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(4)

 気を取り直し、本堂の中へと戻ったおれたち。


 取り囲むように並び、向かい合うタタミちゃんと弥子ちゃんを見守る。

 横に立つ神主が、神前式によく使う折り曲げた紙をぶら下げた棒をしきりにふるい、「はらったま~、きよったま~」としきりに唱え続ける。

 不意にとなりの沙耶が顔を近づけてきた。


「新介君。気になるんだけど、あのやり方ってどっちかというとお(はら)いの時のものじゃなかったかしら。大丈夫なの?」


 ささやくように言われるが、彼女よりさらに神道に詳しくないおれは「さあ……」と首をかしげるしかなかった。


「いええいっっっ!」


 突然神主が大声をあげ棒を一気に前に払い、おれはビックリした。

 神の束がさらっと舞うと、対角線上にいた弥子ちゃんの身体から、ぼうっとオーラのようなものが現れた。


 それが収まると、それまで正座して目を閉じていた彼女が、そっと瞳を開いた。

 それを見た瞬間、いつもの彼女とは何か異なる、神聖な雰囲気を放っていたことに気づいた。


 弥子ちゃんがおもむろに両手を向ける。


混沌(こんとん)うずまく冥界(めいかい)をさまよいし、巌屋蛇々美の霊よ。

 我が呼び声にこたえ、記憶なき肉のもとへと帰りたまえ……」


 いつもの彼女にはふさわしくない文言を唱えると、その両手からぼうっと光のようなものが現れた。

 光のオーラは徐々に(ほう)けているタタミちゃんの身体を包み込む。


 払い道具を下ろした神主がそんな妹に見守るような視線を投げかける。


「弥子の能力、『トランスチャネル(口寄せ)』だ。

 冥界から呼び出されたタタミ君の(たましい)が、妹を介してこちらの世界に呼び戻されようとしている。

 だが安心するのはまだ早い、本番はここからだ」


 見ると、弥子ちゃんの額には汗のようなものが浮かび上がっている。

 目を閉じた表情もきびしいものになっている。


「神主さんこれは……」


 おれが言いきる前に神主は口元に人差し指を当てた。


「時間がたてばたつほど、冥界の魂を呼び出す作業は難しくなる。

 さらに少しでも気を抜けば、完全な記憶を呼び覚ますことはできなくなり、物忘れや下手をうてば障害が残る可能性すらある」


 それを聞いた弥子ちゃんが少しビクリとするが、かまわずに作業を続ける。

 いつものドジな雰囲気は影を潜め、一心不乱に集中する彼女の姿があった。


 おれはそんな弥子ちゃんを気遣い、兄のほうをまっすぐ向いて彼女に聞こえない声で「大丈夫、なんですか?」とささやいた。春秋さんはつぶやく。


「私のほうからみてもたしかに妹にはそそっかしいところがあるが、こちらの方にかけて彼女は天才だ。

 いいから静かに見ていろ」


 それを聞いたのか、弥子ちゃんはうなずいた。

 兄の言葉に背中を押されるように、弥子ちゃんはぎゅうっと目を閉じて、一心不乱に念を送り続ける。


 やがて弥子ちゃんの手からオーラが消えうせ、それらすべてがタタミちゃんの身体にとりこまれた。

 その瞬間、弥子ちゃんは冷たい床に両手をついた。


「「弥子ちゃんっ!」」


 沙耶とミノンちゃんが立ち上がり、すぐに駆け寄って彼女の身体を抱き起こす。

 おれもつられて駆け寄ると、弥子ちゃんは疲れ切った表情でタタミちゃんのほうを向いた。


「はぁ、はぁ……わたしは、大丈夫。

 それより、タタミちゃんは?」


 おれはあわててタタミちゃんの方へとかけよる。

 彼女の肩にそっと手をかけると、突然呆然としていた彼女の表情に変化が訪れる。


 何かを見つけたような目つきになった瞳が、何度もまばたきされる。


「……ん? なに? ここ、どこ……?」


 すると突然彼女が立ち上がった。

 おれは思わずスカートの下をのぞき込みそうになり、あわてて顔をそむける。


「師匠っ!? 師匠どこ行ったんですかっ!?

 アタシに銃口なんか向けていったい何をしようってんですっ!」


 周囲を警戒するタタミちゃん、その時突然沙耶が立ち上がり、彼女のそばに寄った。


「沙耶っ!? 教えてくんない!? アタシどうしてもあの人に言いたいことが……」


 パシン!

 沙耶がタタミちゃんのほっぺたを叩いた音が、堂内じゅうにひびき渡った。

 タタミちゃんは打たれたほおを押さえながら、怒るというよりはおどろきの表情を沙耶に向けた。


「……え、もしかして、手遅れだった? ひょっとして、みんなにメーワクかけた!?」


 すると突然、沙耶が「バカッッ!」と叫び、彼女の身体を抱きしめた。

 あまりの出来事にぼう然とするタタミちゃん。


「みんな心配したんだからっ!

 あなたの身に何かがあったら、わたしたち、わたしたち……」


 そう言う彼女の声は、涙ぐんでいた。

 おれは沙耶の中にこんな感情があることを初めて知った。


 それはタタミちゃんも同様だったようで、涙ぐんだ目で沙耶の身体を抱き返す。


「ゴメン……ゴメンね……」


 おれをはじめ、周囲はそれを暖かく見つめ続けた。

 ただおれの目線からすると、沙耶の白パンツとタタミちゃんのレモン色のパンツが丸見えだということは、心の中におさめておいた方がいいだろう。それにしてもいい光景だな、2重の意味で。





「いや~、ホントにゴメンね~。

 今回はワタクシがほんとうにごメーワクかけました!」


 そう言って苦笑いを浮かべ、照れくさそうに頭の後ろをなでなでする。


「そおだよ!? あんた本当に弥子に感謝しなきゃダメだかんね!

 彼女ががんばってくんなきゃあんた頭がおかしいまんまだったんだから!」


 ふてくされるミノンちゃんに、弥子ちゃんは照れくさそうな笑みを向ける。


「ミノンちゃんや沙耶ちゃんだって、タタミちゃんのためにがんばってくれたんだから。

 それでわたしも、がんばれたかも」

「え? どういうこと?

 調子に乗った師匠が沙耶にコテンパンにされたのはなんとなく想像がつくけど、ミノンちゃんはあの時ミカ先生の治療中だったでしょ?」

「ここ、テニス部の運動場も兼ねているでしょう?

 服部が顧問を務めている生徒会にそそのかされて、部員たちが勝負を挑んできたの。

 未経験と言うのもあるけど、けっこうてこずらされたわ」


 沙耶に言われ、タタミちゃんは信じられないという表情をした。


「え? それじゃ、新介クンも……」


 そのままこちらに目を向けられ、おれは気難しい表情になった。

 沙耶はそんなおれたちに声をかける。


「でも大丈夫。新介君のアドバイスのおかげで、なんとかしのぎ切ったわ。

 タタミちゃん、彼にも感謝してあげて」

 いまだに慣れない優しい声をかけられ、タタミちゃんはほほえみを浮かべた。沙耶のものに引けをとらない表情を向けられ、おれは照れくさくなってうつむいた。


「あんがとね、みんな。

 アタシ、これからは2度とヘタ打たないように、がんばります!」


 おれたちはそろって勇気づけるかのようにうなずいた。

 そこで神主がそっと弥子ちゃんの肩に手をかけた。


「弥子、お前もがんばったな。

 あれだけできれば、まずまずだな。将来のカキサエ神社も安泰(あんたい)だ」


 弥子が振り返って視線をあげ、「ありがとお兄ちゃん!」と声をかける。

 すると神主は皮肉まじりの笑みを浮かべた。


「もっとも兄からしたらまだまだだからな。おごらずにはげめよ」


 弥子はニッコリとうなずいた。それを見たミノンちゃんが両手をあげ、弥子ちゃんとハイタッチする。

 おどろいたことに沙耶も片手をあげて弥子ちゃんとハイタッチ。沙耶の表情はおどろくほど晴れやかだ。


 続いて弥子ちゃんはこっちまで近寄り、満面の笑みで両手をあげた。


……おれは両手をあげなかった。


 それを見た弥子ちゃんが悲壮感に満ちた表情になり、涙声で問いかけてくる。


「うう、なんでですか? なんでなんですか?」


 おれは気まずい表情で人差し指でポリポリほおをかきながら視線をそらした。


「だ、だって弥子ちゃん、手加減とかしなさそうだし……」


 それを聞いた弥子ちゃんから小さいうめき声が上がった。

 とたんに彼女の目がウルウルになる。


「わぁ~んっ! そのとおりだよぉ~っ!

 わたし、いきおいに任せて思いっきり新介くんの手を叩こうとしてたよぉ~! ごめんなしゃ~いっ!」


 そう言って目に両手を当てて泣きじゃくる彼女。

 沙耶がそばによって弥子ちゃんのおかっぱをなでて「よしよし」と言う。まるで幼い子供をあやしているかのようだ。


 同じことを思っていたのか、キースとヒャッパが「ププゥッ!」と言って口を押さえる。

 おれはすぐに2人に鋭い目を向けたが、当然意に介してくれない。





「……はぁ、まったく何なんだよ。今日も散々な目にあったな……」


 おれはくたびれた身体に湯をかけながら、ひたすらせわしなかった午後のことを思い出す。


 エリザベート服部、生徒会。おれのことを邪魔に思っている連中は思ったより数が多そうだ。


 軍服姿の服部も相当怖かっただが、正直言うとテニスコートに現れた、物騒(ぶっそう)な格好の生徒会庶務のほうが恐ろしかった。

 あのどっからどう見ても危険人物バリバリの格好を思い出すと、暖かい湯船の中でも鳥肌が立つ。


「ううっ! ったくなんだよ~。

 不良って言うより殺人鬼じゃねえか。あんなのを使いっぱしりにしてる生徒会っていったいどういう連中なんだよぉ~」


 そう言っておれは湯船に口元まで沈める。

 湯面をぶくぶく泡立てながら、おれは不意に両手をあげた。

 手の細かいしわの間に、赤黒いシミのようなものがこびり付いている。


 これは体育の時間、あり得ないほど完ぺきに組み立てられた服部のデストラップに引っかかり、首をはね飛ばされることになった弥子ちゃんの生首からこぼれた血のあとだ。

 ずいぶんイヤな目にあわされたが、相手が神社でとびきりの笑顔を見せた弥子ちゃんだけに、なんだか複雑な気持ちになる。ピクピクと白目をむいた生首とのギャップに苦しむ。


「……あったかかったな、弥子ちゃんの血……」


 そう、死霊族の血は温かいのだ。

 たとえゾンビみたいな存在と言えども、彼女たちはちゃんとした生き物だということを実感させられる。


……は! いかんいかんいかん! 早い、早すぎるぞ!

 いくらなんでも死霊族に対する順応が早すぎる。おれはまだここに入学して一週間もたってないんだぞ!?


 その時、後ろにあった大浴場入口の扉がガラガラと開かれた。

 おれは万が一を考え振り返ったが、別の可能性を想定するべきだった。


「あ~、いたいたいた~! 新介クン中央湯船の中だよ、2人とも早く早く!」


 いきなり目に大事な部分をタオルでおおっただけのタタミちゃんの姿が現れ、おれの鼻から何かが吹きだす。

 湯面を見ると赤いものがブワッと広がっていく。


「もぉ~! あんたならともかく、なんであたしたちまでつきあんなきゃいけないんだよぉ~。

 そりゃ混浴風呂だから恥ずかしがったってしょうがないけどさぁ~」

「は、はずかしいよぉ~」


 欲望に負け、視線をミノンちゃんや弥子ちゃんに向ける。

 同じように小麦色の肌をタオルで隠すミノンちゃんと、小柄な体に必死でタオルを巻いた弥子ちゃん。


 おれはさすがに見過ぎだと思い、あわてて背を向けた。


「あはは~、恥ずかしがってる~! 沙耶ちゃんの時もそんなリアクションだったぁ~?」


 ちらりと目を向けると、そう言うタタミちゃんでさえ顔が真っ赤になっている。

 真っ赤になりながら、少し不機嫌な表情になった。


「ほら、いつまでもジロジロ見ない!

 湯船の中にタオルを入れちゃいけないから、後ろむいたむいた!」


 手で払いのけられ、おれはおとなしく後ろに向き直った。


「ったくなんで。いくら混浴だからって、みんな恥ずかしくないのかよ?」


 後ろからチャポンと言う音が聞こえる。

 3つの風呂(おけ)が、彼女たちの身体にしたたりおちる音を耳にし、その光景を想像した。


「ホントは先にカラダ洗いたいけど、さすがにそれはねー。ま、大丈夫っしょ」


 やがて彼女たちがいっせいに湯船につかると、「もおいいよ~」と言う声が聞こえてくる。


 おそるおそる振り返ると、少し離れた場所に顔を真っ赤にした3人がこちらにちらちらと視線を向ける。

 ゆらめく湯にさえぎられ彼女たちの裸は見えない。いや見えなくていいんだけど。


「あ、アタシ、今日はいろいろと迷惑かけたからさ。

 これはそのお()びと、お礼ってことで」


 さすがに恥ずかしそうにうつむくタタミちゃん。おれは視線をそらしつつ言い返した。


「んなこと言っといて、ホントは沙耶ちゃんに対抗しようと思ってたんだろ?

 結局顔を真っ赤にしてるみたいだけど」

「うぅ、そ、それは……うん、ゴメン。あるかも……」


 そう言って顔をそらすタタミちゃん。なんだかいじらしい。


「あ、あたしも今日は世話になったからね。いろいろフォローしてもらったし……」


 そう言ってミノンちゃんは横髪をかきあげる。

 あげた腕は若干華奢(きゃしゃ)なタタミちゃんと比べて少しがっちりしているが、小麦色のぬれた肌はなんだかなまめかしい。


「わ、わたしは別に、よかったんだけど……」


 口元に手を当てて赤面する弥子ちゃんに、ミノンちゃんは顔を真っ赤にしたまま腕でつついた。


「そんなこと言っちゃってぇ~。

 なんだかんだ仲間外れになるのはイヤだってたけど、ホントはウワサどおりの新介クンのハダカ目当てなんでしょぉ~?」


 言われた瞬間おれと弥子ちゃんの顔が真っ赤になる。ボンッ、とはじけたかと思った。


「そ、そんなことって……」「いきなり何言いだすんだよっ!」


 弥子ちゃんとおれが立て続けに言うと、ミノンちゃんはアハハと笑った。


「そうだ新介クン! 聞いたぞ、キミって元運動部だったんだって!?

 部活で鍛え上げたカラダ、見せてもらおうじゃないかね!」


 そう言って細い腕でびしっと指差すタタミちゃん。おれはいやいやと首を振った。


「お前らおれのハダカが目当てかっ!? 言っとくがそういいもんじゃないぞ!?」


 言いつつ、おれはひそかに筋トレして体型を維持(いじ)している。

 もっとも自己満足の範疇(はんちゅう)で決して見世物にしようと思っているわけじゃないが。


 すると、3人は躊躇ちゅうちょしつつ、少しずつこちらへ近寄ってくる。


「でも、このままだと出られないでしょ? 新介クンってもう身体洗った?」

「ま、まだだけど……」

「じゃあ早く洗って来なよ! 大丈夫、誰もジロジロ見やしないから」

「信用できない……」


 開き直ったかのごとき3人の熱視線を向けられつつ、おれはあきらめて後ろ向きに立ち上がった。

 その瞬間に女子たちから歓声(かんせい)が上がる。


「おお~、こういうのを細マッチョと言うのか~」

「ガチムチと言うにはまだ早いけどね~。まあこれくらいがちょうどいいかも」

「ていうか新介くん。なんでお尻隠さないの? 恥ずかしくないの?」


 タタミちゃん、ミノンちゃんに続いて、弥子ちゃんにとどめを刺された。


「うぅ、だって、前が……」

「にゃはは♡ タっちゃってるんだ? 新介クンかわいぃ~」

「やめろタタミちゃん! 言われるとよけいコーフンするっ!」





 前と尻の奥が見えないように身体を洗いつつ、おれは楽しそうに笑いあう3人に声をかけた。


「さすがに沙耶ちゃんはこないのか。ちょっとさみしいな」


 すぐにタタミちゃんの不機嫌な声が帰ってきた。


「なによ~う。キミ、やっぱりあいつのほうが気になっちゃうわけ~?」

「ちがう! そうじゃなくて、どうせなら4人そろってた方がよりどりみどり?」

「それはそれでエロい発言だね~。品定めでもしてんのかな~?」


 ミノンちゃんにたたみかけられ、おれはさらに動揺(どうよう)した。


「い、いやそれも違くて、どっちかって言うと色とりどりのお花畑でルンルン、みたいな?」

「グスッ、新介くん、ハーレム希望なんだ……」

「あ~弥子ちゃんそれも違うぞっ!

 いずれは彼女を作るにしても、選択肢は多いほうがいい、それだけだぞっ!?

 決してやましい気持ちがあるわけではないっ! ましてやハーレムなんて、ていうかハーレムッ!?」

「にゃははは、新介クン、もうやめたら? 言えば言うほど立場が悪くなるよ?」


 タタミちゃんは笑いつづける。完全に調子に乗っている女子陣。

 にもかかわらず、その中に混じっていることを喜んでいる自分がいる。


 これでまだ、入学4日目なんだよな。これが3年間続くってのも、それはそれで悪くないかも……


「なあ、ここでまじめな話しちゃうんだけどさ……」

「なあに新介クン?」

「どう、思った? 人間びいきのタタミちゃんから見て、服部の考え方は?」


 それを聞いて、タタミちゃんは沈黙(ちんもく)する。

 辛抱(しんぼう)強く待っていると、少し効きとりにくい声が返ってきた。


「ちょっと、しんどいかな。

 もちろん忍術を教えてもらう身だからガマンしなきゃいけないのはわかってるけど、いつかは師匠にもアタシたちのこと、わかってもらいたいな」


 ミノンちゃんや弥子ちゃんはなにも言わないが、おそらく同意見のはずだ。そうであってほしい。


「やっていけるかな。人間と死霊族は、わかりあえると思うか?」


 するとミノンちゃんから以外にも責めるような口調が聞こえてきた。


「そのために、アンタがいるんでしょうが。

 アンタ自分がどれだけ重大な任務背負ってるか、まだわかってないだけ?」

「ああゴメン。そうだったんだっけ。そうか、それでおれは……」


 あまり意識していなかった考えが巡ってきた。そのために、おれは教頭に選ばれたのだ。

 どうだろう? おれに、その役目を果たせるだろうか。


「ていうか気が早いね~。

 新介クン、そんなことまで言い始めちゃうなんて、もうこの学校に慣れちゃったのかなぁ~?」


 タタミちゃんに言われおれは再びハッとした。


「……はうあっ! やっぱりヤバいぞおれっ!

 順応性が高すぎるっ! 早くも自分のことより両種族の未来の心配かよっ!?」


 がく然とするおれをよそに、女子たちは笑う。正直湯船に戻りたい気分にかられた。

 最後のシャワーを浴び終えると、突然入口のすりガラス扉が開かれた。


「お~い、お前ら入ってんのか~?」


 顔を向けると、入り口からひょっこりとキースの顔が現れていた。


「あ、なんだやっぱり入ってたのか。時間がないけど、俺も混ざっちゃっていいか?」


 女子、沈黙。イヤな予感がした。


「……キャアアァァァァァァァァァァァァァッッッッ!」

「キースッッ! てめえはお呼びじゃねえっ!

 こっち見んなっ! どっか消えろっっ!」

「新介クン! もうお風呂上がりでしょっ!? そいつ強制排除してっ!」


 弥子ちゃん、ミノンちゃん、タタミちゃんの声を聞いておれはこっくりうなずき、立ち上がるとすぐに入口に向かう。

 それを見たキースががく然とした表情になる。


「なぜだっ!? お前ら新介ならよくても俺じゃダメなのかっ!?」

「うるさいっ! おれの場合はドッキリでもお前は明らかにいやらしい目的が見え見えなんだよっ!

 下心丸見えで浴場に入ってくんじゃねえっ!」

「バカを言えっ! おれの方がイケメンで高身長! 新介っ!

 おれの方がお前よりよっぽどイケてるはず……」


 いいつのるキースを無理やり締め出すと、おれは扉を閉じ切って背中で押さえつけた。

 しかしそこではっとした。扉に背を向けているということは、つまり……


「「「……きゃあぁぁ~~~~~っっ! ごリッパぁ~~~~~~~~~っっ」」」

「わあぁぁぁぁぁぁっっ! キースッ!

 つまりはそういうことだっ! おれもまだワイセツブツをチンレツするほどには許されてないってこったっ!」


 そう言っておれは急いで風呂場を抜けだした。





~4月○○日~


 今日の午後は本当に大変だった。

 あの陰険(いんけん)な体育教師服部の授業に、生徒会に命令され言われるがままに動かざるを得なかったテニス部員たち。


 生徒会。そう、まるでフィクションのごとく、教師陣に真っ向から立ちむかうことができるほどの権限を持つ、この学校のもう1つの支配者たち。


 今日はその1人とまみえることとなった。あのたたずまい、新介君たちは気付いていないが、ただ者ではない。

 動きには無駄な所作がなく、眼光はこちらの心情をすべて見透かしているかのようだった。

 腰に差した剣は二刀だが、おそらく伊達で差しているわけではないはず。

 剣を抜くことになれば相当な苦戦が予想されるだろう。タタミとひそかに相談しなければならない。


 それにしても、今日のタタミには相当に手を焼いた。

 いくら相手が教えをこうべき忍術の師範(しはん)とはいえど、あのように油断して頭を打ち抜かれるようではまだまだだ。そのことを含めよく言って聞かせなければならない。


 なんだか気まじめなことばかり書いているが、連続でトラブルに見舞われ、かえってわたしたちクラスメイトの結束は固くなった。それに関しては素直に喜ぶべきだろう。


 そしていつの間にか、わたしはタタミのことを「さん」づけで呼ばなくなっていた。

 そのことを彼女はすごく喜んでいたが、いつの間にかそんな仲になってしまってわたしは少し気恥ずかしい。まだ入学して間もないというのに。


 これは今週に入って様々なトラブルに見舞われたということもあるが、それも含めて、すべては新介君のおかげだ。

 彼の誠実さから繰り出される言動もあり、この学校に入学したことが思った以上に大きな効果をあげている。そう見て間違いはないだろう。


 この余波が校内全体にも及ぶことになればいい。

 そう思うと同時に、それをこころよく思わない者たちがこのまま指をくわえているはずがない。

 特に生徒会は本日だけで2回も(わな)を仕掛けてきただけあって、これからより陰湿(いんしつ)(くわだ)てを仕掛けてくることだろう。

 それをしのぎきるためには、教師方やわたしたちクラスメイトの力だけでは不可能だろう。

 彼、結城新介自身が、自らの力で乗り越えなくてはならないのだ。


 だけど、わたし自身はあまり心配していない。今日の試練のさなかにもいろいろアドバイスをくれ、わたしたちはずいぶん助けられた。

 大丈夫、彼はみんなや自身が思っている以上に、とても聡明(そうめい)だ。

 でもそれ以上に、彼は何かを持っている。わたしが想像するに及ばない何かを、彼は気付かずに隠し持っている。身の内に秘めているのだ。


 ちょうどいまタタミ達が帰ってきた。突然浴場に乱入してきた彼女たちに、新介君は相当あせっただろう。その様子を思い浮かべ、思わず笑みがこぼれる。

 わたし自身と言えば、もう少し様子を見ようと思う。わたし1人で新介君と混浴すれば暴走する可能性もあるので、今度はタタミ達と一緒に入り、ブレーキ役を務めてもらおうと思っている。

 彼には申し訳ないけど、その日が来るのが楽しみだ。


 今夜の日記はこれくらいにしておく。早くタタミたちから、お風呂での出来事を聞きだしたいものだ。

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