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(2)

 中に入り込んだとたん、強烈な違和感を覚える。

 向こう側ではまったく感じなかったすさまじい何かが、すぐに頭の中を埋め尽くした。

 これはもしや、瘴気(しょうき)とかいう……


「……じゃねぇっっっ! っていうかクサッッッッ!

 ムチャクチャクサッッッッ! いったいなんなんこのニオイッッ!」


 周囲を見ると、おれも含めその場にいる全員があまりのにおいに鼻をつまんでいる。

 いや、1人だけ冷静に鼻をクンクンさせている奴がいた。


「血と、糞尿(ふんにょう)のにおいか。

 なるほど、これが地獄の匂いなんだな」

「影乃っっ! お前なにげにスゲェなっっっ!

 ていうかお前頭大丈夫かっ!?」

「もぉぉぉぉっ! なんなのこれぇぇぇっっ!

 鼻をつまんでもなんか臭ってくるぅ~っ! ヤだよこれ服に臭いが染み付くとかカンベンしてよぉ~~~~っ!」


 タタミちゃんは早くも涙声になっている。

 男ながら気持ちはよくわかる。と思っている間に……


「うわっ! なんだこれ目にまでしみてくるぞっ!

 こんなんだったらゴーグル持ってくるんだったっ!」

「ゴーグルの前に、消臭剤ね。もっともどれだけ効果があるのかわからないけれど。

 と言うかそのうち嗅覚がマヒしてこないか心配だわ」


 鼻をつまみながらもなぜに冷静な沙耶。ようやく少しだけ冷静になり、周囲を見回す。

 あたりはどうやら洞窟(どうくつ)のようで、とにかく薄暗(うすぐら)い。

 と思ったらすぐに前方でやたらさわぐ人がいる。


「ああクソッッ! 臭くって臭くてたまらんっっ!

 先生つまむ鼻がないから臭いがダイレクトに嗅覚に流れ込んでくるっ!

 一体何回こんな目にあえばいいんだっっ!」

「茶太良先生なにげに嗅覚あったのねっ!? しかも毎度恒例(こうれい)だったんだ!」


 鼻をつまんでいるので、自然と口呼吸になるため叫びにくい。

 私語はできるだけつつしむしかない。


「ていうかなにこれぇ~。

 歩けば歩くほど足元がグチャグチャして、たまんないんだけどぉ~。いったいこれなんなの~」


 タタミちゃんの言うとおり足元を見ると、まるで泥の上を歩いているかのように長ぐつ(わざわざこれをはいてこいと指定された)が地面にめり込む。

 なんともいやな感触に、おれは首を振った。


「タタミちゃん、世の中には知らないほうがいいこともある。

 こいつに関してはあんまり考えないようにしよう」


 彼女のため息を耳にしつつ、前方に目をこらす。

 生徒の行列をうっすらと照らしていた赤い光が、徐々に近づいてくる。

 これがいったい何を現すのか、うすうす感づいてはいたが……


「うおっ! 次第に熱くなってきたな。

 この先の気温、人間のおれに耐えられるか?」

「新介君、やたらとおっきな水筒渡されてたからね。これ相当な覚悟いるんじゃない?」


 思わずツバを飲み込むおれ。

 やがて洞窟を抜け、目の前に雄大なパノラマが広がってきた。





 覚悟はしていたが、あまりの光景に思わずおれは目をそむけた。

 目の前にあったのは、おびただしいほどの炎、炎、炎。

 見渡す限り180度、すべて赤々と燃えあがる火炎が一面に広がる。


 顔が熱い。と言うより痛い。

 思わずうしろを向くと、全身が早くも汗をかいてきた。


「ぐわっ! これは耐えられんな。

 こんなところにいたら10分も耐えらんないや、早くどっかに移動してもらわないと……」


 そう言って前方を見たとき、前方の丘の上に何やら大きな人影のようなものがあった。

 いや、ありゃどう考えても人じゃないな。


 なにせ赤々とした炎に照らされていてもわかるほど身体が青く、頭には立派な2本の角を生やしているからだ。

 身体はやたらとデカく、身につけているのは腰に巻いている茶色いボロキレくらいしかない。


 それを見た茶太良がこちらに向かって声をあげた。


「お、案内の鬼さんだ。

 みんなあそこに向かってしゅーごー!」

「……イヤだっっ! あんな奴のところなんか行きたくないっっ!

 殺されるっ! 行った瞬間に秒殺されるっっ!」


 おれはその場を逃げ出そうとしたが、とたんにキースとヒャッパに取り押さえられる。


「はっ、離せっっ! おれは人間界に戻るっ!

 やっぱり来るんじゃなかったっっ!」


 なかばパニくるおれに茶太良から容赦ない一言が浴びせられる。


「新介、もう遅いぞ!

 人間界へのゲートはとっくに神主さんが閉じちまったぞ!」

「うそおぉ~~~~~~~~~~~~~んっっっ!」


 ショックのあまり泣きそうなおれに、ヒャッパが肩に手を置いて追い打ちをかける。


「あきらめろ新介、ひょっとしたら殺されるどころか、鬼さんに気に入られてかわいがってもらえるかもしれんぞ。

 しかも永遠に……」

「や、やめてくれっっ!

 鬼さん、わたくしはなにも悪いことはしておりませんっ! していたとしても一生懸命悔い改めますから、どうかご容赦(ようしゃ)をっっ!」


 ジタバタもがく身体を無理やり引っ張られながら、おれは無数のクラスメイトに混じって鬼の前に立たされた。


「よ~し! 集合したか。お前らよく来たな。

 おれが今日案内を務める、青鬼の『虎牛(こぎゅう)』だ。

 今日はたっぷりと地獄の醍醐味(だいごみ)を見せつけてやるから覚悟しとけよ!」


 あちこちから「ひぃ」と言う声が聞こえた。

 おれもそう言いたかったが、それどころではなかった。


 虎牛がやたらと鼻をクンクンさせて、あたりをかぎまわっている。

 と思いきやその顔がおれがいるあたりで止まった。

 そして凝視(ぎょうし)する。や、やめろ。こっちを見るな。


「ほ~う、お前が生きながらにして地獄にやってきたボウズか。

 なかなかうまそ……イキのよさそうな奴だな」

「訂正しようとしてまったく訂正になってないよっ!?」


 すると虎牛はろこつに口元をジュルリとさせて手の甲でぬぐう。


「クククク。こいつはまた、威勢のいい奴だ。

 さぞいたぶりがいがあるんだろうな」

「や、やめてっっ! わたしはまだ15歳!

 まだまだ若いから地獄になんか連れていかないでっっ!」


 両手で身体をかばっていると、おもむろに前方に長すぎる黒髪が現れる。


「案内人の方、あまり新介君をからかわないでほしいですね。

 閻魔大王から指名された方なんでしょう? 与えられたお役目の意味をよく考えなさったらどうですか?」


 毅然(きぜん)とした沙耶の発言に、虎牛は片手を大きく振る。


「わかってるよ。冗談だ。

 もっともここの連中には生きた人間がやってきたのを気に食わない奴も多いから、しっかり守ってやれよ。お(じょう)ちゃん」


 「お嬢ちゃん」という言葉には、どこかトゲのようなものがあった。

 きっと地獄は男の職場、という考え方が強いのだろう。

 巨大な青鬼は目の前の火炎地獄のほうを向いて指をさした。


「さて、まずはこの地獄の大パノラマを解説しようか。

 今日回るのはこっちじゃなく、もう少し涼しいところだ。安心しろ。

 もっとも内容はほとんど同じだがな。みんなもうちょっと前に出ろ」


 おそるおそる前に出ると、いきなりものすごい熱が顔をおおい「あちっっ!」と言っておれは身をひそめた。

 青鬼が思い切り軽蔑(けいべつ)するような視線を送ってくる。


「まったくだらしねえな。

 しょうがねえ、お前は遠くで友達の様子を見てろ」


 その視線に耐えながら、クラスメイト達の頭のわずかなすき間から赤々とした明かりをのぞき込む。

 メラメラと燃えあがる地獄の炎。焼かれれば一瞬で燃え尽きてしまうだろう。


 そんなことを思っているうちに、あることに気がついた。

 先ほどはクラスメイト達のざわめきにかき消されていたが、耳を()ますと、あちらこちらから動物の鳴き声のようなものが聞こえてくる。

 いや、それとも少し違う。これはなんだか……


「どうだ? すさまじいだろう。

 地獄の火炎ってのは、もちろん地底の溶岩から噴き出したものじゃない。

 こいつは言わば生前に深い恨みを持った者たちの怒りの炎で、ここに連れてこられた亡者の身体を焼くべく、こうやってメラメラと燃えさかっているんだ」


 寒気がした。どうやらこの叫び声、おそらくは責め苦を受ける亡者たちのもののようだ。

 それにしても、あまりに責めが過酷(かこく)すぎると、こんな風に獣がほえているような感じになるのか……


「ちょっと質問があるんですけど……」


 おれは聞き覚えがある声のほうを見た。

 案の定沙耶がすっと手を上に伸ばす。


「地獄は、悪行を成した人間を死後にさばくために生まれたんですよね?

 そうなる以前、ここはいったいどんなところだったんでしょうか?」

「お(じょう)ちゃん、いい質問だな。

 おたくは死霊族だからご存じだとは思うが、魔界のたいていの場所と同じでここももとは混沌(こんとん)の吹きだまりだった」

混沌(こんとん)の吹きだまり?」


 おうむ返しで問いかけると、青鬼がなんともなしに振り返った。真顔でも目が怖い。


「魔界って言うのは人間界と違って、もともとそちらの世界にはない強烈なエネルギーのかたまりが寄せ集まってできたようなものだ。

 それが人間界の変化に応じて、様々な状態に変化していくものなんだ」


 すると虎牛は腕を組みつつ、するどい爪が伸びた人差し指を上に立てた。


(いん)(よう)という概念(がいねん)はわかるか?

 これはつまり物事にはなんでも表と裏があるっていうことなんだが、一見1つにしか見えない地球にも裏の存在がある」

「それがここ、魔界と地獄ってことですか」


 おれはそう言って地面を指差した。


「おいおい、たった1人の外国人のために魔界の一般常識の説明かよ。

 こちら側の世界の情報がそっちに全く公開されていないってのも困りもんだな」


 ヒャッパがうんざりした顔で言うと、タタミちゃんがあっけらかんとして言う。


「しょうがないでしょ。

 そのために、アタシたち死霊族は生まれたんだから」

「死霊族が生まれた?

 もともと魔界にいた生物じゃないのか?」


 おれがつぶやいた言葉を大鬼がさえぎる。


「その話はあとだ。

 とにかく魔界というものは、お前たちが住む表の世界の影響を強く受け続け、常に変わり続けていくものなんだ」


 そう言って虎牛は火炎地獄のほうに身体を戻した。


「もっとも大きな影響が出たのは、もちろん人間社会の成立だ。

 人間は一般的な動物よりも高い知能と複雑な感情を持っている。

 人間がそれに応じて様々な概念(がいねん)を生み出すことによって、ここ魔界にもさまざまな存在が生まれた。妖怪、魔法、そして死霊族。

 中でももっとも大きな変化が起こったのは、当然ここ地獄の誕生だ。

 人間はその知性と感情によって様々なトラブルを起こす。そうなれば当然取り返しのつかない事態も多く引き起こしかねない。

 解決しなければ、当事者、特に被害者と呼ばれる一方的な損害を被った者は、なんとしてでもその損害を補てんしようとする。

 それが一般的に言われている、『(うら)み』って言うやつだ」

「なにげに事務的な説明……! まるで法律用語を聞いているような感覚!

 ていうか地獄ってそんな単純な場所じゃないでしょっ!」

「学術的な説明って言ってくれ。

 こう見えても俺はこっちじゃインテリで通ってるんだ」

「パンツ一丁でインテリですか……

 あいやいや大変失礼なことを申しましてすみませんっっっ!」

「何か言われる前にあやまるなよ。別に怒ってなんかいねえよ。

 俺のこの格好は単に変な服を着ていてもすぐムダになるだけだ」

「すぐムダになる。どういう理由なのか考えたくない……」

「話の途中だ、だまって聞いてろ。

 とにかく、一方的な苦痛を現世で返すことができなかった連中が、せめて別の場所でそれを晴らす場所が欲しい。

 そういう願いが魔界のエネルギーに反応して生まれた場所、それが地獄だ」

「と言うことは、地獄も魔界に住む数々の妖怪と同じく、人間の強い感情が生み出した新しい存在、と言うわけですね?」


 沙耶の問いかけに虎牛はこっくりとうなずく。


「その通りだ。

 地獄の炎と同じく、俺たち鬼もまた、人間たちの強い恨みが作り出した憎悪(ぞうお)のかたまりのようなものだ。

 恨みを抱かれた人間たちは死後、魂をここに引き込まれ、仮の肉体を持って俺たちが課す責め苦を受ける。

 俺の仲間は基本人間を見るやその深い感情によってひたすら相手の肉体を破壊することに執心する」


 そこで虎牛は不自然に言葉を切った。

 見ると、彼はじっと地獄の火炎をながめている。

 こうこうとした赤い光が、神妙な顔立ちを照らし出している。


「仲間連中はその意味をよく理解してない奴が多い。

 奴らはたんに用意された悪人をひたすらいたぶることばかり考え、悪人を更生(こうせい)させることには全く関心がない。

 俺はそういった考えばかりじゃ、現世の悪人が増え続けるばかりでちっとも世の中はよくならないと思うがな」

「そういう……問題じゃ、ないと思います」


 虎牛が少し驚いた顔を向けた。

 おれはひるまず、思いついたことを口に出してみる。


「現世での悪人が減らないのは、おれたち人間が地獄の存在を忘れているからだと思います。

 おれたちがはっきりとあの世の裁きの存在を認識すれば、自然に現世での犯罪も少なくなるはずです」


 なかなかいい提案だと思ったが、虎牛ははっきりと首を振った。


「いいや、ダメだ。それじゃ本当の懲罰(ちょうばつ)にはならない。

 大事なのは(おど)しによって(あやま)ちを防ぐんじゃなく、人間たちが自発的に不正の意味を理解していくことが大事なんだ。

 もっともこれはおれ個人の意見だがな」

「そんな、人間って言うのはそんな立派な存在じゃないですよ。

 時には無理やりにでも言うことを聞かせないと」

「それに、魔界や地獄の情報をひた隠しにするのは理由もある。

 魔界の存在を、人間界に持ち込ませないためだ」


 おれはクラスメイト達に「どゆこと?」と問いかける。

 タタミちゃんが片手をおもむろにあげた。

「魔界の生物があちらこちらに現れるのを想像してみなよ?

 人間界がそれで正常な形を保てると思う?」


 おれが「あ……」と声をあげると、ヒャッパもしらけた顔で話に続いた。


「ただでさえ危険な状態にある人間界が、あっと言う間に壊滅(かいめつ)だな。

 一番強烈な妖怪になると、下手をすれば地球自体がもたなくなる可能性だってあんだぞ?」

「そっか、じゃあ魔界の存在は、よほどのことがない限りこっちに来ちゃダメなんだな」

「そゆこと。

 あたしたち死霊族が人間界に住めるようになったのも、けっこう最近のことなんだから。

 ましてや魔界のエネルギーが人間界に流れ込めば、それを悪用しようとする人間だって現れる」


 タタミちゃんが言えば、沙耶はこう言う。


「そのためにわたしたち死霊族は、今日通り抜けてきたようなゲートを使って魔界との連絡手段を絶っているの。

 そのためにわたしたち死霊族はいるのよ?」

「つまり、死霊族はたんに魔界の生物なんじゃなくて、魔界と人間界をつなぐゲートの番人、てこと?」

「よくわかったわね。

 そう、わたしたち死霊族は……」

「おおっと。それは今日の授業に関係なくないか? 今日は地獄の見学に来たんだろ。

 さっそく案内するから、お前らついてこいよ?」


 虎牛が話をさえぎり、手招きして1組のほうから順に連れていく。

 おれは沙耶たちのほうにかけよった。


「どういうことだ?

 おれ、死霊族のなりたちの話なんてまったく聞いてないぞ?」


 それを聞いてタタミちゃんが申し訳なさそうにチリチリの金髪をなでた。


「にゃははは。

 そっか、アタシたちには当たり前のことだから、すっかり説明し忘れてた」

「ていうかそれくらい自分で勉強しろよ。

 お前まさか、俺たち死霊族がもともと原始時代から魔界にいたと思ってたんじゃないだろうな?

 カン違いもはなはだしい」


 そう言ってキースがしらけぎみの表情で前を向く。


「そっちには当たり前のことなんだろっ!?

 疑問(ぎもん)に思わなきゃそんな考え浮かばないって!」


 それを聞いた沙耶が何食わぬ顔でおれに問いかけてくる。


「じゃあ新介君は、このこと知ってるかしら?

 死霊族が、もとは人間だったってこと」


 言葉を失った。おれはぼう然とした目で彼女を見る。


「鬼さんみたいに魔界の影響を受けたわけでもないのか?

 と言うことは、みんなご先祖さまはおれと同じ……」


 沙耶はこっくりとうなずく。


「そう、人間。わたしたちは正真正銘(しょうしんしょうめい)、れっきとした人間の子孫よ。

 ただ長らく魔界に住み続けた結果、魔力的な影響を深く受けることになったわけで」

「アタシたちのご先祖さまは、もともと人間界に現れるようになった妖怪たちを退治するために、修行してきた退魔師(たいまし)なんだよ」


 タタミちゃんが意気ようように言うので、おれははっと気がついた。


「それでか!

 沙耶やタタミちゃんみたいな女の子が、武器を持って戦うのはなんでなんだろうと疑問(ぎもん)に思ってたんだけど、そういうことだったのか!」

「そうね。わたしの剣術もタタミの忍術も、もともとは妖怪を退治するために磨かれた戦いの技術なのよ」

「弥子ちゃんのお兄さんのように、妖術を使う人もいる。

 もっとも死霊族はたいてい特殊能力があるから、それを習う機会はめっきり減っちゃったけどね」


 おれはタタミちゃんにさらに質問をぶつける。

 C組まで移動が始まったことに関してはあまり考えていない。


「今でも妖怪と戦うことはあるのか?」

「アタシたちのご先祖様は、さらなる力を身につけるため魔界にこもって妖怪たちと戦い続けた。

 いろんな被害が出たそうだけど、なんとか自分たちのテリトリーを守り続けて、表の世界の影響を受けながら発展して、いまじゃずいぶん立派な街になってる。

 四方をバリケードに囲まれた要塞(ようさい)都市でもあるから、いまじゃほとんど妖怪が襲撃(しゅうげき)してくることもないけどね。それでもいざという時の備えのために、アタシや沙耶みたいな子が必要なんだろうね」

「今じゃそれを、人間界を変えるために使おうとしてる」

「そゆこと。新介クン、なかなかわかってるじゃない」

「でも、大変だよな。魔界のゲートと妖怪を封じるために、そちらの世界に住んで似たような存在になっちゃうなんて。

 正直、人間がうらやましくなったりしないのか?」

「みんなはどうか知らないけど、アタシはそう思わないこともないかな?

 住めば都って言うけど、魔界って結構住みづらいところだし、死霊族のテリトリーってそんなに広い場所でもないからね」

「そう思っているのはお前だけだ。

 切っても死なない身体。2,3倍も長い寿命。そして尋常(じんじょう)じゃない特殊な能力。

 死霊族になればいいことづくめだ」


 自慢(じまん)げに言うキースに、おれはシラケぎみに「はいはいそうですね」と返した。


「勉強になったのはいいけれど、新介君話しこんでて大丈夫なのかしら?

 もうすぐ次の見学場所につくころだと思うけど」


 沙耶のもの言いにはっとした。

 気がつけば、前方で何やらつんざくような悲鳴(ひめい)が聞こえてくる。

……話の続きが気になって心の準備をすっかり忘れていた!


 おれはきびすを返そうとし、すぐにキースにえり首をつかまれた。


「はっ! はなせっっ! おれはD組の最後尾につくっっ!」

「今さらムダだ。

 ほら、お待ちかねのお仕置きゾーンだぞ。その目をかっぽじってよく見てみろ」


 キースが向けた人差し指のほうに視線を移すと、目の前ににやたらと真っ赤に染まっている場所がある。


 それがいったい何を意味しているのか。それを悟りきる前に、急に目の前が暗くなった。

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