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陰陽師は昔の官職であって決して魔術師ではない(1)

 5・6時限目は(すさ)まじいことになってしまった。

 ドSの女体育教師、エリザベート服部によっておれたちは散々な目にあわされ、よりによってタタミちゃんの脳が破壊されて彼女は記憶を奪われてしまったのだ。


 放課後、おれたちはアホづらをひっさげたタタミちゃんを連れて、指定された場所に向かう。

 目的の場所は校舎と学生寮(古城)をつなぐ中庭の裏手にあった。


「……て何だよこれ。また変な建物があるよ~!」


 おれはまたしてもドン引きする。

 目の前にあったのは、これでもかと大きい真っ赤な鳥居(とりい)と、これまた豪華(ごうか)な見た目の立派な(やしろ)だった。


「古城とかさ~、電波塔だとかさ~、五重の塔だとかさ~。

 たった500人くらいしかいない全寮制の学校に、建物が多すぎね~?

 しかもヘンチクリンなのばっかし」


 それを聞いた黒髪美少女の沙耶がなんとでもないと言わんばかりに告げる。


「建物のバリエーションが豊富なのは確かに妙だけれど、この神社はれっきとした由来があるわ」

「そうそう。

 あの鳥居こそ、こちらの世界と俺たちの故郷をつなぐゲートの役割を果たしてるってわけ」


 後ろのキースが腕を組んでいるのを見て、おれはなるほどとうなずいた。


「へえ、じゃあの鳥居にもしものことがあったら、みんな里帰りできないってわけだ。こりゃ大変だ」

「もっともとても丈夫らしいけど。

 一説によると、バズーカで打ち抜いても傷1つつかないんじゃないかって物理の先生が言ってたわ」


 おれは沙耶のほうを見て少し顔をひきつらせる。


「マジかよ。ていうかあのガリメガネ、いつも変な調べものしてるよな……」

「グヘ、グヘヘヘヘ、ウヘアァァァァ~~~~~」


 突然タタミちゃんが前に飛びだした。

 両手をおかしな方向に向け、白目をむいてヨダレを垂れ流しにしている。


「ていうかタタミちゃんどんどんおかしなことになってるよっ!?

 急がないとますます女の恥になるかもっっ!」


 沙耶とキースがうなずいて彼女を連れていくが、おれは1人動かなくなっている影を見て振り向いた。


「ミノンちゃん、大丈夫? 先に寮に帰ってもいいんだぞ?」


 いつもならハツラツとした小麦肌のショートカットは、いまは見違えたようにしおらしくなっている。

 両手で胸を押さえ、うつむいて気まずい表情になっているが、おれの質問にはしっかりうなずいた。


「あたし、さっきの体育でおかしなことになっちゃったでしょ?」


 おれはうなずきながら、顔をしかめた。あの時のことを思い出すといまでも足がすくみあがる。


「あの時、あたしの胸えらいことになったでしょ?

 いまは元に戻ってるけど、あの回転ドリルに深くえぐられた時、もう一生が終わりになるんじゃないかと思うぐらいショックだった……」


 彼女は両手をゆっくり下ろし、女子生徒の中ではふくよかな方の胸のふくらみを見下ろす。


「あたし運動好きだから、どっちかって言うとこういうのあまりいい感じに思ってなかったんだよね。

 だけど胸がなくなったのを見て、いまは本当に元通りになってよかったって思ってる」


 彼女はおれの顔をまっすぐ見つめた。


「ひょっとしてこれが一生続くかと思うと、不安でたまんなかった。

 今日ほど、自分が死霊族でよかったって思う日はないよ」

「死霊族だからってことでもないだろ。

 いやだからこそ、服部のような奴にあそこまでコケにされたんだよ」


 おれが遠い目で服部の顔を思い浮かべにらみつけていると、ミノンちゃんはクスクス笑った。

「なんだよ?」と思わず問いかけると、ミノンちゃんは笑い声まじりに言った。


「でもよかった。無事に今日の授業終われて。

 昼休みにはあんなこと言っちゃったけど、ホントは少し心配だったんだよ?

 でも今日の授業の時に服部の奴にたてついたキミ、ちょっとカッコよかった」


 おれは赤面した。それをいいことに彼女はおれの胸元をつん、とついた。


「気をつけなよ?

 ここ人間相手にはあまり気を使ったところないから、新介君もくれぐれ『大事な場所』を奪われないように。

 あたしたちと違って、元に戻らないんだから」

「だ、だだだ、大事な場所、大事な場所ってっっっ!」


 おれが顔面を沸騰(ふっとう)させていると、ミノンちゃんはケラケラ笑っている。

 恥をかかされているが、彼女の機嫌が少しよくなって内心ホッとしていた。


「お~~~いっ! そいつの心のケアをするのも大事かもしんないけど、お前らも早くこっち来いよ~!」


 鳥居の中からのヒャッパの呼びかけに、おれたちはうなずき合って境内へと向かった。





「……ってなんじゃこりゃあぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 おれが叫び声をあげたとたん、みんながこちらの方を向いた。


「言わんとしてることはわかるけど、いきなり大声なんか出すなよ」


 キースが若干いらだたしげに片耳に指を突っ込む。かまわずに人差し指を乱暴に振りまわした。


「いやいやいやっ! 声でるっしょっ!

 なんで神社の境内なんかに、よりにもよってテニスコートがあるんだよっ!?

 おかしいでしょっ!?」

「ここの神主さん、テニスが得意でうちの学校のテニス部のコーチもしてるんですって。

 いまはちょうどセンターネットも用意されてるから、そろそろ練習も始まるんじゃないかしら」


 沙耶は平然と告げるが、おれは額を手でおおった。


「だからって境内のど真ん中にコートを置くこたーねえだろ。

 一体何なんだよこの学校、どこ行っても必ず1つや2つはおかしいところがあるぞ……」

「何者だ。キミたち、わたしの神社の境内でいったい何をさわいでいる」


 遠くから声をかけられる。

 顔を向けると、頭に黒いうずたか帽をかぶり、紫色の平安貴族風の着物(たしか狩衣かりぎぬ、とか言わなかったっけ)を着た若い男性が社屋から出てくる。


「あ、神主さんだ!」


 ミノンちゃんが声をあげると、急いで相手の方にかけよっていった。


「すみませんっ! 助けてくださいっ! 友達が大変なことになっているんです!」


 言いよられると、神主はこちらの方を振り返った。

 アホみたいに呆けているタタミちゃんを一瞥いちべつし、腕を組みつつアゴに手を触れる。


「記憶を失ったか。このまま放置しておけば取り戻せなくなる可能性もある。

 なるほど、相談に乗ろう」

「ありがとうございます!」


 ぺこりと頭を下げたミノンちゃんにうなずき、神主はこちらを向いて手招きしてきた。


「その子を中へ。裏で部員たちが準備してるから、邪魔にならないうちに早くこちらへ来なさい」

「神主さん、大事な境内をテニスに使うだなんていう……」


 あまり聞こえる声で言えなかった。





 社屋の中に入ると、薄暗いながらも複数のロウソクに照らされ、広々としたおごそかな雰囲気の神殿広間が広がっていた。

 夜になれば不気味な雰囲気が出るんだろうが、いまはどちらかというと神聖な感じがした。

 中央の祭壇(さいだん)には、これでもかというほど磨き上げられた丸い鏡がある。

 これがこの神社のご神体ということだろう。


「で、体育教師の服部の横暴により、その子は拳銃で頭を打ち抜かれてしまったということか。

 まったく彼女にも困ったものだ」


 その時のことを思い出したのか、ミノンちゃんはまだ胸に手を当てている。

 ボーイッシュな雰囲気を放っていてもそこはさすがに女の子だ。といまさらながらに感心した。


「神主さま、元に戻していただけますか?」


 行儀(ぎょうぎ)よく立てヒザで座る沙耶に、神主は何度もうなずいた。


「いいだろう。

 ただ1つ言わせておくが、彼女の記憶を取り戻す役目を果たすのは私ではない。担当の者を連れてこよう」

「ありがとうございます」


 沙耶がきれいな所作で頭を下げると、神主は立ち上がって奥へと消えた。


「沙耶って、いかにもお(じょう)様って感じだよな。きれいだし、所作もいいし」


 おれが感心して言うと、沙耶はこちらを向かずにため息をついた。


「わたしが名家としてのたしなみを身につけているのは認めるけど、容姿(ようし)は関係ないでしょ。

 あなた相手が器量良しじゃなかったらお嬢様呼ばわりなんかしなさそう」


 おれが「うぅっ」と口ごもっていると、全員が姿勢を正した。奥から神主が戻ってきたからだ。


「連れて来たぞ」


 そう言って後ろに振り返ると、奥から小柄な巫女(みこ)らしき女性が現れた。

 上に白の、下に赤のいかにも巫女さんらしい着物を着て、細かい足取りで暗がりから現れる。


 黒髪のおかっぱで、目のふちに赤いメイクをほどこした……


「……弥子ちゃんじゃねえかっっっ!」


 その場にいた全員がズッコけた。

 よろよろと姿勢を戻すと、ミノンちゃんが大声をあげる。


「弥子っ! そう言えばあんたどうしても抜けられない用事があるんだってどっか行ったよねっ!

 最初っからここの巫女さんだったんなら、なんでタタミちゃんが撃たれた時点で直さないんだよっ!」

「うぅ、だって、だってぇ~~~」


 弥子ちゃんは赤面し、うつむいて両手の人差し指をもじもじさせている。

 とても問いに答えられそうにない。代わりに神主が口を開いた。


「そうか、うちの弥子は君たちのクラスメイトだったのか」

「神主さま。

 タタミさんの記憶を直すために、この場所でなければならない特別な事情でもあるのでしょうか」


 沙耶が問いかけると弥子ちゃんが神主のほうを向いた。「お兄ちゃん……」


「あれ? 神主さんって、弥子ちゃんのお兄さんなわけ?」


 問いかけるミノンちゃんはどうやら面識がなかったようだ。

 神主はいったん弥子ちゃんのほうを向いて、こちらにうなずき返した。


「その通り。

 私の名は『垣冴春秋(かきさえ はるあき)』。弥子より歳の離れた兄だ。

 両親はこの魔界と人間界をつなぐ『火鬼叉重(かきさえ)神社』の本社を守っている。私がこちらの方を担当しているゆえ、妹には学業を()ねてこちらにやってきてもらったのだ」


 それを聞いたミノンちゃんが頭をパン、と叩いて顔を上にあげた。


「カキサエ神社っっ! そうだ! どっかで聞いたことがあると思ったら字の違うこの神社だったのか! 

 なんで気付かなかったんだろ!? そう言えば遠いからって弥子のうちにも行ったことなかったし!

 遊ぶ時はだいたい学校近いあたしんちだったし!」

「それはそれで気になりますね。

 れっきとした妹さんだったらなぜ学生寮に入れさせたんです? 神主さまと一緒にここで寝泊まりすればいいのに」


 沙耶の質問には弥子ちゃん自身がもじもじしながら答えた。


「だってぇ。みんなが一緒に(りょう)にいるのに、わたしだけここに寝泊まりするってのもなんだし。

 ここにはお兄ちゃんがいるからさみしくはないけど……」


 当然と言えば当然だ。先ほどのはいかにも人間関係を気にしない沙耶らしい質問だ。


「妹は引っ込み思案な子だからな。

 きちんとクラスメイトと打ち解けるようにならないとと思って、私からも寮に入るようアドバイスした」

「おいおい。弥子がここにいる理由がわかったのはいいが、なぜここでしか作業させないのかはわかってないぞ」


 キースが少々無遠慮(ぶえんりょ)に切り出すと、弥子ちゃんの兄は少しあきれぎみに言った。


「弥子の友人に君のような素行(そこう)の悪い生徒がいるのは心配だな。

 はっきり言うなら、彼女の『能力』をあちらこちらで乱用させるようなことはさせたくない」

「彼女にもやっぱり特殊能力があるんですか?

 それは垣冴家の血筋と関係あるんですか?

 そんでもって乱用ができないって、ひょっとして彼女がそれを使うのは危険がともなうってことなんですか?」

「君は話に聞いた人間の新入生かな? ずいぶん矢継ぎ早に質問してくれるね。

 まあ順々に答えていこう。まず最初の質問だが、その通りだ。そして彼女の能力は一族の女性に代々受け継がれていくものだ。

 この社を守る役目を担う上で自然と身についたものと言えるだろう」


 そこまで言い終えて、神主は腕を組みつつアゴをさすった。


「最後の質問だが、別に彼女の体に負担がかかるというわけではない。

 問題なのは肉体的な制約ではなく、『社会的な制約』だ」

「社会的な、とは?」


 沙耶の質問には弥子本人がこっくりうなずいて口を開いた。


「あのね沙耶ちゃん。死霊族の失われた記憶を取り戻すためには、魔界の深淵(しんえん)にある魔力のよどみの中から、さまよっているタタミちゃんの霊を呼び戻すことが必要なの。

 わたしの能力を使えばそれは簡単なんだけど、お兄ちゃんはそれをむやみやたらとやっちゃダメってクギを刺されてるの」

「さまよえる霊を魔界のよどみから呼び戻す。

 我々死霊族からすればそれはただの治療だが、同じ能力を人間に使えば、それは『死者の復活』を意味する」


 それを聞いたおれは思わず声をあげた。


「死者の復活っ!? そんなことができるんですかっ!?」


「身体の損傷が比較的少なければな。だがそれは大きな問題をはらむ」


 すると神主は祭壇のほうを向いた。ご神体の丸鏡をまるでとりつかれたかのように見つめる。


「死者がよみがえる。とても恐ろしい行為だ。

 肉体的にはすでに死んでいる者を無理やりよみがえらせれば、狂気におちいって危険な行為に及ぶ可能性があるし、損傷個所は確実に元に戻らないから生前の姿のままであるはずがない。

 ましてや肉体はどんどん(くさ)っていくわけだから最悪の末路をたどることになる」


 話を聞いているうちに、寒気がしてきた。

 もしおれが死霊族ではない、れっきとした人間を生き返らせようとして……


「おあぁ~~~~~~~~っ!」「うひゃあぁぁぁぁぁっっっ!」


 突然声をあげたタタミちゃんにおどろき、おれは思わず飛び上がった。

 それにつられて周囲もビクリとする。それをよそにおれは胸を押さえて、「び、ビックリした……」とつぶやく。


「ビックリしたのはこっちだ。お前はおどろくたびに声が大きすぎるんだよ」


 キースがいらだたしげに指をさしてきた。苦笑し、神主は続ける。


「そして、何より(ばち)当たりな行為だ。

 倫理的(りんりてき)に許される行いではない。そんなことのために我が妹を利用させるわけにはいかない」


 そう言って兄妹はお互いの顔を見合わせた。きっと仲はとてもいいのだろう。


「だから彼女の能力には、わたしがあらかじめ封印をほどこした。

 由緒(ゆいしょ)ある儀式(ぎしき)をもって封印を解かなければ、弥子は秘められた力を解き放つことができない」

「それで我々をこの神社の中に……」


 沙耶は祭壇をいちべつし、改めて兄妹に向き直ってうなずいた。


「ことの重要さは認識しました。

 ですから改めてお願いします。彼女、巌屋蛇々美(いわやたたみ)は友人と言うこともありますが、大切な役割をになっています。

 どうか我々のために、弥子ちゃんの力を使わせてください」

「わかっている。彼女がそこにいる人間の少年のお目付け役である重要性はきちんと理解している。

 喜んで引き受けよう」

「お兄ちゃん! ありがとう!」


 弥子ちゃんが顔をほころばせると、兄も笑みを浮かべうなずいた。


「さあ、彼女の魂を呼び戻してやりなさい」

「……お待ちなさって。コーチ、話はそう簡単にはいきませんのよ」


 突然後ろから聞き覚えのない声が聞こえてきた。

 全員が振り返ると、広間の入口の光からいかにも女性らしい身体つきのシルエットが現れた。


 なまめかしい体系の人影が優雅な足取りでこちらへと進み出る。

 ロウソクの火に照らされ、人影は姿を現した。


 おそらくテニス部員なのだろう。いかにもというあわいピンクのポロシャツと真っ白なプリーツスカート。組んだ腕には黒いパーカーを着こみ、カチューシャをつけた茶髪は少しウェーブを描いている。

 これまたほれぼれするくらいきれいな顔立ちは不敵な笑みを浮かべている。


「『リュウザキくん』。なぜ水を差す?

 この件は君には関係ないだろう。早く練習に戻りたまえ」


 神社の外ではかけ声とボールが打ちつけられる音がひびいている。

 練習はコーチなしでも維持(いじ)できるようだ。


「そうはいきませんの。コーチ、どうやらあなたには話が通ってらっしゃらないようですわね」


 すると彼女はおれたちのほうを指差してきた。


「残念だけれど、儀式(ぎしき)はしばらく中止よ。

 再開してほしくば、このわたしテニス部部長の『龍崎卑呂観(りゅうざき ひろみ)』の要件をすましてからにしなさい?」


 おれは振り返っていかにもワガママそうな部長にかみついた。


「なんでテニス部部長がコーチに逆らってこっちに命令してくんだよ」


 すると部長はさらりと髪をかきあげた。


「あら、あなたかしら。人間の新入生というのは」


 そう言っておれの前まで進み出る。

 目を合わせると、その瞳は薄暗い部屋だというのに中が異様にきらきらと光りかがやいている。なんじゃこりゃ。


「もちろん本意ではないわ。あなたはこの学校の生徒会に関して何か話をうかがってるのかしら?」

「生徒会……」


 あまりその話はされたくない。みんなによけいな心配をかけたくないからだ。


「何か知ってんのか?」


 案の定キースが問いかけてくる。あきらめてうなずいた。


「おれの存在をいちばんウザがってる連中らしい。

 なんでもマンガのごとく、校内で強い権限を握ってるんだとか」

「この学校の教職員の意志を無視できるほどの権力を?

 たしかにここの生徒会の発言力の高さは耳にしていたけれど、それほどの力を持っているだなんてあり得ないわ」


 沙耶の問いかけにテニス部長が答える。


「そういうあなたは狛田村家のご令嬢かしら。

 その通り、ここの生徒会は尋常(じんじょう)の学校ではありえないほどの実権を持っているわ。理由は様々だけれど、その1つとして、

 この学校におけるすべての部活動の予算配分は、すべて生徒会に一任されているのよ?」

「予算配分はすべて生徒会に一任っ!? なんじゃそりゃっっ!」


 ヒャッパがすっとんきょうな声をあげると、テニス部コーチである神主がうなずいた。


「10年以上前、部活動の方針を巡って生徒側と教師側が激しく争ったことがあった。

 きびしい方針を示す教師側に対し、生徒たちは一丸となって立ち向かい、最終的な勝利を得た。

 以来部活動の方針は生徒代表である執行(しっこう)部に一任されることとなったんだ。各部の予算権限を握っているのもその一環(いっかん)だ」

「ですが現在の役員たちはそれを悪用しているようです。

 彼らにすべての権限をゆだねるのも問題だと思いますが」


 沙耶が問いただすような目を向けると、神主はあきらめ顔で首を振った。


「今言ったように、それがよい結果をもたらすこともあるんだ。定められた制度というのは常に諸刃(もろは)(つるぎ)

 いまは生徒会による暗黒時代に当たる、とあきらめるしかないだろう」


 それを聞いてテニス部長が口元に手をかざす。


「ホホホホ、残念ながらそれが当校の美徳ある伝統でもありますの。

 安国学園の、創立30年に渡る……」

「ちょっと待てっっ! いまなんつったっ!?

 創立30年っ!? この学校意外と歴史浅いぞっ!? 年数のわりに校舎がくたびれすぎだっ!」

「新介、言いたいことはわかるが気になるキーワードにいちいち反応するな。正直うっとうしい」

「なっ! だっておかしいだろキースッ!

 30年であんなに黒ずんでるなんて、あの校舎本当に大丈夫なのかっ!?

 手入れをおこたりすぎて耐震性までおかしくなってんじゃないだろうな! イヤだぞ地震でくずれるのは!

 お前らは不死身だからつぶれた校舎の下敷きになっても大丈夫だろうけどおれはムリだからなっ!」

「うっるさい子なのねぇ、あなたってのは。教頭先生は本当に人選を間違ってないのかしら?」


 心底ウザそうなテニス部長に、沙耶は立ち上がって声をかける。


「龍崎部長、生徒会にいったい何を吹きこまれたんです。

 言っておきますが新介君の身柄の引き渡しはできませんよ?

 たとえタタミさんの身に危険が及ぶことになったとしても」


 おれは横目でアヘアヘ言うタタミちゃんを見た。

 彼女の記憶が完全に戻らなくなるのは心配だが、だからと言っておれの命を引き()えにできるというものでもない。


「あら、だけどわたしたちの相手を出来るだけの時間はあるでしょう?

 生徒会もそこまで無体なことはなさらないようでしてよ?」


 そして部長は沙耶のほうに近寄り、至近距離で顔を突き合わせた。


「生徒会の要望はこうよ。

 いまから我が部のメンバーと、あなたたちの中から誰かを選んで、テニスの勝負をして下さらない?」

「……はぁっ!? なに言ってんだよっ!

 相手がテニスの経験があるかどうかもわかってないのに、そんなムチャぶりに応じられるわけがねえじゃねかっ!」

「もちろんハンデはさしあげるわ。

 こちらはシングル、あなたがたはダブルスでかまわないわ。そしてこちらは新入部員と言うことでいかが?」


 するとミノンちゃんのほうがうたがいのまなざしを向けて言った。


「新入部員? 相手によるんだけれど」

「……その通り、あんたらと勝負すんのは、このオレってわけ!」


 入口の方から別の人影が現れた。

 そいつは扉のふちに背中を預けていたかと思うと、すばやくそこを離れて倒立前転を繰り返し、最後に回転ジャンプを決めてスタッとおれたちの前にひざまずいた。

 そしてパッと顔をあげた。


「お呼びに応じて参上っ! 安国学園硬式テニス部新入部員、

棟像禮吾(むなかた らいご)』! よろしくっっ!」


 そいつはなかなかいい顔をしていたが、なぜか前髪が異様に長くてそいつを斜めに垂れ流している。

 激しい運動をすんのに大丈夫なのかよお前。


「うわ~、こいつが来ちゃったか~」


 そう言ってミノンちゃんが片手で顔をおおって上を向いた。

 おれはすぐにライゴを指差して「知ってんの?」と問いかける。


「知ってるも何も、運動部に入ってる子はみんな知ってるよ。

 こいつ、死霊族のテニス大会中学の部でベスト4に入った猛者(もさ)

 そっかコイツうちの学校に来てたんだっけ」


 立ち上がったライゴは長すぎる前髪をさらっとかきあげる。


「有名なのはうれしいこったね。だけど今度は死霊族のトップをねらってみせるぜ」

「トップをねらってる人がシロート相手に試合なんかしないでくれるかな?」


 おれが不満タラタラに言うと、ライゴは調子に乗った感じで両手を上にあげて首をすくめる。


「そうでもないぜ?

 そこの狛田村のお嬢様、正直気になってたんだよね」


 そう言ってなぜか気取ったポーズで沙耶を指差した。


「昼間のお前の活躍、見せてもらったぜぇ?

 すんごい動きしてんじゃねえか。ラケットを握ったらさぞいい動きするんだろうねぇ」


 うっとおしい。うっとおしすぎるぞコイツ。

 沙耶も同感らしくあきれた目つきで後ろに目を向ける。


「キース君、ヒャッパ君。テニスの経験はある?」


 2人とも首を振った。ため息まじりに沙耶は前に向き直った。


「残念ながらわたしはあるわ。どちらにしろ1人目はわたししかいないようね」


 おれは眉を寄せてあごに手を触れた。


「おれも元運動部だけど、テニスはムリだな。

 死霊族の打った球を返したら腕が折れちまいそうだ。ミノンちゃんは、大丈夫?」


 思わず不安を顔に出してしまうが、相手はむしろ自信満々に立ちあがった。


「ダイジョウブ! あたしはオールマイティだから!」


 それを見たライゴが打って変わって困った顔をしだした。


「困ったな。1年3組の海宮実呑(かいぐう みのん)っていや、

 中学時代は複数の部活をかけ持ちした超天才って話だったよな。お前もしかしてここでもかけ持ちする気なのか?」

「……部活かけ持ちぃぃっ!?

 そりゃいかにも運動得意そうだけど、そんなことまでやってたのっ!?」


 おれの叫びを聞いたミノンちゃんは腕を組んで不敵な笑みを浮かべた。


「ふふん♡ 見てたらわかるよん!」

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