地獄行きになったらものの数分で発狂できる自信がある(1)
普通の高校とは違い、全寮制の学校は登校に時間がかからないため、朝食が終わると多少の自由時間になる。
友達と自由な会話ができる貴重な機会だ。
「あ~もうすぐゴールデンウィークかぁ~楽しみだなぁ~」
おれは談話室に集まったみんなの前で突然そんなことを口走った。
「ずいぶんと気が早い。休みまでまだ何日かあるんだぞ?」
が、ソファに思い切りもたれかかるキースがしらけた顔で突っ込みを入れる。
おれはぽかんと口を空けた。
「あれ? 4月29日はハタ日でしょ? たしか……」
「『昭和の日』ね。残念だけどその日は休みにならないわよ?」
沙耶にあっさりと言われ、おれはあ然とする。
「なんでっ!?
せっかくのゴールデンウィークなのに、その日学校あんのっ!?」
「なにガックリしてんだよ。
昭和の日はみんなお待ちかねの、課外授業の日だよ~」
タタミちゃんが得意げに人差し指を立てる。
おれはむしろシラケぎみに言った。
「課外授業? まだみんな知りあったばっかだってのに気が早いな」
「もっと知りあうための課外事業じゃん。
もっともうちのグループはすでに仲よしこよしみたいだけど」
最近その仲よしこよしグループには入ったばかりの、影乃がなんともなしに言う。
「課外授業は、どこに向かうんだ?
やはりこちらの世界の観光名所か」
「う~ん、それなんだけど。
まだどこに行くか情報が伝わってないんだよね」
「どうなんだろ? 人間世界に行くって言っても、わたしたちのような身なりじゃ難しそうだよね。
後ろの席にいるような変な人たちは絶対連れていけないだろうし」
そんなことを言うおかっぱおチビちゃんの弥子ちゃんに、死霊族とは思えない色黒スポーツ女子のミノンちゃんが「そりゃ除外するっしょ」と引きぎみにツッコむ。
しかしすぐに顔を真顔に戻した。
「だとすると、近場?
でもぶっちゃけ死霊族のテリトリーって、そんなに大きくないんだよねぇ。
人口数十万程度の街じゃそんなに遊ぶところもないだろうし」
「だとしたら魔界のそこ以外の場所?
ぶっちゃけ、生身の人間がそんなところに行っちゃっていいの?」
おれが言ったとたん、おどろくくらいに全員が勢いよく首を振る。
おれは絶句しかけて、「……マジっすか?」と問いかけた。
ミノンちゃんが大あわてで片手を振る。
「魔界なんて、どっこも危ないところばっかだし!
安全な場所なんてアタシらのすみかくらいしかないっしょ!」
「他にもいくつかあることにはあるけど、たぶん生身の人間を連れていくなんてとても許可なんて下りないでしょうし」
沙耶が腕を組みつつ言うと、おれは首をひねった。
「じゃあ、いったいどこに向かうって言うんだ?
こちらの世界のことをよく知らない死霊族と、魔界をまったく知らない人間が一緒に行ける場所って、いったいどこなんだ?」
思わずつぶやいた言葉に、その場にいる全員が首をかしげた。
「よーし、今日もホームルーム始めっぞー」
担任であるのっぺらぼうの茶太良がファイルを教壇の上に置くと、学級委員の沙耶が手をあげた。
「いきなりですが、わたしたちはまだ29日に予定されている校外学習についての話を聞かされていません。
どうなっているのでしょう?」
「ああ、実はそのことについていまから話すつもりだったんだ。
今度の課外授業については、先生たちの間でもいろいろモメていてな。
昨日の話し合いでようやく決定した」
「大丈夫なんでしょうか?
ここまで話がもつれて、いざ現地に向かうとなると、いろいろ準備も不足しているのではないですか?」
「もっともだ。だが決定する前に、別のクラスの担任が候補をあらかじめ下見をすませていたようだ。担当の先生によると、特に問題はないとのことだ」
「もったいぶってないで、早く行き先を教えてもらってもいいですか?」
じれったくなったおれが呼びかけると、茶太良はぴっちりと整えられている髪をポリポリとかいた。
「あ~わかった。それじゃ今度の行き先を発表するとしようか」
そして茶太良は机に両手を置いた。
「行き先は……
地獄だ」
全員、静まり返る。そしてなぜか一気にこちらに視線が集中。
当然、おれもその言葉を聞いて固まった。
それを意にも介さず、先生はファイルを開いた。
「くわしくは地獄の第1層、等活地獄の比較的安全な場所をまわる。
なお道筋に関しては……」
「ちょちょちょちょちょちょちょちょっっっっ!
ちょっと待ったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!」
あまりの大声だったため、教室中の全員がビクリとする。
「お、おどろかせるなよ新介。
言いたいことはわかるが、ちょっと落ち着け」
しかしおれは立ち上がっておもむろに両手をかかげた。
「これが落ち着いていられるかっっっ!
えっ!? いまなんつったっ!?
ジゴクっ!? ジゴクってなんですかっ!? 魔界にはそんな名所があるんですかっ!?」
「名所も何も、新介もよく知ってるあの地獄だよ。
ほら、悪人が死後に裁かれる……」
「んなこと知ってるよっっ! なんなんだよまったくっ!
人間界でも魔界でもなく、よりによって地獄行きだってぇぇぇっ!?
ちょっと待ておれはまだ生きてるぞっ!? 生きてる人間が地獄になんか言って大丈夫なんかいっ!」
我ながらけたたましいおれの声に、先生は片手で頭をかかえる。
「あ~あ~、それについては先生たちも徹底的に議論したよ。
なんせ生きている人間が生身のまま地獄に行くなんて、よほどのアクシデントでもない限りめったにないことだからな。
安全性はともかく、倫理的にみてはたして妥当なところなのかずいぶんモメた。
だからこそ今日まで発表が遅れたんだ」
そこで名前だけ知ってる女子がおもむろに手をあげた。
「せんせ~。なんで人間界じゃなくて地獄なんですか?
わたし、なにげに楽しみにしてたんだけどな~」
「実は地獄見学は、そもそも毎年の恒例行事だ。
お前らの中にはまだここに来て間もない奴らも多い。まだ人間界のことをよく知らない奴も多いだろう。
ということで、ひとまず人間の多い場所におもむくのは見送った。
そのかわりに人間のことをよく学べる場所はどこかと検討した結果、それなら人間の業について学ぶために地獄に行くのはどうかという提案があって、以来新入生はまず毎年地獄を見学するということになっている」
今度は沙耶のほうから質問が飛ぶ。
「ちょっと待ってください。
こんどの授業では生きた人間である新介君を連れていくことになっているようですが、それは地獄の王、閻魔大王の許可は下りているんですか?」
「それに関しては、むしろ閻魔王は歓迎している。
生きている人間に実際の地獄の現状を見てもらうことで、因果応報の原則を忘れがちな現代人に対する戒めとしたいとのことだ」
おれはと言えば、話を聞いているどころではなかった。
体中から力が抜け、すとんとイスに身体が落ちた。
それを気の毒そうに見るクラスメイト達。
「いちおう場所が場所だから、見学には多少の危険がともなう。
生身の新介に危険が及ばないよう、みんなで協力して彼の身辺をフォローするように。
と言うわけで、伝達事項は以上だ。
質問はあるか? 気になることがあったらいつでも職員室に来るように」
そう言ってファイルをしまい、先生は片手をあげ、足早に教室を抜けだした。
茶太良がいなくなった教室はひたすら静かだった。
とたんにおれは両手で頭をかかえる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ……マジかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
そんなおれにタタミちゃんが優しく肩に手をかけてくる。
「あ、アタシもびっくりしたわ。まさかよりによって地獄に行こうって。
死霊族のアタシらでも結構ビビってんのに、生きてる新介クンが生身で地獄行きって、ありなん?」
「閻魔王がこころよく許可を出しているのなら、少なくとも倫理上は問題ないと思うけど」
「俺にはその閻魔大王が手ぐすね引いて待ち構えている絵が思い浮かぶよっ!
なんだよ現代人への戒めってっっ!
要はおれに生き証人になってもらおうって意図見え見えじゃねえかっっ!
イヤだよおれしっかりとこの目に阿鼻叫喚の地獄絵図目に焼きつけとけだとかなんとかっっ!」
「しょうがないじゃない。
この際あきらめて、当日に向けて心の準備でもしておいた方がいいんじゃないの?」
沙耶に言われ、おれは深いため息をついた。
校外学習当日。
おれたち1年生は人間界と魔界をつなぐゲートである、火鬼叉重神社に集合していた。
神社前の巨大な鳥居前にざっと100名以上の生徒が集まる。
全員が学校指定の黒いジャージを身につけている。
「えぇ~~~んっ!
新介くんこわいよぉ~~~~~~~っっ!」
となりのクラスである弥子ちゃんが、おれを見るなりいきなりかけよってきた。
両手を広げているということは、つまりオレに抱きつこうとしているということなのだが……
「ちょっと待ったぁぁっっ!」
横からミノンちゃんが駆け寄ってきて無理やり抱き寄せた。
弥子ちゃんがしがみついてわんわん泣いているのは、あるいはまたうっかりおれに抱きついて危うく肋骨をバキバキに折るところだったからか。
「ちょっとぉっ! ほんとにあんた地獄に行くことになってんの!?
ぶっちゃけ本気だとは思えないんだけどっ!?」
ミノンちゃんが問いかけに、おれはこめかみのあたりをポリポリさせた。
「正直、ムリ。だって地獄って、あの地獄だろ?
行った瞬間に発狂できる自信がある」
「あはは、正直あたしらも怖いわ。
こっちは死霊族だから痛みとか苦しみとかにまだ耐性あるけど、モロにそういうのに敏感なあんたには相当ヤバいかもね」
言われ、おれはさらに深いため息をついた。
「おーい! 1年C組、全員集合しろー!」
茶太良に呼び止められ、おれは「じゃ、またあとでね」と言うミノンちゃんたちと別れる。
弥子ちゃんも早くも泣きはらした顔でこちらに手を振っていた。
「いや~、とうとうこの日が来ちまったな~。
新介、心の準備はできてっか?」
なぜかうれしそうなヒャッパに対し、おれは若干シラケぎみに言う。
「準備も何も、発表がついこないだのことだからカウントダウンもクソもねえよ。
まだ実感すらわいてない」
「クククク、現地でお前がどんなリアクションをするハメになるか、楽しみだぜ」
「新介ク~ン、大丈夫?」
ちょうどいいタイミングで駆け寄ってきたタタミちゃん。
彼女は目をひたすらシバシバさせている。こちらも昨日はあまり眠れなかったらしい。
「聞いたよぉ?
昨日、どうせ食欲わかないからってお弁当の用意してなかったみたいだけど?」
「うん。
正直、食欲わくはずがないと思って」
「もぉ、しょうがないなぁ。
じゃあとっておきのやつ持ってきたから食べてみて?」
タタミちゃんが袋の中から小さな丸い何かを取り出した。
おれはそれを指差して「何これ?」とつぶやく。
「『兵糧丸 』。
本来は忍者に伝わる、食べ物をめったに持ち運べない時の非常食なんだけど、こういう時のためにと思って用意しておいたんだよね。ほら」
そう言って豆つぶを差し出すので、おれはそれをつまんで口の中に入れた。
さっそくかんでみるが、想像以上に歯ごたえがあった。
「うおっ、なにこれめっちゃ固い……」
「あったり前じゃない。非常食だよ?
バランスのとれた栄養をぎっちりと詰め込んでるんだから、よくかんで食べてよね?」
あっけらかんと言うタタミちゃんに従い、口の中をグミグミいわせていると、しだいに豆つぶがほぐれてきた。
ジュワッとほんのりとしたしょっぱさが広がる。
「あ、これ結構おいしい」
「でしょ? 結構がんばって作ったんだから、ホメてよね」
言われる通りおれはこっくりうなずいた。
「うん、ありがとな。
腹がへったらいつでもこれを口にしときゃいいんだな」
「にゃははは、それさえ食べれない状態にならなきゃいいけど……」
「よーし、点呼するぞー。1年C組は全員集まれー」
茶太良に言われ、クラスメイト達が集まる。さっそく出席番号1番から点呼が始まった。
点呼は予想以上に早く終わる。
クラスの後ろにいるような奴らは連れていけないからだ(変な踊りをしてる奴とか、ずっと教室の隅で後ろ向いてる奴とか、いまはいったいどうしているんだろう?)。
それでも30人以上が茶太良の周りを取り囲んだ。
のっぺらぼうにもかかわらず、茶太良は腕時計に顔を向けて時間を確認する。ちゃんと見えてるのか?
「よ~し、そろそろ神主さんが準備を終えるところだ。
もう少し待っていろよー」
前方を見ると、弥子ちゃんの兄である校内神社の神主が、鳥居のほうを向いてやたらと折り紙がぶら下がっている棒を勢いよく左右に振っている。
「はらったま~、きよったま~……はらったま~、きよったま~」
ぼう然とながめていると、横から肩をたたかれた。
沙耶がいかにもふに落ちないと言わんばかりの顔をしている。
「もう一度聞くけど、あれ厄払いに唱える言葉よね?
魔界のゲートを開くのとはあまり関係なくないかしら?」
「あんまり深く考えなくてもいいんじゃない? あれで問題なく開くんなら……
ていうかよく考えたら開いてほしくなかったっ! 頼むから沙耶の言う通りであってくれっっ!
むしろその通りのほうがいいっ!」
「……ええぇぇぇぇいっっっ!」
突然神主の大声がひびき渡った。振り向き、静かに見守る生徒一同。
やがて鳥居の中央から突然黒々とした渦巻きが現れ、次第に巨大になっていく。
やがてそれは、鳥居の内側を黒一色に染め上げた。
いや、よく見れば奥に何かありそうな気配はする。とても先ほどまでなにもなかったとは思えない。
おれ、あまりの出来事に思わず息をのんだ。
それこそまるで目の前の光景に見とれるかのように。
「何てこった。ここにきていろんなものを見てきたけど、ここまでびっくりさせられるのは初めてかも。
本当に魔法ってあるんだな……」
「おいおい、お前大丈夫か?
この先になにがあるのかわかってて言ってんだよな?」
キースに言われ、すぐにげんなりする。
生徒たちは1年1組から、行儀正しく整列して鳥居の中に足を踏み入れる。
なんだか処刑部屋に順々に並んで行進しているかのようで、なんともいやな気分にさせられる。
おれは思わずみんなに問いかける。
「お前らも、地獄は初めてか?」
周囲を見回すと、勢いよくいっせいにうなずいた。
「じゃあみんなも、それなりにテンションが下がってたりとかしてるわけ?」
「ははは、なに言ってやがる?
いまから地獄に行くんだぜ? こんな楽しみなことってあるかよぉ?」
「地獄か~、いっぺん見てみたかったんだよな。
どんな光景が広がっているか、けっこうワクワクするよな~」
「あーごめん、キースとヒャッパには問いかけてねえよ。
お前らだったらどうせそんな返事が返ってくると思ってた」
あきれた声を返すとキースとヒャッパは少し不機嫌な表情になった。
無視して別の方向を見る。
「あたしはカンベンね。
いくらこっちは傷つくの慣れてるってつっても、やっぱり亡者のヒィィィとかギャァァとかいう悲鳴聞くのは気がひけるわ」
タタミちゃんに続き、影乃も腕を組んでうなずく。
「おれもだ。伊達に苦労人はやってないからな。
完全にとはいかないが、人間の苦痛と言うものをある程度は理解できる」
「そうか、影乃はずっと特能のコントロール不全に悩んできたからな。
なにもやってないのに生き地獄だなんて、シャレになってないんじゃないのか?」
「気にするな。どうせ前世ではろくな生き方をしていなかったんだろう。
因果応報、自業自得だ」
妙に辛気臭い影乃の発言におれたちは首をかしげつつ、最後に沙耶を見た。
「わたし? 正直、半分半分ってところね。
わたしも終わりなき責めさいなみには嫌気がさすけれど、人間の業と言うものがいったいどういうものなのか、興味はあるわ」
「人間の、業、か……」
おれは前に向き直り、次第に近づいてくる暗闇に目をこらした。
そう、あの扉の向こうにあるのは、すべてが罪深き業で造られた世界なのだ。
「あなたも人間だけど、それだけじゃ参考にならないからかしらね。
あなたはとってもいい人だから」
言われて振り向くと、沙耶はたまに見るかがやくような笑みを浮かべた。
「やっ、やめろよっっ! おれがいい人っ!? とんでもないっ!」
キースとヒャッパが冷やかしにヒューヒューと言い、タタミちゃんがふくれっ面でそっぽを向く。
影乃にいたってはまるで空気が読めないと言わんばかりに拍手を送っている。
やがて1年C組の順番になった。
おれたちは息をのみ、ゆっくりと黒い穴の中に飲み込まれていった。




