幼なじみが都合のいいキャラだとは限らない(1)
おれの家にやってきた2人の美人(ただし人間ではない)を前にして、押しかけてきたのをUターンして帰ってしまった幼なじみ(ただし美少女ではない)。
早めに朝食を切り上げ、向かいにある彼女の家のインターホンを鳴らす。
返事はすぐに出た。『はあい』という少ししわがれた女性の声が聞こえる。
「すみません、向かいの結城です。
ここあちゃん、大丈夫ですか?」
『あら、新介君?
それがねぇ。急いで家に帰って来たと思ったら、部屋に閉じこもったきり出てこないの。
新介君何かご存じ?』
「あ、はい。とりあえずそっとしておいてください。今はあまり声をかけない方がいいはずですから。
くわしい事情はうちの母の方にお願いします」
『あらそう。心配ねえ』「ご迷惑おかけします」
報告を終えたあと、おれはインターホンの前でうなだれ、深いため息をついた。
「ふぅ、まったく。朝からとんでもないことになったよ」
「な~にがとんでもないことなんだか」「おうわぁぁっっ!」
おどろいて振り向くと、タタミちゃんが沙耶と一緒にいぶかしげな目を向けて立っている。
「おどろかすなよ2人ともっ!」
「おどろかしてなんかいないわ。
あなたが妙に気落ちして、わたしたちに気づかなかっただけ」
「気落ちもするよ沙耶っ! まったく2人して他人の心情を傷つけて!
おかげでここあちゃんとまともに口もきけなくなっちゃうじゃないか!」
「あの風貌のことだから特に気にもならないけど、そのここあっていう子、あなた下の名前で呼ぶのね。
こちらの世界では異性を名字で呼ぶのが普通って聞いたけど?」
「それも確かにそうですけどその前に『あの風貌のことだから』てキーワード妙に気になるんですけどっ!」
「ゴタクはいいからさ。
そのここあって女について、教えてよ」
「タタミちゃんもなにげにひどくねっ!?
ああちくしょう、朝からおれツッコミばっかしてね?」
それでもタタミちゃんが「いいからいいから」としきりにうながすので、おれは頭をカリカリしながら彼女のことについて説明することにした。
「あいつの名前は『飯島ここあ』。
幼稚園時代からの腐れ縁だ。
当時から向かいの家だったから家族ぐるみで付き合いがあって、歳も同い年だから昔はおれもよく彼女と遊んでた」
「向かいの家なら、別に新介君の家に泊まり込まなくてもいいんじゃないの?」
沙耶は何気ない風をよそおっているが、目つきがなぜか怖い。
「昔から彼女と夜遅くまで遊ぶのがしょっちゅうだったんだよ。
彼女の方がおれの部屋に泊まることも多かったし、おれも彼女の部屋に何度も泊まったことがある」
それを聞いたタタミちゃんが妙に不機嫌に見える。
「へぇ、ちっちゃいころから女の子の部屋に出入りしてたわけだ。
で、新介サン(『さん』づけ!?)はいったいいつごろまで彼女と一緒にオネンネしてらっしゃったんでしょ~か?」
「そんなの小学校低学年で終わったよ!
それ以来はおれも彼女とあまり話もしなくなって、ただのご近所さんみたいになってきたよ!」
沙耶が腕を組み、納得いかないとばかりにため息をつく。
「だったらなぜ、今朝になって家に押しかけて来たのかしら?
なんとも思ってなかったら、わざわざ新介君に忠告することもなかったでしょうに」
「ああわかった。きっと内心新介君のこと自分のものだと思ってんだ。
で、急に女の子が2人も家に泊まるって聞いて、居ても立っても居られない、ていうことでどうスか?」
鼻息を荒くして自慢げに言うタタミちゃんに、おれはあきれた声を返す。
「考えすぎじゃないか?
アイツはあの容姿が災いしてか、嫉妬深いところがあるからな。
おれが家に別の女の子を泊めるってだけでいてもたってもいられなくなっただけだと思うけど」
そう言っておれは彼女の部屋がある2階を見上げた。
カーテンは閉められたままで、当然なかの様子はわからない。布団を頭からかぶってちぢこまるベタな絵が思い浮かんだ。
「もう! 彼女のことなんか気にしてないで!
どうせあれでしょ? あの女のことは別に何とも思ってないんでしょ!?」
「そりゃそうだけど、いちおう友達なんだし」
申し訳なさげにタタミちゃんに振り返ると、沙耶もぶぜんとした顔でこちらを見つめる。
「わたしたちはお友達じゃないのかしら?」
「友達ですよ。いや、個人的には友達以上に思ってますけど……」
超恐縮ぎみに言うと沙耶は少しだけ顔を赤らめ、目を伏せると少し乱暴におれの腕を取った。
「だったら!
1人で勝手に引きこもってる女を相手にしないで、さっさと今日の予定をすませるわよ!?」
「ええと、今日は沙耶のお兄さんに会いに行くんだっけ?
場所はどこなんですか?」
これまた恐縮してタタミちゃんの方に目を向けると、彼女もこちらの腕をつかみ、沙耶の手から無理やり引きはがした。
「いてっっ! なんだよまったく!
お前ら人間じゃないんだから乱暴にするなっ! おれの腕が壊れたらどうすんだっ!」
「あらそう? 新介サンのふがいなさが原因じゃないの?」
タタミちゃんがふてくされて腕を組むが、さすがの沙耶も見かねたようだ。
「2人ともやめてよ。今は新介君の質問に答えるべきでしょ?
じゃあ言っておくけど、わたしの兄が入院している病院は……」
「『歌舞伎町』……ですか……」
おれは若干意気消沈しつつ、電車のつり革に体重を預けるのに任せがっくりうなだれる。
「どうしてそんな暗い顔をしてるのかしら?
新介君、歌舞伎町に何か暗い思い出でも?」
「あるわけないじゃんか。
沙耶はよくご存じないかもしれないけど、歌舞伎町と言えば東京でも最もデンジャラスな無法地帯なんだぞ?
昼間っから高校生がうろつく場所じゃねえよ。いや夜こそムリだけど」
おれのテンション下がりまくりな声を聞いて、タタミちゃんも苦笑する。
「しかもお兄さんがいる病院って、よりによってそんな危険地帯である歌舞伎町にのど真ん中あるなんてねぇ。
こりゃ先が思い知られるわ」
「ま、まぁまぁ。別にとってつけたように絶対に危険に見舞われるわけじゃないし。
とにかく2人とも落ち着いて行動してれば、変なトラブルに見舞われることもないと思うし」
「そうね。いざという時は冷静に対処すればいいだけのことだしね」
「沙耶、あらかじめ言っておくけど、万が一の時は力づくで解決しようと思ってないだろうね」
「あら、それってどういうことかしら?
2人の話を信じれば、歌舞伎町と言うところはそれほど危険な場所なんでしょう?」
そう言う沙耶はいたって平然としている。と言うより自信満々にも見える。
「それは最終手段だから!
変なやつに絡まれたら、まず最初に逃げる!
そして安全を確かめたら警察に届け出る! いい!?」
「なぜ逃げなきゃいけないのかしら?
わたし、自力で対処する力があるのに」
「いや普通は逃げるでしょっ!
女子高生が自力で暴漢を退治したらどう見ても自然じゃないでしょ!」
「にゃははは、言えてるわそれ。
でも逃げるにしても、沙耶のことだから全力疾走して街の注目を集めるそうだわ」
「タタミちゃんのおっしゃる通り!
沙耶? 逃げる際にもくれぐれも全力疾走しないように!」
「あらそう。わかったわ」
「……沙耶、なんで妙に残念そうな顔をする?」
不安いっぱいである。どうか新宿では妙なトラブルが起きませんように。
なぜだろう、あらぬ方向から妙な視線を感じるが、それもただの気のせいでありますように……
「ねぇねぇお嬢ちゃんたち。カワイイね。ちょっとお茶でもしない?」
「ハイハイダメダメっ!
この子たちは予定があるんだからあんたと遊んでるヒマはないの!」
「……ちっ! ヤロー同伴かよ。まったく……」
そう言ってありえないほど金髪をデコレートした男は、スーツのポケットに手を突っ込みながらきびすを返していくのであった。
「あのやろっ! 新介に向かって毒吐きやがって! とっちめてやる!」
「だーかーらータタミちゃんはそうやって指の骨ポキポキいわせない!
こっちの事情詳しいあんたの方が血気はやってどうすんの!」
タタミちゃんは「にゃはは、ごめ~ん」とかいうが、そのじつ全然感情がこもってなかったりする。
ため息をつきつつ街を歩いていると、行きかう人々がちらちらとこちらの方(正確には沙耶とタタミちゃん)を向いてくる。
特に男、特にホスト。パリッとしたスーツにはあまり似つかわしくないモリモリのセットした髪をした顔だけはまともな連中が、しきりに美少女2人に熱心な視線を向ける。
ところがそのとなりにはつきそいの男がいるとわかったとたん、おれに向かって「憎悪」にも似た視線を向けてくる。カンベンしてほしい。
「まったく、さっきからしょうもないヤローどもの視線きついんだけど。
2人とも早く目的地に行こうよ」
「その意見には同感する」
……半分は。なんせそう告げるタタミちゃんは沙耶とともに、今日も派手な格好をしているわけで。
おれは2人のファッションに目を向ける。
それでもタタミちゃんは昨日と比べればだいぶマシにはなっている。
くたびれてところどころほつれている赤と黒のボーダーシャツの上に黒い袖なしのダウンジャケット(あちこちバッジがついている。)。下はレザーのホットパンツをはき、赤いパンスト、丸みを帯びた黒いショートブーツでまとめている。
これだけだとまともなのだが、相変わらず眼帯にわざとらしいアイメイクをしている。
さすがに黒い口紅はしておらず、準備がいいのか浅黒く見えるファンデーションで色白の肌を隠している。
そして沙耶はと言えば、こちらは全くこりていない。
上は白いブラウス。下はやたらとフリルのついた黒いふくらみのあるスカート。網目のついたタイツの下には赤いエナメルの小さい靴をはいている。
で、相変わらずの色白。日のあたる場所で見ると改めて彼女の肌の白さが目立つ。
またしても赤い口紅を差しているのでさらに目立つ。
長すぎる黒髪はさすがにまとめており、頭の後ろに黒いリボンがひょこんと突き出している。かわいらしい。
似合う。似合いすぎている。だけどこの格好はまずい。
いまどき使わないくらい「清純」という言葉が似合うくらいの彼女だと、閑静でおしゃれな街がよく似合う。
こんなうす汚れた歌舞伎町には、彼女はふさわしくない。
「ていうか、沙耶ってこんな街を歩いてると妙に浮くよね。
こういう格好だと白金台か三軒茶屋あたりがお似合いかな」
タタミちゃんから同じような指摘を受け、おれは激しくうなずいた。
ただ見えていなかったようで、タタミちゃんはあらぬ方向に目を向けたままだった。
ところが、そんな彼女が急に首をひねった。
不思議なことに沙耶も同様のリアクションをする。
「え? あら? 2人ともなんかあった?」
「あ、いや、どうもさっきから『つけられてる』ような気がして……」
歯切れの悪いタタミちゃんとは対照的に、沙耶ははっきりとうなずいた。
「いいえ、間違いないわ。何者かが、わたしたちのあとをつけてる」
「お、おい。2人ともおかしなこと言うなよ。
まさか、おれたち変なやつに追いかけられてるとか……」
思わずうしろを振りかえると、はるか後ろにあった建物のかげに、誰かがひょいと身を隠しているのがはっきり見えた。
たしかに見えたのだ。おれは思わず前を向く。
「えぇっ!? なんでっ!? なんで2人ともそんなことがわかるのっ!?
後ろを見てるわけでもないのにっ!?」
「こらっ! 新介、さわがないの!」
いつの間にかタタミちゃんはおれを呼び捨てにしている。まあいいけど。
「心当たりはあまりないけれど、おとなしくしておいた方がいいわ。
それにしても、ずいぶんと下手な尾行ね」
おれは声をひそめて2人に問いかけた。
「だからなんで2人は尾行されてるのに気付くの?
なに? 特殊な訓練でも受けた?」
「特殊ね訓練、ねぇ。まあそうとも言えるけど。
熟練した戦士は、常に後ろに目がついてるものなんですよ」
「タタミちゃん、まだ修行途中ですよね?
なのにもうそんな特殊能力身につけちゃってんですか? まだ15歳なのに……」
言いつつ呆れかえっていると、沙耶が不意に手鏡を取り出した。鏡面以外の漆塗りがいかにも彼女らしい。
顔の位置まで高くかかげ、自分から妙に位置をずらしている。
「……見えた! ああそういうこと。
新介君、こちらをごらんなさい」
そう言って彼女が鏡の向きを変えると、鏡面にはっきりとその姿が映し出された。
「……! こいつはっっ!
ていうか沙耶ってなにげにすごいテク持ってるよね!」
沙耶の手際に驚愕しつつ、おれは鏡の中をそっとのぞき込んだ。
そこに小さく映し出されているのは、遠くでもよく目立つ不美人。
まぎれもなく「ここあ」の姿だ。帽子を深くかぶり、マスクをしているが目もとではっきりとわかる。
「なんでおれらのこと尾行してるんだ?」
「なんでって。
あんたのこと気にしてるに決まってるでしょ。それ以外になんか考えられる?」
タタミちゃんがあきれぎみに言うが、おれには全く心当たりがない。
「なんでまた? おれには尾行される覚えがまったくないぞ?」
タタミちゃんはさらに腕を組んで深いため息をつく。
「まったく。あんた意外とニブいとこもあんのね。
これだから男ってやつは」
まったく意味がわからない。
彼女はいったい何を言いたいのだろうか。
「言っておくけど、わたしもよくわからないわ。
それより彼女のことを放っておいていいのかしら」
「ん、沙耶の言うとおりだ。こんなところで1人でうろついてたら危なっかしくてしょうがない。
ましてやあんな不自然な動きで」
沙耶はもう手鏡をしまっていたが、思いおこすかぎり、ここあはいかにも尾行してますっと言ったおぼつかない歩き方をしていた。
そんなことを思っているうちにタタミちゃんがあっけらかんと口をこぼす。
「大丈夫なんじゃない?
あんなブ○イクじゃ、ホスト連中は声かけてこないでしょ」
「はっきり『ブ○イク』ていうなっ! オブラートに包めっ!
それはひとまずおいといて、ホストじゃなくてもお金目当ての連中はいくらでもいるだろ。
キャッチセールスとか」
「だったら言ってみれば? せっかくだから同行してもらいましょうか。
あなたたちの言う通りなら、この街は危険なんじゃないの?」
「あいわかった。沙耶、ナイスアドバイス」
おれは言われるなり後ろに向かって歩き出した。
タタミちゃんが何か声をかけてきたような気がするが、若干急ぎ足だったのであまりよく聞こえなかった。
こちらに気づいたここあはすぐに建物の中に身を隠したが、おれはすぐに追いついた。
姿をはっきりと見られたここあはギクリとして後ろに振り返る。
「ここあ、お前いい加減にしろよ。
なんでおれたちのあとをつける?」
彼女は後ろを向いたままちらちらとこちらに視線を送る。
どうでもいいが、毛糸の帽子にすっぽり身を隠すようなロングコート。春だというのになんという暑苦しい格好だ。
「き、決まってるじゃない。
あんたがあんな見てくれだけの女たちにだまされてないかどうかチェックするためだって」
「だまされてなんかねえよ。
お前あいつらの性格ろくに知りもしないのによくそんなこと言えるよな。
ていうかなんだよ。なんでお前にそんなこと心配されなくちゃいけねえんだよ。
お前そんな義理ないだろ?」
「そ、それは……!」
なぜか妙に口ごもるここあ。おれは首をひねった。
「あ~あ~。まったくデリカシーないんだから。
もっと別の方法あるでしょうに。メールするとか」
後ろを振り返ると、あきれ顔のタタミちゃんと要領を得ない表情の沙耶が立っていた。
顔を戻すと、ここあはギクリとした顔つきになっている。
と思いきや、彼女はその場を逃げ出した。
しかし奥は何らかの店舗に続く下り階段しかないのでおれの目の前を通るしかない。
当然、おれが手を伸ばすとすぐに袖を捕まえることができた。
「きゃっ!」とつんのめりそうになりながらも、彼女は必死におれの手を離そうとする。
「な、なにすんのっっ! 離してっっ!」
「いいから落ち着けってっ! とにかく1人で歩いてたら危ないだろっ!?」
「ふざけないでっ! あんたには関係ないでしょっ!」「なっ!」
自分のことを棚にあげた発言をされたおかげで、おれの手の力がゆるんだ。
おかげで彼女はそれを振り払い、勢いよくその場を離れていってしまう。
「ああっ! 待てっ!」
「まったくっ! なにしてんのっ! 急いで追いかけないとっっ!」
タタミちゃんの言うとおりで、おれはすぐにここあの後ろ姿を追った。
その場にいてはまずいと判断したのか、後ろからタタミちゃんと沙耶が追いかけてくる。
前方は人がなにげに多いので、かき分けながら進まなければならない。
「……まったく!
今日は兄に会いに来たってのに、よけいな面倒事持ち込まないでよ!」
走りながらも沙耶は流暢な言葉でしゃべる。
対するおれはしばらくしないうちに息が切れてきた。
途中で人にぶつかりそうになり、声が途切れそうになりながらも「ごめんなさい!」となんとか口にすることができた。
「……ったく!
筋トレくらいはしてたのに持久力は早くもおとろえてんのかよ!」
「筋トレ?
ひょっとして新介クン、細マッチョ体系維持のために努力とかしてんの?」
同じく息切れしないタタミちゃんのするどい指摘におれは「うっ」と口ごもっていると、沙耶が神妙なことを口にする。
「新介君が息切れしたというのなら、女の子である彼女の方はもっと早いわ。
あの子、運動とかはしてる?」
「まったくだ! 中学の頃は美術部、むしろ運動は苦手な方!」
だからすぐ追いつけるだろうと思っていた矢先、ここあが消えていった曲がり角の先で突然声がひびいた。
「きゃあぁぁっっっ!」
イヤな予感がして全力ダッシュ。
曲がり角の先には、案の定とんでもない光景が広がっていた。




