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『急げ! 急ぐんだ。シルバー!』
ーーピシピシ!
「痛っ! 鞭で叩くな!」
『なんだ? ショックでミがはみ出るのか?』
「痛いって言ってんだよ!」
虹香を追っ夜道を荷馬車が走り抜ける頃、
「雲一つ無い空に綺麗な満月が上がりましたね」
村の広場で夜空を見上げて微笑むハーク。その横に目が虚ろな男が静かに立っている。
「時間です。連れてきなさい」
ハークが命じると、頷き虹香の元に向かった。その姿は数日前までとはうって変わって不気味に見えた。
「これでようやく……」
男の後ろ姿を笑って見るハークの目には言い知れぬ思いがこもっていた。
「連れて……きました」
数分後、物静かになった男が虹香を連れて戻ってきた。
「ねえねえ画伯、こいつどうしたの? びょーき?」
「さあ? 独身をこじらせて悩んでんだろ」
「なんだ。画伯さんと一緒か」
「違うわ! ……ってこれ以上意味の無い話はするな」
「恋ばなは女の子には栄養よ。特に失恋は」
「黒いわ! 真っ黒だわ! 女性不振に陥るわ!」
「それで、花を咲かせる種はどこよ」
「…………(急に話が変わったため、放心状態)」
「バカ面さげてないで早くしてよ!」
「……これだ」
いろいろ諦めたハークはドッジボール大の黒い土くれを取り出した。
「種ってこんなに大きいの?」
「そんな訳ないだろ。こいつは文献に載っていた種が芽吹くために必要な材料を集めて作った物だ。これに神の力がこもった水をかければ芽吹く」
「そうすれば、妹さんを助ける薬を作ることができるんですね!」
「そうだ」
「わかりました。やります!」
虹香はメダルをじょうろに変えて呪文を唱える。
「天との地の間にーー」
「さっさとかけろ」
ハークがじょうろをひっくり返して土くれの上にぶちまけた。
「何すんですか! 私の見せ場を!」
「そんなのは要らんとですよ!」
「何んですって!」
怒りに任せてハークの頭をつかみ揺すぶっていると、地面が揺れ始めた。
「何? 地震!」
あまりの揺れに立っていられなくなった虹香の前で地面がひび割れていく。それはよく見ると水をかけた土くれを中心に広がっている。
「何よこれ!」
「咲きますよ! 花が!」
「えっ!」
カークの声に答えるように土くれから幾つもの蔓が競うようにして絡まりすぐに虹香の頭を越えて成長していく。
「何よこれ! 普通の植物なの?」
伸びていく蔓から所々生える葉が同一のものでなく何十種類もの種類があるのを見て異常な成長とその光景に恐怖を覚え、呟いた。
「そうですよ。貴女のおかげで永い時より目覚めた植物の神! ハーマドゥ様の降臨です!」
幾重にも巻き付いた蔓の上に人が踞ったほどの大きさの蕾ができていた。ハークはそれを神聖なものでも見るように見つめている。
そして、蕾が開き、大輪の花がーー
ーーボテッ!
花が開くのを見ていた虹香の前にその花から落ちてきた物があった。どう見ても人体のようにしか見えないそれはうつ伏せで見ていても起き上がる様子が見えない。
「は、ハーマドゥ様~!」
慌てて駆け寄るハークに抱き起こされて介抱されるハーマドゥらしきものを見ながら起こった事を消化できない虹香は途方にくれるのであった。