ネット掲示板の匿名ネタは著作権に引っかかるだろうか(1)
世界有数の大都市である日本の首都、東京都の範囲は横に伸びている。
その東側はいかにも大都市らしいコンクリートのジャングルにおおわれているが、おどろくことに西にいけばいくほど、それはそれはのどかな田園風景が広がっているのだ。
そこからさらに西に向かうと、そこはとても同じ東京とは思えない、深い山々が広がっている。
そんな山々に囲まれた西東京の奥深くに、とある全寮制の高等学校がある。
しかしこの学校、一般社会にはまったく知られていない。
普通の少年少女はここに足を踏み入れることはできず、入ることができるのはごく限られた者たちだけだ。
それはなぜか。それはこの高校に通う生徒が人間ではなく、『死霊族』と呼ばれる異世界からやってきた人間そっくりの生物だからだ。
死霊族は人間よりも2・3倍も寿命が長く、とにかく生命力が強い。
たとえ心臓を貫かれたとしても平気で、首を断ち切られてもつなげればすぐに元に戻る。脳みそをつぶされると少し厄介だが、そのことをのぞけばほとんど不死身と言ってしまってもいい。
またそれぞれが超能力と言ってもいい特殊な力を持っていて、人間からすればほぼ無敵の存在だとも言える。
そんな化け物だらけの死霊族がひそかに通う高校に、哀れなことに普通の人間が入学することになってしまった。
それがこのおれ、結城新介のことだ。
それはそれはもう、さんざんな目にあった。
まわりは化け物だらけ、同じ人間はほぼ皆無。学校の敷地内はどこもかしこも変なものばかり。
おまけになぜかいろんな奴に命まで狙われてしまい、最初はどんなに逃げ出したいと思っていたことか。
ところがである。
そんな常軌を逸した場所であるにもかかわらず、おれはこの学校に、早くも慣れはじめてしまった。
まわりが思ったより気の合う連中であり、いろいろフォローしてくれたことも大きいが、なによりおれがゴス系ファッションに身を包んだ教頭に慎重に選ばれた人材、という点が気になる。
おれは少し頭がおかしいのか?
でも、おれはもう逃げ出そうという気が失せてしまった。
もう友達と言ってもいい奴らがまわりに増え始めてきたし、そして沙耶やタタミちゃんとかいった美少女に、おれはひかれはじめてしまっている。
それがあきらかにおれをここに置いておくための作戦だと知っているにもかかわらず。
でも、もうそれでもいいんじゃないかと思いはじめている。
死霊族に対する偏見はもう消えうせたし、人間との接点を深めて、世の中を変えていきたいという彼らの考えに、おれは少しずつ賛同し始めている。
まあいいや。
少しおかしな状況だけど、これはおれが心から望んでいたあこがれの高校生活なのだ。間違いなくそうだ。
だから、おれはもう逃げない。
「で、結局『大仙陵古墳』が徳仁天皇のものかどうかはわからないわけだ。宮内庁が定める規定による聖地への不可侵の原則と、考古学的な探求への板挟み。古墳調査をめぐる真相探求への議論はまだまだ白熱しそうだ」
熱い口ぶりで話すのは、しかし顔には目と鼻がなく、歯はむき出しの不気味な風貌。
熱血歴史教師でありおれたちの担任である茶太良は、今日も感情を顔に込められないぶん、声に情熱を発揮させる。
「続いてヤマト王国の国家体制についてだが……」
チョークを持ったままこちらを向いた茶太良だが、そこでゴォン、ゴォンという不気味な音が鳴りひびいた。
信じられないことだがこれがこの学校のチャイムだ。
「ったく、ここからがまた面白い話なのに。
まあいい、先ほどの古墳の内容については次回のプリントにさらに解説を加えるので、興味のある奴はよく読んでおくように。それじゃ号令」
学級委員長を兼ねる沙耶が、「起立」と言うと全員がのろのろと立ち上がる。
「礼」といって頭を下げると、全員が不ぞろいで「あざーしたー」と言うと、それぞれが話をしたい相手のもとに向かう。ふたたび席に座るのはごくわずかだ。
ぼう然とそれをながめていると、「おい新介」と呼びとめられて振り返り、目の前にのっぺらぼうの顔が現れおれは心臓が跳ね上がりそうになった。
「のわぁっっ! 先生っ、いきなり後ろから話しかけてこないでくださいよっ!」
「ははは、ビビった?」
「ビビったじゃねえよっ! ていうかワザとだったのかよっ!
先生はそんなことしないと思ってたのに、正直ゲンメツしたよっ!」
するとあるはずのない表情が少し残念そうに見えた。
茶太良は不気味な外見なのに髪形はぴっちりしている頭をなでた。
「ああそうか、気をつけるよ。
それはそれでいいとして、どうだ新介。少しはこの学校に慣れたか?」
あっけらかんとした口調で問われ、おれは少し考え込んだ。
「慣れる? 慣れることってあるんでしょうか?
正直、この学校の生活に慣れる自分を想像できない。世の中にまさかこんな世界があるだなんて、夢にも思ってなかったですし」
「そうか、お前にはつらい思いをさせるな」
そう言って肩に手を置いたが、おれはまんざらでもないという表情で首を振った。
「でも、好きにはなれそうです。
みんなのことがよくわからなかった時はひどく警戒してたけど、けっこういい奴らだとわかったいまは、怖さはだんだん失せてきました」
「そうなのか? まああまり気負いすぎるなよ。
どちらにしろお前はまだ入学してまだ2週目だ。時間をかけて、ゆっくりこの学校に慣れていけばいい」
おれがうなずくと、先生は腕時計に目をやり、
「ああもうこんな時間か、それじゃ先生行くから。
不安なことがあればすぐに俺に相談するんだぞ」
と言って手を振って別れた。
落ち着いて周囲を見ると、沙耶はイスに座ったまま机にペタンとお尻をついたタタミちゃんと楽しそうに話し込んでいる。
その様子を見ておれはビックリした。いつの間にか2人はこんなに仲良くなっているんだ。
まわりに目を移すと、キースとヒャッパの姿がない。トイレにでも行ってるんだろうか。
尿意はなかったのでおれはあんな陰気で臭い場所に向かう気にはなれなかった。
気がつけば、自分の交友関係はそれほど広くないということに気づいた。
いまあげた4人はおれの席の前後左右だし、蛸蔵はルームメイト、ミノンちゃんと弥子ちゃんは沙耶とタタミちゃんのルームメイト、という具合である。
身近な人間がすぐ交友関係に直結する。入学間もなく打ち解けるのは悪くないが、全寮制と言う学園生活の弊害とも呼べる。
新しい交友関係がほしい。少し気が早いかもしれないが、近場の人間とばかり仲良くしていては、なんだか息苦しい気もしていた。
おれは教室中をていねいに見回す。
教室前列から中央にかけては、どこにでもいる普通の高校生、と言った連中が友達と談話したり、机に座って勉強や自分の趣味に没頭している。
顔が青白いだけで、中身は普通の連中なんだなぁ、と感心する。
もっとも、みんなよくおれにかまわないもんだな、とも思う。
なんせおれは全学年の中で、唯一の人間なのだ。普通なら興味しんしんで、おれはみんなの質問攻めにあってもおかしくないはずなのに。
「おやおや。新介クン、どったの?
ボケッとしちゃって」
声がしたほうに目をやると、片目を大きな眼帯で隠したタタミちゃんが残った濃ゆいアイメイクの目をパチクリさせている。
「ああ、ちょっと気になったことがあってさ。
クラスのみんなってなんでおれに質問攻めにしないのかなって。
みんな恥ずかしがり屋なのか?」
「にゃははは。そりゃきっと、アタシらがいつもまわりにいるからでしょ。
新介のまわりがこんなキャラの濃い連中で固められてたら話しかけるにかけれないっしょ」
「まあそうだな。
悲しいことにその濃い連中におれも入っているらしいし」
おれは苦笑した。好きで有名人になったわけでもないのに。
そう思っていると、沙耶が席を立った。
「わたしたち、お手洗いに行ってくるけど、新介君大丈夫?」
「だったらこれはチャンスだろ。
みんながいない間に、誰かが声をかけてくれるかもしれないし」
するとタタミちゃんが首をかしげる。
「あれ? 新介クン質問攻めがいやなんじゃないの?」
「むしろ大歓迎。
いつも同じみんなとツルむのも悪くないけど、他のみんなともいっぺん話をしてみたいし」
「新介クンって、案外人なつっこいねー。
じゃ、アタシら行ってくるわ」
タタミちゃんたちと手を振って別れると、おれは再び教室を見回した。
今度は後方に目を向ける。
そこにはたとえ授業中でも妙な踊りを披露していたり、机の上に座ったままぼうっと上を見上げながらよだれを垂らしていたり、教室の隅でずっと後ろを向いたまま立ちつくしている奴がいる。
前は授業中に突然奇声を発する奴もいたが、一介部屋を閉め出されて以降は教室には戻ってこない。いまでも廊下の奥から奇声のようなものが聞こえてくるが。
まるで魑魅魍魎のような連中。
単なる数合わせで入学してきたこいつらが、おれとまともなコミュニケーションをとれるわけがない。
無視だ無視。
しかし、そんな連中の中でも多少まともに見える奴らがいる。
蛸蔵なんかその一例で、めったに自分からは話そうとしないものの、気がつくと自分たちと一緒にいて独特の雰囲気を放っていたりするものだから不思議だ。
他にも似たような奴が何人かいたのだが、おれはそれらのうちの1人に目が止まった。
見た瞬間、おれは不思議な感覚にとらわれた。
「……ええと、結城、新介君、だよね……」
突然話しかけられたことに気づき、振り向くと数人の女子が興味深そうにおれを見ていることに気づいた。
おれは少し緊張して「そうですが何か?」と答える。
「し、新介君って、すごい血色がいいよね。
ホントに人間なんだ……」
これはさっそく質問攻めが始まるぞと考え、おれは先ほどの人物の印象を閉め出して相手と向き合った。
次の授業が終わり、沙耶とタタミちゃんは授業が終わったと同時に、またしてもトイレに向かう。
女子はなにげに大変だ。それとも単なるトイレ好きか? ここの女子トイレの男子の方との衛生的な違いが気になる。
そんなことはさておき、おれはため息をつきながら教科書を閉じた。
「まったく、あの数学教師、まったく好きになれねえ。おれにばっか質問吹っかけて来やがって。
おれが数学苦手なの知ってて目の敵にしやがって」
「それもそうだけど、やっぱお前が人間だってこともデカいんじゃねの?」
前にいたキースがイスに座ったままこちらに振り返った。
「みてえだな。あいつもおれのこと気に入ってないかもな。
すべての教師が人間と死霊族が仲良くするの歓迎してるわけじゃないもんな」
「な~に言ってやがる。さっきの休み時間、お前女子の質問攻めにあってただろ?
まったくいいもんだよな。お前人間であることを逆に利用して女の子にモテモテしやがって」
おれも同様に椅子に座ったまま後ろのヒャッパにふりむいた。
「最初のうちだけだろ。
物珍しさで話しかけてきても、いずれは相手が見た目は同じでもよわっちい人間だということに気付いてそのうち相手にもしなくなるって」
「ずいぶんケンソンするもんだな。
まあそれもモテる男の余裕ってやつか?」
不機嫌ぎみの表情でアゴをつくヒャッパ。
おれはいつも嫌がらせを受けてるだけあって、若干いやらしい笑みを浮かべる。
「まあヒャッパは、ヲタクでお世辞にもイケメンとは言えないからな」
「ケッ! 言わせておけば調子に乗りやがって!
お前だってブサイクではないにしろそれほどイケメンでもないくせによぉ!」
「その通りだヒャッパ。こいつはただ人間ってだけで、そのじつ大したことはねえ。
いずれはこの超絶イケメンにして高身長であるこのキース様がいずれ勝利をおさめる」
そう言って文字通りのイケメン高身長が長めの髪をかきあげる。
「ったくお前こそ調子に乗んなよ。
お前がそんな恵まれたポジションにいるのは、ひとえにお前が外人とのハーフだからだ!
お前親に感謝しろよ!?」
すると奴はフンと鼻で笑って腕を組んだ。
おれとヒャッパは同時に「「はらったつ」」とつぶやく。
おれは立ち上がり、「もおいい。お前らの相手してたら疲れる:と言って、目線をとある方向に向けた。
おれは前の時間から印象に残っていた、とある人物を今度こそじっくり観察することにした。
窓辺の席に座っていたそいつは、じっと窓の外の霧をずっと眺めている(特殊な環境ゆえか、この学校の天候は霧になることが多い)。髪は若干無造作で、学ランの前をはだけて白いワイシャツを着くずしている。
こちらは反対方向なので顔が見にくいが、その横顔はどこか物憂げで、誰かに助けを求めているかのようだった。
入学して間もないというのにいったい何を悩んでいるというのか。
おれがそちらの方に向かおうとすると、なにをしているのかと言わんばかりに見上げていたキースが突然「どこに行くんだよ?」と声をかける。
「ちょっと気になる奴がいる。
お前らと話をしても時間のムダだから相手してくる」
そう言って歩き始めたおれを、突然ヒャッパが袖をつかんで引きとめた。
「おい、その相手って、ひょっとして『エイノ』に話しかけようとしてんのか?」
「そうだけど、何か問題でも?」
相手が少々素行悪そうなのはわかる。
だけどすぐ暴力を振ってくるような奴にも見えなかった。そういう奴は普段からわかりやすいオーラを放ってくる。
しかし、ヒャッパはそれでもクギをさすような目でにらむ。
おれは相手の腕を振りほどこうとしたが、たとえ見た目がオタクでも、れっきとした死霊族の力でがっちりとつかまれる。
「悪いことは言わない。あいつはやめとけ」
「大丈夫だってっ! 気をつけるから!
いいから手を離せってっ!」
強引に腕を引っ張るが、なかなか抜けない。
ひょっとしたら死霊族ゆえの腕力だけじゃなくて、けっこう本気で引き留めようとしてるんじゃないか?
半ば意地になって引っ張りあっているうちに、背中が後ろの席に当たってしまった。
そこに座っていた奴は少し感じの悪い肥満ぎみの女子で、机をずらされた瞬間「なんだよっっ!」とどなりつけてきた。
「ああゴメン、だってこいつが……」
そう言ってヒャッパを指差す。
とたんに横長の顔が狼狽しはじめた。「てっめぇっ!」と言って太っちょ女子が立ち上がると、ヒャッパは泣きそうな顔をこちらに見せた。
おれは舌をペロリと出して片手であやまりつつ、そのスキに目的の場所に向かう。
窓際の席に立つと、アゴをついていたそいつは少しだけこちらを向いた。
「ええと、エイノ、くんだっけ?」
おれが話しかけると、そいつはすぐに窓に目を戻す。
「……おれに話しかけるな……」
「そう?
その割にかまってくれオーラ放っちゃってたけど、おれの気のせい?」
よく見ると、そいつはもう一方の腕をアゴつくヒジの裏に隠している。
それはどうやら果たして使えるかどうかもわからないくらい包帯でグルグル巻きにされているようだった。
それでなんとなくわかった。この腕こそ、こいつが周囲から孤立している原因ではないか、と。
「その腕、ケガしてんの? ちょっと具合見せてよ」
そう言って隠している腕をとり上げようとした。
少し強引だが、反応を見てみたい、そんな気がしていたのも事実だった。
「……触るなっっっ!」
とたん、振り向いたエイノがヒジをついていたほうの腕をこちらに振ってきた。
勢いよく放たれたそれが、おれの肩のあたりに当たる。
とたんに目の前がグラついた。
強い痛みにわけがわからなくなっていると、どこからともなく何かが崩れ落ちる音がひびきわたる。
おれが意識を取り戻したときには、身体は倒れたイスと机の間に挟まれていた。
それと同時に肩に強烈な痛みを感じる。
「……つぅっっ!」
あまりの痛さに顔をしかめていると、目の前の光を黒い影がさえぎった。なんとか目を開くと、エイノは立ち上がり、おびえた目でこちらを見ていた。
「おいっ、エイノッッ! お前何やってんだよっっっ!」
誰かがののしる声がする。おれは痛くない方の腕をあげた。
「ちがうっ! おれのせいだっ!
エイノはなにも悪くないっ!」
おれの声を発したとたん、教室中が静寂に包まれた。
「……新介くんっっ!」
トイレから戻ってきたらしい沙耶がかけよってきて、倒れるおれをかかえた。
「ちょっとエイノッ!
なんであんたが新介クンに絡んでくんのよっ!」
沙耶の反対どなりに立ったタタミちゃんが腕を組んでエイノをにらみつけている。
同時に沙耶もキッとエイノに顔を向けた。きっとものすごい形相をしているはずだ。
それに対しエイノはあわてふてめく顔をしている。
「だから違うんだってばっっ!
おれが無理やりからんできて、エイノが思わず抵抗しただけだってっっ!」
「え? 新介クン、なんだってそんな……」
こちらを見下ろしたタタミちゃんはわけがわからない、そんな顔をしている。
それにしてもタタミちゃん、若干きれいなチェックイエローのパンツ見えてるぞ?
死霊族というのはあまりそういうこと気にしないのかな? ……グヘヘヘヘ。
「話はあとだ。肩が痛い、保健室に」
顔の赤さを痛みのせいにして、おれが立ち上がろうとすると、沙耶とタタミちゃんがすぐに支えてきた。
その場を立ち去ろうとする間際、おれはエイノに目を向けた。
相手は気まずさMAXの表情でうつむいている。




