(4)
息切れしながらかけ込んだのは、あたりに無数の火炎がちらつく荒れた広場だった。
「ここならだれにも邪魔されることはないだろう。新介、後ろに下がっていろ」
影乃が包帯を外すのを確認しつつ、おれは後ろに振り返った。
「いや、虎牛さんをみんなのところに向かわせたのはまずかったかもしれないな。
ここじゃおれが隠れる場所がない」
場所を移動すべきかと思ったが、ムリな話だった。
目の前の燃え盛る炎の中から、たくさんの鬼が飛び出してきたからだ。
「くそっっ! ちゅうちょしてる場合じゃない!
影乃、遠慮なく暴れてくれっっ!」
こっくりとうなずいた影乃は、そのまま勢いよく左腕の包帯を外した。
真っ黒に染まった腕を高くかかげると、腕の中心から巨大な瞳が大きく見開かれる。
「喜べ魔鬼眼っっ! エサの時間だっ!
獲物はたくさんいるから存分に暴れ回れっ!」
影乃が前方に左腕をつきだすと、そこから現れた無数の触手がいくつかの鬼をがんじがらめにする。
そのまま空中に持ち上げられ、ギリギリと締め付けられる鬼たち。
その間におれは影乃の背中にぴったりと張り付く。
「影乃っ! 後ろの方にも鬼たちがいる!
奴らを攻撃できるかっ!?」
「振り向くから巻き込まれるなよっ!?」
勢いよく振り返る影乃にあわせおれも移動する。
後ろになぎ払った触手が、後方の鬼たちを容赦なく叩きつける。
その勢いもあってか、触手につかまれていた鬼たちが血ふぶきをあげながらバラバラに引き裂かれた。
そして余った触手で次の鬼を絡めとっていく。
「よしっ! いけるぞっっ! このままどんどん片づけてやれっ!」
おれは叫んだが、次の瞬間どぉん、どぉんと言う音がひびき渡ってきた。
それもやたらと間隔が短い。
振り返ると、炎の上から3つ、黒いシルエットが見える。
それが炎をまたぎ、広場までやってくると、おれはその見覚えのある姿に一瞬クラッとする。
それは以前、変身能力がある3年生の外道丸におそわれた際見せつけた、巨大な鬼の姿だった。
ただ以前とは違って真っ黒ではなく、それぞれ青、赤、黄色という見事な原色カラーに彩られている。
「まずいぞ影乃っ!
ボス格がやって来やがった! あいつらみんな片づけられるかっ!?」
振り返った影乃も心底おどろいた顔をする。
「ムリだっ! おれの力じゃあの3匹をいっせいに攻撃できるかどうかもあやしい!
少なくともザコまで相手にするのはムリだっ!」
言いつつも、影乃は触手をボス鬼たちに向けざるを得ない。
おれは巻き込まれないように立ち位置を変えつつ、巨大な鬼たちの抵抗をながめる。
さすが大鬼だけあって、すぐには組みつかれず無数の触手に必死で抵抗している。
影乃の魔鬼眼はそれが手いっぱいのようで、周囲にいる小鬼たちには全く触手が伸びない。
攻撃が終わったことを悟った奴らはじりじりとこちらににじり寄ってくる。
「うわぁぁぁ、まずいぞ影乃。
あいつら、すぐにこちらにやってくる……」
思わず声をひそめたおれに、影乃もおびえた顔であたりを見回す。
ここにはおれと影乃以外誰もいない。やはり虎牛さんをここに連れてこなかったのはまずかったか。
だけどあの巨体じゃ影乃の攻撃に巻き込まれる危険もあった。
彼以外にいったい誰に援護を求めれば……
答えはすぐに出た。
小鬼の1体の真上からひらりと影が舞い降り、小鬼の身体がグイッと前にのけぞる。
その胸にはするどい刃の切っ先が飛び出ていた。
「……沙耶っっ!」
思わず叫ぶ、しかし引き抜かれ倒れる鬼の後ろにいたのは別の姿だった。
その表情はしらけた視線をこちらに送っている。
「……悪かったね沙耶じゃなくって。
アタシだとあまりうれしくないわけ?」
「ちがうちがうよタタミちゃんっっ!
日本刀と言えば沙耶のイメージが出来上がってしまってるだけで決してうれしくないわけではないっっ!」
タタミちゃんが不機嫌そうにため息をつき、小刀についた血を振り下ろして払う。ウソじゃないぞ?
そのスキに別の鬼が彼女に向かってきた。
彼女が素早く反対の手をつきだすと、そこから分銅つきの鎖が現れ、おそいかかろうとした鬼の顔面にもろにヒットした。
タタミちゃんはそこからすばやく小刀をしまい、もう1つの鎖分銅を取り出して横から鬼のこめかみに叩きつける。
別の方向からも鬼がやってきたので、タタミちゃんは2つの分銅を使って容赦なく打撃を見舞っていく。
「すごいな。
沙耶の剣術にも惚れぼれするけど、タタミちゃんも1流の使い手って感じだよな」
聞こえていたのかタタミちゃんがこちらに振り返ってニヤリとする。
しかしおれは別の方向に目が向いた。
「タタミちゃんっ! 後ろっ!」
彼女の後方から4,5匹の鬼の群れがやってきた。
1人で奴らを相手にできるのか不安に思っていたが、タタミちゃんはふところから何かを取り出し、それを鬼の群れに投げつけた。
とたんに爆発して鬼たちをつんのめさせると、そこから大量の煙があがった。
タタミちゃんは勢いよくその中にかけ込むと、煙の中から鬼たちの叫び声だけがひびき渡る。
煙が晴れたとき、そこには血まみれになったタタミちゃんと倒れ込む鬼たちの姿だけがあった。
「ああっっ! まずいっ!」
前方にいた影乃が叫んだのでビックリして振り返ると、3匹の大鬼のうち黄色い1体が触手の拘束から抜け出し、タタミちゃんの方へと向かっていく。
「まずいぞタタミちゃんっ!
あの大鬼相手に1人で立ち向かうのはムリだっっ!」
しかし当の彼女はあわてるそぶりもなくまっすぐ大鬼をにらみつける。
「ナメないでくれる?
アタシだって沙耶と同じくらい腕があるんだから、こんなヤツ大したことない!」
するとタタミちゃんのジャージの両そでから飛び出した鎖分銅がひとりでにシュルシュルとしまわれていき、かわりに2つの小刀が飛び出し、それをぐっと握る。
さらには片足をあげたタタミちゃんの靴のつま先から、するどい刃物が飛び出してきた。
「かかってきなっ!
裏甲賀忍法の真髄を見せてやっからっ!」
鬼は巨大な金棒を振りあげ、叩きつけようとする。
しかしタタミちゃんは素早く側転してかわし、一瞬身を伏せたかと思うと逆立ちになって両足を広げ、ブレイクダンスのようにすばやく回転しだした。
つま先には刃物があるため鬼の太い足は何度も切りつけられ、巨大な身体を支え切れなくなり片ヒザをついてしまった。
立ち上がったタタミちゃんが両手に持った小刀を逆手に構え、それを次から次へと鬼の身体に突き刺し、鬼の巨体をかけあがっていく。
タタミちゃんはあっという間に肩のほうまで登りきると、2つの角が生える頭に向かって勢いよく2つの短刀を構え、突き刺した。
鬼が大きくうめき声をあげる。
その巨体がのけぞる前にタタミちゃんは飛び跳ね、大きく弧を描きながら着地。
ドスゥンと言う音を立てて大鬼があおむけに倒れるのを見届ける。
2つの刀をクルクル回したと思いきや、いつの間にかそれらは手から消えていた。
タタミちゃんは満足そうな笑みを浮かべる。
「よぉっしゃ、一丁上がりっ!」
パンパンと手を払うタタミちゃんにおれは叫んだ。
「危ないぞっ!
そんなところにいたら影乃の攻撃に巻き込まれる!」
ところが、タタミちゃんはそっけない顔で影乃の触手を親指で差した。
「もう大丈夫みたいだけど?」
親指の先を見ると、全身から血吹雪をあげがっくりとうなだれる大鬼たちの姿が見える。
それが無数の触手から解放されたとたんヒザをつき、そろってドォンと震動をあげて倒れ込んだ。
触手のほうに目を向けると、まるでこちらには敵意がないと言わんばかり、おとなしくちぢみあがり、影乃の左腕に収まっていった。
影乃がおどろき半分と言った顔で元の黒い腕に戻るのを見届ける。
「満足したようだ。
あれだけの大物を仕留めて、こちらの方には関心がなくなったらしい」
まるで自分とは別の存在と言わんばかりだ。
あ然とするおれをよそに、影乃は地面に落した包帯でふたたび左腕をグルグル巻きにしていく。
「……ちぇっ! 終わっちまったのかよ!
せっかく大鬼と張り合えると思ってたのにがっかりしたぜ!」
後ろを見ると、広場の入口に残念そうに顔をしかめるキースの姿があった。
そのとなりには鞘に剣をおさめる沙耶の姿もある。
「あなたが相手にしたところで、足手まといもいいところね。
遊んでばかりいないで、少しは腕を鍛えてみたら?」
そっけない表情で返す沙耶に、キースはとぼけた顔でのどもとに円輪を押し当てる。
円輪はそのままめり込むように入っていく。
「冗談じゃねえ。俺は実戦で鍛えるタイプなんだよ」
「にゃははは、なんならアタシがこんど無理やり実戦稽古してあげよっか?」
笑うタタミちゃんに対し、キースは鼻で笑い返した。
「女を相手にか? 趣味が悪いぜ」
そんなやり取りの間に、おれは沙耶たちにかけよった。
「みんな無事みたいだな。鬼たちはみんな退散したのか?」
「ああ、お前がみんなをたきつけたおかげでな。
おかげでこっちの手がらが横取りされちまったぜ」
小バカにするような表情でおれを見下すキースに対し、こちらもにらみ返した。
「なに言ってんだよ。
そのおかげで被害が少なくなったんだからいいじゃねえか」
「……その通りだ。まったくただの人間なのに、よくやるよ」
奥から虎牛が現れ、なぜかあきれ果てた顔をする。
「それにしてもだ。鬼や死霊族でもないのに、よくあんな行動をとれるもんだな。
助けた女子生徒が礼を言いたいつってたぞ」
「礼だなんて。
ビビってるみんなを奮い立たせるには、あれ以外に方法がないと思って……」
しかし虎牛は容赦なくおれに人差し指を向けた。
「自重しろ。
そんな無鉄砲なことばかりやっていたら、そのもろい身体があっという間に壊れるぞ」
するどい爪の先に妙な威圧感がある。おれの目はそれにくぎ付けになった。
「そおだよ。
新介クン、思い立ったらすぐ行動しちゃうんだから、もうちょっとこっちの意見も聞いてほしいよね」
タタミちゃんに言われ、おれは照れくさくなって頭の後ろをなでた。
「まあしかし、あれだな。
お前のそういう無謀なところは限りなく危険だが、少なくとも地獄とは縁がないな」
そう言って指を下ろすと、虎牛の表情が意外なくらい柔らかくなった。
「なんだその目は。
もっとうれしそうにしろよ。ホメてんだぞ」
巨漢の青鬼は鼻で笑うと、もう一度鋭い爪先を向けた。
「今のお前のままでいられるなら、お前がこちらに来る可能性は相当なさそうだ。
がっかりさせるなよ? お前がもし万が一ここにやってこざるを得ないような奴になったら、それこそきっついお仕置きをしてやるからな」
少し照れくさくなったのか、虎牛はクルリと背中を向け、軽く手を振りあげた。
「さあ、行くぞ。
クラスメイトどもが首を長くしてお前たちをお待ちかねだ」
おれは思わず他のみんなを見まわしたが、どれも肩をすくめるばかりだった。
トラブル発生につき、地獄見学は中止。
1年生は急いで人間界に帰ることになった。
最初は緊張していたおれたちも虎牛に笑顔で手を振り、別れることになった。
「今日の対応、なかなか見ものだった。
特にそこの人間、お前が今日ここに連れてこられた理由がよくわかった気がするよ。
こんな機会はもう2度と来ないだろうがな」
虎牛の最後の言葉が、妙に印象に残る地獄見学だった。




