの」


 言われた瞬間、おれはさっと顔がこわばった。

 もし今回の試合で負けることになれば……


「落ち着いて新介君。大丈夫、わたしたちがついてる。

 それに勝算がないのなら、あなたも最初からこの申し出を断っていたはずでしょ?」


 沙耶に言われ、おれは気を取り直した。

 おれはこっくりとうなずき、真剣なまなざしを向ける沙耶に応える。


「ケケケケケ、おれはどっちかって言うと、今回の試合を楽しみにしてたんだよな……」


 となりでヒャッパが、おれの知らない端末をいじりながら怪しい笑みを浮かべる。


「お前どっちかって言うとスポーツ嫌いなんじゃなかったのかよ」

「最初はそうだったんだがな、いろいろ調べていくうちにハマるものがあってよ。

 特に野球部の連中の個人データやなんかは、けっこうオレの趣味に合うところがあるんだよな」

「ケッ。現金な奴」


 おれがそう言って前に向き直ると、番長と華鷹がグラウンドの手前で何やら話しこんでいる。

 会えば何かといがみ合うことが多いが、今回は本番と言うこともあってか声を荒げずにまじめに語り合っているようだ。

 そのうち、番長のほうがこちらを向いた。


「おう、来たか! 待ちくたびれたぜっ!」


 そう言って番長はグラウンドのほうを向いた。つられておれたちの視線もそちらへと向かう。

 その瞬間、おれの顔はしらけたようなものになってしまった。


 野球部のグランドは、はた目には普通のものに見える。だから今日の今日まで気がつかなかったのだ。

 得点掲示板のついている建物が、普通のものとかなり、いや大分違う。

 シルエット自体は同じだが、どう考えてもそれは、

 東南アジアあたりの古代遺跡にしか見えないのだ。


「またこれだよ……いったいこの学校には変な建物がどんくらいあるんだよ……」

「あああれって、たしか新介君が非道丸に心臓抜かれたところだよね」


 タタミちゃんがあっけらかんと言うと、おれは両手で頭をかかえた。


「ああ思い出したくないっ!

 あの中に実在しない神の石像が鎮座(ちんざ)しているだなんて死ぬほど思い出したくないっっっ!」

「言ってるわりには具体的に思いだしてるんだな……」


 キースが珍しくまともなツッコミをした。





 グラウンドを降りると、遺跡、もとい掲示板のある建物から野球部の面々が出てきた。

 それを見て、こちら側の1年生全員があっけにとられた表情になる。


 普段は非常にかぶいた格好をしている当校一の不良集団が、そろいもそろってきちんとした野球のユニフォームを着ているのだ。

 もっとも非道丸の顔は相変わらず黒塗りにドクロだし、ギョロ目の馬場は顔じゅうに呪文が書いてあるし、勢尊(ぜいそん)はくたびれたホッケーマスクだし、クルガはロン毛に目隠ししてるし、暗塵(あんじん)は怪しい目つきでマッシュルームだし、チアキはモヒカン頭を時折高速でゆさぶる。

 相変わらず凶悪なルックスの面々だが。


 野球部軍団はおれたちの前に立つなり、どっかりとウ○コ座りしたりポケットに手を突っ込みながら肩にバットをかけたりする。やはりヤンキーだ。


「おうおう来たか。まったくまじめにおれたちの申し出受けやがって。

 今日がお前の最後に日になるとも知らずに」


 クルガがいやらしい笑みたっぷりに言うのを無視し、おれは野球部の面々を見まわした。


「あれ? 6人しかいないけど? 後の3人は?」


 ひょっとして人数もハンデをつけてくれるのかと思ったが、そうじゃなかった。


「おぉ~~~~いっ! まってくださいよぉぉ~~~~うっ!」

「キエェェェェェェェェェェェェェェェェッッッ!」


 妙に甲高い叫びをあげて、掲示板の建物……もう遺跡でいいや。

 そこから走って出てくる。と、我々はまたもあっけにとられた。


 出てきたのは全身白塗りで、腰のところに赤いふんどしを吐いているだけの裸の男たちだった。

 2人は野球部員たちの横に並ぶなり、怪しげな目つきでこちらをうかがう。

 そのうち1人は両手にバットを持ち、あろうことがガンガングラウンドに先端を打ちつけまくっている。

 おかしな笑い声を立てまくりながら。


「また変なのが出てきた……」


 顔をおおっていると、となりのタタミちゃんが肩を叩いてきた。


「ねえ、後ろの建物からも同じような連中が出てくるよ」


 うんざりしながらも見上げると、そいつらは建物の入り口ではなく、遺跡のあちこちから四つん()いになって様子をうかがうようにして姿を現す。


「もうヤダ……

 あいつらおれが心臓を抜かれる儀式の時に出てきた奴らだよ……」

「スタメンメンバーのうち、2人はベンチ要員だ。

 こっちも昨年活躍した先輩が抜けてしまってね。お前らにはありがたいことだろうが」


 あっけらかんと非道丸は言う。おれは心底うんざりした。


「これで野球部員って、どう見ても暗黒儀式のメンバーじゃねえかよ……」


 そんな中、これまたあっけらかんとした影乃が「あと1人は?」と問いかける。

 すると野球部のレギュラーたちはそろってうんざりした顔になった。


「早く来いと言ったんだが、まだだ。

 まったく、期待のルーキーでもあんな素行が悪くちゃやってられんな……」


 うんざりした顔で非道丸が言うと、遠くから声が聞こえた。

 グラウンドの外は今回のさわぎを聞きつけてか、朝早くにもかかわらず大勢の生徒が集まりはじめていた。

 その中に混じって、やたらとさわぎたてる男女のグループがあった。


「おい『ヒョウマ』っっ!

 いつまでイチャイチャしてんだっっ! 早くこっちに降りてこいっ!」


 マッシュルームカットの暗塵が珍しいほどどなりたてても、グループのうち唯一の男子はなかなかそこを離れようとしない。

 やがて名残惜しげに手を振り会うと、男子はゆっくりとグラウンドの階段を下りてきた。


「すんまっせ~ん! 遅れました~っ! 気をつけまぁ~すっ!」


 言動はいかにもチャラチャラしているが、ルックスは不気味だ。

 なぜなら顔じゅうにグルグルと包帯……


「ああっっ! お前っっっ!」


 おれが思わず指差すと、相手は包帯の中の目をパチクリさせた。


「……あ、お前例の人間じゃん。まだ学校に残ってたの?」


 おれは拳をグググとにぎった。

 この学校に最初に入った時、最初に遭遇(そうぐう)した死霊族の生徒がこいつだったのだ。


「そうか……お前野球部だったのか……」

「今回の試合で先発ピッチャー、と言っても最後まで投げることになるだろうが。

 1年生ながらレギュラーとして期待されている、『幻豹摩(まぼろし ひょうま)』だ」

「「「「キャァ~~~~~~~~~ッッ! ヒョウマく~~~~~~~~~~んっっ!」」」」


 包帯の中の皮膚はただれているのに、総勢4人くらいいる取り巻きの女子は甲高い声をあげる。

 はっきり言ってこちらの世界のイケメンの基準がわからん。


 ヒョウマはポケットに手を突っこんだまま、ズカズカとこちらまで歩み寄ってきて、決して高くはない位置にある顔をのけぞらせてこちらを見下す視線を送る。

 最初はビビったが、死霊族に慣れた今となってはそれほど怖くない。


「へえ~。でお前、結局オレたちに料理されてえのか。

 まったくけなげなこったな」

「甘く見るな。

 生徒会の情報によると、そいつはかなりのやり手のピッチャーらしい」


 そう言う非道丸は、なぜか釈然としない顔つきになっている。

 顔にはドクロメイクをほどこしているにもかかわらず、はっきりとそれがわかる。

 一方のヒョウマはそれを聞き、不敵な笑みを浮かべひび割れだらけのくちびるをペロリとなめる。


「ははん、ピッチャーか。

 それならひとまず無失点合戦ってことか。

 もっともお前の方が先にヘバるがな、腕が鳴るぜ」

「キャァ~~~~ッ! 豹摩君がんばってぇ~~~~っ!」

「イェーイッ! 見ててくれよ!

 オレのエンジェルたちぃ~~~~~~っっ!」


 取り巻きたちが手を振ると包帯男もにこやかな顔になって手を振り、投げキッスを送る。

 もうわけがわからん。ヒョウマは再びこちらを向いた。


「おう、さっさとはじめようぜ」

「まだだ、まだ監督(かんとく)が来ていない。

 今回はさい配をしないが、一応球審(きゅうしん)としてバッターボックスに立ってもらうつもりだからな」

「ああもうヤダ。これ以上変人が出てくるのは……」


 おれがうんざりした顔でヒザに両手をおくと、遠くから声がかかってきた。


「お~うすまんっ! ちょっと待ってくれ~!」


 顔をあげると、死霊族らしく青白いが見た目は普通のおっさんが出てきた。

 オッサンがグラウンドに出てくると、部員たちはけだるそうに頭を下げた。


「監督は普通なのかよっ! ここにきて普通なのかよっ!」


 思わず突っ込むと、おっさんはイヤそうな顔をしながらも、こちらに向かって説明を始めた。


「ええと、結城新介君だっけな?

 今回のルールは君の世界でもよく知っているものとほとんど同じだ。

 ただし今回は経験のないメンバーは特殊能力を使ってもいいルールだ。

 先行は野球部からにさせてもらおう。これでいいかな?」


 おれが「わかりました」とうなずくと、監督は両サイドに向かって交互に手を振った。


 両チームがまっすぐ並び立つと、監督は「試合開始っ!」といい、おれたちはいっせいに

「おなしゃーすっ!」と叫んだ(沙耶だけ普通に「お願いします」)。


 野球部たちが向こう側のベンチに座る頃、おれはみんなを集めて配置の指示を送る。


「あれ? そう言えば教頭は?」


 タタミちゃんが問いかけるのを聞いて、おれは申し訳なさげな顔をした。


「電話があって、ちょっと遅れるそうだ。

 大丈夫、すぐに用事を終わらせるって聞いた」


 タタミちゃんは「ふ~ん」と言いながらも、予定通りショートの位置に立った。

 おれは他のみんなも指示した通りの配置についたのを確認し、前を向いた。


「1番っ! ショート、馬場っっ!」


 巨大な番長の斜め横に球審役の監督が並ぶというおかしな配置のバッターボックスに、主将ほどではないにしろ長身の選手が立つ。

 ギョロ目の馬場はこちらをにらみつけてくるが、おれは落ち着いて相手の様子を見る。

 奴が立っているのはこちらから見て右側、つまり右打ちだ。対して俺も右投げ。アウトコースに入れるにはコツがいる。

 加えて馬場は長身なのでアウトコースにボールを当てるのも有利だ。油断すればすぐ打たれるパターンだ。


 いきなりしょっぱなから決め球を投げるのはまずいか?

 いや、ここは相手をおどろかす意味で、いきなり仕掛けてしまってもいい。


 おれはボールを高くかかげ、奴のバットがぎりぎり届かない左下を狙う。

 もっともおれが投げた瞬間はボールはまっすぐ伸びる。

 ナメきっているのか馬場は余裕たっぷりにおれの球をうちぬこうとする。


 奴がバットを振り切ろうとした瞬間、球の軌道はきれいにカーブして、あらかじめ下の方にもっていった番長のグローブに吸い込まれた。「ストライークッ!」


 場内からどよめきの声が起こる。

 チラリと横目を見ると、野球部員たちがそろいもそろっていっせいに立ち上がった。


「そんなバカなっ! 奴は、ここまでいい球を投げるのかっ!?」


 非道丸は心底おどろいている。

 おれはあらかじめ用意していた真っ白なアポロキャップをまぶかにかぶり、目つきを悟られないようにした。

 馬場はくやしげな顔をしながら、構えたバットをいらだたしげにゆさぶる。

 その後ろでは番長がいろいろ指示を出してくるが、おれはそれを無視して勝手にボールを投げた。


「あっっ! なにしてんだお前っ!」


 番長の突然の声に少し振り向きながらも、馬場はおれの投げた球を狙おうと必死に目を向ける。

 やや内角高めに投げられたボールは、バットを振る馬場の手前で下に落ちて番長のグローブの中に消えた。「ストライークッ!」


「……クソッッ!」


 こちらが自在に操る変化球にほんろうされ、いらだたしげにバッドをボックスに叩きつける馬場。

 非道丸から声が飛んだ。


「バットとグラウンドを傷けるなっ!」


 舌打ちしながらも、馬場はもう一度構えを取った。

 おれはひそかに、こいつも今度は球を見送るつもりだと見抜いた。


 おれは球を投げた。やはり馬場はバットを振らず、こちらの球を見送った。

 しかし弾は曲がらず、まっすぐ番長のグローブに吸い込まれた。「ストライークッ、バッターアウツッ!」


「……ちっきしょうっ!」


 馬場はありえないほど取り乱した様子で、バッターボックスを離れていった。

 その時、非道丸が突然叫び声をあげた。


「ああっ! お前はっ! お前はぁぁっっ!」


 ベンチに近寄った馬場が話しかけても、彼はただまっすぐこちらに向かって指をさしてくるだけか。


「以前から聞き覚えがあるような気がしてたんだっ!

 結城新介っ、間違いないっ! お前あれかっ!

 『変化球の神童』と呼ばれた、あの結城新介かぁっっ!」


 おれは舌打ちをした。まわりに聞こえない声で、「知ってたのかよ……」とつぶやく。

 一方の馬場は思い切り眉をひそめた。


「変化球の神童? 有名なのか」

「いや、奴が活躍してたのは小学校のリトルリーグと中1の硬式野球の時だけだ。

 だがそれでも知る人ぞ知る変化球の天才として話題をおおいにさらっていた。

 奴はリトルリーグで何度も全国大会に出場した強豪(きょうごう)チームの出身、1度だけ出場した中学硬式野球でも母校を全国出場に導いた屈指(くっし)の実力者だっ!」


 おれはアポロキャップで視線を隠しながら、周囲をゆっくりと見た。

 グラウンドの外のざわめきはなかなかおさまらず、チームメイトは誰もかれもあ然とした顔を見せている。

 最後にぼう然としている番長の横の監督がおれを見た。妙にニヤニヤしている。


……あんた知ってたのかよ。


「ちょ、ちょちょちょっ! ウソでしょっ!?

 新介君に限って、そんな超天才なわけないじゃないっ!」


 タタミちゃんは思わず前に進み出てしまうほどビックリしている。

 そしてまっすぐヒドウマルを指差した。


「だいたいなんであんたが知ってんのっ!

 超がつくバカのくせにっっ!」


 非道丸は思わず飛びかかろうとするが、それを押さえた馬場が気まずい顔で首を振った。


「確かにな。非道丸は超がつくほどの野球バカだ。だから野球にはかなり詳しい。

 その情報力は俺が保証する」

「じゃあ、そんな……まさか……」


 おれはあわててタタミちゃんから視線を外した。

 なんだか気まずいような表情だったが……


「うっそぉぉぉぉぉんっ! なにそれぇ~~~~~~っ! チョォすごい~~~~~~~~~~っっ!」


 大はしゃぎしはじめたタタミちゃん。おれは思わず脱力した。


「すっごいすっごいっ!

 超凡人だと思ってた新介が、実は野球の超天才だったなんて、超意外なんですけどぉっっ!」


 おれはアポロキャップのかげから、気恥ずかしげな視線を送る。

 タタミちゃんの目は妙にキラキラしていた。


「うおっ、そう思ったら新介が超カッコよく見えてきた。

 思わずホレちゃうかも……」


 おれは避けるように沙耶のほうを見た。

 こちらはこちらで、妙に満足げな顔で腕をくんでいる。おれはため息をついた。


「まったく。おれの正体がわかったとたん、妙にヒーロー扱いしやがって……」


 そうは言いながらも、実は内心うれしかったりもする。

 これまでは守られるだけだと思っていたクラスメイトが、実は隠れた実力者だと知ってもらうということ。

 若干ふがいない気持ちになっていたが、これからはもう少し対等に向き合ってもらえるのではないかと期待し、どこかわき上がる気持ちを抑えきれずにいた。


「違うっっ! 超天才ってのは、このオレ様のことだっっっ!」


 敵側ベンチからどなりあげる奴がいた。豹摩だ。

 奴はまっすぐこちらを指差す。


「変化球の神童っ!? ふざけんなっっ!

 お前が変化球なら、こっちは『魔球』を持ってんだっ! 覚悟しておけっっ!」


 いきり立つルーキーを、周囲の先輩が押さえつける。

 普段はブイブイいわせている不良軍団がこういう態度に出るのは珍しい。よっぽどてこずっているのだろう。

 ちょっとおかしな光景に眉をひそませながらも、おれは前を向いた。


「2番! センター、チアキッ!」


 バッターボックスに現れたのは、モヒカン頭を時折高速で振る小柄な男。

 奴は時折サードに立つ華鷹先輩に挑発的な視線を送る。そういえば試合開始前にも少し話しあっていた。

 同期の野球部員であるので、お互いに思うところがあるのだろう。


 そんなことはさておき、今はおれとの対決だ。ここは慎重に決めねば。

 打順でいえば、1番と2番はランナーとしての役割を背負う。

 遠くに打球を飛ばすより、とにかくヒットを打ってすばやく出塁(しゅつるい)する能力に長けた者が打席につく。

 先ほどの馬場とこのチアキはまさにその能力に突出しているわけだ。

 普段からすばやい動きをするあたり、チアキなんかそれは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。


 もっとも、今回の試合では相手チームは特殊能力の使用を禁じられている。

 ということはチアキもまた高速では動かず、生まれながらに身につけた身体能力のみでの動きを課されているはずだ。

 もっともそれでも自信たっぷりなのは、もともとすばしっこい動きを得意としている選手だからだろう。もちろん油断はできない。


 おれは慎重に、弱点であると思われる外角高めを狙った。もちろんフェイントをかけて。

 ところが、チアキはそれを見事に見送ってしまった。「ボールッ!」


 どういうことだ? 奴には、おれの考えが見えているのか?

 いや、そうだろう。今のは様子見の一球だ。ピッチングでは、油断すればすぐに打たれてしまう。

 最初の球が相手に悟られてしまうほど慎重になってしまうのは仕方がない。


 ここは裏の裏をかいて、まっすぐ球を投げるってのは、どうだ。

 リスキーだが、試合の序盤(じょばん)で考えすぎてもよくない。

 おれはちらりと横に目を向けて、チアキに向かって真っすぐボールを投げた。


 ところが、相手はこちらの思惑(おもわく)なんかお見通しとばかりに、まっすぐ球を打ち返してきた。

 死霊族であるためか打球はありえないほどのスピードでこちらに向かってくる。


「新介君っっっ!」沙耶のヒステリックな声を耳に、おれは胸に向かってきたボールを広げたグローブで受け止めた。

 そのとたんものすごい衝撃がおそいかかり、おれの身体は軽くはね飛ばされた。あんな小柄な体型をしているのに!?


 そのため、おれが倒れ込んでしまったとたんにグローブからボールがこぼれおちた。

 あわてて周囲を見ると、チアキはすばしっこい動きですでに2(るい)に向かっていた。

 おれは急いで立ち上がり、震える腕でボールをしっかりつかむと、3塁の華鷹先輩に向かって投げた。


 彼はしっかりとそれを受け止めたので、チアキの進軍は2塁で止まった。

 その瞬間、華鷹は怒り心頭で前に進み出る。


「てめぇっっ! 今のワザと狙っただろっっ!

 ふざけるな! 人間相手にまともに打球が当たればどうなるかわかってるだろっ!」


 真っすぐ指をさされどなられたにもかかわらず、チアキは挑発的に前かがみになる。


「ヘンッ! そんなこと知ったことかっ!

 人間のクセにおれたちと野球しようっていう奴が悪いんだよっ!」


 そのままにらみ合いになるかつての親友同士。

 なんとも険悪な雰囲気だ。


「いいや、今のは不公平だ。

 人間相手に危険な球を打ち返したお前が悪い」


 ここで非道丸が前に進み出た。

 そしてバッターボックスの監督に目を向ける。


「いいだろう。よしわかった。

 これからは新介君に強い球を当ててしまった場合は反則とする! わざとボールをぶつければ退場だ!」


 それを聞き、チアキはあからさまに舌打ちをする。

 おれは非道丸に向かって少し頭を下げると、相手はいまいましげに手を振り仰ぎ、ベンチに座った。


 おれは気を取り直し、プレートを踏み直した。

 前方には待ちかねたかのように野球部主将、非道丸の姿が現れる。

 軽くバットを振り回しながら、意気揚々と左ボックスに立った。


「お前が、あれほどの実力者だとは正直おどろいたぞ。

 庶務(しょむ)から最初に話があった時にもおどろいたが、どうやらお前はただの人間とは一味違うようだな」

「ただ野球が得意、それだけの話だよ」


 相手は野球部のキャプテン。かなりの実力者のはずだ。決して油断はできない。

 しかし、チアキよりはやっかいな敵ではないはずだ。

 チアキは普段から高速で動ける。ということは感知力もまた、普通の死霊族よりもすぐれているのだろう。

 警戒すべきは動きだけだと高をくくっていたおれが油断した。


 だが、非道丸はそうはいかない。

 特殊能力を封印された今、身体能力に優れているとはいえ奴は普通の野球をするしかない。

 まだおれの戦法を見切っていない間は、おれにもチャンスはある。


 おれは渾身(こんしん)の力を込めて、ボールを投げつけた。

 外角かなり外れた軌道は、非道丸の手前でストライクゾーンにすべり込み、相手が微動(びどう)だにしないまま番長のグローブに吸い込まれた。「ストライークッ!」


 あまりの曲がりようにおどろいた非道丸が、後ろに少し目を向けたあと、こちらに挑発的な笑みを浮かべた。「やるな」


 それに対しておれも挑発的な笑みを浮かべ、番長が投げ返したボールを高くかかげたグローブで受け止めた。

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