(3)
不安が的中した。ライゴは第2セット序盤から強烈なねばりを見せ始めた。
影分身を巧みに動かし、打ち上げたサーブを絶妙な場所にヒットさせ、激しいラリーに必死に食らいついて沙耶とミノンちゃんを打ち負かせて見せるようになる。
なぜ突然そんなことになったのかと思いきや、理由はすぐに判明した。
女子2人の体力がつきかけたからだ。
どちらかと言えば経験豊富ではなく、性別ゆえの体格差も相まって沙耶たちは疲労がたまってしまったようなのだ。ましてや長い時間激しく身体を動かさなければならないテニスである。
おれは思わず立ち上がってまっすぐライゴを指差した。
「ふざけんなよライゴッ! 沙耶たちに勝ってもらわなきゃおれの命が危ないんだ!
少しは手加減してやれよ!」
すると相手もこちらに人差し指を向けてどなり返してきた。
「うるせぇっ! こっちは将来死霊族テニス界の頂点を狙ってんだよ!
どシロート相手になにがなんでも負けるわけにゃいかねえんだよ!」
そしておれを平然と無視して試合を再開する。
おれは怒り心頭と言わんばかりに乱暴に腰を落とした。
するととなりにいたコーチが突然腕を組みだした。
「まずい、まずいな……」
思わず振り返ると、コーチは神妙と言うにはあまりに切迫した表情になっていた。
おれは思わずツバを飲み込む。
「2人とも、なにかあったのか?」
小休憩に間に、おれは思わず沙耶とミノンちゃんに話しかけた。
2人とも浮かない顔で汗をかき、肩を上下させている。まずはミノンちゃんが首を振ってきた。
「ダメ、身体がだんだんついて行けなくなってきた。
頭の中にあるのはライゴの動き方。あいつのやり方にあわせてたら多少ムチャすることになる。ずっとは身体がもたないかも」
そして沙耶のほうを見ると、彼女の方も首を振った。
「剣の振るい方と、ラケットの打ち方は違うの。
ここしばらくはラケットを握る機会もなかったから、すっかりやり方を忘れてるわ」
「ゴメン、もうちょっとしっかり休みたいから、話しかけないでもらえるかな。
大丈夫、これからどうするかは沙耶ちゃんとしっかり相談して決めるから」
ミノンちゃんに言われ、おれは仕方なく元の席に戻った。
それからも試合運びは不利に働いた。
ライゴの力強い攻めに、2人はほんろうされる。それでも何とか食らいついているが、第1セットとは真逆の展開におれはろこつに不安になった。
すでに試合時間のことは頭になく、あり得ないと思っていた敗北のシナリオさえ思い浮かんでくる。
ゲーム数は4対2。このままでは沙耶たちの方が負けてしまう。
小休止を待って、おれは思わず立ち上がった。「おい待てよ」というヒャッパの声を無視し、うつむく2人のもとに向かう。
「2人とも、疲れているだろうけど聞いてくれ」
少ししゃがみ込むと、2人は不満げな顔をしながらもこっくりとうなずく。
「ミノンちゃん、覚えた技術を自分なりにアレンジする余裕ってある?」
「正直、ムリかも。こういうのはじっくり時間をかけてなじませていくもんなの。
この試合の中じゃそれを達成するのはちょっと……」
聞き終えると、おれは沙耶のほうを向いた。
「だとしたら、沙耶だけが頼りだ。なんとか昔のことを思い出して、試合展開を持って行けないかな?」
「新介君、それも難しいわよ。
だってわたし、特殊能力を使ってテニスをすること自体が初めてなんだもの」
それを聞いたとたんにおれは頭をかかえた。
「ああっ! その辺があったか! だから難しくなるんだよ!」
ミノンちゃんが「どうして?」と問いかけると、おれはこっくりうなずいた。
「沙耶ちゃんは長い髪を使ってテニスをしたことがない。
やり方は知っていても、身体でそれを覚えてるわけじゃないから新しいやり方についていけるわけじゃないんだって」
ミノンちゃんがそれを聞いて腕組みをしはじめる。
「ああそっか。スポーツってのは頭でするもんじゃないからね。
ぶっちゃけいきなり新しいフォームを試すようなものだから、ダメだこりゃ。まだ手を使ってテニスしたほうがいいかも」
「でもそれはそれで困ったもんだよな。
いままでは長い髪でリーチを伸ばして、プロ級のライゴの動きについていったんだ。
だから再び腕を使ってテニスをしても、経験豊富な奴の動きについて行けるはずがない。参ったな……」
ミノンちゃんと一緒に腕を組んで悩んでいると、沙耶が突然声をあげた。
「だったら、別の方法を試すべきかも……」
「は~い、休憩終わりで~す。みなさんコートに戻ってくださ~い」
意味ありげな沙耶の声がさえぎられ、無情にも試合が再開される。
しかし立ち上がった沙耶の顔には不安な表情は見受けられなかった。むしろ何らかの確信を得た模様。
「ちょっといいですか? ラケット、変更します」
突然手をあげた彼女。部長がうなずくと、彼女はラケット入れに手持ちのものを入れた。
しかし、次の行動には誰もがあっけにとられた。
彼女はふわりと長い髪を舞い上がらせると、邪魔になるからとラケットと一緒になっていた日本刀を持ち上げたのだ。
「刀っ! 沙耶ちゃん、刀を使うのっ!?」
長髪で柄を握った沙耶はそれに目を向けたまま言う。
「心配しないで。鞘はしっかり納めておくから、抜けてボールを2つにわる心配はないわ」
そして鞘についているヒモを取り外し、ツバをぐるぐる巻きにしはじめた。
「……いやいやいやいやっっ! いくらなんでもムリだってっ!
わかってるでしょっ! ラケットって言うのは面積が広いんだよっ!? それだけ相手のボールを受け取るのが難しいってことじゃん!
それを細っこい剣の鞘だけで受け止めるなんて、ムリムリムリッ!」
大あわてで全否定していると、後ろで声が聞こえてくる。
「いや、これはむしろいいかもしれんぞ?」
コーチである。おれはそれを聞いてむしろ不安になった。
「はいはい、選手以外は席に座ってくださ~い」
ぶぜんとした表情をくずせないままふたたびベンチに座ると、試合再開。
この時はライゴのほうがサーブを仕掛ける番だった。不安を胸いっぱいに広げるおれをよそに、奴はボールを高く上げ、勢いよくラケットに叩きつけた。
案の定、ボールは一直線に沙耶を狙う。目をつぶりそうになるのを何とかこらえ、覚悟を決める。
ところが沙耶は長い髪を使って鞘に収まったままの剣を振ると、ボールは見事それに命中した。
「なにっっ!?」というライゴのおどろき声が聞こえる。しかし安心するのはまだ早い。先が軽くとがった鞘で、うまくボールをコントロールできるとは思えなかった。
が、ボールは見事弧を描き、ネットをこえたところで落下していく。
もちろんそれはライゴの影のほうがはじいたが、そこへすかさずかけつけたミノンちゃんがきっちりはじきかえした。
大あわてでかけつけた本物のライゴのラケットは届かず、ボールはコートの内側をはじいて外へと飛んでいった。それを見た瞬間ライゴは形のくずれない髪型をくしゃくしゃにした。
「ちきしょうっ! なんでだっ!?
細い鞘で受け止めるならともかく、コントロールまでバツグンだったぞっ!?
なんでそりかえった鞘で受け止められるんだっ!?」
それを聞いた沙耶が生身の手で剣の鞘をポンポンさせた。
「こちらの方が、わたしの専門よ。
わたしは投てき物をも剣ではじき返すための特殊な訓練を受けているの。
矢や手裏剣、さらには弾丸までね」
「じゅ、銃弾まで……死霊族の訓練、おそるべし……」
おれが引きぎみに言うと、沙耶は不敵な笑みを浮かべた。
「極限まできたえあげられたわたしの腕の前では、テニスのボールなんて大きい的も同じ。
ましてや自在にコントロールすることなんてどうと言うこともないわ」
それを聞いたコーチが感心してあごをさする。
「すさまじい腕だ。たしかに一流のテニスプレーヤーは、ラケットのごくごく狭い範囲に意識的にボールを打ちつけ、自在にボールをコントロールする能力を身につける。
だがあのような代物でさらに磨きのかかった打球を打つことができるとは、さすが狛田村の剣術、というところかな」
がく然とした。前からすごいとは思っていたが、まさかあんなことまでできるとは。
相手をするライゴも同様で、絶望したような表情で影と一緒に固まっている。
不意に沙耶が動き、同じように驚愕しているミノンちゃんの肩を叩いた。
「ミノンちゃん、1つアドバイスがあるんだけど。
あなた、きちんとテニスをしようとしすぎて、相手のやり方にあわせすぎてない?」
「そう言われればそうだけど。
だけどテニスは未経験だったから、あいつのやり方を参考にするしかないし」
沙耶は肩から手を離して首を振った。
「意識しなくていいの。あなたはあなたの思うとおりに動いて。
覚えた知識なんて、相手の戦術を読み取る時にだけ使えばいいの。今はとにかく自分らしい動きをすることだけ考えればいい」
それでも不安そうな顔をするミノンちゃんに、沙耶はそっと笑いかけた。
「大丈夫。もし何かがあっても、わたしが全力でフォローするから」
何度か見た、彼女のほほえみ。
いつものクールな表情からは信じられない、こちらの心をほぐしてくれるような表情。おれは何度目かの胸の高鳴りを感じた。
それはミノンちゃんも同様で、少しあ然とした後、少し顔に笑みを浮かべて大きくうなずく。
「わかった。やってみる!」
そしてライゴの振り返った時には、強い目力で相手をまっすぐに見つめる。
「くそ……なんなんだ、なんなんだよ……」
対するライゴは、身体全体から力を失いかけていた。
そこからはもう圧倒的だった。正確無比な攻撃を放つ沙耶はもちろんのこと、テニス慣れしていないはずのミノンちゃんまで格段に動きがよくなった。
対するライゴは必死の食い下がるものの、ほぼ無敵状態になった2人の前に手も足も出るはずもなかった。
最後の最後まで諦めようとしなかったのだけでも賞賛するべきだろう。
やがてホイッスルの甲高いひびきがコート上にこだまする。
「しあいしゅ~りょ~っ!」
結果、第2セットも6対2で大差をつけられ、期待の新入部員は経験不足なはずの2人の女子の前に散った。
力なくくずれ落ちるライゴ。それをなんとも言えない表情で見つめるテニス部部長。
そこへコーチが立ち上がり、絶望的なオーラを放つライゴのそばに歩み寄る。
「落ち込むな、ライゴ。君のテニス、決して悪くはなかった」
ぼう然と顔をあげるライゴ。
よせばいいのに、か細い声で「それは、お世辞ですか?」とつぶやく。
「いや、本気だ。君のテニスに目立った落ち度はなかった。
特に最後の、決してあきらめない姿勢に私は感動したよ」
そう言って手をさしのべる。
「よくやった。君なら、うちの部の将来を立派にになえる、一流のプレーヤーになれるだろう」
ライゴの目に力がよみがえり、「コーチ……」と言ってその手を受け止め、立ち上がった。
そこへ沙耶とミノンがそっと歩み寄る。
「ごめんなさいね。あなたの心に深い傷をつけてしまって……」
「悪いってわかってたんだけど、あたしたちにも絶対に負けられない理由があったの。どうかわかって」
2人に言われ、ライゴが不機嫌な表情になる。フォローしたつもりが逆効果だったか。
「ふざけんなよっ!? 今回はダブルスだったからストレート負けしただけだ!
お前らが1人ずつだったらオレの方が圧勝だったんだからな! カン違いすんなよっ!?」
そう言ってびしっと指をさす。どうやら完全に立ち直ったようだ。
それを見た沙耶とミノンちゃんは顔を合わせ、笑みを浮かべてハイタッチをした。
「イエ~イッ!」「イエ~イッ!」
彼女たちがかかげた両手に、おれは思い切りハイタッチする。
続いてとなりにいたみんなにもハイタッチを繰り出す。
なぜかキースとヒャッパには遠慮ぎみで、弥子ちゃんには力強いものになっていた。
ハイタッチ終了後弥子ちゃんは両手をギュッと組んで目をキラキラさせる。
「すっご~いっ! 現役のテニス部員に、堂々と勝っちゃうなんて。
沙耶ちゃんとミノンちゃんって、やっぱりすごいんだね~」
そう言っていると、弥子ちゃんのとなりにいたタタミちゃんが「あう~」と言った。それに振り返った弥子ちゃんは困った顔をしだした。
「忘れてた。早くタタミちゃんをなんとかしないと!」
なぜか巫女装束を直す彼女に、ミノンちゃんはそっと肩に手を置いた。
「今度はあんたががんばる番だよ。しっかりやんな」
そう言われ振り返った弥子ちゃんは、決意をみなぎらせた表情で「うんっ!」と拳を握った。小さい手なのでどこか頼りないが。
それを聞いてコーチ、いや神主が妹に歩み寄る。
「よし、思ったより早く終わったがそれでも時間を食ってしまった。急いだ方がいいだろう」
うなずき合う兄妹。ここからが2人の本当の仕事だ。
「……おいおい、試合、もう終わっちまったのかよ?
せっかく偵察に来たのに、これじゃ意味がねえや」
聞いたとたんに、戦慄が走った。
まるで声だけで相手を傷つけるかのような、そんな声色。
おれは仲間たちと目を合わせ、そっと振り向いた。
よけいに戦慄した。現れた男の姿は、あまりに異様なものになっていた。
白シャツの上にはおっているのは特攻服で、白地に赤色のメラメラと燃えさかるような炎のデザインがほどこされている。あまりのコントラストに、まるで血を浴びているかのような錯覚を覚える。
顔には鎧武者がつけているような黒い目だしの面具をつけ、金髪は天高く逆立っている。
周囲のテニス部員が、それを見てみな息をのんでいる。テニス部長でさえ同様だ。
「だ、誰だ……あんた……」
おれが思わず問いかけると、相手は面具の下から鼻で笑った。
「なんだそのシケたツラは? その表情だとだいたい察しがついてんだろ?」
男は腰の両側に備えた剣から手を離し、居丈高に腕を組んだ。
「安国学園生徒会庶務、『但馬妖之丞』。
お前を迎えに来たつもりだったが、ムダに終わったようだな」
生徒会庶務は鋭い視線をライゴに向ける。
「ずいぶんくだらない試合してたみてえじゃねえか。大丈夫なのかよこの部は?
なんだったら他の連中にかけあって廃部にしたっていいんだぜ?」
「あ……あ、あう……」
廃部と聞いてあきらかに動揺しているライゴ。
庶務が明らかに殺気のようなオーラを漂わせていることも大きいだろう。現におれも奴の態度を見て足がすくむような思いをしているのだから。
そこへ部長が前に進み出て、そっとライゴの姿をかばう。
「妖之丞さま。約束は守りましてよ? これ以上わたくしの部員によけいな口出しはしないで。
ましてや廃部なんて口に出さないでいただけるかしら?」
目は妙にキラキラしているが、真剣そのものだ。
それを見て庶務は頭を軽くゆさぶって鼻で笑う。
「まあいいや。どのみち俺は生徒会の実動係。
言われたことを素直に従うだけの使い走りさ。まあ頭を使わないだけまだましだがな」
そう言って奴は2つの剣をひっさげた腰の帯を直す。
「まったく、連中の考えてることはわからんぜ。いつも部屋に閉じこもって考えにふけってばっかりでよ。
まあ自分たちを謎のベールに包みたいって気持ちはわからんでもないが」
そこへ一歩前に進み出る者がいた。他の誰でもない、沙耶だ。
「ではこれに関してはわかるのかしら?
タタミさんがあなたたちの顧問である服部に頭を撃たれ、ここに運び込まれることになったのも、すべてあなたたちの計算?」
切れ味鋭いナイフのような相手に、ものおじしない沙耶の態度にもおどろかされた。
だけど話の内容を考えてみると、さらにがく然とさせられた。
もし連中がそこまで計算していたのだとしたら、生徒会は相当な切れ者集団と言うことになる。
いや、そもそもテニス部をけしかけた時点で話ができすぎているんだ。ということはやはり……
「ほう、お前か。今年新たに入学した、狛田村のご令嬢と言うのは。
ウワサに聞く剣の腕前、見れなくて残念だ」
そう言って肩をすくめると、奴はクルリとうしろに振り返り、立ち去ろうとした。
「待って。質問に答えてない」
「今回は残念な結果になったが、これは始まりにすぎないってことはわかってるだろ?
また会おーぜ」
沙耶の質問に答えることなく、恐ろしい風貌の生徒会庶務は鳥居の向こう側へと去っていった。
誰もがそれをぼう然と見送っていた。コーチだけがそっと口を開いた。
「こんなところでぼうっとしてはいけない。早くタタミ君をなんとかしなければ」
そう言われても、みんな動くのをためらっていた。




