(4)
「しっかしヒヤヒヤしたね~。
きわどい質問がポンポンやって来るもんだから、アタシたちなんて答えたらいいかどうかホント迷ったよ~」
「沙耶はともかく、タタミちゃんまであわてすぎだって。
こういうのは全部おれに任しときゃいいんだから。
ていうかタタミちゃんもまだまだ人間界慣れしてないな~」
声を若干ひそめながら、おれたち3人は来客用の和室で敷き布団を広げる。
2人とも慣れた様子で、ほぼ短時間で2つの布団がきれいに並べられてしまう。
「お嬢様の沙耶はともかく、タタミちゃんも慣れてるな~。
おれなんかベッドだから和式なんて久しぶりだよ。
死霊族の家は基本和式なのか?」
「そぉいうわけじゃないんだけど、アタシんちもそうだね。伝統的な日本家屋」
「タタミちゃんって、代々忍者の家やってんの?」
相手はトランクケースを空け、中の荷物を取り出しながら言う。
「よく言われるんだけどね。うちは一般的なサラリーマン家庭。
ただうちのオヤジが熱狂的なニンジャマニアで、女のアタシを立派なくのいちにしたいってんで無理やり裏甲賀に入門させたんだよね」
「お母さんはどうなの?」
「最初は乗り気じゃなかったんだけど、アタシに天性の素質があるとわかったとたんにノリノリ。
いまじゃアタシがパンクにのめり込んでるのを見たらすぐに『もっと腕を磨きなさい』の一点張り。
危険をともなう将来なのにやんなっちゃう!」
そう言って持ったトランクを乱暴に開くタタミちゃん。
しかし、おれの目はそのほおり投げた放り投げたものの中の1点に向けられた。
「ちょっとっ! なにしてんだよっ!
中の“パンツが丸見え”になってんじゃねえかっ! ていうかよく考えたらそのことを想定してなかったおれが悪いじゃねえかっ!」
言いつつ、おれは若干しわしわになっている格子模様の黄色いパンツから目が離せなくなってしまう。
「なに言ってんの? たかがパンツじゃん。
さすがにはいているところを見られるのは恥ずかしいけど、これ見られたくらいで恥ずかしがる死霊族じゃありませんよ」
「た、タタミちゃん。もっと人間界のことよく学んだほうがいいよ?
こっちの世界じゃ脱いだパンツも普通の女の子は見せないもんなんだよ」
「あ、そうなのっ!?
言われるとちょっと恥ずかしくなってきた!」
顔を急に赤らめ、急いでパンツをしまうタタミちゃん。
おれは同じく荷物を広げている沙耶を見る。こちらはどうどうと黒い下着を布団の上に広げている。
「沙耶ちゃんも早く下着しまってっ!
そんな堂々と広げられるとおれも困っちゃうんだよっ!」
「別にわたしは平気よ? 話の重要性は理解できるけど、別にいいじゃない?
ここにいるのは新介君だけなんだし」
おれがもんもんとして頭をかかえていると、出入り口のふすまからコンコンと叩く音がする。
「入ってもいい……」「だめぇ~~~~~~っっ! 絶対ダメダメっっっっ!」
おれはあわててふすまの前に立つと、沙耶に向かって大きく手を振る。
さすがに彼女は手早く黒下着をトランクの中にしまい込む。
おれはそれでも安心できないとばかりに、ふすまを少しだけ開けてすべりこむようにして廊下に出た。
兄貴が若干いぶかしげな視線を送る。
「なんだお前ら、変なものでも出してたのか?
まだ出会って1カ月もたってなのに……」
「そんなことはねえよ! そんなことはねえよっ!」
言いつつ、この状況をどうやって乗り切ればいいかアイディアがまったく思い浮かばない。
心底困り果てているうちに、兄貴は呆れて少し長めの髪をかきあげた。
「まあいいや。
とりあえず風呂は洗って湯は入れといたから、沸いたら2人を先に入れてやれ。
女子なら絶対一番風呂がいいだろうからな」
一難去ってまた一難。わが身に、新たなる難題が降りかかる。
それを思い浮かべつつ、おれは必死で平静をよそおう。
「あ、わかった。とりあえず2人には伝えとく」
すると兄貴は「あ~あ、めんどくせ」と言いながら大あくびで階段を上がっていく。
「めんどくせって兄貴風呂洗いもめったにしねえじゃねえか!
いっつもおれや親父にばっか任せといて!」
口ではいつものことを言いつつも、内心どうすればいいか完全に迷いまくっていた。
「あ、それならアタシたちはシャワーで済ませとくよ。
せっかくわかした風呂を汚しちゃうのもアレだし」
あっけらかんと言うタタミちゃんに対し、おれはあわてて首を振る。
「そんなんダメだよ!
女の子は普通お風呂にゆっくりつかるのが当たり前なんだから!」
するとタタミちゃんは少し冷静になって腕を組む。
「じゃ、どうすんの?
いくらなんでも変なものが浮いてるお風呂にご家族を入れるわけにはいかないし」
おれは考えた末、出した結論を率直に言うことにした。
「よし! わかった!
じゃあお風呂のお湯を抜いて、入れ直しちゃおう!」
「そんな、もったいないよ!
たかがアタシと沙耶が入っただけでしょ!? なのにお湯を抜いちゃうなんて」
「大丈夫、その次におれが入るから。
それが終わったら抜いて、さっと洗って入れ直せばいい」
「ご家族にはなんて言い訳すんの?」
それでも心配するタタミちゃんに、おれはうなずきつつ答える。
「だったらこう言うよ。
おれは昨日、事情があって風呂に入れなかったから、もったいないけどちょっと流しちゃいますってさ」
「いい言い訳にも聞こえるけど、それでも新介がちょっと被害こうむらない?」
「大丈夫だ。
次におれが入るってことは、それなりの特典もあるわけだから」
そう言っておれが親指を立てると、タタミちゃんの顔が含み笑いになった。
「ああ、なるほど。アタシと沙耶が入った後の残り湯を狙ってるわけね。
新介、またとんでもないことをあっさり白状するね~」
「なにをいまさら。それを気にする2人でもないでしょ」
得意げに言うと、タタミちゃんがおれの二の腕にヒジを押し当て、「うりうり~」とゆさぶる。案外悪くない気分。
「ま、後悔しないといいけどね~」
後ろではネグリジェをたたんだ沙耶が少し顔をそむけてくすっと笑う。
後悔するもんか、絶対後悔するもんかっ!
若干後悔した。
入らなきゃよかったと思うほどではなかったが、いくら美少女2人の残り湯とはいえ複雑な心境だった。
「湯面にいろんなものが浮いてるのはいいよ?
少し濁った色してんのはどうよ?
あと若干なまぐさかったし。正直、フクザツッッ!」
「フフフ、どエロ少年新介に天罰が下ったのです!」
ここぞとばかりにニタニタ笑いのタタミちゃん。となりの沙耶もクスクス笑っている。
2人とも風呂上がりで、沙耶は前にも見た黒のネグリジェ、タタミちゃんはダボダボの黄色いパジャマを着ている。
沙耶はいつもすっぴん、あるいはナチュラルメイクなので違和感がないが、タタミちゃんは素顔になると目が若干小さくなる。
それでも美人なのには間違いないが、いつもの大げさアイメイクばかり見ている側には若干の戸惑いがある。
「ていうか、2人とも色白すぎなんだよな。死霊族だからしょうがないけど。
親父たちに変な目で見られないかどうかちょっと心配だな」
「う~ん。沙耶はともかく、アタシが色白っていうのはちょっと違和感もたれるかな。
今日のところはあんまり廊下に出ない方がいいかも。ご家族には申し訳ないけど」
「疲れてるからってことで、もう就寝しましょうか?」
沙耶が何気なく言うと、タタミちゃんは声を若干上ずらせた。
「そんなっ! もったいないっ!
せっかく友達んちに泊まらせてもらったのに、すぐに寝ちゃうなんて!」
「それじゃ、どうやって過ごすの?」
なんだか含みのある笑み。沙耶は何か企んでいるようだ。
それにチラリと視線を送っているうちに、タタミちゃんはトランクから何かを取り出した。
「じゃじゃ~んっ!
せっかくだから、トランプ持ってきちゃいました~!」
「お、いいね~。どうせだから3人で盛り上がっちゃう?」
しかし、当の沙耶からの反応はない。
2人してみると、なぜかわかりやすいくらいしらけた顔になっている。
「タタミ。そんなことより、もっと重要なことがあるんじゃないの?」
じっと相手を見据える沙耶。なんだかろこつにいやな予感。
しかしタタミちゃんはその意図が理解できず、かわいらしくも小首をかしげて見せる。
やがて沙耶の視線が横に向いた。その先にいたのは当然、おれ。
「せっかく新介君の家に上がらせてもらったと言っておいて、どうせと言ったのがトランプ?
わたしはてっきり、新介君の部屋に侵入することだとばかり……」
「はぁっっ! その手があったかぁっっ!」
タタミちゃんがすっとんきょうな声をあげる。
おれ、がっくりうなだれ、すぐに顔を戻す。
「いやいや! やめてくれっ!
おれの部屋、きったねえしゴチャゴチャしてるし! キレイな子が入るような空間じゃねえってっっ!」
「あら、死霊族に対してそんなことを言うのかしら?
はっきり言って、わたしちっとやそっとのことじゃ引いたりなんかしないわよ?」
「そうそう!
せっかく男子の実家に泊まれるってのに、肝心の本丸に1歩も足も踏み入れずに帰れなんて、それはそれでひっどくなぁい!?」
「いやいや、まずいって!
そもそも男の部屋に女の子が入ること自体も……まずいし」
それでも2人が熱烈な視線を浴びせてくるので、おれは仕方なしにうなずいた。
「おお! 意外や意外、片づいてるじゃないかね!」
おれに続いて部屋に入ってくるなりタタミちゃんは声をあげる。
「片づいてなんかねえよ。掃除してねえし、机の上ゴチャゴチャだし。
タタミちゃんの部屋って汚いの?」
「そんなことないっ! ないよっっ!?」「……汚いんだな?」「……」
「へえ、これが男の子の部屋なのね? なんだか新鮮な感覚」
絶対に部屋をきれいにしてそうな沙耶が、部屋中を興味深そうに見まわす。
おれは赤面して顔をそむける。
部屋の中はマンガ、CD、ゲーム関連がところ狭しと並び、わずかなすき間に勉強関連、野球関連が押し込まれている。
完全に堕落した元中学生男子の部屋である。
「へえ。新介君、こんなもの読んでいるのね」
沙耶が本棚の前に立ち、ラノベ欄にそっと手を伸ばす。
細い指先に目が釘付けになるが、首を振ってすぐに現実に頭を戻す。
「あんまりじろじろ見んなよ。
オタクチックな作品もあるんだから」
「いや、どんな内容なのかと思って。
で、いまあなたが置かれてる日常はどれくらいこれに近いのかしら?」
そう言って沙耶はいたずらげにほほえむ。
そのかわいらしさと、まさしくラノベのような展開に2重の意味でクラクラする。
「おお! ちぢれ毛が落ちてるよっ! さっすが男子の部屋っ!」
タタミちゃんのひとことで全部台無しになる。
おれはシワだらけのベッドに乱暴に座りこみ、マンガ本をとり上げるタタミちゃんに目を向ける。
「うぉ~、この本知ってる!
いっぺん読んでみたかったんだよねー!」
「よかったら貸してやるよ。
ていうか、2人ともそのまんまおれの部屋をマンキツがわりにする気か? カンベンしてくれよ」
もっとも、それはおれが友達の家に行ったとたんにする行為No.1でもあるのだが。
「あんがと。でもこれ結構巻数あんだよね~。
さすがに全部持ってはいけないから自分で買うことにするわ~」
タタミちゃんと同じく、沙耶も興味のある本を開きながらつぶやく。
「わたしも興味深いものを何冊か調べておくけど、実際に読むのは電子書籍にしておくわ」
「あれ? 沙耶は戦前の本しか読まないんじゃなかったっけ?
ガチガチの文学少女からすれば、ラノベは読むに耐えない内容なんじゃない?」
「そうかもしれないけど、新介君の読むようなものだったらかまわないわ」
おれがギョッとすると同時に、タタミちゃんも速攻で沙耶のほうを向いた。
「て、てめえ! そうやってまた相手の好感度あげやがって!
しかもほとんど無意識でやってるのがムカつく……!」
ちょっと気になるんだけど、いつもおれに好意を寄せてくれるような言動をする2人。
正直、実際はおれのことをどのように思っているのだろうか。
単なる友達としての好きなのか、それとも……。
いいや、あまり期待しすぎないほうがいいだろう。おれは2人にホレれられるほど魅力的な男子とは思えないし。
今までここまで言いよられることなんかなかったし。
すると突然タタミちゃんがゲーム関連のコーナーに目を向けた。
「あ、そうだ。面白いゲームってある? ほら、人数そろってやれるヤツ。
トランプ持ってきておいて何だけど」
「あるけど、野球とかサッカーとかそういうのだぜ? おれゲームやり始めたのそういうのだもん。
やり方わかる?」
「ああ、それちょっとムリかも……」
「なんなら、オススメのやつ持っていってやるよ」
「えっ、いいの!?
ていうか新介クン向こうでゲーム機持ってたっけ?」
「まだ。持っていくのがちょっと面倒だけど、まあいいや。
う~ん、なにがあったっけ?」
「2人とも、いいかしら?
せっかくだから、トランプやらない?」
「沙耶、もうおれの部屋飽きたのかよ?」
「そうじゃないけど。いちおう目的は果たしたから。
どうせならこの部屋で盛り上がりませんか、ていう話」
「おおいいねぇっ!」
「なんでおれの部屋なんだよ。下の部屋でいいじゃん」
結局なし崩し的におれの部屋でトランプをすることになってしまった。
最初のババ抜き以外はルールを忘れてしまっていたが、タタミちゃんや沙耶に教えてもらって、七並べ、神経衰弱、ポーカーやバカラを楽しむ。
後半の2つをチョイスしたのが沙耶だということがいかにも彼女らしい。
「おやおや、なに勝手に盛り上がってんだよお前ら」
途中、兄貴がノックなしで入ってきた。
おれたちはいっせいにギョッとする。
「兄貴っ! 部屋に入ってくる時はノックぐらいしろよっ! ビックリしたぞっ!」
「ビックリしすぎだおら。いいから俺も混ぜろやそれ」
そう言ってズカズカとテーブルの開いた席に座りこむ。
沙耶とタタミちゃんは気まずそうにしている。もちろん肌の色の白さのためだ。
しかし、兄貴はそんな2人をいちべつして、首をかしげるだけだ?
「なにそんなにかしこまってんだ? 妙にしおらしくなりやがって。
晩飯の時はけっこうシャキシャキしてたのに」
「あ、いいや。なんでもないです」
「それよりお兄さん! ちょうどよかった!
ホントは大富豪やりたかったんですけどあれって4人じゃないと盛り上がらないんですよね!
お兄さんもやります!?」
少しあわてたタタミちゃんの声に、兄貴はそっけなく「あったりめえだろ?」と言って混ざる。
バカラは途中で中止し、本格的な大富豪が始まった。
必死で平静をとりつくろいながら、大富豪にのめり込む2人。
そんな中、コンコンと扉が叩かれ、ゆっくりとドアが開かれた。
「あら、楽しいそうな声が聞こえたと思ったら。
あたしも混ぜてもらっていいかしら?」
お袋がもの欲しそうな目をおれに向ける。
おれは2人に目配せして、こっくりとうなずいた。
「ちょっと待ってくれよ。まだゲームの途中なんだからさ。
これ終わったら加わってもいいよ?」
「あらそう?
大富豪なんて久しぶりね。今日は盛り上がっちゃおうかしら?」
タタミちゃんと沙耶を見ると、少しだけ目が泳いでいる。
あとで肌の色のことを言われないだろうか? おれも少し不安に思う。
そんなことを心配しながらも、おれたちは大富豪で盛り上がった。
ワイワイ騒ぐのは苦手な親父を放っておいて、5人はそれから同じゲームばかりプレイすることになる。
なぜか沙耶とお袋が大富豪、兄貴が大貧民になってばかりいたこともあって、あっという間に夜はふけてしまった。




