地獄○子園は野球漫画ではない(1)
沙耶とタタミちゃんが強制的に帰らされた後も、おれはゴールデンウィーク終了まで自宅で過ごした。
2人がいないのはさみしいものの、やっぱり自分の家は心地がいい。
どうせ長らく親元を離れるのだから、出来る限りこっちにいたほうがいいと思ったのだ。
そうなると、あらためて実家あとにするのはやはり気が引ける。
向こうに待っている仲間たちがいるとわかっていても、長年住み慣れた家を離れるのはつらいものだ。
母さんは半ば泣き顔でおれを見送ったが、事情をある程度知っている兄貴とここあは複雑な表情だった。
一方親父は相変わらず無関心をよそおっている。
けど息子のおれにはわかる。この人はこの人なりに、これからも離れて暮らすことになるおれをそれなりに心配しているようだ。
ただ、出ていく際にひとことだけ告げてくれたのだが……
「身体には気をつけろよ。向こうではなにが起こるかわからないからな」
言い方と内容のせいで、妙な引っかかりを覚えながら家を出た。
おれは馬車を降りると、こみ上げる吐き気を必死でこらえた。
「うおぇっ! 1人で乗るとよけい気持ちわるっ!
やっぱり遠回りしとくんだった!」
「ほいほい、ご到着~!
いよいよお待ちかね、みんなが待ってるよ~」
馬車の御者をしていた教頭が降りて来て、シルクハットを指で挟みながら足を持ち上げるような大げさな歩き方でおれの前を通り過ぎようとする。
「あ、あの、教頭……」
思わず声をかけると、相手は「ん? なんだい?」と振り返ってとぼけた表情を見せる。
あいかわらずのV系的ルックスだ。
「沙耶とタタミちゃんのこと、すみませんでした。
ひょっとしたら教頭にも迷惑がかかっているかと思いまして」
すると、教頭はステッキを持ったまま腕を組み、片足をもう一方のわきまで持っていきつま先を立てる。
「ま、まったく波風立たなかったと言ったらウソだけどね。
でもまあ大丈夫。こんなことが起こるのはわかりきってたからさ。
むしろこれだけのさわぎですんだのにホッとしてるよ」
おれは深々と頭を下げた。
「おれがついてながら、ホントにすみませんでした。
あの、それで2人は?」
頭をあげると、教頭はV系メイクにふさわしくないほどニッコリとした。
「もちろん、寮で2人とも待ってるよ!」
相変わらず日本にあるとは思えないほど重厚感がある古城の姿をした学生寮。
入り口をくぐると……
「よっ! 新介、ひっさしっぶりぃ~っ!」
片手をあげるなりタタミちゃんはニコニコ顔でこちらまでやってきた。
その後ろからすぐに沙耶が追い付いてくる。
「たかだか3,4日のことだけどね。
どうかしら、久しぶりの実家でのんびりした気分は」
「うん、すっきりしてるよ。
これでしばらくはホームシックにならなくてすむと思うよ」
心底ほがらかに返すおれであったが、後ろから肩をたたかれ気分が台無しになる。
「よぉ色男。今度の連休はずいぶんとエンジョイしてたみたいじゃないか。
まったくうらやましいったらないね」
「そーだそーだ。もっともわずか2日でおじゃんになったようだけどな。
これもおてんと様がお前を甘やかさないためのさい配だな」
おれがジト目で振り返ると、いやらしいほどニヤニヤ顔の男子生徒2人が並んでいた。
1人は高身長のハーフイケメンで、もう1人は顔が横に伸びたチビだ。
「ええと、どちらさまでございますでしょうか?
わたくしの記憶には覚えがないのですが」
「なに言ってんだっ! お前のルームメイトのキースさまだよっ!
これからはずっと俺たちと一緒に過ごすんだ、覚悟しやがれっ!」
「お前調子に乗ってんじゃねえぞっ!
またクソ怖いゲーム山ほどやらせるつもりだからそのつもりでいろよっ!」
キースはおれをはがいじめにして握った拳で頭をグリグリとこすり、ヒャッパは軽いジャブをガラ空きになったおれの腹に何度もうちこむ。手加減はしているんだろうが……
「いでっ、いででっ! やめろっ!
だから人間じゃない奴がそういうことするとどんだけダメージがあるかわかってんのかよっ!」
そんなやり取りを見て沙耶とタタミちゃんはクスクスと笑っているが、正直助けてほしいところだ。
「あ、そうだっ!
新介、ちゃんとここあちゃんから気持ち聞きだした?」
タタミちゃんがおれを呼び捨てにした時点で、キースとヒャッパの動きが止まった。
「おい、今の聞いたか?」
「ああ聞いた。
今たしか、タタミは新介のことを『クン』づけしなかったぞ?」
2人はそろって疑わしげな視線をおれに向けた。
こちらとしては、ただひたすら恐縮するしかない。
「い、いや……これはタタミちゃんが勝手に……
ああやめとくこれは人のせいにした言い方だな、ゴメン……」
「……なに言ってんだてめぇっ!
お前いつの間にそんな関係になってやがるんだっっ!」
「まさか、まさかたった2日間で、クラスのアイドルの片割れと深い仲になってんだてめぇっ!」
殺気を感じた。
次に2人が行動に出れば、確実におれは死ぬだろう。
「やめてやめてやめてやめてっっっ!」
2人が動こうとした時、「あだっ!」「いでっ!」と言う声がひびき、キースとヒャッパが離れた。
見ればタタミちゃんが拳をにぎって怒っているではないか。
「今のはさすがに危なかったよ。2人ともそのへんにしろよ」
「タタミちゃん。
おれとここあの関係を見習って呼び捨てにしたいのはわかるけど、さすがに公共の場でそれを実行するのはやめてくんないかな」
申し訳なさげに行ったものの、相手は「ヤダ」と言ってアッカンベーをした。
「ダメよ新介君。このコ一度思い立ったら必ず実行する子なんだから。
あきらめて彼女の言わせたいようにしてあげたら?」
「沙耶までそんなこと言うのかよ、まったく。
だいたいこっちの世界じゃ人を下の名前で呼ぶのも失礼だって、のに……」
そこまで言ってからしまったと思った。
あわてて口をふさぐが時すでに遅し。
「お、お前……今クラス一番の、いや学園一のアイドルを、呼び捨て……」
「お前なんてことを……
まさか、オレたちの、沙耶サマにまで……」
振り返ると、キースもヒャッパもがく然とした顔でおれを見る。
あまりの衝撃に動くこともできないらしい。
「やめろっ! やめろそんな目で見るな!
だいたいおれがタタミちゃんとどーのこーのだって言う話も否定されただろーが!」
「ふーん。アタシとどーのこーのねぇ、ふーん……」
「タタミちゃんもやめてっ!
だいたい沙耶はおれのことまだ君付けだし、オレだってタタミちゃんのことちゃん付けしてるだろーがっ!」
「どうかな。
もしかりに深い関係になったところで、沙耶とお前は相手を呼び捨てにはしないだろうが」
「キースぅぅっ!? なぜお前はそこで深い洞察を効かせるぅ!?
ていうかいい加減この話題はナシにしてくんないっ!?」
「お~お~やってる!
どうしたんだい、あたしたちを抜きにして勝手に盛り上がっちゃって!」
新たに現れたのは、死霊族にあるまじき小麦色肌のスポーツ少女ミノンちゃん。
そして小柄なおかっぱ少女弥子ちゃん。
ずんぐりむっくり体型のタコゾウに、妙に落ち着いた雰囲気の影乃だ。
4人ともこの学校に入学して以来仲良くなったメンバーである。
「おうおう聞いてくれよっ!
こいつらゴールデンウィークで一緒に過ごした2日間で、あろうことか3人で……」
「キースはいいかげん事実をわい曲して情報を勝手に流出するのをやめてくんないかなっっ!」
タコゾウ以外の3人がきょとんとしてこちらをうかがう。代わりに沙耶が説明する。
「大したことないわ。
ただタタミが新介君のことを呼び捨てにして、で新介君がわたしのことを呼び捨てにしただけ。
それだけの話なのになに勝手に盛り上がってんだか」
言った瞬間、タコゾウ以外の3人はひきつった顔を浮かべた。
ミノンちゃんにいたってはのけぞってすらいる。
「そ、そんな……あんたら、たった2日間でそんなただれた関係に……」
「だからそうやって勝手にカン違いするのはやめてくんないかなっ!
ただ単に友情が深まっただけだからなっ!」
「ふーん。友情ねぇ、ふーん……」
「だからタタミちゃんはなんでそうやって傷口広げようとするっ!?
もしかしておれにカン違いしてほしいっ!? むしろカン違いしちゃっていいっ!?」
振り返ると、弥子ちゃんが今にも泣き出しそうな顔をしだした。
「うう、3人とも、まだ入学したばっかりなのに、わたしたちをおいて遠いところに行っちゃうなんて。
ひどいよぉ……」
突然両手で顔を覆って、「うぇ~~~~~~んっ!」と泣き出してしまった。
横でミノンちゃんが背中をさすり、ジト目でおれをにらむ。
「あ~あ、泣かせちゃった。
あんたらホントにどうしてくれんのよ……」
「もうヤダ。ツッコむのも疲れた。トホホホ……」
心底うんざりしていると、肩に手をかけられた。
見れば影乃が顔にちょっとした笑みを浮かべている。
「よく帰ってきたな。
このまま家にいついて、戻ってこないんじゃないかとすら思ったぞ」
初めてまっとうなことを言われたような気がして、おれも相手の肩に手をかけた。
「そんなわけないだろ?
こっちは再びお前らに会えるのを楽しみにしてたんだ」
チラリと目を動かすと、タコゾウは相変わらず無表情、無口のままだ。
正直こいつのことはいまだによくわからない。
とまあくだらないやり取りはおいといて、おれは再びこの学校に帰ってきた。
ここからふたたび、人の姿をした不思議な生き物たちとの共同生活が始まるのである。
緊張はしているが、入学当初の恐怖はほとんど残っていない。
取って食うような連中じゃないし、むしろ限りなくフレンドリーな、いい奴らだ。
そしてそんなこいつらに、心底ひかれはじめているおれもいる。
それがいいことなのかヤバいことなのかなんとやら。
だからこそ、いやおれはわざと忘れていたのかもしれない。
この学校には、逆におれのことを歓迎していない連中がいる、という事実を。
「ええと、それで神武天皇の東征に関してどこまでが事実であるかはひとまず置いておくが、いずれにしても当時の大和朝廷が鉄器を背景にした強大な軍事力を持っていたのは事実だ。
大和朝廷が日本各地を平定していくにともない、各地の部族があがめていた神々は統合され、やがて日本古来の伝統思想である『八百万の神』という考えにつながっていく」
歯がむき出しになっている口以外はなにもない茶太良先生の、まるで感情を声に押し出すような熱い語り口を聞くのもこれからが本番だろう。
今日はいつになく舌鋒するどい。まるで俺の授業はこれからが本番だぜ、と言わんばかりだ。
となりにいた女子生徒がすっと手をあげた。相手はもちろん……
「おお、ここで超学業優秀な狛田村沙耶ちゃんの質問が来たぞ。みんなよく聞けよ」
「その前に1ついいですか?
まだ中間テスト前なのに、そのように言われても困ります」
「うぅっ、気をつけるよ……」
沙耶はいったん息を整え、質問を繰り出した。
「今話の最後にあった八百万の宗教観に関してですが、それが日本古来の伝統的な宗教観に根ざしていることはよく理解できます。
ですがそれは一般的な現世の人間から見た一元的な考え方にしかすぎません。
ここにいるみんなからすれば常識だと思いますが、我々死霊族は『魔界』と言うもう1つの世界とのつながりを強く意識しています。
ですので一般的な人々の預かり知らない知識を、我々は考慮する必要があります」
おれは前の席を見た。
机の上に突っ伏して、完全に寝たおしているキースからすれば卒倒ものの難しさだろう。
そんなこともつゆ知らず夢の世界に逃げ込んでいる奴に、ややあきれた視線を向ける。
もっともおれは非常に興味深い内容だったので、注意して聞き入っていた。
「そこで魔界が実在するという観点で今の話を聞いていると、1つの疑問が浮かんできます。
おおやけには知られていないとはいえ、魔界の力はこちら側の世界にも様々な影響を与えています。
もちろん我々死霊族も無縁ではありませんが、そういった魔界からの現世への影響は、日本古来の宗教観にどのような余波を与えているのでしょう?
平たく言えば、日本におけるさまざまな伝承はどこまでが真実で、どこまでが全くの想像の産物であるか、ということです」
「ふむ、なるほど言い得て妙だ。
実は先生、沙耶ちゃんからそんな質問が飛ぶんじゃないかといまかいまかと待っていたんだ。
案の定その指摘が出たな。さすがは優等生」
「ほめていただいても何も出てきません。
あと買いかぶりは迷惑です」
「うっ、まあいいや。
そんなことはさておき、彼女の質問はもっともだ」
そう言って茶太良は教壇の上に両手をおいて、身を乗り上げた。
「このなかにも、今の質問が引っかかった者がいると思う。
おれたちは魔界の住人だ。そしてこちらとは違うもう1つの世界が、普段ゲートで堅く閉じられているとはいえ時折強い影響をこちら側にも与えることを知っている。
それが現実に起こっている以上、大昔から人間たちの歴史に何らかのかかわりがあることは当然だと考えるのは、ごく自然なことだ」
しかしなぜか、茶太良はゆっくりと首を振った。
「ところがだ。この疑問に対し、先生は明確な答えを与えてやることができない。
なぜなら魔界から現世への影響はごく不安定なものであり、それがどこまで真実であるかと言うことを実証することはすごく難しいことなんだ。
そのために事実を知る学者たちは、日本の歴史の中に隠された魔界からの影響がどこからどこまで真実であるかを、きちん見抜くことができないでいる。
これが死霊族における歴史学の限界だ」
そう言って茶太良は机から両手を離した。
「だから日本の伝承や歴史上の怪しい伝説においては、どこまでが事実かはわからないとしか答えられないのが現状だ。
先生はそのことを非常に残念に思う」
「ちょっと待ってください?」おれは思わず手をあげた。
「お、結城から質問だ。
ここは人間サマのご意見も参考にさせてもらおう」
「はい。魔界の影響は不安定って話ですけど、地獄は実在してましたよね。
他にもこちらの世界で伝説になっている存在は向こうにも実際にあったりするんじゃないんですか?
たとえば、妖怪とか」
茶太良は興味深げに身を乗り出すが、表情がないのでどこまで喜んでいるのかさっぱりわからない
「いい質問だな。
その通り、たしかに君の世界に言い伝えられている妖怪も、魔界には数多く生息している。
これらはどういうわけか、向こうの世界から飛び出してこちら側にやってくることが多いらしい」
「でしたら、彼らの話を参考にするのも手かと」
「確かにそうかもしれないな。
しかしな、妖怪ってのは、なにも我々にとって友好的な存在ばかりじゃないんだ。
たいていは人間や死霊族にとって有害な存在であり、中には我々が全力で排除しなければならないやっかいな連中もいる。
君はそんな連中を捕え、彼らの過去にまつわる話を丹念に聞き出せと?」
「難しそうですね。いや、変なことをきいてしまいました」
「いやいや、大丈夫だ。
それに魔界ってのはこちらとは違い、常に変化を続ける非常にあやふやな世界だ。
だから過去に知り得た情報は、現代においてはまったくの役立たずになっている可能性もある。
このあいだ我々が訪れた地獄を見ただけではわからないが、魔界には大きく様変わりしている場所もあるだろう。
現在魔界における死霊族のテリトリーでは、そういった場所を入念に監視している人々も大勢いる」
「だとしたら、死霊族はこちらの世界にかかわっている場合じゃないのかも……」
何人かのクラスメイトがこちらに視線を送る。
なに言ってんだお前と言わんばかりの状況に、おれは少し身をちぢこませた。
「結城の意見はもっともだ。
だからこそ、我々はこちら側での活動が非常に緩慢になってしまっているわけだ。
もっとも現在は多少の余裕が出ている。お前がこうしてある意味留学生として我々とともに学んでもらっているのは、その一環と言えるだろうな」
ここで突然、遠くからゴォン、ゴォンと言う音が鳴りひびいた。
すると茶太良がありえないリアクションを取った。
「おいウソだろっ!? もう授業終了かよっ! まだ話の途中なんだぞっ!」
あり得ないほど取りみだす茶太良は、急いでプリントをめくりまくる。
「ああもう降り積もる話がまだあったのにっ!
しょうがない、残りの内容はプリントを参考にするように! 気になる話があったらいつでも質問オッケーだっっ!」
それを見ておれたちは思わず吹き出してしまった。
異様にあわてる先生を無視するかのように、沙耶は容赦なく声をあげた。「起立」
だらだらとクラスメイト達が立ち上がると、だるそうに頭を下げて「あざーしたー」と言い、一部はすでに机の上を片づけはじめてしまった。
「おいなんだよっ! 勝手に授業終わらせるなーっ!」
個人的には好きだが、茶太良の熱い語りっぷりを苦手としている生徒もいるらしい。
たとえば授業終了に気づかずいまだ寝ているキースとか。




