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(4)

 そのあと、話を聞いた沙耶とタタミちゃんにこってりと絞られ、おれたちは作戦を練り直さざるを得なかった。

 いわく、しばらくは様子を見る必要があるのではないかと。


 影乃は午後の授業に顔を出さなかった。

 一体何事があったのか、おれたちはひょっとしたら禁断の扉を開けてしまったのかもしれない、そんなことまで頭に思い浮かんだ。





 放課後になり、おれは職員室に呼び出された。


 職員室は、いたって普通と言った感じの部屋だ。

 まあところどころ奇妙な道具ばかり置いてあったり、電話だけがぽつんと置かれているだけの机があるところはおかしいが(茶太良によると、これがあのドS女体育教師の机らしい)。

 もっともよく観察することもできず、おれは目的の机の前に立った。


「ふふふ、どうやら君、とんでもないことやらかしちゃったみたいだね」


 おれはほくそ笑むシルクハットのゴス系教頭に向かって頭を下げる。


「すみません」「いいよ、そんなことは」


 おれが顔をあげると、ゴス教頭はわざとらしいくらい困った顔をする。


「それにしても困りましたね。

 君がいま抱えている課題は、相当な難題だと思うよ?」

「教頭は、事情をご存じなんですか?」


 相手はこっくりとうなずいた。


「彼、毛鞣影乃君の家はごく普通の一般家庭だ。

 彼の家系にも似たような境遇(きょうぐう)を持った者は存在しない。

 言わば彼だけが突然変異的に、あのような力を身につけてしまったようなものなんだよ?」

「となると、影乃が自分の力をコントロールできないのは、生い立ちは関係ない、と言うことですか?」

「そうじゃないよ。

 彼があそこまで自分の力をコントロールできなくなってしまった、そういったきっかけはあることはあるよ」


 すると教頭は手を組む机から両ヒジを離し、回転イスを回して斜めを向いた。


「彼はもともと人付き合いは苦手なタイプで、周囲から孤立しやすかったんだ。

 死霊族は思春期に入ると同時に特殊能力に目覚めるのが普通なんだけど、不幸なことに彼が左腕の能力に目覚めたときには、陰険なクラスメイト達からひどいいじめを受けていたそうだ」


 おれはだまって校長の言葉を待つ。


「その日も彼はクラスメイト達から、ひどい暴行を受けていたそうだ。

 あらかじめ言っておくけど、彼の家族や担任は彼がいじめを受けていたことには気づかなかったそうだ。

 それくらいクラスメイト達のやり方は巧妙だったし、彼自身も必死にそれを隠してた。

 だけどそれももう限界になっていたらしい」

「限界……ですか?」

「どうもその日はやりすぎてしまったらしい。

 話によると、身体じゅうが血だらけになり、顔がひどくはれてしまうぐらいの大リンチだったそうだ。

 家族や担任によけいな心配をかけたくなかった彼はこのまま事態が発覚するくらいなら、いっそ彼らに抵抗しようと思った、と話している。

 だけどそれがまずかった」


 すると教頭はこちらに向き直り、そばにあった紙きれを裏返して、こちらに見せた。


「……『いじめを行っていた6人の小学生、覚醒(かくせい)した能力で反撃され意識不明の重体』……」


 見た目はごく普通の新聞の切り抜きだが、見出しが明らかに人間世界のものではない。

 おれはちょっとしためまいにおそわれそうになった。


「取り巻きの子たちはその後回復したけれど、リーダー格の子はいまだに目覚めないそうだ。

 被害者であるにもかかわらず、影乃君はいまだにその子のことを気に病んでるみたいだ」


 おれは教頭の目をまっすぐ見つめた。


「それがきっかけで、影乃は自分の能力を操れなくなった、そういうことですか?」

「それも死霊族の警察は調べを進めたんだけど、結果彼はもともと不安定な能力の持ち主だと判明した。我々の中にはごくまれにこういった不幸な力を持って生まれた者たちがいるんだよ」

「教頭、それをわかってて、あなたは影乃をこの学校に迎え入れたんですか?」


 おれの言葉を聞いた教頭の顔が、ぱっと明るくなる。


「さすがだね。やっぱり君はボクが見込んだだけのことはある」

「いや、やめてくださいよ」


 そう言っておれは顔を熱くさせて周囲に目を向ける。

 みんないそがしいようだ。


「不安定な力の持ち主は、能力を完全にコントロールすることは難しい。

 だけどある程度制御することは可能なんだよ」


 おれはそれを聞いて教頭をまじまじと見た。


「それじゃ、あいつの力が不安定なのは結局過去のトラウマが原因?」


 校長はまっすぐうなずいた。そしてすぐにおれを指差す。


「だから、君の力が必要なんだよ。

 なにかと聡明(そうめい)な君なら、彼の過去の悪夢を払しょくできる可能性を見いだせるかもしれないね」


 それを聞いておれは後頭部をポリポリさせた。


「ムリですよ。

 いくらなんでも、トラウマをかかえた相手の心持ちを変えさせるだなんてこと」

「フフ、今すぐなんて誰も言ってないよ?

 大丈夫、時間をかけて、ゆっくり彼を変えていけばいいさ。あせるこたぁないって」





 職員室を出ても、おれは腕を組んで難しい顔をした。

 だから目の前の沙耶とタタミちゃんにも気付かなかった。


「……おわぁぁっっ! なんだよ2人ともびっくりさせんなよ!」

「ビックリさせる気持ちなんてないっつうの。

 アンタが1人で勝手にビックリしてるだけじゃん」


 タタミちゃんはやや不機嫌そうだ。

 沙耶もしらけた顔をこちらに向ける。


「呼び出しまで受けて。

 どうせこれからは影乃君との関わり方を改めるようにクギを刺されたんでしょう?」

「いや、教頭はむしろ影乃の更生(こうせい)に積極的みたいだ。

 ただあせらずじっくりやれとだけは言われた」

「なにそれ。

 それじゃまるで、新介クンに解決させるために影乃クンまでこの学校に引き入れたみたいじゃない」


 タタミちゃんのすっとんきょうな声に、おれもこっくりうなずいた。


「おれもそんな気がする。

 教頭はいったい、おれを使って何をしたいんだ?」

「さあ、そんなことまではわからないわ。

 確かなのはいま影乃君と接触するのが難しい、と言うことだけよ?」


 若干失望ぎみの沙耶に、おれも深くため息をついた。


「授業欠席の上、普段の寝泊まりが裏学生寮か。

 何とかする前に会うこともできないんじゃ、おれらもどうこうするこたぁできねえよな。

 これじゃいつ奴と会えるかどうかもわかんねえな」


 腕を組んで考え込んでいると、廊下の向こうから顔だけ知っているクラスメイトがやってきた。


「おい大変だっっ!

 影乃の野郎っ、外で大暴れしてやがるぞっっ!」

「「なんだってぇぇっっ!?」」「なんですってっっ!?」


 おれたちはそろってすっとんきょうな叫びをあげて、お互いに顔を見合わせた。





 奴はグラウンドにいた。

 出来るだけ人気のない場所を探して、ここにたどり着いたらしい。


 影乃の動きはおかしなものになっていた。

 黒い粘液のような触手が飛び出る腕に、奴の全身が振り回されている。


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ! 暴れるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」


 そう叫ぶ影乃自身が、触手に身体を巻かれていた。

 意にそわなければ主人であろうと関係ない、と言わんばかりだ。


「……どうしてっっ!? なんでいきなり能力が発動してんの!?」


 タタミちゃんが甲高い悲鳴を上げると、おれは顔も向けずに首を振った。


「きっと学食のことが原因だ!

 あれがきっかけできっとコントロールできなくなりはじめてたんだ!

 たぶん裏学生寮に逃げ帰った後も必死で抑え続けてたに違いない!」


 そう言っているうちに、影乃にさらなる異変が起こった。

 突然グルグル巻きにしていた左腕の包帯が一気にはじけ飛んだのだ。


 おれたちは次の光景に目を疑った。

 影乃が高くかかげた腕の先から、黒々とした無数の触手が飛び出す。

 まるで巨大なイソギンチャクのようだ。イソギンチャクは縦横無尽に暴れまわり、近づこうものなら問答無用で殴りかかろうと言わんばかりだ。


 おれの真横でも異変が起こる。

 沙耶が長い黒髪を手も使わずに動かし、中から(さや)に収まった日本刀を取り出し、それを両手に抱えた。


「沙耶っ! やめろっ! あいつの腕を斬るなっ!」


 沙耶は冷徹(れいてつ)な目でこちらをうかがい、大声を立てずに語りかける。


「どうして?

 彼の左腕を根元まで断ち切ってしまえば、もうあんな風に暴れることはなくなるかも」

「それじゃダメだ!

 片腕になるだけじゃなく、一生能力を使えないまま生きていくハメになるんだぞ!?

 死霊族の世界じゃ立派な障害者だ!」

「今でも立派な障害者でしょ! あんなむやみに暴れ回るなんて!」


 反対を見ると、タタミちゃんまで両腕から鎖分銅をぶら下げ、大暴れする巨大イソギンチャクをにらみつける。


「だからダメだって言っただろっ!?

 おれが何かいい案を思い浮かぶまで待ってくれっ!」


 するとタタミちゃんは少しだけ目力をゆるめ、こちらを見た。


「あいつの左腕を斬る以外、何か方法でもあるの!?」

「教頭が言ってた! あんな不安定な能力でも、ある程度のコントロールは可能だって!

 その証拠に、あいつは自分の腕に呼び掛けて、ある程度抑えつけてた!

 いまあいつの腕が暴れてるのは、絶対今の心理状況に原因があるはずなんだ!」

「じゃああれがおとなしくなるまで待てってこと!?」

「……やめろぉぉぉぉぉっっっ!

 校舎には近づくなぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 影乃が大声をあげ、ふらつきながらもこちらへと近寄ってくる。

 おれは息をひそめてつぶやく。


「そいつは難しそうだな。

 なんとか奴の暴走する力を押さえないと!」

「それじゃどうやって……!?」


 タタミちゃんのヒステリックな叫び。おれは2人の肩を叩いた。


「奴を説得する。

 おれがなんとか呼び掛けるから、2人は暴れる触手から能力を使っておれを守ってくれ」


 それを聞いてタタミちゃんが「はぁっっ!?」とこちらを振り向く。

 となりの沙耶も一瞬でこちらを向いた。2人とも両目を見開いている。


「なに言ってんの新介クンッ!

 あんなのに飛び込んだらいくら命があっても足んないってのっっっ!」

「賢明ではないわね新介君。

 あなたはわたしたちと違って武芸の心得もないし、人間なのよ?

 少しでもかすったら命はないと思ったほうがいい」


 沙耶を見ている余裕はなかった。

 上空から巨大な触手がやってきて、まっすぐこちらの方に向かってきたからだ。

 沙耶が動く黒髪を使い、即座に触手の先を斬りつけた。


「時間がない!

 2人にその気がなくてもおれは勝手に飛び込むぞ!」


 2人とも考え込んでいるようだったが、やがてこちらを向いてうなずいた。


「わかった、なんとかして見る。

 だけど本当に危ないと思ったら強引に連れだすわっ!」


 沙耶に続き、タタミちゃんも眼帯を外し、ウロコにおおわれた赤い瞳をこちらに向けた。


「しゃあないなっ!

 新介クンッ! 怖くなったらすぐに言ってよっっ!?」


 おれは2人にうなずく。

 そして3人一緒に、影乃のほうへと飛び出した。


「……なにをしているっ!

 お前たち正気かっ!? 今すぐおれから離れろっっっ!」


 影乃が注意する間もなく、上空から数多くの触手がやってくる。

 沙耶は(やいば)と抜いた鞘を使ってそれらをはたき落とし、タタミちゃんは両手の鎖分銅を素早く振り回して触手を細切れにする。


 そうしているうちに、おれは影乃の元に駆け寄り、がっちりと両肩をつかんだ。


「2人がいるから大丈夫だっ!

 それより、お前ちょっと頭を冷やせよっ!」


 まっすぐ見つめる影乃はわけがわからない顔をしている。

 おれは相手のほおを叩いた。


「な、なにをするっっ!」

「ちったぁ目が覚めたかっ!?

 それじゃ言っておくが、お前は本当に自分の腕に呼び掛けてたのかっ!?」


 影乃はパニックにおちいって首を振りながら横にかたむける。


「本当は怖かったんじゃないのか!? 自分の能力が、いつか人を傷つけるんじゃないかって!

 そう思う一方で、いっそのことそれが現実になってしまえばいいとすら思ってたんじゃないのか!?

 そうすりゃ自分の人生にあきらめがつくってっっ!」

「そんなこと……そんなことっっっ!」


 涙目になった影乃。

 俺はそんな奴の胸倉を思い切りつかんだ。


「おれは聞いたぞ!? 不安定な力でも、ある程度制御が効くって!

 その可能性があるってのに、あきらめんなっっっ!」


 その時、自分の真横で風を切る音が聞こえた。

 どうやらすぐそばに触手攻撃が迫っていたらしく、沙耶がすばやく斬りつけたようだ。


「時間がないわっ!

 触手の攻撃が激しくなってるっ! 早く何とかしてっっ!」


 おれは沙耶にうなずき、影乃をキッとにらみつけた。


「いいから自分の腕に呼び掛けろっ!

 ただ単にどなりつけるんじゃない! 真剣に(うった)えかけるんだっ!」


 おれの真摯な叫びが通じたのか、影乃の泳ぐ目が少し大人しくなった。

 やがてこっくりとうなずくと、目を閉じて呼び掛けるような声をあげた。


「おれの左腕よっっ! よく聞けっ!

 これ以上暴れ回るなっ! 彼らはおれたちに敵意はないっっ! ないんだっっ!」


 しかし、周囲の触手の暴れ具合に変化はない。

 影乃は目を閉じて首を素早く振る。


「一回だけであきらめんなっっ!

 何度でも呼びかけ続けるんだっ! 何度でもっっ!」

「……頼むっ! 彼らに手を出さないでくれっ!

 こいつらはおれたちを苦しめようとしてるんじゃない! 助けようとしてるんだっっ!」

「……きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 後ろを振り返ると、タタミちゃんが猛攻を続けていたにもかかわらず、身体じゅうに触手を巻かれ吊りあげられていた。


「タタミちゃんっっっ! ほらっっ!

 なんとかしないと彼女が犠牲(ぎせい)になるぞっっ!」


 しかし影乃は正気を失い、狼狽(ろうばい)するばかりだ。

 そうしている間にも無数の触手がこちらに向かおうとしている。

 おれはまずいと思い、ギュウッと目を閉じた。


 ところが触手はいつまでたってもやってこない。

 そっと目を空けると、そこには見覚えのある大小の人影が現れた。

 両手から炎をあげる番長、首から円輪を取り外したキース、そして背中にバックパックを背負いそこからチューブでつながれたスタンガンを両手に持ったヒャッパの姿があった。

 おれが思わず「み、みんな……!」と叫ぶと、番長が触手を殴りつけながらこちらに振り返る。


「おう、さっきはすまなかったな。

 こいつはそのお返しってことでどうだ?」

「ははっ!

 こんな面白いケンカ、だまって見てる俺なんかじゃねえぜっ!」

「くそっっ! もうお前と学食になんか行ってたまるかっっ!

 たとえ頼まれたとしても2度とゴメンだからなっっ!」


 キース、ヒャッパの呼びかけに続いて、いつの間にか触手から解放されていたタタミちゃんが地面に降り立った。

 なぜか血だらけになっている。


「キースッッ! もっとうまくやりなさいよっ!

 おかげで体中血まみれじゃないっっ!」


 立ちあがりざまにキースを指差すタタミちゃんだが、相手はしらばっくれるように首をすくめる。

 文字通り血まみれのタタミちゃんはあきれ顔ながらも、すぐ後ろに触手が迫ってきたためにその対処に追われる。

 仲間たちの応援に後押しされ、おれは再び影乃と向き合った。


「ほらっ! おれたちを助けるためにみんなが集まってくれたぞっ!

 それでもお前は自分に負けるつもりかっ!?」


 それでも影乃は目を泳がせたままうつむく。


「あいつらは、おれのためじゃない。お前の……」

「わかってんじゃねえか。

 そんなおれは、お前を助けるために命をかけてんだ。それでもまだ……!」


 しかし最後まで言いきれなかった。

 おれの首に触手が巻き付き、ぐいぐいと締め上げる。あまりの圧力に息が切れる前に首の骨を折られそうな勢いだ。


「は、はやく……! なんとか、しろ……!」


 それを最後に、おれは全くしゃべれなくなる。

 他のみんなは目の前の触手で手一杯になっている。おれを助けられるのは、この触手の持ち主しかない。


 影乃はあ然とおれを見つめていたが、やがてギュウッと目を閉じ、深く息を吸い込んだ。


「やめろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ!」


 若干意識が途絶えようとした時、急に首の圧力が止んだ。

 解放されたおれはクラクラしながらヒザをつくと、口が勝手にせき込みだした。


「ごほっっ! ごほっっ!」


 せき込み続けながらも、周囲を見回した。

 沙耶たちの周りに群がっていた触手が、どんどん引いていくのがわかる。

 それをぼう然と見ていたみんなだったが、沙耶がこちらの様子に気づいた。


「新介君っっ! 大丈夫なのっっっ!」


 すぐに駆け寄ろうとする沙耶だが、おれは手をあげて自分から立ち上がる。


「大丈夫だ! それより……」


 おれは影乃のほうを見た。

 上空いっぱいに広がっていた黒い触手の群れが、徐々に影乃の左腕に向かって集まってくる。


 群れは見る見る縮んでいき、やがて元の左腕のサイズに縮まる。

 おれはおそるおそる近づいていく。


 激しく肩を上下させ、額には大粒の汗をかいている影乃。

 押さえつける左腕は、サイズこそ普通に戻っていたが、黒々とした真っ黒な様相を現していた。


 次の瞬間おれはギョッとする。腕の中からにょっきりと何かが現れた。

 それは通常よりもずっと大きい、人間の片目のようなものだった。

 それがグルグルあたりを見回し、やがてこちらの方をまっすぐ見ると、すぐに閉じられてしまった。


「こ、これ?

 ひょっとしてひょっとすると、『マキガン』のガンって、ひょっとして『眼』のこと?」


 影乃はうなずき、適当に転がっている石ころをとり上げ、グラウンドの砂に書き上げた。

 魔に鬼に眼と書いて、魔鬼眼。


「……なんじゃこの名称はぁぁぁぁっっ!

 センス悪すぎだぞコラァァァァァァッッッ!」

「なぜ怒る?

 これはおれの親が名づけたものだ。おれに言われても困る」

「だったらだったでおかしいじゃねえかっ!

 自分の能力に悩む息子を差し置いて、そんなキラキラネームつけちゃうような親どう考えてもおかしいだろっっ!」


 そう言われても、影乃はどこがおかしいと言わんばかりに首をかしげる。


「名前なんてどうでもいいでしょ。

 それより影乃君、左腕の調子はどう?」


 沙耶にうながされ、影乃はおもむろに真っ黒な左腕をかかげた。


「信じられない。

 この左腕が、ここまでおとなしくなったのは初めてだ……」


 それを見ておれはニヤリとした。


「だから言っただろ。教頭先生はどんな能力でもある程度操れるもんだって言ってたって。

 もっと自信持てよ。そいつを使いこなせるのは、全部お前の心持ち次第なんだって」


 そしておれは後ろの方を見た。

 ほとんどが納得した笑みを浮かべてうなずく。ヒャッパだけは顔を真っ赤にして顔をそらす。


 それでも、影乃はあ然としたまま俺のほうを見つめるだけだった。





 翌日、影乃が教室に入ってきた。

 彼が周囲を見回すと、ほとんどのクラスメイトがあわてて顔をそむける。

 影乃はそれを見て深いため息をついた。


 やがて彼はとある場所に足を向ける。

 やってきたのはそう、おれの席のことだ。


「おっはよう。どうだ? 左腕の調子は」


 おれが何事もなかったかのように告げると、相手は気まずそうに目をそらす。


「信じられん。まるで普通の腕のようだ。

 こんなにおとなしくしているのは初めてだ。おれは夢でも見てるのか?」


 おれが顔をほころばせて左腕を見ると、いまだに包帯を巻かれてたままだ。

 しかし前のようなグルグル巻きではなく、きちんと指を動かせる程度のものだ。

 先のほうは指が出ていて、昨日と同じく黒々とした指先が見える。


「昨日は、すまなかった。お前に迷惑をかけて」


 見ると、うつむく影乃の顔は真っ赤になっている。

 おれは反対の腕をポンと叩いた。


「なに言ってんだよ。ありゃおれの方から飛び込んだ結果だ。

 そのおかげでお前は左腕をおとなしくさせることができたんだろ?

 どうだ、あやまる前に先に言うことがあるんじゃねえのかよ」


 すると影乃は鼻の先をポリポリさせつつ、小さく口を開いた。


「あ、あああ、ありが、ありが……」


 顔がどんどん赤くなる。おれはあわてた。


「わかったわかった。

 気持ちは十分伝わったから、もういいよ」


 影乃は無言でうなずく。

 気がつくと、まわりのみんながおれに暖かい視線を送っていた。

 おれは急に恥ずかしくなり周囲を見回す。


「や、やめろよ! 見せもんじゃねえんだぞ!」


 それを聞いてみんながクスクスと笑った。おれは口をとがらせ、前に向き直る。

 そこでちょうどホームルームになったようで、ゴォン、ゴォンというおかしな音とともにのっぺら熱血教師が入ってきた。


「おうおはよー。お前ら昨日は大変だったな」


 そして教壇(きょうだん)に立ち、両手を机の上についた。


「こんなことはあまり言いたくないが、昨日のさわぎのことをよく思っていない奴は多い。

 俺もそいつは仕方がないことだと思うが、どうか昨日助けてやった奴に免じて、温かく見守ってやってほしい」


 そして窓際の席にたどり着いた影乃に顔を向ける。


「おおっと。そこにはもう座るな。

 お前の席はそこじゃない」

「……なぜだ? おれの席はここだろう」

「影乃、その口のきき方はなんとかしろ。

 まあいいや、今日からお前の席はヒャッパの左どなりだ」


 言われた瞬間、影乃とヒャッパが顔を見合わせる。

 そこで突然立ち上がった者がいた。


「ちょっとぉっ! なんであたしがこの席外れなきゃいけないんですぅ!?

 あたし言ったでしょ! 鬼形(ヒャッパの名字)の席はムカつくから変えろって!」


 元の席に座っている太っちょ女子が、イライラする声をあげて立ち上がるが、茶太良はにべもない。


「だったらお前が席を移動すればいいだろう。

 影乃も晴れて友達と近い席に座れるし、一石二鳥だ」

「そんな、あそこの席は男子の……まあいいや」


 まんざらでもないのは、顔を合わせるや相手がイケメンだと気づいたからだろう。

 顔がイケてるとこういうトラブル回避もできるのか。


 太っちょ女子が用具を片づけ、席を立つと入れ替わるようにして影乃が座った。

 なぜか用具はなにももっていない。

 おれと目が合うなり、イケメンは少しだけ笑みを浮かべる。


「……よろしくな」


 その声におれは親指を立てて応じる。とたんに太っちょ女子の声がひびいた。


「……だっ! なにこれっっ! 小汚いじゃないっ! なんでっっ!?」


 おれは気付いていた。影乃の学生服は若干汚れている。普段寝泊まりしているのが裏学生寮だからだ。


「そうだ。影乃は今後は城のほうに寝床(ねどこ)を移せ。

 場所は新介たちの部屋だ。同部屋のみんなはじゃんけんして誰か他のところに移れ」

「「「え~っ!?」」」


 おれとキース、そしてヒャッパが残念な声をあげる。

 いつの間にかおれたちの中には奇妙な友情が生まれていたようだ。なんだか歯がゆい。

 しかし、その中に新しい仲間が加わる。


 おれは振り返った。影乃は過去のことなど何もなかったようにクスクス笑っている。

 おれと目があった。その笑みが若干不敵なものに変わる。

 おれもつられて顔がニヤけた。


 まあいいや。とにかく、おれに新しい友達が増えた。それだけでも喜ぶことにしよう。





~4月○○日~


 わたしの後ろの席が影乃君に変わり、以前にも増して深いつきあいをすることになった。

 正直以前座っていた○○さんには何かと目をつけられていたので、内心ホッとしている。

 学級委員としては失格だけど。


 失格と言えば、影乃君のことでは本当に助けられたと思う。

 新介君にはおどろかされるばかりだ。死霊族でさえ尻ごみするようなことを、彼は平然とやってのける。


 彼は何者なのだろう。最近ふとそう考える。

 影乃君が自分の能力に悩むようになった事情はあとで聞かされたが、それを恐縮しながら話す新介君の方には、過去になにもなかったのだろうか。それともあれが彼の根っからの人間性なのだろうか。

 いずれにしても、教頭先生の慧眼(けいがん)にもおどろかされる。


 もっとも、今回のことで彼は若干のムリをしすぎだ。

 ただでさえ彼は怪しい連中に目をつけられているのだ。

 影乃君の左腕の容体に気を配ると同時に、新介君の今後の動向にも注意を払わなければならない。


 学級委員としては負担が増えるばかりだ。

 もっともその負担を、新介君たちにも背負ってもらっているのだからたかが知れているけれど。

 みんなには感謝ばかり、それを返せるようになるだろうか。わたしのような性格の者が。


 さて、日記はこれくらいにしておこう。

 新介君がみんなを呼んで、影乃君を囲んで話がしたいという。わたしも喜んで参加しようと思う。

 新介君のおかげで、わたしの交友関係はどんどん広がっていく。

 それに頼るのを申し訳ないと思いつつも、この先どうなっていくことか、とても楽しみでもある。

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