(2)
おじけづくようなここあの後ろ姿。
その前方に、黒やら紫やらのジャージを着こんだ男たちの集団がいた。
体型や髪形は様々だが、いちおうに危なっかしい目つきをしている。
おれはそれを見た瞬間にものかげに隠れた。
そしてこっそり様子をうかがうように顔を少しだけ前に出す。
「おうおうっ! なんだてめえはぁっ!?
いきなりぶつかっておいてあやまりもしねえっつうのはどういうことだぁ!?」
勢いよくすごむのは、中心に立つスキンヘッドの男。背丈よりも横幅のほうが大きい。
そこへちょうど沙耶とタタミちゃんがやってきたので、おれはあわてて両手を向けて彼女たちを止めた。
沙耶はとたんに「なんで?」と言わんばかりの顔になる。
「静かにしろって。言ったでしょ? まずは警察を先に呼ばないと……!」
タタミちゃんがうなずいてポーチから携帯を取り出そうとした、その時だった。
「おうらぁっ! なんとか言えぇっ!
それともマスクのせいでしゃべれないってかぁっ!」
直後にここあの「きゃあぁっ!」と言う叫び声が聞こえた。
思わず顔だけを出すと、中心の男がここあの衣服をつかみ、乱暴にマスクをとり上げた。
マスクをはぎ取ったとたん、男たちの目が点になる。
「うわっ! すっげブ○イク。これじゃ売りもんになんねえな」
「ははは! ホントだぜっ!
落とし前に身体売ってもらおっかとも思ったが、こんなんじゃ誰もタチゃしねえわな!」
とたんにギャハハと笑いだす集団。
思わず顔をしかめていると、後ろから沙耶が飛び出した。
止めようとしたが力及ばす彼女はズカズカと前に飛び出してしまう。
「おうっ!? なんだ連れがいたのか……」
中央のスキンヘッドがすごみかけて、目を丸くする。他の連中も同様。
「……なんだおめぇっ!
すっげぇカワイイじゃねえかっ! ええっ!?」
「ははは。オジョーチャン、頼むからこのブ○イクなんとかしてくれよ。
それとも落とし前、あんたがつけてくれんのか?」
「そんなのもったいねえよ。まずはどっか連れてこうぜ」
それを聞いてタタミちゃんもガマンできずに飛び出した。
「ちょっとあんたたちっ!」と言って前に出ると、連中はそちらにも注目し、顔がニヤける。
「おやおや、もう1人の連れもカワイイじゃねえか!
どうだお前ら、いい店があるからそこで働いてみねえか?」
特に中央のスキンヘッドのニヤケ具合は、それはそれは見ていて胸くそが悪くなるほどだ。
おれは仕方なく、こっそり前に進み出た。しかし連中はおれには目も向けない。
「それじゃあなたたち、ここにいるここあちゃんにはどんな落とし前をつけてもらおうとしたのかしら?」
髪をかきあげ告げる沙耶の口調には、親しい人間でなければわからない冷たいひびきがあった。
おれとタタミちゃんだけを震え上がらせることができる声だ。
「そんなこたぁ知らねえ。
それよりなぁ、おじょーちゃんヒマ? よかったらサ店で一杯どうよ?」
スキンヘッドが下品な笑みを浮かべたままフラフラと近寄ってくる。
それに対しさらりと伸びた黒髪からのぞく沙耶の恐ろしいほどきれいな横顔。すごい見た目のギャップ。
「本当にどうしようもない人たちね。
相手が美人だと知ったとたんにコロコロと態度を変えるなんて。
どうして相手を見た目だけで決めつけるのかしら?」
「そんなことどうでもいいだろ?
とにかくオレらと一緒に飲もうぜ」
そう言って肩に手をかけようとしたスキンヘッドを、沙耶はさっと振り払う。
「お断りするわ。
そのニヤニヤした顔立ちも気持ち悪いけど、それ以上に考えてることの下品さが生理的に受け付けないわ。ムリね」
言うなり、スキンヘッドの顔色が変わった。
例によっていかつい顔をしているので、まるで仁王像のような印象を受ける。と言ったら仁王様に失礼か。
「……てめぇ、なんだったら無理やり連れてってもいいんだぜ?」
おれだったら見られただけでノックアウトしそうな怖い形相に対し、沙耶は涼しげな顔で目も合わせない。
「そうやってなんでも力づくで解決しようとするのね。
どうせ自分より強い人だったらいの一番に平伏するくせに」
「なんだとコラァッッ!」
言った瞬間にスキンヘッドが胸倉をつかもうとした。
しかしすぐに沙耶に両手を回され、一瞬で角度が変わった。
とたんにスキンヘッドの動きも止まる。
「……な、なんじゃこりゃぁぁぁっっ!」
逆向きになったスキンヘッドの手は、あり得ないほど下にたれていた。
それを見たおれは思わず額を手で押さえる。
「ああ、やっちゃった……」
「……いてぇっっ! いてえよぉぉぉぉっっ!
ママンッ、ママァぁぁぁぁぁぁっっっ!」
とたんにスキンヘッドが大声で泣き叫びはじめた。
しかし遠巻きに見ていた仲間たちは何が起こったのかもわからず、ぼう然としたままだ。
その間に沙耶は同じく立ちつくしているここあのそばに近寄り、腕を引っ張った。
「行くわよ。さわぎになる前に逃げましょう」
おれも気まずい表情になっているタタミちゃんと顔を見合わせ、沙耶たちを先導するようにその場を逃げ出した。
「お、おいっっ! こらっ、待てぇっっっ!」
後ろからようやく現実を取り戻したチンピラ集団が大声で呼びかける。
思わずうしろを振りかえると、ここあを連れた沙耶がワンテンポ遅れている。
おれは少し足を止めて彼女たちの横に並んだ。
「だから言ったのにっっ!
あいつらのリアクション見たかっ!? 目の前で起きたことが現実だと思ってなかったぞっっ!?」
「大丈夫よ。一瞬でカタをつけたから。
奴らの目にはわたしの技は手品の一種としてしか映っていないはずよ?」
「だとしても普通の女子高生がやるようなことじゃねえよっ!」
言いつつここあを見やると、こちらも何が起こったのかまるでわかっておらず、ただぼう然としたまま沙耶に腕を引っ張られるままとなっている。
「ったくなんだよっ! 沙耶、お前ワザとだろっ!
わざとあんな真似したんだろっ!?」
「だってあの人たち、あまりに考えが下品すぎるんだもの。
人間たちの中にはあんな連中が山ほどいるんだと思うと、同じ空気を吸うのもイヤになるわ」
あっさりと白状しやがった。
「き、気持ちはわかるけどさぁっ!」
「ちょっとっ! 2人とも前見てよっ! 人だかりの中に入るよ!」
タタミちゃんの呼びかけに前を見ると、たしかに前方は混雑していた。
「ちょうどいい! 奴らを巻くのに好都合だ!
おれが先頭で行くから2人ともついて来れるな!?」
沙耶とタタミちゃんは迷うことなくうなずいた。
おれもうなずき、人ごみの中に容赦なく自らの身体をねじ込んだ。
「ごめんなさいっ! すみませんっ! 失礼しますっ!」
やたらと恐縮しながらも、強引に進んでいるためやはり「なんだよ!」「ふざけんな!」と言う声があちこちで響く。
もっとも後ろの方からもっと失礼な連中が「まてやオラァッ!」と叫びながら追いかけてくるのだが、そちらには誰も罵声を浴びせない。理不尽だ。
こりずに必死に人の波をかき分けるなか、少し離れたところで沙耶の声が聞こえる。
「ったく、どいつもこいつもだらしない人たちね。
まるでわたしたちのほうが悪者扱い」
「おれたちのせいだよっ!
完全におれたちのほうがトラブルの原因だよっ!」
「……ちょっ、なにしてんの! 離してっ!」
ここあの叫びが聞こえて少し振り返ると、チラリと彼女が抵抗している姿が見えた。
「ダメよ。あなた自力では彼らからは逃げられないわ。
おとなしくわたしの手に捕まってなさい」
「いたっ! ちょっと新介っ!
なんなのこの女、異常に腕の力が強いっ! 強引に引っ張られるっ!」
おれは深いため息をついて2人を無視することにした。
陰うつとした裏路地にて4人で壁に張り付く。
どうやらほとぼりは冷めたようで、チンピラ連中は追いかけてこなくなっていた。
「で、アタシたちはいったいいつまで隠れてたらいいの?」
タタミちゃんは不満タラタラの表情でこちらに顔を向ける。
「おれに言うのはいいが、その顔やめろ。
おれのせいじゃないんだから」
なすりつけるように沙耶を見ると、彼女は平然と細い腕につけた腕時計に目を向ける。
ベルトが革のなんだか高そうなやつ……
「まずいわね。このままだと病院に行くのに時間がかかっちゃいそう。
早く何とかしないと」
「だったらよけいなことしなくてもよかったんじゃないかな!?
自分でさわぎを起こしてなんでそんなことが言えるんだよっっ!」
「あらそう?
警察に電話するんならそれはそれで面倒事になりそうだけど?」
なぜか説得力のある発言に「うっ」と口ごもりつつも、おれはあらかじめくぎを刺した。
「じゃあ言っておくけどな。
沙耶、くれぐれもここあを責めるなよ? タタミちゃんもだ!」
「え、なんで?」
「なんでじゃない!
とにかくここあは悪くない! 反論は受け付けない!」
美少女2人ににらみつけられながら、おれは逃げるようにして非美少女(なんて表現すると気の毒だなオイ)に目を向けた。
すると彼女はぺたんと座りこみ、ガタガタとふるえている。
「お、おい、大丈夫か? まあ、ムリもねえわな……」
声をかけると、ここあは見開いた目をチラリとこちらに向け、すぐに顔を戻した。
「な、なんなの……今の……」
おれは「今の?」と言いかけて、彼女の不安が別のところにあることに気づく。
おれは沙耶に目を向けた。
「沙耶、お前が悪い。人前であんな真似をしでかすからだ」
「さっきの手技のこと?
出来るだけわかりにくく手早くすませたつもりだけど?」
「それもそうだけど……」
おれは言いつつ、うずくまるここあに目を向けた。
彼女は下の方を向いたまま言う。
「あの力、女のものじゃなかった……
いったい、あんた何者なの?」
おれは彼女に見えないよう顔をしかめた。
念のため沙耶とタタミちゃんの両方に人差し指を向けた。
「沙耶は、ちょっとした護身術をたしなんでるんだよ。
さっき腕を引っ張ってたのもその一環で」
「違うっっっ!」
思いもよらぬ大声におれはビックリしてしまった。
思わず周囲を見回す。
「違う! あれは人間の力じゃないっ!
どう見てもおかしいよっ! この女っっ!」
ああ参った。いったいどこからどこまで説明すればいいんだ。
沙耶に向かって責めたてるような目を向けると、相手はあっけらかんと肩をすくめた。
「とにかく、ここにずっといるのもまずい。
あいつらきっとこの辺を縄張りとしてるチンピラ連中だ。きっと仲間だっているはず」
「だとするとやっぱり警察に連絡した方がいい?」
タタミちゃんが自身のなさそうな顔を向ける。
「当然ダメだわな。
じゃあさっきはどうやってチンピラを撃退したんだ、って言われたらどう説明すんだよ?」
「こうなったら、一網打尽にするしかないわね……」
沙耶がとんでもないことを言いだし、おれとタタミちゃんはそろって頭をかかえた。
「だ~か~ら~っ!
なんで沙耶はそんな短絡的な発想になんの!? あんたそれでも学級委員かよっ!」
「そっちの方が手っ取り早いと思っただけよ。
どこか大暴れしても問題ない場所があれば、そこで連中をまとめて相手できるけど?」
「う、なんだかイケそうな気がしてきた……」
「タタミちゃんまでそんなこと言わないでよっ!」
「だってさぁ、
アタシと沙耶なら、あんな連中束になってかかってきたところでなんとでもなるでしょ?」
「そりゃそうだけどさぁ」
ため息まじりにここあに目を向けると、いったい何の会話をしてるんだと言わんばかりに目を見開いて固まっている。
「なんなの……あんたたち……」
もはや説明するのも面倒で、おれはひたすら髪の毛をポリポリとかいた。
裏路地をぬけだして数分もすると、さっそくチンピラ軍団に見つかってしまった。
「いたぞぉぉっ! あそこだぁぁぁっっ!」
おれたちはきびすを返して反対側を走った。
走っているうちにタタミちゃんが問いかける。
「どうすんのっ! 急がないと騒ぎがどんどん大きくなるよ!?
警察だって動くかも!」
「もう動いてるかも知れないわね。
急いで人気のない場所を探さないと!」
「んなこと、言われたって、おれだって、土地勘がないっつうのっっ!」
2人が平然としゃべっているのに対し、おれはもう息も切れ切れだ。
「はぁ、はぁ……な、なんなの……この2人……」
当然、ここあの反応もおかしなものになる。
特に彼女はなにも知らない普通の女の子なだけによけい混乱しているようだ。
息もおれ以上に切れかけてるし。
「ちょっとっ! そこのキミたち! 待ちなさいっ!」
チラリと振り返ると、2人組の制服警官がこちらに向かって手まねきしている。
おれは彼らを無視し別の方向にかけ込んだ。
当然警官たちの「あっ! こらっ!」と言う声が聞こえる。
「ったくもぉっ! いつまでもモタモタ場所を探してるからぁっ!」
「んなこと、言ったって、しょうがねえだろっっ! はぁ、はぁ……」
すると突然、「きゃぁっ!」と言う短い悲鳴が聞こえた。
振り向けばとうとうここあがつまずいて転んでしまった様子。
手を引っ張る沙耶がすぐに彼女の身体を抱き起こした。
「おっしゃぁぁっっ! 追いつけぇぇっ!」
これを狙ってチンピラ集団が目前まで迫る。
それを見たタタミちゃんがすばやく前に進み出て、「たぁっ!」と言ってチンピラの先頭に向かって飛びはね、まっすぐ蹴りあげた。
「ぐほぁっっ!」
軽く吹っ飛ばされた先頭のあおりを受けて、他のチンピラ達も次々と倒れ込む。
その間に着地してスタッと立ち上がるタタミちゃん。
「お巡りさんより先にたどり着いた自分たちを恨みな」
「タタミちゃん今の飛び蹴りは華麗に決まりすぎだと思うなっっ!」
そしてタタミちゃんはすぐに振り返った。「今のうちに!」
ここあが息を整えるのを見るなり、おれたちは再び走り始めた。
警官たちはおれたちよりもチンピラ連中を捕まえるのが先だと考え、倒れ込んだ連中を取り押さえていた。なんなんだこの一石二鳥感。
しかしどうする?
いくらおびき寄せて一網打尽にするからって、どこにそんなことができる場所があるんだ?
工事現場? 地下駐車場? ダメだ、すぐさわぎがまわりに聞こえる。
ビルの屋上? どうだろう、時間がかかりすぎると逃げ場がなくなる。
「くそっ、こんなことになるんだったら最初の連中を全員つぶしておくべきだったんじゃないかっ!?
そしたらもっと遠くまで逃げられるのにっ!」
「しょうがないじゃない! 沙耶が決めたところなんだから!
それにあのときはここあちゃんが足手まといになると思ったのっ!」
思い立ってしまったのはどうしようもない。とにかく安全な場所を目指して走り回るしかない。
それにしても、走りながらでは名案も浮かばない。頭が酸欠になりそうだ。
「いたぞっ! あそこだっ!」
気がつくと前方からチンピラ集団が迫ってきた。左右に逃げる場所はない。
「くそっ、こうなったら目の前の連中を片づけるしかない!
沙耶っ、タタミちゃんいいかっ!?」
「もちろんっ!」「おっけーっ!」
2人がすばやく前方に進み出ると、即座にチンピラ集団に殴る蹴るの暴行を加える(もちろん手心を加えているとは思うが)。
結果、またたく間に全滅。ぐったりしている男たちを見下ろし、深いため息をつく。
「ああ、おもえば最初っからこうしとけばよかった」
いいながら、おれの目線がある一点に止められた。
使い過ぎで表面がボロボロになってしまっている携帯。
おれはそれを拾い上げ、そばにある裏路地にかけ込んだ。
当然、タタミちゃんから「どうしたの!」と言う掛け声がかかる。おれは走りながら片手をあげた。
「名案だっ! とにかくついてこいっ!」




