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(5)

 深夜。

 おれが夜中のトイレをすますと、下の階で物音がする。

 なんだか胸さわぎがして、ゆっくりと階下を降りると、おれは心の中で深いため息をついた。


 うすい青のストライプパジャマを着た兄貴が、音を立てないよう少しずつ、少しずつ和室の扉を開けようとしている。


 おれはそっとうしろから忍び寄り、肩をポンと叩いた。

 瞬間、相手はありえないほどビクリとする。


「なにやってんの?」


 しらけぎみに言うと、兄貴はゆっくり振り返った。

 わかりやすいくらいあせった顔で口に人差し指を立てて「しっっっ!」と言う。

 静かにしなければいけないはずなのに廊下に思い切りひびいた。


「なんだよ兄貴?

 晩飯や大富豪の時はそっけない感じだったのに、心の中じゃのぞきしたくなるくらいコーフンしてたのか?」


 兄貴はたじろぎつつ顔をそむけた。


「い、いや。お、俺もそのつもりなかったんだが。

 なんせ年下の女にはあんまし興味ないつもり、だったんだが……」


 すると兄貴はおれのそばに歩み寄り、肩にヒジをのせてきた。


「だってお前、あれだぞ? 花の、ジョシコーセーだぞ?

 リアルタイムの時はなんも思わなかったけど、あれだ、卒業して、その魅力が本格的にわかった、て感じ?」

「なんだよ『花の』って。だいたいあれだぞ? 今はおれのほうがリアルタイムだぞ?

 兄貴がいくら欲情してるからっておれに同意求めるなよ」

「でもあれだろ?

 2人がどんな寝姿してるか、お前も気になるだろ?」


 一瞬想像してしまった。


「そりゃあ気になるけど。でもダメだ。少なくとも兄貴はダメだ。

 今日初めて会った相手に寝姿見られたら誰でも恥ずかしいって。やめろ」


 ところが兄貴は顔をしかめて首を振り、ふたたび音を立てないようふすまを開け始めた。

 声を出して止めるわけにはいかないので、おれは何度も兄貴の肩をポンポン叩き続けるが、うっとうしそうに払いのけられてしまう。


「兄貴、やめろ、やめろって」


 必死に阻止を試みたかいもなく、ふすまはとうとう兄貴が余裕で入れるくらいに開かれてしまった。


「ほらほら、見てみろ。

 部屋、真っ暗じゃねえぞ」


 指差す兄貴が言うとおり、部屋の中はオレンジ色に照らされていた。

 真っ暗では夜中にトイレに行きづらい、ということでちっちゃい電球だけをつけているのだろう。


 誘惑に負け、中をのぞく。

 右に寝る沙耶の布団は一切の乱れがなく、タタミちゃんのほうは少しはだけられ、足が見えている。

 これが「しどけない寝姿」と言うのだろうか。内心興奮する。


「な、わかるだろ? と言うわけで、いざ、とつにゅー」


 声が完全に上ずっている兄貴が、とうとう部屋への侵入を果たしてしまう。

 2階で寝ている親を起こすわけにもいかないので、おれは部屋の入り口で様子をうかがうしかない。


「おい、どうした? お前も入らないのか?」

「やめろよ。取り返しのつかないことになるぞ? いいからやめろって」

「大丈夫、起こさないようにするからさ。

 バレなきゃ大丈夫だって」

「そういう意味じゃないんだって。ああもう……!」


 説明のしようがなかった。

 おれの予感が正しければ、兄が思っているのとはまったく違う結末が……


「……えっ!?」


 兄貴が叫びをあげたとたん、おれは頭をかかえて「だから言ったのに……」とつぶやいた。


 思わず腰を抜かした兄貴の目の前には、忍者が使うようなクナイを突きつけるタタミちゃんと、同じく立派な日本刀を構える沙耶の姿があった。


「おやおや。

 昼間はそっけないそぶりを見せといて、夜中になったら本性を現しましたか」

「本来ならタダでは済まないけれど、新介君のお兄さんなんだから、感謝してほしいところだわ」

「え、え……ええ……なに……これ……」


 ろこつにいやな予感がしたので、おれは急いで部屋の中に入った。

 うろたえる兄貴の後ろに忍び寄り、がっしりと両腕で捕まえて口元を押さえた。


「んんっ! んんん~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!」


 パニックになりジタバタする兄貴。

 手で押さえた口からはおびただしいよだれが流れ始める。


「うわぁっ! ばっちぃっ!

 兄貴少しは落ち着けって!」

「し~んす~けくぅ~~ん、なんでそんなところにいるのかなぁ~~?」

「いやいや! タタミちゃん誤解しないでっ!

 おれは兄貴を止めたんだっ! 止めようとしたんだっ!」

「起こさないように気を使ってくれたのかしら?

 だけど結局阻止できなかったみたいね。

 (ばつ)として、お兄さんをそうやってずっと押さえてなさい」


 沙耶から投げかけられる冷たい声。

 兄貴はなおも「んん~っ!」と叫びながら、物騒(ぶっそう)な凶器を手にした2人を交互に指差し続ける。


「ああもうわかってるからっ!

 とにかく2人がただ者じゃないことはわかったでしょっ!? すこしはおとなしくしろよっ!」


 必死になだめるものの、兄貴が落ち着くのには結局数分もの時間がかかった。





「説明しろよ。一体2人は何者なんだ?」


 どこまで返答すればいいか。おれはタタミちゃんと沙耶に目配せする。

 2人は同時にうなずいた。どうやらおれに全面的に任せてくれるつもりらしい。


「つまりはこういうことだ。2人とも、武術の達人ってわけ。

 沙耶は剣術、タタミちゃんは忍術の使い手」

「そういうことはもっと早く言ってくれ……」


 額を手で押さえうつむく兄貴に、おれは思わずすっとんきょうな声をあげた。


「言ったって信じないでしょ!?

 どっからどう見ても可憐(かれん)な女子高生が、よりによって凄腕(すごうで)の達人だなんて言ったって絶対信じてくれないでしょ!」

「しっ!」「新介君、声が大きい」


 口元に人差し指を当てるタタミちゃんと沙耶に注意され、おれはこっくりと頭を下げた。


「とにかく、兄貴もこれでこりたでしょ?

 わかったら部屋に戻りなさい」

「……なんでだ?」


 兄貴が顔をあげると、まるで状況を忘れたかのように2人のほうに顔を向けた。

 タタミちゃんが不機嫌な顔で「なんなの?」と言うと、兄貴は恐縮して首を振る。


「あ、いや。つかぬことをお聞きしますが、なぜそのような武芸をたしなまれるお2方が、うちの新介のご学友であられるのですか?

 どうにも気になってしまいまして……」


 異様に言葉遣いが正しくなってしまっている兄貴に、おれはため息まじりに腕を組んだ。


「2人とも、おれのボディーガードみたいなもんなんだよ。

 親の手前言えなかったけど、うちの学校、けっこう危ない連中も来てるんだ。

 よく考えたらわかるだろ? 危うく高校浪人になりそうになった奴をわざわざ受け入れてくれるような学校なんだから。

 教頭がそれを見越して、おれの身の回りにそういう連中から守ってくれそうな人たちをつけてくれたんだよ」


 すると、兄貴はこちらの方に振り返り、けげんな表情を見せた。


「お前、大丈夫なのか?」

「大丈夫って、なんだよ?」


 兄貴は一瞬正面を向き、いつでも武器を手に取れるように手元に置いている2人(どうやら相当嫌われたようである)に人差し指を向けた。


「だって、こんな危なっかしい奴らがお前の周りに張り付いてなきゃいけないような学校なんだろ?

 お前、怖くないのか? 逃げ出したいとは、思わないのかよ?」

「2人を『こんな奴ら』呼ばわり。

 兄貴のほうももう完全に女子高生を見る目じゃねえな……」

「質問に答えろって」


 いつになく真剣なまなざしを向ける兄貴に対し、おれは沙耶とタタミちゃんに目を向ける。

 2人とも少し困ったような顔でおれを見つめた。

 おれはそれに対し少し笑って返し、ふたたび兄貴に目を向けた。


「そりゃあ、最初は怖かったけど。でももう慣れた。

 ここにいる2人以外にもおれのこと心配してくれる奴はいっぱいいるし、もう大丈夫だから」

「でも、武器持ちの警護(けいご)が必要になるんだろ?

 ていうことは、命の危険さえあるっていうわけだ。

 なのに、逃げたいとは思わないのか?」

「冗談じゃねえ。

 また不毛な高校浪人に戻れってのか? イヤだよそれ」

「でも、命を危険にさらしてまで……」


 おれは兄貴の話をさえぎるように手を振りあげた。


「ああゴチャゴチャうるさい。

 大丈夫だって。おれ、いまの生活楽しいし」


 おれの発言を聞いた3人は一様に目を見開いた。


「そりゃあ多少の危険はあるけれど、おれ、高校生になったんだぜ?

 あこがれの高校生活だぜ? こんな楽しいことあるかよ?

 むしろ多少スリルがあったほうがより高校生活エンジョイできるって」


 きっとおれの顔は多少はにかんでいるんだろう。

 おれを見る女子2人がホッとした表情になった。

 それに対し、兄貴はなに言ってんだお前、と言わんばかりにあ然としている。


「お前、大丈夫か? 頭おかしくなってないよな?

 多少スリルがあったほうが楽しいって、正直どうかしてるぞ?」

「だから大丈夫だって。

 兄貴、2人の身のこなし見ただろ? 2人がおれのそばにいれば、おれも安心だって。な?」


 そう言って2人に顔を向けると、どちらも顔を赤らめてうつむいている。

 タタミちゃんにいたっては照れ隠しなのかほおを人差し指でポリポリし始める。


 そんな2人の様子を見た兄貴が、改めておれに真剣なまなざしを向ける。


「お前、本当にそれでいいのか。

 その高校に入って、本当に後悔してないんだな?」


 おれは自信満々にこっくりうなずいた。

 それを見て、兄貴はそっと目を伏せる。


「そうか、そこまで言うんなら仕方がない。

 このことは親父たちには内緒にしておこう」


 そう言って立ち上がり、音もなく部屋を出ていこうとする。

 おれはどこかさみしそうな背中を見せる相手に、そっと「兄貴」とささやきかける。動きが止まった。


「兄貴、だまってくれてありがとな」


 兄貴は片手だけをあげて、部屋を出ていった。

 とたん、後ろからいきなり頭をはたかれた。


「あいだっ! なんだよっ!?」

「……なんで礼を言ってんだよっ!」


 見ればタタミちゃんはわかりやすいくらいほっぺたをふくらませている。


「お前の兄貴はのぞき犯だっての忘れたかっ!」

「……はい、すみません」





 翌朝、家族全員に来客2人を迎えて、昨夜のように6人で朝食を取った。


「いつもはパンとサラダなんだけど、せっかくのお客さんだからはりきっちゃいました!」


 と言うお袋がならべた朝食は、ご飯、みそ汁、焼き魚に生卵と言った具合。

 もちろんしょうゆをかけて卵かけご飯にしろと言う意味だ。


「朝食に和食って、旅館に泊まった時以来だぞ……」

「あら、おいしくないのかしら?」

「とんでもありませんっ! うんまいですっ!

 すんごくうんまいですっっ! 最高っ!」

「にゃははは、新介クンの言うとおりだ。お母さん、手間かかったでしょ?」


 ニコニコしながら言うタタミちゃんに対して、お袋も上機嫌に笑う。


「2人とも、おいしいかしら?

 沙耶ちゃんも、お気に召さなかったら言ってちょうだいね」

「いいえ、とてもおいしいです。

 もっともわたしの実家は毎朝が和食なので、むしろなつかしいというか……」


 それを聞いたお袋が少しびっくりした顔になる。


「毎朝和食って、大変なおうちなのね……」

「沙耶っ! 変なこと言って親を動揺(どうよう)させないっ!

 気にすんなお袋、沙耶んちはけっこう裕福なとこなんだ。きっとお手伝いさんがいるに違いない」

「あらまぁ、お嬢様だったのね。

 なんとなくそんなことだろうとは思ってたわ」

「まあ、そうですね。

 召し使いだけでもざっと50人くらいは……」

「だから沙耶はそうやって大胆な発言をしてみんなをびっくりさせない!

 ていうかええっ!? 召使い、50人っっ!? 多すぎだろそれっ!」

「昔に比べたらだいぶ減った方だわ」


 そっけなく返す沙耶の横で、タタミちゃんがあ然として「スケールが違う……」とぼやいた。

 そんなとき、朝刊を呼んでいた親父がそっと声をあげる。


「母さん、俺も朝は毎朝和食がいいなぁ」「却下」


 親父には異様に冷たいお袋を見て、今度は沙耶のほうがタタミちゃんと一緒にギョッとする。

 朝からきわどい雰囲気のなか、おれは横目で兄貴を確認した。

 こちらにちらちら視線を送りながらも、基本的には一言も発さずもくもくと朝食を口に運んでいる。

 深夜に沙耶とタタミちゃんのさらなる秘密を知ってしまったのだから気まずいのは当然なんだが、いつもなにげに口うるさい姿ばかり見ているおれにはとても違和感がある。


 そんな中、じっと見つめるおれに気づいた兄貴がうっとうしそうな視線を向ける。

 おれはあわてて目をそらした。

 お袋が兄弟のやり取りに気づくこともなく声をあげる。


「それで、2人は今晩も泊まっていくの?」


 すると、沙耶とタタミちゃんは顔を見合わせた。

 そしてお袋のほうを向いて、同時に首を振った。


「すみませんけど、今夜は別のところに泊まろうと思ってるんです。

 気持ちはありがたいですけど」

「にゃはは~。

 アタシももう一晩泊まりたかったんですけど、事情がありまして~、残念ですぅ~」


 おれのとなりでは、その「事情」がズズッと音を立ててみそ汁をすする。

 まるで本人は知らんと言わんばかり。気持ちはわからんでもないが。


「そぉ、残念ねぇ。

 わたし、けっこうあなたたちのこと気に言ってたのにねぇ」


 なんだか上から目線の発言。

 上の息子の不始末についてバラしてやろっかなと一瞬思った。


 そんなことはさておいて、一応は和気あいあいとしている朝食ムードの中、突然それを打ち破るかのようにインターホンが鳴る。


「朝から一体何なんだ? 新介、お前が応答しろ」


 親父のひとことになんでおれなんだと思いつつ(いや不自然ではないが)立ち上がると、そばにあるインターホン専用の受話器を外し、耳に当てる。


『しんすけぇ~~~っ!

 あったっしっ、だっけっどぉぉ~~~~~~~っっ!?』


 心臓(しんぞう)が止まりそうになった。

 受話器を一瞬で閉じて、すぐに振り返る。


「お袋っ! 玄関のカギってかかってるっ!?」


 お袋はすぐに首を振った。

 おれは玄関のある方を向いて、思わず気まずい顔になってしまう。


「あいつが……あいつがやってくるっっ!」

「新介クン、なんなん?

 よっぽどまずい奴でもやってくるわけ?」


 おれはタタミちゃんの声を無視し、一直線に玄関に向かう。

 が、時遅く、扉は最大限に開かれていた。

 差し込む朝日の中から、どちらかと言うと小柄な女の子のシルエットが浮かび上がる。


 開けっ放しになっている食堂から、ひかえめに沙耶とタタミちゃんが現れた。

 女の子のシルエットがサッと動き、かろうじて見える人差し指がビシッとそちらを指差す。


「なっ、なんなのその女の子たちっ!

 なんであたしの知らない女の子が勝手にあんたの家に上がり込んでんのっっ!?」

「あ、いや、別にお前の許可は必要ないだろ。

 おれの家族の許可があれば何の問題もないし」


 後ろにチラリと視線を送ると、2人は顔を見合わせ、こちらに目を戻してあきらかに不機嫌な顔をしてる。


「新介君。この子が、例の幼なじみ?」

「こいつが新介クンに妙な女慣れをもたらしたってわけ?」


 おれは前後に視線を交互させつつ、口元に手を寄せて「あわわわ……」と言わせることしかできない。


 本当ならここで、幼なじみのほうがズカズカと玄関を上がってくるはずなのだが、彼女はそうしない。

 おれじゃなく、後ろにいる2人のほうが不審(ふしん)な顔つきになる。


「どうしたのよ?

 玄関で立ったままだなんて。不満があるならこっちに来なさいよ」

「なんでこっちに来ないわけ? 何かマズイことでもあんの?」


 沙耶に続いてタタミちゃんまでが挑発ぎみに問いかけると、とたんに玄関の影はたじろいだ。

 理由を知っているおれは苦笑してなだめるような口調で声をかける。


「『ここあ』、わかってんなら気持ちを静めろって。

 別におれ、変なことをしてるわけじゃないんだからさ」

「だ、だったらなんで、アンタが連れ込んでる女、両方美人なわけっ!?

 絵にかいたような両手に花みたいで、なんかムカツクッ!」


 突然沙耶とタタミちゃんの後ろからお袋が現れる。


「あら、今日はどうしたのここあちゃん。

 いつまでも玄関につっ立っていないで、早くおあがんなさいよ」


 すると、タタミちゃんがおもむろに玄関まで進み出て、ここあの腕をとって引っ張り上げる。


「ちょっ、なにしてんのっっ! やめてよっ!」

「うるさい!

 いいからこっち来てちゃんと顔を見せなさいよ!」


 ここあ本人は気付いていないようだが、死霊族であるタタミちゃんの腕力の前ではなすすべもなく、ここあは姿がはっきりわかる場所まで連れてこられた。


「あらあら、ずいぶん強引なのね。

 まあいいけど、彼女土足だから、あとでちゃんと掃除してね」


 のんきに言うお袋をよそに、沙耶とタタミちゃんは両手両ヒザをついて顔をあげようとしない彼女をいちべつし、たがいに顔を見合わせる。

 なにか感づいたようだ。


 すると今度は沙耶が、片手で茶髪がかった髪を、もう一方の手でアゴをつかみ、むりやり持ち上げた。

 一瞬、沈黙、沙耶はタタミちゃんとともに大あらわになった相手の顔を凝視(ぎょうし)して、手を離す。


 彼女たちが目にしたここあの姿は、お世辞(せじ)にも美人と言えるようなものではなかった。

 目は異様に細く、見えているのかどうかもわからない。

 鼻は明らかに上を向き過ぎ、2つの穴が正面からも見えてしまう。

 口はやけに小さく、その割には厚めの唇が前に張り出している。

 極めつけは輪郭(りんかく)で、とにかくシャープさのかけらもない。眉毛は比較的整っているが、その昔はかなり太くて、目よりもとにかく目立っていた。


 とにもかくにも、ホメるべきところは全くと言っていいほどない容姿なのである。


「……ぷふぅっっ! なっ! なにこれぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!

 幼なじみだからって不安がってたら、とんでもないオチがついてたぁぁっっ!」

「ぷくくくくくくっっ! し、嫉妬(しっと)して損したわっ!

 これじゃお話にもならないじゃないっっ!」


 噴き出したタタミちゃんはともかく、沙耶にいたっては露骨に声に笑いを出してしまっている。

 あきらかに相手の容姿をバカにした態度だった。


「やっ、やめろよ2人ともっっ!

 顔のことで人のことをとやかく言うのはやめようよぉっっ!」


 当の本人はと言えば、2人の顔をまともに見ることができず、ちらちらと視線を送りながらも基本はうつむいたままだ。


「あら、ひょっとして2人に対して嫉妬しちゃった?

 ごめんなさぁい、オバさんも少し気持ちがわからないわぁ」

「お袋も変なこと言ってここあちゃんの気持ち逆なでしないでよっっ!」


 言われたとたん、ここあはわけのわからない叫びをあげて、勢いよく玄関へと走っていった。

 おれはため息まじりに額を手で叩いた。


「ったくもうっ! 怒っちゃったじゃないかっ!

 2人ともなんてことしてくれんだよ!」

「にゃははは、ごめん。ついうれしくなっちゃってさ。

 ほら、なんとなくつきまとってた不安が、ただの取り越し苦労だったっていう安心感?」


 タタミちゃんは苦笑しながら後ろ頭をなでなでする。


「そんなふうに片づけられるとおれもやりきれないよ……」


 おれは玄関の方に目を向けた。

 あけっぱなしの入口の光が、なんとなくだが切なさを感じさせてしまう。

 追いかけなければ。すぐにそう思った。

 でもこの家を抜けだすために、2人にはいったい何て言えばいいのかまったくわからず、とにかく途方にくれた。

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