(3)
「これでよし! 後はほとぼりを冷めるのを待つだけだ!」
おれたちが身をひそめるのはどこかの廃ビルの一室。
どうやらこのあたりもう新宿ではないらしいが、距離が離れてしまったのは仕方ない。
しかも下の階のほうなので路地がすぐ近くにあるが、そのことに関してはもう気にする必要がなくなった。
「ねえねえ、いったい何したの? いいかげん教えてよ」
しきりに肩をポンポンするタタミちゃん。
おれは不敵な笑みを浮かべ、うなずく。
「ああ、この携帯にのってる連絡先を調べて、仲間っぽい連中にメールを送ったんだ。
しかも同じ内容。さっき通りかかった地下駐車場に、おれたちが身をひそめてるってデマ情報を流したんだ」
それを聞いた沙耶とタタミちゃんがあっけにとられた顔をする。
「あっ! そんでもって今警察に電話したでしょっ!
おびき寄せられた連中が一気にお巡りさんと遭遇だっ!」
「そのとおり! 街じゅうでさわぎを起こしてる連中だから、当然応援が呼ばれてるはずだ!
警察も追いかけられてるのはおれたちだってわかってるから、正直に名乗れば本当の情報だってわかるはずだろ?」
「新介君、最後のあたりモメてたわよね。
なんだったかしら、『おれたちのことはほっといて連中のほうを捕まえてくださいよ』。
そんでもって最後は乱暴に切ったわよね」
「しょうがないだろ。とにかく名乗り出ろ名乗り出ろってうるさいんだから。
とにかくこんな大ごとになっちゃったんだからすべて丸く収めるってわけにもいかないでしょ?」
おれは立ち上がり、携帯を窓の外に放り投げた。
「それにしても、新介なかなかやるね。
あんな息を切らせた状態でよくそんなこと思いついたもんだわ」
タタミちゃんが感心したように笑いかけてくる。
おれは少し照れくさくなってそっぽを向いた。
「単なる思い付きだよ。自分でもよくあんな名案が浮かんだと思う」
「そう? わたしからすると、さすがは新介君って感じするけど」
「うわっ! また沙耶に先に言われた! くっやしぃ~~~~っ!」
またしても気があるようなそぶりを見せる2人。
ここあもいるので、変な態度をとるのはやめてほしい。
照れ隠しにおれは話を切り替えた。
「さ、新宿にはもう戻れないな。
2人とも、今日のところはあきらめてどこかホテルを探した方がいい」
すると沙耶は急に頭をカリカリし始めた。
「今さらになって後悔してきたわ……」
「ほら言わんこっちゃない!」
「違うわよ。新介君の言うとおり、最初に出会った連中をまず全員気絶させる必要があったわ。
そしたらより多くの時間を稼げたでしょうね。問題なく病院にも行けたかも」
「ダメだ、全くこりてない……」
頭をかかえていると、突然ここあがしゃべりだした。
「新介、本当に大丈夫なの? この人たち……」
おれは頭から手を離し、チラリと真剣なまなざしを向ける。
「おれも最初のころはそう思ったけどな。でも大丈夫だ。
ちょっと変わってるけどいたってまじめな人たちだよ。な?」
そう言って2人をちらりと見ると、両方首をすくめて見せる。
「そうかな?
一般的に考えて、あの動きはどう見ても普通の女子高生じゃないと思うんだけど」
「ここあ、人を見た目で判断するな。
おれの方がお前よりよっぽど事情を理解してんだから、よけいな口をはさむな」
少しきつい言い方をしてみたが、それでもここあは鋭い視線をこちらに向ける。
「新介、ダマされてない?
本当にこいつら信用できるって思ってる?」
「なんでそんなムキになってつっかかって来るんだよ。
お前には関係ないだろ?」
「関係なくないでしょっっ!?」
いきなり大声で立ち上がったここあ。
正直、ビックリした。
「な、なんなんだよ」
「新介っ! こんなどう見ても普通じゃない連中と付き合って、平然としてるあんたの方がどうかしてるよっ!」
妙に痛いところをつかれた。
「それとももう慣れちゃったとかいうわけっ!?
ちがうでしょっ! こいつらが下手に美人だから、なんだかんだ言ってほだされちゃってんじゃないのっ!?」
思わず美人2人を見ると、どちらもふてくされた表情をしている。
「別に沙耶とタタミちゃんだけじゃないし。
向こうの学校には他にもいっぱい友達いるし」
「で、あんたそいつらもなんだかんだで疑うことなく付き合ってるわけ?
どう考えてもおかしい」
「おかしいのはお前のほうだろ? だいたいなんだよ。
さっきからしょうもない文句ばかり言いやがって。
おむかいさんだし、ちっちゃいころからの付き合いだから心配するのはわかるけど、だからってそこまで心配される義理は……」
「あるよ……あるんだよ、あたしには……」
すると妙に落ち込み、ふたたび地面にうずくまったここあ。
なんだか妙に引っかかる態度だ。
「あ~、ちょっとアタシからいいかな」
タタミちゃんが軽く手をあげると、ここあが「はいなんでしょう」と素直に答えた。
「アタシにはなんとなくあんたの考えてることがわかるんだけど……」
言いかけてここあのほうがきっと彼女をにらみつけた。
少しギクリとしたタタミちゃんが、正面を向いて「言いふらしたりなんかしないって、別に……」と口ごもる。
「言っとくけど、あんた自分で見込みないって思ってるでしょ」
言われて今度はここあのほうがギクリとして振り返った。なんだか気まずい表情。
ここでなぜか沙耶がおれの方に振り返った。
彼女にはその意味が理解できたようだが、おれはいまだにわからず首をひねる。
するとなぜか沙耶もおれを見て首をひねった。なんなんだよ。
「なんで本当の気持ちを言わないの?
どうせ結果が見えてるから?」
「ちょ、やめてよ! それ以上言わないで!」
「当たってみなきゃわかんないじゃない。
世の中あんたが思ってるほど悪いことばかりとは限らないんだし。
もし残念な結果が待っていたとしても、それはそれですっきりするんじゃない?」
「お願い、もうやめて」
「そっちこそいつまでもクヨクヨすんのはやめなよ。
アタシの性格のせいかもしんないけど、こっちから見るとなんでそんなつまらないことでずっと悩んでるのかが理解できない」
「おい、タタミちゃんさっきから一体何の話を……」
「だまっててって言ったでしょっっ!
このバケモノっっっ!」
突然のここあの叫びに、おれ固まる。
声量もさることながら、バケモノ発言。
おそるおそる沙耶とタタミちゃんを見ると、意外にもさみしそうな表情になっていた。
「ここあ、今のは失礼だぞ」
おれがため息まじりに言うのを見て、ここあもさすがにまずいと言った表情になる。
「たしかにタタミちゃんもしつこく責めすぎだ。
だけど、これでわかったろ。彼女、お前の本心見透かすぐらい、するどい子なんだよ。
それをさっきからああだこうだと文句ばかり言って……」
「でも、でも……」
「でももなんもない。とにかく、2人にあやまれ」
「うぅ……ご、ごめんなさい」
「あら意外。この子素直にあやまったわ」
「沙耶も人を見た目と表面的な態度で判断しない! したとしても口に出さない!」
こりずに首をすくめる沙耶とは対照的に、タタミちゃんが申し訳なさげな顔になった。
「アタシもあやまるわ。ごめん、言いすぎた」
言われてここあがきょとんとした顔になるのを見て、タタミちゃんはとどめを刺した。
「とにかく、新介がいるうちにきちんと話をつけときなさい。
大丈夫、アタシたちは邪魔なんかしないから」
それを見て急にうつむくここあ。おれにはいまだに何のことかわからない。
首をひねっているうちに、沙耶が時計を確かめた。
「ところで、いつまでここにいればいいのかしら。
そろそろお昼になっちゃうころだけど」
「昼飯するにしてももっと遠くな。
あと、くれぐれも病院はなしだからな」
「どうせ警察は例の場所にくぎ付けよ?
今なら人目につかずに行けるんじゃないかしら」
「まだそんなこと言ってんのかよ。
もう今日はあきらめてどこか離れた場所に……」
言いかけているうちに遠くでパトカーのサイレンらしき音が鳴りひびいた。
どうやら決着がついたらしい。おれはほっと一息ついた。
「よし! もう移動してもいいだろ。
念のため周囲への警戒をおこたらないように」
「おおっと、そこまでだ。
残念だがお前らはここから一歩も出ることはできんぞ」
ドアの向こうからくぐもった音が聞こえ、いきなりバンッと開かれた。
とたんに物々しい人影が突然飛び出し、それぞれ角材やらバットやらぶっそうな武器をかかえてぞろぞろと入ってくる。
「警察!? ……いやチンピラのほうだっ!」
「チンピラ? そういう言い方はやめてくれ。
おれらは立派な統制のとれた組織、ただ群れるだけのやさぐれ集団と一緒にされちゃ困る」
どれもこれもガラの悪そうな風貌の中から、後から入ってきたパリッとしたスーツ姿の男が口を開く。髪形もばっちり決まっているが、いかんせん背が小さい。
そんなことはさておきおれは問いかけた。
「じゃヤクザ?
ヤクザじゃないのならなんでそんなもったいぶった言い方すんの?」
「ヤクザ? それとも違うな。
最近はめっきりおとなしくなったそんな連中とも一緒にされたくない。
おれたちはれっきとした日本のマフィアだ。世間はそれを認めずに『半グレ』とかいうがな」
「けっ、どうせヤクザのキビしいしきたりに耐えられないような軟弱な連中なんでしょうが。
まわりを見てみなよ。どいつもこいつも顔が怖いだけで根性なさそうだし」
声にふりむくと、タタミちゃんがうっとうしそうに顔をしかめながら腕を組んでいる。
彼女の人間界の知識はかなりありそうだ。
「半グレだか何だか知らないけど、リーダーであるあなた以外はそろいもそろってマヌケヅラばかりね。
好き勝手ばかりしてそうでとてもまとまりがあるとは思えないわ」
スーツのリーダー以外の連中がいきり立つなか、沙耶も自信満々の笑みを浮かべる。
一方でここあは露骨に顔に不安を出した。
「ちょっとっ! 大丈夫なの、こんな挑発しちゃって!
いくら2人が護身術にたけてるからって」
「その通りだな。お前たちがただ者じゃないことは舎弟たちの話で効いている。
だからこんなものを用意させてもらった」
そう言ってスーツはふところから何かを取り出した。
それを見た瞬間、おれの全身から血の気が引いた。
「うわっ! マジかよっ、拳銃!?」
「2人とも下がっててっ!」
おれの前に沙耶が、ここあの前にタタミちゃんがそれぞれ立つ。
それを見てざっと20人ぐらいのチンピラがいっせいに下品な笑みを浮かべた。
「ククク、どんなに腕が立っていても、さすがにコイツの前ではどうしようもないだろう。
おとなしく降参するんだな」
「チッ!
どうしようもないチンピラ集団かと思ってたらさすがに拳銃一丁買うだけの金はあったか!」
タタミちゃんが顔をしかめながら沙耶と目くばせする。
「さあ、どうする? おとなしく俺たちに捕まるか?
それともムダな抵抗を試みるか、どうする?」
「ニィサン、あとのほうはカンベンしてくださいよ。
出来ればとっ捕まえて前の2人はヤリたい放題、後ろの2人はボコり放題したいんですから」
沙耶の視線が、こちらの方に向かう。タタミちゃんもつられておれを見る。
おれは逆にここあに目を向け、ただひたすらガタガタ震えるしかない彼女を見て、最後にため息をついた。
「仕方ない。2人とも、好きにやっちゃっていいよ」
「なにを言っている? コイツが見えてないのか?
この離れた距離を一瞬で詰めることはできんぞ」
あきらかにバカにした表情でスーツが拳銃を軽くゆする。
「ええ、たしかにそうかもしれないわね。
相手があくまで『人間』、ならの話だけれど」
沙耶のひとことにスーツが首をかしげた、その瞬間にタタミちゃんが前に進み出た。
「おとなしくしてろっっ!」
スーツの銃口が火を吹いた。
けれどそれはタタミちゃん正面から大きくそれ、誰もいない壁に穴をあける。
たいていのやつならこれで言うことを聞くだろうが、タタミちゃんがこれにひるむわけがない。
スーツが「なっっ!」と言っておどろいている間に、彼女が拳銃を持つ手をあっさりとつかんだ。
そのまま強引に上に押し上げると、握る手からボキボキと言う音が聞こえてくる。
「……ぐぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
つんざくような悲鳴。おれは思わず耳をふさいだ。
あ然とするチンピラ達だが、そのうちの1人が我に帰り、持っていた角材を振りかぶった。
「てんめぇぇぇぇぇっっ!」
渾身の力を込めたチンピラの振りは、しかしタタミちゃんには当たらない。
軽々と身をかわした彼女の手のひらが、チンピラのこめかみに当たる。
いかにも全力でないと言ったそぶりなのに、相手の身体が勢いよく地面に倒れ込んだ。
加勢しようとした仲間たちは一瞬ひるむが、ヤケクソと言わんばかりにつんざくような悲鳴をあげて再び立ち向かっていく。
そこへ沙耶が乱入した。
彼女もまた軽々と拳や蹴りをつきだすと、体格に優れているはずの男たちが「ごほっ」とか「ぐへっ」とか言いながらいとも簡単に倒されていく。
途中で余裕が出てきたのか、タタミちゃんは相手が渾身の勢いで突き出したパンチを、手のひらで堂々と受け止める。
とたんにチンピラの目が丸くなった。
「な、なんなんじゃてめぇはぁぁ~~~~~~~~っっ!」
彼がおっしゃる通り、いくらなんでも単なる女子高生じゃここまでの芸当はムリだ。
おれがため息をついている間にチンピラは地面に倒れていた。
「や、やっぱり、こいつら普通じゃない……」
がく然とするここあがつぶやく。
ざっと20人いたはずのチンピラの集団は、ものの1分もたたないうちに全員が床に倒れていた。
ひと息ついたタタミちゃんはしきりに手をグーパーさせ、沙耶は平然と長すぎる髪をかきあげる。
「2人とも、ちゃんと手加減はしたんだよな?
いくら正当防衛だからって相手を殺すのはなしな」
「だいじょーぶ大丈夫。ちゃんと計算して手加減してるって」
そう言ってタタミちゃんが笑いながら手を軽くゆする。
沙耶も彼女のほうにチラリと視線を向けてこっくりうなずく。
一瞬、誰かが動く気配がした。
おれが振り返るヒマもなく、そいつはビックリするくらい早い動きで、床に無造作に転がっていた拳銃を拾い上げた。
「動くなっ! 動くんじゃねえっっ!」
右手を握りつぶされたスーツが、プルプルと震える反対の手ですばやくおれたちに銃口を向ける。
立っている全員が思わず両手をあげる。
「クソッ! なんなんだよっ! なんで今日に限って散々な目にあわなきゃいけねえんだよっ!
おかげでおれたちのグループは壊滅状態じゃねえかっ!」
スーツの叫びは若干ヒステリックになっている。
まずい。顔色も真っ青だし、いつ発砲してもおかしくない状態だ。
「運と相手が悪かったとしか言えないわね。
あきらめて逃げたらどうかしら?」
沙耶がすました顔で言うと、スーツは素早く銃口を向けた。
「うるせぇこのバケモノォォォッッ!」
バケモノ、のひとことで沙耶の顔色がくもる。タタミちゃんも同様だ。
「もういいっ! もうわかったよっ!
お前らをまともに相手したところでどうしようもねえのはわかったっ! わかったよっっっ!」
そしてあろうことか一番向けてはいけない相手に方向を変えた。
銃口を突きつけられたここあがビクついて「ひっっ!」と短く叫ぶ。
「てめえらの弱点はわかってんだよ!
こいつはお前らと違って何もできねえからなっ!」
「ちょっ! ひきょう者っ!」
思わず叫んだタタミちゃんにスーツは顔だけを向ける。
「動くなよてめえらっ!
少しでも動いたらなにもできねえこいつが犠牲になっからなっっ!」
ああまずい。万事休すか?
いや、なんとかしないと……
「やれるものならやってみなさい」
恐ろしいほど透き通る声で、沙耶が告げる。
思い切り振りかえったスーツとともに彼女の顔を見ると、美しい真顔からのぞく瞳が冷徹にスーツを見つめる。
その異様な目つきに、見ているおれも思わずゾクッとした。
スーツのほうも若干おびえている。
「な、なんなんだよてめえ……」
「やれるものならやってみなさいと言っているの。
彼女に手を出したら、あなたにもそれなりの報いがあることを自覚しなさい」
スーツは彼女の視線にくぎ付けになっている。これはチャンスだと思った。
おれはタタミちゃんのほうを見て、手を少しだけ動かす。
沙耶とタタミちゃん、そしてスーツを指差した。2人でスーツを同時に襲えという意味だ。
そうすればスーツは思わず自衛のためにどちらかに銃口を向けざるを得なくなるはずだ。
もっともタタミちゃんの方は首をかしげる。
たしかにそうだ、これはぶっちゃけ賭けのようなもの。
それでもおれは強引にうなずいた。
タタミちゃんは不安そうながらも沙耶のほうを向いてスーツを思いきり指差した。
沙耶がそちらの方を見た。同時にスーツのほうも振り返った。
「動くなっつってんだろうがっっ!」
「今だ2人ともっっ!」
おれが叫ぶと、沙耶とタタミちゃんが同時に動いた。
パニックになったスーツは思わずタタミちゃんに銃口を向けた。瞬時に火を吹く。
間に合わなかった。
タタミちゃんは胸の中央に銃弾を受け、弾き飛ばされるようにして地面にたたきつけられた。
ここあが思わず「ひぃぃっ!」と叫び、両手で頭をかかえた。
その間に沙耶が手刀で相手の手首を叩く。
とたんに拳銃を握る手がおかしな方向に曲がり、スーツが目を見開いた。
「ぐぎゃあぁぁぁっっっ!」
沙耶が胸倉を思い切りつかむと、それをギュウッと握り、徐々に上に押し上げる。
ここあのほうから小さい悲鳴が上がった。
彼女の目に映るのは、一見ごく普通の女子高生に見える子が、多少背丈のある成人男性を胸倉から宙づりにしている光景。
「なぁっ、なんじゃこりゃぁぁぁっ! なんなんだよこれぇぇぇぇっっ!」
「……わぁ、ビックリした。
いきなり胸にズドンッていくんだもん」
スーツの後ろから声がかかる。
胸に銃弾を受けたはずのタタミちゃんが、そこを押さえながら平然と起き上がってきているのだ。
「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!」
スーツではなく、ここあのほうが叫びをあげた。
なにせタタミちゃんの胸は、おびただしいくらいにTシャツが真っ赤になっているんだから。
おれは額を手で押さえながら深いため息をつく。
「ここあ、これでわかっただろ。2人とも人間じゃないんだよ」
「さて、種明かしが住んだところで、どうしてあげようかしら」
自分の体重以上の人間を片手でかかえているにもかかわらず、沙耶の顔は涼しげだ。
もっとも腕のほうはプルプル震えている。案外重いんじゃないのか?
「ひ、ひぃぃぃっ! 助けてぇぇぇぇぇぇっっ!」
「沙耶、その辺にしといた方がいいんじゃない?
そいつションベンちびってるよ?」
笑いながら言うタタミちゃんの言うとおり、スーツの股間から湯気が出ている。
それを見た沙耶が「あら汚い」と言いながら手を離すと、スーツの身体がすとんと落ちて尻もちをついた。
顔を見ればヨダレを垂らしながら情けない顔をしている。
両腕を骨折してるせいもあるのか、もう現実がわからなくなっているようだ。発狂してるかもしれない。
ここあのほうを見ると、彼女はとろとろと壁に向かって後ろ歩きをしている。
ドンッと背中をつけると、そのままずるずると座り込んでしまった。
「な、なんなのあんたたち……もう……」
おびえた表情で、とんでもない能力を見せつけた沙耶とタタミちゃんを見るここあ。
2人はその視線から逃げるように顔をそむけ、どこかさみしそうな顔を浮かべている。
おれはそっと近寄り、ひざまずいてそっと肩に手をかけた。
「触らないでっっ!」
ところがいきなりその手を払いのけられ、今度は怒ったような顔でおれの方に目を向ける。
「あんたホントにどうかしてるっ! こんなバケモノどもと共同生活してるなんてっ!
いくらあんたが人当たりがいいからってこんなムチャクチャな奴らと一緒に暮らしてるなんて信じらんないっっっ!」
気持ちは理解できなくもないが、おれはそれを聞いてイライラしてしまった。
「やめろ、こいつらをそんなふうに言うな」
一瞬目を見開いたここあだが、すぐにまたにらみ返してきた。
おれは髪をガリガリとかきむしりながらトゲトゲ強い口調で話しかけた。
「バケモノ、そう言われたらたしかにそうかもしれないけど、言われた方からしたらとても傷つく言葉なんだよ。
思ったとしてもそれを口にするな」
「だからって……」
「だからってじゃない。お前、わかってんのか?
こいつら、お前を助けるために自分たちの正体をバラしたんだぞ?
それがどんなに勇気のいることなのか、お前わかってないだろ」
言われて、さすがにここあも何も言えなくなる。
いぶかむ視線は変わることはないが。
「ここあ、おれは2人を信用してる。2人だけじゃなくアンガクにいるみんなのこともだ。
怖がられるかもしれないのに、みんな勇気を出しておれに正体を明かしてくれた。
おれはその気持ちを素直に受け入れたいと思うんだ」
「新介……」
タタミちゃんのつぶやきが聞こえる。あれ? 今呼び捨てにしなかった? まあいいか。
「あ、もうこんな時間!」
いきなり沙耶が叫んだ。振りかえると彼女は腕時計に目を向けている。
「新介君、今すぐここを出ましょ。
それでもって病院に行くわよ」
「ここを出るのは賛成だけど、なんで病院なんだよ。
これだけのさわぎを起こしてよくそんな提案ができるな」
「これだけのさわぎを起こしたからよ。
下手をすると病院に行く予定自体が白紙になるわ。チャンスがあるとしたら今しかない」
そう言われて、おれはしぶしぶ立ち上がった。
「言われてみれば確かにそっか。
しょうがない、それじゃ急いで病院行きますか」
おれは振り返り、ここあに向かって手を差し伸べた。
相手はそれを見てキョトンとしている。おれはすました顔をして見せた。
「なにボサッとしてんだよ。お前も急いでここを出なきゃまずいだろ?」
きょとんとしたままうなずいて、ここあはおれの手を取った。
おれはそれをギュッと握って、彼女を立ち上がらせる。
部屋を出る途中、いきなり声をかけられた。
「「新介(君)、いま女の子の手を握った!」」
「2人ハモって同じこと言うなっっ!」




