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(5)

 地獄のゲートをくぐり、見覚えのある中庭が現れる。

 戻った瞬間にすがすがしい空気を味わい、おれを含めた誰もが深呼吸を繰り返す。


「うめぇっっ! 人間界の空気はやっぱ最高だなっっ!」

「大気汚染が進んでなかったらもっと美味しい空気が吸えたでしょうにね」

「沙耶はそういう現実的なことを言わないっっ!」


 くだらないやり取りをしつつ、おれたちの足は自然と古城(学生寮)のほうに向かった。

 寮生活なので帰るまでが遠足、ということにはならない。


 ところが、1年生の誰もが城の前で足を止める。

 そこには意外な光景が広がっていた。


 玄関の前に、フリルだらけの真っ赤なドレスを着た小柄な外国人女性。

 ここの寮長だ。となりにはいつものようにきれいにカールした口ひげをたくわえる執事(しつじ)の姿がある。


 寮長はなぜかぶぜんとした表情でこちらを見据えている。

 その顔がさらに険しくなり、突然鼻をつまんだ。


「くさいっっ! やはりこの臭いはたまらないわっっ!

 1年生全員は今すぐ風呂に入りなさいっっ!

 着ている服はここにいる執事の『ブラム』とメイドの『メアリー』に洗濯してもらうことっ! いいわねっっ!?」


 名前がようやく判明した執事もゆっくりと鼻をつまむのを見て、おれたちはそろって顔を見合わせる。

 タタミちゃんの顔がどんどん絶望的になっていく。


「いやあぁ~~~~~~~~~っっ! すっかり忘れてたぁ~!

 鼻が慣れてきてたからすっかり地獄の臭いがマヒしてたっ!

 きっとものすごいことになってるよぉ~~~っっ!」


 それを聞いた女子たちから次々と悲鳴が聞こえ、次第にすすり泣きに変わっていく。

 男子生徒たちの中にもなんとも言えない微妙(びみょう)な表情が広がり、何人かはがっくりと肩を落とす。おれもそのうちの1人だ。


 平然としているのはごくわずか。キースやヒャッパ、それになぜか沙耶の姿もある。


「沙耶ちゃぁ~ん。ショックじゃないの?

 みんな今頃、強烈なウン……じゃないや変なにおいがしてるはずだけど?」

「仕方ないでしょ?

 地獄に行くということは、当然持って帰る者もあるはずよ?

 覚悟(かくご)できていないみんなのほうがおかしいわ」

「は、ハートがつえぇ……」


 がく然とするタタミちゃんに、おれは引きぎみに返す。


「いや、ただたんにそんなに気になってないだけだと思うけど?」





 重い気持ちを引きずりつつ、城内に入った1年生一同は着替えを用意し、全員で風呂場へ直行した。

 しかし、なんとも言えない複雑な気分になる。


 死霊族の世界では風呂は基本、混浴になっている。

 沙耶によると、これは江戸時代に一般的だった混浴風呂の習慣が、死霊族側の世界でそのまま残ってしまったらしい。

 しかし、時代の変化で死霊族にも羞恥心(しゅうちしん)が生まれ、混浴を恥ずかしがる男女も増えた。

 そのため一般的には男女どちらかしか入れない時間帯を設けることになった。

 もっとも人間界のように男女別に風呂を分ければいいとも思うのだが、死霊族の中にはいまだに混浴派も多数いるので、このような形になったのだとのこと。


 普段ならおれも特定の時間に入るようにするのだが(食後すぐの風呂はきつい)、今日ばかりはそうはいかない。

 恥ずかしいというのではなく、自分はむしろ混浴賛成(こんなこと言うからいろいろ誤解されるんだよなぁ)なのだが、さすがに見ず知らずの女子と一緒に入るのはなにげに気を使う。


 しかし今日はそうはいかないだろう。

 申し訳なさ半分、残りの半分は期待まじりに脱衣所に入る。


「男子はこちら、女子はこちらから風呂場に入ってください。

 脱いだ服はすべてこちらの方に預けるように」


 執事の指示に従い、おれたちは左半分の脱衣所に向かう。まるで囚人の扱いのようで少し悲しくなってきた。

 脱衣カゴが置かれた(たな)で若干へだてられているとはいえ、出来るだけ女子たちのいる右側には目を向けないようにする。

 じろじろ見るのは失礼だというのもあるが、まるで人権がないと言わんばかりの今の状況を直視しないためでもある。

 混浴の習慣が残っているとはいえ、むりやり男子と一緒に風呂に入らされる女子たちはいったいどんな気持ちなのだろうと思いつつ、おれは上半身の服を脱いだ。


「まったくひどいもんだな。まるで新入生に対するきびしい洗礼みたいだぞ?

 おれみたいな人間の留学生だけじゃなくて、地獄見学ツアー自体もやめた方がいいんじゃないのか?

 これじゃあんまりだって」


 ところが、両どなりのキースとヒャッパの視線は別のところにあった。


「お前……

 今日もブーメランパンツなのか……?」


 2人の視線の先はおれの腰に向けられている。

 我ながら均整(きんせい)の取れた体つきに、必要最低限の部分しか(おお)っていない逆三角形の布地がある。ちなみに色は濃いグレー。


「仕方ないだろっ!

 朝にはまさかこんな時間に風呂に入るとは思わなかったんだよっ!」


 おれはそう言って急いで下を脱ぎ、一糸まとわぬ裸になった。

 なぜかヒャッパがイヤそうに目をそむける。


「新介。

 前から気になっていたんだが、お前がそういうパンツばかり持っているのはまさか……」

「いやいや! 別に見せつけてるわけじゃないぞっ!

 この手のパンツにはちゃんとしたメリットもあるんだ! 密着して肌にフィットし、非常にはき心地がいい! 決してやましい理由ではいているわけじゃないっ!」


 ヒャッパが深いため息をつきつつ、ズボンに手をかける。


「沙耶ちゃんとタタミがお前の趣味を見たら、いったいなんて思うだろうな……」


 おれが思わず口ごもると、ヒャッパもトランクスを脱いだ。

 と同時にタオルで即座に股間(こかん)を隠す。あまり自信がないのかもしれない。

 おれも申し訳ないのでとりあえず股間を隠した。女子もいるのでどのみち隠すし。

 その頃にはちょうどキースもボクサーパンツを脱ぎ捨てていた。

 とたん、おれとヒャッパは低いうめき声をあげて口元を隠す。


「な、なんなんだそれはっっ! それは本物なのかっっっ!?」

「デカいっ! デカすぎるぞっっ!

 たいそうゴリッパと女子に評判の新介のものに比べたらまったく別物だぞっっ!?」


 おれよりヒャッパのほうががく然としている。おれはあわててフォローした。


「いやいや、おれのなんか別に大したことないってっっ!

 そんなことよりこいつ、股間にマンモスがついてるぞっっ!」

「さわぐな、女子に聞こえるぞ!」


 言われる当のキースはまるで自慢するかのように腰に手を当て、まったく隠そうともしない。


「どうだ。嫉妬(しっと)したか?

  外国人の母から受け継いだ、この立派な……」

「「やめろっっ! ブラブラさせるなっっ!」」


 おれとヒャッパの声が見事にシンクロする。

 そのせいでまわりの男子たちもこちらに気づき、ついでにキースの股間にも気付いて同様にがく然とする。

 数少ない股間を隠さない男子も即座にタオルでおおった。


「はははははっっ! 情けないな純日本人どもは!

 そんなにおれのが立派に見えるかっ!」


 そう言ってキースは肩にタオルをかけ、意気ようようと風呂場に向かう。


「やめろキースッッ! 今日の風呂場には女子もいるんだっっ!

 そんなすさまじいものを見せつけるんじゃないっっ!」


 おれたちの制止も聞かず、キースは意気ようようと扉を開けた。

 まったくちゅうちょもなく、下半身が立派すぎるハーフ男子はズカズカと風呂場に入りこむ。


「「「……きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」」」

「いだっっ! やめろっっ! 風呂(おけ)を投げるなっっ!

 なぜだっっ!? なぜみな俺を攻撃するっ! なんも恥ずかしがることないだろうがっ!

 なんで男子まで風呂桶を投げつけてくるんだっっ!?」


 あまりに当然な結末に、おれやヒャッパだけでなく周囲の男子一同までが深いため息をついた。





 キースの騒動(そうどう)がひと段落し、おれたちはようやく湯船につかった。

 後ろの肩身を狭くしている女子たちに申し訳なさげに背中を向けつつ、おれは深いため息をつく。


「はぁ、やっぱり女子にとっては拷問(ごうもん)だよな。

 来年からは今日の企画、見直すよう職員室にかけあってくるよ」

「なぜだ? なぜおれの全裸姿に女子どもは悲鳴をあげたんだ?

 これほど恵まれた者などほかに存在しないってのに……」

「キースッッ! そう言ってちらちらと後ろ振り返るんじゃねえっっ!

 お前には羞恥心(しゅうちしん)と言うものがないのかっっ! いっぺん絞めてやろうかっっ!」


 するとキースはのどもとにある物騒(ぶっそう)円盤(えんばん)をドヤ顔で指差した。


「もっともこの円盤がなかったとしても、たかが人間にすぎないお前におれを苦しめることができるかどうかは疑問だがな」


 おれは「ちっくしょぉ~!」言って顔をしかめた。

 誰でもいいからいっぺんコイツを本気でシバイてくれ。

 くやしさをかみしめ、湯面に顔を向けた。

 しかしすぐに絶望的な顔で上を見上げた。


「なんだよこれ~。変なものがいっぱい浮いてるじゃんかよぉ~。

 みんなきちんと身体洗ってんのかぁ~?」


 ヒャッパがため息まじりにおれに返事を返す。


「しょうがないだろ。死霊族の身体は不死身なぶん、不純物も多いんだ。

 特に腐敗部と呼ばれる個所からは大量のアカ、ウミ、フケなどが大量にわき出してくる。

 お前がいままでほかの男子と一緒に入浴するのをお(すす)めされなかったのは、こういう理由があるからだ。

 たとえ女子の入浴時間直後に入ったとしてもこのザマだ」

「クククク、時間が立てばそのうち湯の色まで変わってくるぞ」


 キースはまるで期待するかのようにニヤニヤした顔を向ける。


「もおヤダ~。

 わかった、長風呂はせずにさっさとあがる!」


 そう言っておれは立ち上がり、湯船の外に置いてあるタオルで股間を隠してさっさと風呂からあがる。

 それを見たキースが挑発的に言う。


「おいおい、じっくり体をほぐさないと染み付いた臭いは落ちないぞ?」

「うるさいっ! そのぶんゴシゴシ洗えばいいんだっ!

 まったく今日の風呂は散々だっ!」


 出来るだけ女子たちのほうを見ないようにして、おれはシャワー台の前に座り、蛇口をひねって頭からお湯をかぶる。じゃなかった冷水だった!


「ウワッブッッ! ったくふざけんなっっ!」


 後ろでキースのけたたましい笑い声が聞こえ、おれはさらにイライラさせられることになった。





 散々だった風呂が終わり、ドライヤーで髪を乾かしていると、横から肩をたたかれた。


「……ってうおぉぉぉっ!

 沙耶っ! ビックリさせんなよっ!」

「なんでそこまでびっくりするのかしら」

「ビックリするよっ! 風呂場だよっ!? しかも混浴だよっ!?

 こんな気まずい状況の中で女子に話しかけられるなんて思ってもみなかったしっ!」


 それでもきょとんとしている沙耶。

 格好を見ると、ヒザ下までしかない黒のネグリジェを着ている。

 中身は見えないが、刺激的なのには違いない。


「だから沙耶はそんな恰好でこっちに来るなよ!

 ていうかここ男子のテリトリーだぞっ!? まだすっぱだかの奴もいるんだからこないでやってくれよっ!」

「別に気にならないわ。

 男のハダカなんて、たいてい大したことなんかないし」


 そう言って平然と腕を組む沙耶。

 後ろを見ると、多数の男子たちががく然と肩を落としている。なんともあわれ……


「ま、まあキースの一件はわたしもビックリしたけど。

 それにわたし、新介君のほうはできるだけ目を向けないようにしてたから……」


 そう言って急に顔を赤らめ、うつむく沙耶。

 おれは一瞬言葉に迷った。


「あ、ありがと……と、とりあえず沙耶は向こうに行けよっ!」


 うなずいて立ち去っていく沙耶。

 おれはなんとも言えない胸のときめきを覚えながら、それを振りきるように髪を乾かす作業を再開した。





~4月29日~


 今日の校外学習は、学校側にとって大きな教訓となるだろう。

 鬼たちの新介を狙った襲撃(しゅうげき)は教師陣にとっては意外だったらしく、緊急で会議が開かれ来年からの人間留学生の参加は見送られる見通しだ。

 余談だが、会議中1年生引率以外の先生がたはあまりの悪臭に抗議(こうぎ)したらしい。

 そのため新介君が地獄を対象とした校外学習自体の再検討の提案に向かったのだが、担当の教師がおらずうまくいかなかったらしい。茶太良先生はしきりに首を振って戻ってきた。


 新介君が脱衣室の件で自分に何の用があったのか訪ねてきた。

 わたしはただ単に、今日助けてもらった女子たちが礼を言いたがっていると伝えたがっていたと言いたかっただけなのだが、「それなら風呂場で話しかけることはないだろ」とふてくされていた。

 夕食後、新介君は律義にその女子生徒に会いに行ったところは、なんだかほほえましく感じられた。


 茶太良先生が職員室に戻っているという話を聞くと、彼はすぐさまそちらに向かった。

 あとで聞いた話によると、新介君は強制的に男子と同じ時間に風呂に入らされることに不満を持っているようで、それに関して何らかの対策をとるべきではないかと言う提案をしに行ったというのだ。

 しかもわざわざ女子生徒たちに会いに行ったさい、直接意見を聞いたというのだからおどろきだ。


 新介君はとにかく心配りが細かい。

 それは本来わたしの役目だというのに、わたし自身があまり気にしていないことをいいことにそれをおこたってしまった。

 これではクラス役員失格だ。わたしが人間界で暮らせる日はまだまだ遠い。


 それにしても。新介君にそこまで気を配られたら、女子たちの評判があがってしまうばかりだ。

 しかも彼は他の男子たちと違って、女子生徒たちと話をするのにあまり抵抗がない。

 だからわたしやタタミにも臆面(おくめん)なく話しかけられるのだろう。

 なぜ彼にはそのようなことができるのか、理由を探ってみたいところだ。


 いや、日記では包み隠さず正直に語ろう。


 もやもやするのだ。

 わたしとタタミたちルームメイトでない女子たちと気兼ねなく話をしている彼を見ると、なんとも言えない心持ちになる。

 それがなんなのか、よくわからないが。


 それとも、わたしも彼に少しは気があるのだろうか。

 そうかもしれない。わたしにとって彼は一番の興味の対象であるし、彼の人柄にある意味強くひかれているからだ。

 それが一線をこえているかどうかは、あまり自信はないのだが。


 つい先ほど妙な話を聞いた。

 男子に友人がいる女子生徒によると、新介君は妙な下着をはいている、とのこと。


……聞かなかったことにしよう。

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