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(2)

 境内……もといコートに出ると、他の部員たちが社屋の両端にあるベンチに座ってこちらをうかがっている。

 体育の授業に続き、みんな今度のさわぎを聞いて興味しんしんと言った感じだ。


「うっわ~、めっちゃ注目を浴びちゃってるよ~。

 おとといの風呂の件も相当な話題になったし、有名になりすぎると困るんだけどな~」

「そうは言っても、もともとわたしたちのことは注目の的よ。

 外の世界からやってきた人間と、死霊族有数の名家の令嬢。いやでも校内の話題になるはずだわ」


 そう言う沙耶の顔は赤面している。おとといの風呂場の件を思い出してしまったのだろう。

 しかしおれはむしろ少し冷静になった。


「沙耶ちゃん、大丈夫なの? 服部とやり合ったばっかりでしょ? ケガはもう治ったの?」


 すると彼女はこちらを向いてほほえんだ。


「おかげさまで。あれほどの傷、死霊族ならすぐに治ってしまうわ。

 それにしても新介君は優しいのね」


 そう言ってウフフ、と笑う。ちょっとした色っぽさにおれは胸の高鳴りを覚えた。


「そっちを心配すんのもわかるけど、こっちも気にかけてよね~。

 あたしだって体育の授業で大ケガしたんだから」


 おれはミノンちゃんに顔を向けた。彼女は両手を頭の後ろで組んでふてくされている。


「なんだよ~。

 いまのやり取りのあとすぐに声かけようと思ってたのによ~。そう言われると心外だなぁ」


 するとミノンちゃんは少し気恥ずかしそうにほほえんだ。


「んふふ、ありがと」


 彼女は沙耶とともに、用具入れの中にあったラケットを手に取る。

 2人とも柄を握って感覚を確かめ、次から次へと取り替えていく。その間におれたちはあらかじめ開けられていた応援席に座る。ちょうどコートを真横から見る形になる。

 すぐそばに座るヒャッパにすぐ問いかけられた。


「なあ新介。前から思ってたんだけどさ、球技って何かしらルールがややこしくね?

 興味のないオレからしたらわけわかんないんだけど」

「あはは、たしかにね。おれも『野球部』にいた頃はよく質問されたもん。

 なんでボールが勢いよく飛んでるのに、外野にいる選手がそれをとり上げるとアウトになるんだ? とか」

「野球部だったのかお前」


 ヒャッパに言われ、おれは照れくさくなって後ろ頭をかいた。


「事情があって中1でやめちゃったけどね。それ以来はずっと帰宅部」

「おい、そろそろ試合が始まるぞ」


 キースに言われて前に向き直った。

 沙耶とミノンちゃんは手持ちのラケットを決めたようで、うなずきあってコートの中に入る。

 センターコートの先には意気ようようとライゴの姿が現れた。反対どなりに座る神主がおれたちに解説を始める。


「テニスのルールの中で最もややこしいのが、得点の入り方だ。

 試合には大まかな流れがあって、いくつか複数のセットが用意されてる。セットごとに選手はコートを入れ替わる。セット内ではさらに複数回にわたってマッチポイントを競って争い、その上で決められたゲーム数を奪取したほうがセットを制することになる」


 神主はさらにコートの奥にある得点版を指差す。


「今回は女子の試合にあわせ、3セット試合を行う。

 うち2セットを制することができれば、君たちの勝ちだ」

「テニス部部長、もし彼女たちが負ければどうなるんだ?」


 キースがするどい目つきを向けると、目をキラキラさせた部長は両手をあげた。


「わたしたちは部員全員でシンスケ君の身柄を取り押さえることになってるわね。

 主力であるコートの2人が疲弊(ひへい)した状態で、どこまで抵抗できるかしらね」

「うっ……と、取り押さえられたら、おれはいったいどうなるんだ?」


 不安げに問いかけると、部長は人差し指をほおに当て、わざとらしく目を上に向けた。


「そおねえ。生徒会がやってきて、あなたをどこかに連れて行っちゃうんじゃない?

 後はどうなるか、知らないけれど」

「ウソだろ……」


 おれは頭をかかえた。相手が非道丸たちならまだどうなるか予想はつく。

 だが生徒会に直接連れていかれたら、いったいどんな目にあわされるか……


 突然笛の音がなった。

 前に目を戻すと、コートの後ろで沙耶がボールを高く投げて、落ちてきたそれをラケットで叩きつけた。

 まるでピストルの弾丸のごとく、目にもとまらぬ速さで撃ち抜かれたボールは、待ちかまえていたライゴのすぐそばに叩きつけられた。

 油断していたのかライゴは通り過ぎたボールに振り返って、「はやっ!」とさけんだ。


「さすが経験者だけのことはある。見事な動きだ。

 おそらくうちの部員のほとんどはかなわないはずだ」


 おれが「そんなに!?」とおどろくと、コーチはうなずいた。


「経験と言っても、それなりの試合もこなしているはずだ。

 てっきり剣術ばかりを磨きあげていたと思っていたら面をくらわされたな」

「すっご~いっ! 沙耶ちゃんかなりうまいんじゃないの!?」


 ミノンちゃんもそれにはおどろいたようでハイタッチしながら沙耶に問いかける。


「わたしの親戚(しんせき)が大のテニス好きなの。

 おかげでそっちの経験もだいぶ身についたわ」


 一方のライゴは予想外の相手にご機嫌斜めのようである。


「ちっ! どシロートだと思ってコテンパンにしてやろうかと思ってたのに!

 ちったぁ本気を出すか!」


 そんなとき、ベンチ側の部員がこちらに声をかけてくる。


「せんせぇ~! ボールがどっかに飛んでっちゃいました~!

 『あれ』出さなくていいんですか~?」

「ああ、忘れていた」


 するとコーチは突然立ち上がり、ふところから何かを取り出した。

 複数枚の紙きれのようにも見える。コーチは何やらぶつぶつつぶやいたあと、それに息を吹きかけて突然空中に放り投げた。


 さらさらと舞い散る紙は、何やら妙な形に折りたたまれていた。

 なんとなく人の形をしているなと思いきや、コートの床に落ちたとたん勝手に動き出した。


 人の形をした紙切れが、立ち上がってヒョコヒョコと動き出す。おれは少し立ち上がりかけた。


「ははは、そう言えばシンスケ君には少々おどろきかな。

式神(しきじん)』という、わたしの特殊能力の1つだ」

「え、1つ!? 神主さん特殊能力複数持ってんの!?」


 それを聞いたヒャッパがあっけらかんと言い返した。


「ああ知らないの? 死霊族の中には複数の能力を持ってる奴もいるんだぞ?

 たまのたま~にしかいないけどな」


 おれは遠くの鳥居に向かってヒョコヒョコ走っていく紙きれ人間に視線を送り続けていた。


「わたしの場合はどれもちょっとした手品程度でしかないけどね。

 おかげで公式試合ではいつも不利な状況に立たされるんだ」

「試合? 死霊族の大会では特殊能力を使えるんですか?」

「中学の部ではNGだ。ただし高校の部では解禁され、互いの能力を使った激しい試合展開が行われることになる。

 もちろんそれによって不利な展開になる選手もいるので、公式戦は使用できるブロックとできないブロックに分かれるがな」


 ヒャッパが取り出していた携帯を持ち上げて不機嫌な顔をする。


「スマホで調べたんだけど、そのルールのせいでライゴの特能は判明してない。

 おそらくはこれが最初の利用になるはずだ」

「その通りだ。ほら、見てごらん」


 コーチが指をさすと、ライゴが不敵な笑みを浮かべ、ラケットを構える。

 本人にではなく、その周囲に異変が起こった。

 建物の日かげに隠れて見えづらかった奴の影が、突然オーラに包まれはじめたのだ。


 それが徐々にせり上がり、何らかの形を作り上げていく。

 見る見るうちにそれはとなりにいるライゴとまったく姿のものに変わり始めていた。


「ライゴの分身か!?」


 キースがさけぶと、ライゴはフフフと不敵に笑った(わざとらしいくらい)。


「そのとおりさっ!

 オレの能力は『シャドウゲンガー(影分身)』。こいつは言わばもう1人のオレさ!

 オレと同じ動き、オレと同じ考えを持ち、オレの命令に忠実になにも言わずとも従う。

 つまりオレにとって思うがままのダブルスを展開してくれるのさ!」


 自慢(じまん)げに言うライゴは、となりの真っ黒なライゴとともに肩を抱き合って、両方ニヤリと笑った。黒いライゴが笑うと白い歯がニッとして不気味かつ腹立たしい。

 それを聞いたキースがアゴをさすりながらつぶやく。


「やられたな。これじゃ実質上のダブルスだ。このままじゃこちらの方が不利になるかもしれんぞ」

「おっしゃ! そっちがその気なら、あたしたちも使わせてもらうかんね!」


 そう言ってミノンちゃんは姿勢を正してライゴを指差した。


「3人目のライゴがここに現れるよ!」


 2人のライゴがふに落ちない顔をしていると、突然弥子ちゃんのほうがヒョコッとこちらの方に振り返った。


「新介くん、知ってる?

 ミノンちゃんの肌が焼けてるのは、別に日焼けしてるからじゃないんだよ?」


 おれが「どゆこと?」と問いかけると、彼女はニッコリうなずいて「見てて!」とミノンちゃんを指差した。

 いろんなものを見てきたおれだけど、さすがにこれはビックリした。

 ラケットを両手で下に構えた彼女の肌が、赤・緑・ピンクと様々な色に変化していく。


「……なんじゃありゃあっ!」

「うん、あれがミノンちゃんの能力だよ。

 たしか『ラーニング(技盗)』って言う名前じゃなかったっけ?」


 話を盗み聞きしていたのかライゴがすっとんきょうな声をあげる。


「ラーニングだとっ!? まさか、お前オレの技術を……」


 それを聞いてカラフルに肌の色が移り変わるミノンちゃんの顔に不敵な笑みが浮かぶ。


「そ。そのまんまパクったってわけ。

 ラーニングの特徴は、相手の持っている技術や知識をそのまんまあたしの頭の中に取り込めるってわけ。

 あたしにはテニスの経験はないけれど、これを使えばその差を全部埋められる」


 弥子ちゃんがそのあとを引き継ぐように告げる。


「ミノンちゃん、部活をかけ持ちしてるでしょ?

 あの能力を使えば、どんな種目でもすぐに覚えられるよ。あとはミノンちゃんの体格に合わせて工夫して、うまくなっていけばいいだけ」

「いや、あの能力の便利なところはそれだけじゃないはずだ」


 キースが言うと、ミノンちゃんの肌の変化が収まった。

 一瞬顔を伏せると、彼女はあやしげな笑みでライゴを見やる。


「……ローディング完了。

 棟像禮吾、あんたの技と知識は全部吸収した。

 あんたがあたしたちに対してなにを考えているかなんて、全部お見通しだよ」


 それを聞いて2つのライゴの顔にあきらかに怒りの色が現れる。


「ちっ! なんてこった!

 だからと言ってお前らがテニス部のホープであるおれに勝てると決まったわけじゃないからな!

 おれの持てる技を全部注ぎこんでやる!」

「2人が能力を明かせば、わたしも遠慮(えんりょ)することはないわね」


 ミノンちゃんの背後にいる沙耶が、すっと背筋を伸ばす。

 軽く両手を広げると、長い髪がブワッと浮かび上がり、束になってラケットをつかみとる。


「「なあにいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!?

 髪の毛が伸びて動くだとぉぉっ? リーチが伸びて不利じゃねえかっっ!」」


 2人のライゴが同時に声を発する。かなりウザい。


「みなさ~ん、試合中ですからさっさと次いってくださ~い。

 早くしないと部活の時間終わっちゃいますよ~。夕食に遅れるのイヤですからね~」


 テニス部員にクギをさされ、ライゴはしきりに首を振る。


「ちきしょうっ! かかって来やがれっ!」


 2つのライゴにうながされ、沙耶は他の部員から受け取ったボールを高く放り投げた。





 試合は明らかにこちら側にかたむいていた。

 経験豊富なライゴは華麗な動きで向かってくるボールをさばくが、手の内を知り尽くしたミノンちゃんと、長髪を操ることでリーチが伸びた沙耶にうまく対応しきれず、次から次へとボールをこぼしていく。


「しっかりなさいライゴッ! 大会ベスト4のあなたの実力はその程度なのっ!?

 これじゃあたくしが相手になったほうがよかったと思わせないでっ!」


 そう言ってコートの向かい側にいるテニス部長が爪をかんだ。

 対するライゴもいらだたしげな声をあげる。

「わかってますよ! だけどこいつら予想以上に強い!

 片方ずつ相手にしても苦労するはずです!」

「言い訳はおよし! 安国学園テニス部員に敗北は許されないわよ!」


 なかなかきびしい部長のようだ。

 対するコーチは腕を組んだまま冷静に試合運びを観察している。


 そんな中、おれのとなりに座るヒャッパが得点版を指差した。


「なあ、あの得点表示ってなんだ?

 さっきから数字の入り方がおかしいんだよ。いきなり15とか30になったりして、わけがわからん。

 普通に1とか2とかで数えられないのか?」


 するとコーチも得点版を指差した。


「ポイントのことだね? あれはテニス独特のものだ。

 テニスでは1ゲームにつき4ポイント先取する必要があって、それぞれ1,15,40,60という数え方をする。


 理由は諸説あるが、一説には4つの得点を時計の進み方に見立てたというのが有力だ」


「4ポイントも先取しないといけないんですか。なかなか決着がつかないですね」


 おれは長くなりそうな試合展開を想像し、うんざりした。


「そうでもないさ。お互いが点を奪い合い、4点ずつになったところで『デュース』という状態になる。

 そこからは2点先取したほうが1ゲーム取得することになっている」

「また『ゲーム』というのがややこしいですね。これはいくつとれば1セットになるんですか?」

「2ゲーム差をつけた状態で6ゲームだ。

 ただし互いに6ゲームずつになるとどちらかが1ゲーム制しただけで1セットをとれるようになっている」


 それを聞いたヒャッパが頭をかかえてうつむきだす。


「ああもうっ! ややこしいっ! だから球技ってのはこむずかしくて困るんだっ!」

「試合時間も長くなりそうですね。1試合の平均時間はどれくらいですか?」

「1セットがだいたい30分程度だ。沙耶君たちが2セット先取すれば1時間で終わるが、テニスの試合は基本的に制限時間がない。

 ライゴ君がねばればねばるほど試合時間は伸びるだろう。夕食の時間も危なくなるかもな。

 いや、君たちにとって心配すべきは、タタミ君の方だ。あれこそ時間が長引けば長引くほど、危ない状態になる」


 それを聞いてヒャッパは「うわ~」と感嘆(かんたん)の声をあげた。


「……ああっ! ちきしょうっ!」


 突然の声に全員が前を向く。ライゴがラケットを乱暴にコートに叩きつける。

 それを見た部長が憤怒(ふんぬ)の表情でライゴにどなりつけた。


「見苦しいっ! 大切なラケットをそんなふうに扱わないでっ!」


 それを聞いたライゴも「冗談じゃない! こちらの方が明らかに不利ですよ!」とさけびあげた。


「だがあまりにハンデが大きすぎたようだな。

 もっともこれは、彼女たちの力を甘く見過ぎた生徒会のミスでもあるがな」


 おれはうなずいた。体育の時間とは違い、今回はあっさりとこちら側が勝利できそうだ。





 コーチでさえもおどろくスピードで、沙耶・ミノンちゃんペアは1セットを先取した。

 怒りのあまり交代を申し出るテニス部長に対し、なにを思ったのかライゴは「もう少しだけやらせてください」と言い、部長と大ゲンカを繰り広げはじめた。


「君たちは生徒会の命令に従って動いているだけだ。今回は彼女たちに勝たせてやりなさい」


 顧問である神主の理屈はそれで通るが、部長は納得のいかない表情だ。


「ですがコーチ、いくらハンデが大きいとはいえ、我が部の期待のホープが素人(しろうと)相手にあっさりと2セットとられることになってしまえば、安国学園テニス部の沽券(こけん)にかかわります。

 いくらなんでも大差をつけられ敗北するのはどうかと……」

「こちらは人の命がかかってるんだ。妥協(だきょう)しろ」


 コーチの声色が冷たいものになった。

 それを見た部長の顔にも怒りが失せ、「わかりました」とこっくりとうなずいた。

 それをなぜか冷静に見守るライゴ。

 なんだろう、状況は明らかにこちらが有利なのに、いやな予感がする。

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