(5)
服部はそれまでずっと持っていた、枝分かれムチを乱暴に叩き落とした。
リモコンを胸の谷間にしまい込んで、ボタンをはめて隠した。これでとりあえずグラウンドが爆発する心配はないだろう。
「後悔しないこったね。
ポテンシャルはそっちが上でも、技術の上ではわたしの方が上手だよ」
そう言って服部はぴっちりした袖の中に手をさし込んだ。
引き抜くと、そこから細長い物体が現れる。沙耶はそれに目をやって構えを少し直した。
おどろいたことに、服部がとりだそうとしたそれはなかなか全貌を見せなかった。
細長い物体は途中で弧をえがきながら、服部の手に巻かれてようやく全貌を現した。
それは一見、長めのムチに見えた。しかし小刻みに節が刻まれており、その質感は金属のように見えた。
「なんなんだあの物体。あんなムチ、初めて見る」
仲間たちに駆け寄ったおれは、いまだに黒コゲのキースの声でもう一度振り向いた。
「ずいぶん変わった得物を使うわね。しかしそんなもので日本刀に対抗できるのかしら?」
するどい口調で話しかける沙耶に、服部はゆがんだ笑みを浮かべた。
「気になるかい? それじゃ……」
そう言って服部は大きくムチをふるった。
「いっぺん食らってみなっっっ!」
しなるムチが、剣を構える沙耶に迫る。
彼女は剣を払ってそれを受け流すが、当たった瞬間に火花が散った。
服部が手元を一気に引くと、ムチはガリガリと火花をあげながら刀身を小刻みにふるわせる。
あともう少しと言うところで、沙耶は剣を少し下げてしまった。
とたんにムチの先が彼女の肩をかすめ、そこから少量の血が飛び散る。おれは思わず「沙耶ちゃんっ!」と叫んでしまった。
沙耶にダメージを負わせたムチの先を、服部は空いた手で受け止め、不敵な笑みを浮かべる。
「『硬鞭 』……って武器を知ってるかい?
有史から続く長い戦乱の歴史の中で、数々の戦士たちを悩ませてきたのは、敵の防具だよ。
相手が堅い鎧に守られてしまえば、するどい刃物は傷つけることができない。鎧のわずかなすき間を狙うという剣法も発達したけれど、根本的な解決方法となったのは、皮肉なことに原始的な戦法への逆戻りだった……」
そして長いムチをまとめると、柄からのびる節々をピンと張った。
「打撃武器だよっ! 堅い鎧の上から重い衝撃を加え、中にある人体に直接ダメージを与えたのさっ!」
そして服部は少しずつ沙耶との距離を詰める。
「だけどただ単に鉄のかたまりを叩きつけるだけじゃ能がない。
そこで世界中の鍛冶屋たちは、打撃武器がより有効になるように様々な工夫をこらした。トゲをつけたり、鎖をとりつけてしならせたりしてな」
しかし、それもあまり長くは続かなかった。
警戒しているのか。彼女はムチを構えたまま仁王立ちする。
「その中でも硬鞭は中国で発明された打撃武器の1つだよ。
長い棒の金属に、節々をとりつけて威力が増すようにしてある。硬鞭はのちに拷問具として使われ、数々の哀れないけにえの血をすすり続けてきた……」
「でもそのムチはリーチが長い上によくしなるみたいじゃない」
沙耶に問いかけられると、服部は露骨な笑みを浮かべ、もう一度ムチをピンと張った。
「その通りっっ! このムチは硬鞭とはわけがちがうっ!
こいつの中には丈夫な革がし込まれ、その上を合金製のつなぎでおおってるっ!
言わばしなやかなムチと鋼の硬鞭のハイブリットッッッ!」
そして服部は長い舌を伸ばし、張り詰めたムチをなめまわした。
「名づけて、『軟硬鞭』! わたしが独自に生み出した、オリジナル武器だよ!」
そしてそれを足元にふるい、グラウンドの土を叩きつけた。かなり音がエグい。
「こいつは鎧の上から叩きつけるには不向きだけど、肉をえぐり、斬り裂くにはもってこいの武器さっ!
その威力は身を持って味わってるだろ!?」
沙耶は肩の傷に目を向けた。少しかすっただけなのに、かなり損傷がひどいみたいだ。
「そういうこった。全身をズタズタにされれば、さすがの死霊族もしんどいんじゃないかい?」
服部は大きくムチをふるい、声高に叫びあげた。
「さあっ! 続きをいくよっっ!」
鋼鉄のヘビがうなりをあげた。沙耶もそれにあわせ華麗に剣を叩きつけていく。
2つの金属がぶつかり合い、甲高い音と火花が激しく散る。すさまじいやり取りだ。
しかし、戦況は思わしくなかった。
沙耶は向かってくる攻撃を巧みにさばくものの、鋼鉄のヘビは自在に形を変え、沙耶の剣が届かない場所でしなる。
それとともに血吹雪が舞い、沙耶の純白の肌が傷つけられていく。おれは思わず叫んだ。
「クソッ! 何て技量だよっ! とても服部が片手だけで動かしてるとは思えねえっ!」
「すさまじい手腕だな。やはり服部半蔵の子孫を名乗るだけのことはある。
あんなクセのある武器をああも自在に操るとは」
多少は心得のあるキースが解説する。
おれは思わず振り返り、いまだ全身が戻らない彼を見て鳥肌が立つ。
もう一度前に振り返り、沙耶の身体が血だらけになるのを見てさらに凍りついた。
「ギャハハハハハハハハハッッッッ! なんてこったいっ!
こぎれいな身なりがあっという間に醜い赤に染まるのを見るのはたまんないねっ!
どうだ痛いかっ! それともいまだに苦痛を感じないくらいお前はにぶいのかいっ!?」
耳をふさぎたくなるほどのイヤミったらしい口調を聞いても、沙耶は冷静に剣をさばく。
しかし何の対策も講じなければ、このまま彼女はゆっくりミンチにされてしまう!
「沙耶っっ! 特殊能力を使うんだっ! 『あれ』を使えば形勢を逆転できるはずだっ!」
彼女は「髪を自在に操る」能力を持つ。ひょっとしたら敵の鋼鉄ムチを無効化できるかもしれない。
しかし彼女はいきなり叫んだ。
「ダメよっ! 全校生徒が見てる!
下手に表に出せば、あなたに不満を持つ奴らに対策を立てられるかもしれないっ!」
「だからってっっ! このままじゃやられちゃうよっっ!」
彼女は何も言わず、すばやくバックステップをかました。
距離をとられたのを見て、服部の顔に不敵な笑みが浮かぶ。
「おやおや、苦痛に耐えられなくなったのかい? それとも怖気づいたか?」
言われ、沙耶は美しい光を放つ刀身を上向きに構えた。
「どちらでもないわ。わたしは、まだあきらめてない」
それを見た服部の顔が引きつった。思わずこちらの背筋がふるえる表情だ。
「てめえ、あたしをバカにしてんのか?
わかってるだろ、まだチンケなガキにすぎねえてめえじゃあたしには勝てない」
「そうかしら。さっきも見たでしょ?
経験値はあなたが上でも、あなたには致命的な弱点がある」
相手が押し黙るのを見て、沙耶は続けた。
「それはあなたが人間であるということ。あなたはその軟硬鞭を巧みに操ることで、わたしの動きをうまくけん制している。
だけどそれは、いったん力勝負になれば勝ち目がないということを意味している」
気のせいだろうか、相手の表情にあせりの色が浮かんだ。
「こちらまで距離を詰めて見せなさい。
わたしが一瞬で踏み込んで、あなたの身体を切り裂いてあげるから」
それを聞いて服部がカッと目を見開いた。
「予告なんかしてんじゃねえよっっ!
お前をぶち倒すならこっちのほうが好都合だっっ!」
そう言って服部は長いムチをまっすぐ伸ばす。
おれはその時、これは沙耶の作戦なのではないかと感づいた。
沙耶は向かってくるムチの先端に向かって真っすぐ剣を突き出し、鋼鉄の節々にわずかながらにかち合わせた。
するとすばやくそれを絡め、剣の刀身で鋼鉄ムチを巻き取る形となった。
「なにっっっ!」服部はおどろいた顔になる。
「なんてこったっ! 沙耶の奴、うまくからめとりやがったぞ!」
キースの言うとおり、沙耶の動きはシロウトのおれから見ても神業級だった。
それを使って相手の武器を拘束することができた沙耶。
一瞬構えを取った後、一気にこちら側に引っ張り上げた。
「いやぁっっ!」「ぬおわぁっっっ!」
常人のものではない力で引っ張られ、思わずつんのめった服部。
あわてて体勢を立て直そうとして前にかけ込むと、そこへ素早く詰め寄った沙耶の姿が現れる。
思わず服部が顔をあげると、剣を持ったままの沙耶の小さな拳が、あ然とする服部のこめかみに叩き込まれた。
「ぬがっっっ!」服部の視線が反対側に流れ、そのままそちら側に横向きに倒れていく。
決着は一瞬だった。見開いた目を地面に向けたまま、服部は動かない。
「沙耶っっ!」おれだけでなく、ミカ先生とともに傷だらけの長い黒髪少女へとかけよっていく。
先生は開口一番こう言った。
「大丈夫っ!? 傷の具合はどうなの?」
黒髪の中から平静な表情がこちらを向く。
「わたしは大丈夫。これくらいなら1・2時間で完治します。
それより服部先生でしょう。手加減はしましたが、脳をゆすぶられて無事だとは思えません」
そう言ってふたたび服部を見下ろす。ミカ先生は「脳しんとうだけだといいけど」と言って軍服姿の前にひざまずいた。
その時服部の目が見開かれ、一瞬で起き上がった。
そしてどこに隠していたのか「くない」のようなものを取り出して、ミカ先生の胸元へと突き出した。つんざくような音。
「先生っっっ!」おれは思わず叫んだが、ミカ先生は平然とした顔で首を振った。
胸の白衣が真っ赤に染まっているにもかかわらず。
「ちっ! バケモノがっっ!」
服部はクナイを引き抜こうとするが、さすがにまずいのかミカ先生はクナイを押さえて相手のグローブだけを離させた。
そこへ服部の首筋に白い刀身が突きつけられる。ミカ先生は思わず沙耶に振り返った。
「やめなさい。彼女は人間なのよ? 急所をつけばすぐに死んでしまう」
「だからこそです。
彼女のような異常快楽者を放置すれば、いつか本当に犠牲者が出てしまうかもしれない」
「ククククク、言ってくれるじゃねえか。
いいよ、やれよ。バケモノとはいえ、格下の剣士に打ち負かされるのは気分がいいもんじゃねえからな」
そこへ突然「やめてくれっ!」という声が飛んで、おれたちは後ろを振り返った。
ヒャッパは重い足を引きずりながら、こちらへと向かってくる。
「やめてくれっ! 彼女を殺さないでやってくれっ!」
「ヒャッパ君。彼女をかばう気持ちはわかるけど、彼女に同情する価値なんてないわ」
ヒャッパはおれたちの目の前で立ち止まると、申し訳なさそうな顔で首を振った。
「いや、同情する余地はあるよ。彼女は、とてもかわいそうな人さ」
そう言ってヒャッパはにらみつけてくる服部を見下ろした。
「彼女は服部家の正式な跡取り。だけど家のきびしいしきたりに加え、母親が西洋人だっていうことを家の人たちは許さなかった。
だからそれで幼少のころからひどい目にあってきた。その心の傷から、この人はこのような性格になってしまったんだ」
ヒャッパの目つきに悲しみの色が見て取れる。
「本当に、本当にかわいそうな人さ……」
しかし、それを言われた当の本人はたまったものではないようだ。
「ヒャッパ。てめえ、人の過去を調べやがったな?
いくら情報好きとはいえ何でもかんでも詮索するんじゃねえ。殺すぞ」
憎しみの目を向けられても、ヒャッパに動じる気配はない。
服部自身がそれに耐えられなくなったのか、周囲を見回し、ほえる。
「ふざけんなっっ! わたしはな、他人に同情されるのが一番嫌いなんだよっ!
そんなことをされるぐらいなら、死んだ方がましだっっ!」
ところが、それを聞いた沙耶の手元が動いた。
持っていた剣の先が、服部の胸へと突き刺さったのだ!
「沙耶っ!」おれは思わず叫んだ。だけど彼女は首を振る。
剣を引っ張り上げると、いつの間にか開かれていた軍服の胸元から、剣が突き刺さった黒い機械があった。
彼女が先ほどまでデスアスレチックを操作していたコントローラーが、小さな火花をあげる。
「ダイナマイトのボタンもあるんでしょ? もしわたしたちと一緒に心中されたら困るから」
ふくよかな胸元に手をやり、沙耶をにらみつけた服部。
沙耶はケンカら壊れたコントローラを引き抜き、そのまま刀身を鞘におさめた。
「自分から不幸になろうとしてる人を、斬るつもりなんてないわ」
クルリとうしろを向いて、立ち去っていく沙耶。「待って!」と言ってヒャッパが追いかけていく。
おれとミカ先生もそれを追いかけようとすると、服部の高笑いが聞こえた。
振り返ると、軍服姿はリラックスしたかのように両手を土についた。
「アハハハハハハッッ! 死霊族ってのは、ホントに甘い連中だねぇ」
「その口ぶり、性根をあらためるつもりはないみたいね」
ミカ先生に言われ、服部は不敵な笑みを浮かべた。
「当たり前だろ? アタシみたいな人間が、そうそう人生を思いなおすわけがない」
そして姿勢を直し、あぐらをかくとおれのほうを見つめた。
「そんなお人よし連中並みの転入生、わたしを見て、バカなことをしでかしたと思ってるだろ」
おれは深く息を吸い込んだ。
「確かに、おかしいです。
これだけのことをしておいて、普通なら懲戒免職を免れるわけがない。
それをわかってないあんたじゃないでしょう」
「その通りだ。お前、生徒会のウワサは知ってるか?」
おれは首を振った。だが、
「非道丸たちのうち1人が言ってました。自分たちは生徒会に指図されて動いてたんだと」
それを聞いて、服部の顔に笑みが浮かんだ。
「聞いてるんなら話は早え。
わたしもまた、生徒会の顧問をしてんだよ。わたしがこの学園に入れたのも、奴らの手引きがあったからこそさ」
「……あんたみたいな危険人物をっ!? 連中はどうして!?」
「わたしは奴らの用心棒だったのさ。
伊賀忍法の達人、生徒会がやりたい放題やるための後ろ盾として、これほど頼りがいのある奴はいないだろ」
「だけどそれももうおしまいみたいだけどね」
ミカ先生が冷徹に告げると、服部は首を振った。
「まだだよ。うちの生徒会はこれくらいでへこたれるような奴らじゃない。
奴らがこの学校でハバをきかせられるのは、わたしの存在だけが理由じゃないんだよ」
それを聞いたおれは釈然としない顔で腕を組んだ。
「たしかにおかしな話だよ。
生徒会が先生方にえらそうな顔を出来るだなんて、マンガやラノベじゃあるまいし」
「ククククク、理由はいろいろあるさ。だがな、これだけは言っておくぞ」
そう言って、服部は不敵な笑みでこちらを指差してきた。
「奴らはまだ、お前をここから追い出すことをあきらめたわけじゃない。
これからもいろんな奴らに声をかけて、お前をなんとしてもこの学園から追い出す、あるいは殺そうとするだろう」
おれは心臓がちぢみあがった。足がすくむのを見て、服部の笑みはさらに挑発的になる。
「アタシもまだ、あきらめたわけじゃねえからな。
連中とは利害が一致するから、今日の授業でなんとかしてやろうと思ってたが、今回は失敗しちまった。
だが別の手を考えて、またお前を苦しませてやるさ。クククククク……」
動揺するおれを、ミカ先生は立ち上がって腕を引っ張る。
「行くわよ。相手にしないで。それよりみんなの元に戻るべきよ」
半ば引きずられるようにしてみんなの元に戻ると、青いシートの上でミノンちゃんと弥子ちゃんが起き上がっていた。それぞれ胸と首元を押さえている。
「2人とも、大丈夫か?」
胸元をタオルで隠すミノンちゃん。疲れ切った顔で首を振る。
「あんまり。でもそれより彼女が……」
ミノンちゃんにあわせてまわりが顔を向けると、タタミちゃんがそばでぐったりしていた。
気絶したまま動く気配がない。
「どうしたんだよ?」
おれの問いに、先生が手をかけた。
「よく聞いて新介君。
死霊族はたとえ脳を攻撃されても死なないけど、そのかわりマズイことになるの……」
すると突然倒れていた彼女が起き上がった。
おれは喜んだ顔を向けたが、とたんに表情が固まった。
「あは、あははははははは~~~~~」
まるでアホみたいな表情で。タタミちゃんは口を開きっぱなしの状態でぼう然と斜め上を見上げる。
それを見たミカ先生が額を手で押さえた。
「脳の記憶情報は、とってもデリケートなものなの。
彼女はすべての記憶を失って幼児のころに逆戻りしてしまったの」
すると彼女は周囲に目をやり、「ほえ?」とか「ふえぇ?」と言うが、すぐに顔を戻してまたアホみたいな顔になる。口元からは少しヨダレまでたれている。
それを見た弥子ちゃんが「うえぇ~ん」と言って顔をおおってしまった。
「……おいおいおいおいっっっ!
まずいじゃねえかっっ! タタミちゃん明日からは一番後ろの席なんてあり得ねえぞっっ!」
遠くで服部の高笑いが聞こえる。
おれは振り向いてにらみつけたが、同時にミカ先生が肩をポンと叩いた。
「大丈夫、記憶を取り戻す方法はあるわ。彼女は元の性格に戻せる」
おれは先生の顔を見つめたが、なぜか不安そうな表情。
一難去ってまた一難。おれの最初の1週間は、なかなか終わりそうになかった。




