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宝彩  作者: ぜろすけ
一年生・前期
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8/18

写真

 午前中の活動が終わり、芝生広場に集まってからみんなで昼食をとる。オレたちのクラス、一の一は全員で一つの輪を作り食べることになった。

 オレは基本的に自炊をしているが、弁当を作るのは久しぶりのことだった。


「今日は春樹も弁当か、手作りか?」

「弁当を作るのは結構久しぶりなんだ、あんまり期待しないでくれ」


 弁当を取り出し、蓋を開ける。白ご飯に梅干し、ウインナー、冷凍ハンバーグなどなど、ほとんど冬弥の弁当の見よう見まねだ。


「お、すごい美味そうじゃないか」


 冬弥がオレの弁当をのぞき込む。すると、その声を聞いた反対側の斉藤さんも覗き込んできた。一緒のグループで行動していたこともあり、流れに身を任せていたら隣になってしまった。


「ほんとだ!手作りなんてすごいね!」

「冷凍ばっかりだよ、これくらいは誰でも作れる」

「いやいやすごいよ、あたしなんて料理なんかからっきしだからさー」


 すると斉藤さんは腕を組んで何かを考え始める。


「もしかして、遠藤君って、実はスペックが高い人?」

「え?」


 初めて言われた言葉に、オレの頭には疑問符が浮かんだ。


「だって料理ができて頭もいいし、よく見ると顔もいいじゃん」


 突然褒められて、オレは反応に窮してしまう。どのように弁解したものかと悩み、ある作戦を思いつく。


「料理だったら、オレより得意な人がいるけどな」


 そう言ってオレは冬弥の肩を叩く。冬弥は何だという表情を見せる。


「そうなの?みせてみせて!」


 斉藤さんは立ち上がって、冬弥の周りに集まる。それにつられて、あの小柄な女子や、瀬戸や、その他五六人の生徒が冬弥を取り囲む。


「いや、えっと、そんな大した弁当じゃないんだが……」


 明らかに困惑している。作戦は大成功。あとで謝っておくか悩んだが、歓声が上がっているのを見たところ、謝る必要はなさそうだ。


 レクリエーションは事前にクラスで話し合った結果、なんと気配切りをすることになっていた。目隠しをして、スポンジ製の柔らかい剣を持ち、先に相手に一太刀浴びせたほうが勝ちというあれだ。クラスで二十人ずつの二チームに分かれ、勝ち抜き戦をすることになった。剣をやみくもに触れるようにすると興に欠けるので、三回まで振れるという追加ルールも設けられた。


 オレのチームには男子が多く、相手を圧倒していった。相手は十八人目、オレのチームは十一人目が回ってきたところでオレの番となった。相手は奇しくも、冬弥と話していたあの小柄な生徒、周りから白瀬(しらせ)ちゃんとか結衣(ゆい)ちゃんとか呼ばれているから、名前は白瀬結衣(しらせゆい)というのだろう。


「結衣ちゃん、いけるよー」

「遠藤、遠慮すんなよー」


 周りから声援が集まる。敵チームの冬弥はというと、「春樹、遠慮していいぞー」とのことだ。


「がっ、がんばります!」


 白瀬さんはおどおどとしつつも意気込みを見せている。


 手ぬぐいを取って目隠しをする。ある感覚が奪われると、今度はそれ以外の感覚が敏感になると本で読んだことがある。そしてそれは実際にその通りであった。皆の歓声、四月の暖かい風、そして鼻腔をくすぐる花々の香り。オレは視界を奪われることによって、よりこの春という季節と一体となっているような感覚を覚えた。真っ暗なはずの視界は、赤、黄、緑、青、紫——今日見てきた様々な色で溢れかえっているようだった。


「はじめ!」


 突然の合図によって試合は開始される。開始前、白瀬さんとの間は七メートルほどだったから、四メートル進んでから、とりあえず剣を振ってみる。周りから歓声が上がるが、一回目は空振りだ。しかしその瞬間、白瀬さんのびっくりした声がかすかに聞こえたことを、オレは聞き逃さなかった。さらに二メートルほど歩みを進める。白瀬さんは開始からほとんど動いていないのかもしれない。二回目の剣を振ってみるが、これも空振り。さっきの声の位置から白瀬さんは前方にいることは分かっているから、後退しているのかもしれない。さらに歩みを進める。剣を振れるのはあと一回。三回使い切れば自動で負けることになっている。

 そのときだった。


「きゃっ!」


 白瀬さんの悲鳴が聞こえた。


「結衣ちゃん!大丈夫?」


 斉藤さんの声からただ事ではないと感じ、目隠しを取ると、白瀬さんは後退しすぎて周りの観客に突っ込んでしまったようだった。そして倒れた白瀬さんを受け止めたのは、これまた奇しくも冬弥であった。


「おい、白瀬さん、大丈夫か?」

「たっ、田中くん!えっと、だっ、大丈夫だよ。田中くんこそ……だっ、大丈夫?」


 白瀬さんは目隠しを取ってすぐに立ち上がる。


「俺なら大丈夫だ。軽かったしな」


 白瀬さんは俯きながらひたすら冬弥に謝り続けているが、冬弥は大丈夫だとそれを慰めていた。


 結局、白瀬さんは場外に出たため負けという扱いになった。そして、勝ち進んだオレの次の相手……それは冬弥だった。


「よう春樹、よくも白瀬さんを倒してくれたな」

「お、おう……」


 冬弥に剣を持たせるといつもよりも一回り大きく見えた。白瀬さんの後というせいもあるだろう。


「田中ーっ!白瀬の仇を取ってやれーっ!」


 周りからの歓声が集まる——というよりもヒューヒューとはやし立てるような声まで聞こえる。この場ではオレは完全に冬弥と白瀬さんの前に立ちはだかる敵であった。

 再び目隠しをする。


「遠藤!遠慮すんなよ!」


 一応オレに向けられた声援も聞こえたが、ダジャレみたいだなと関係ないことを思った。


「はじめ!」


 合図が聞こえる。剣を構えた二人の間を春風が吹き抜ける。一歩を踏み出し、足の裏で芝生の感覚を確かめる。そして、オレと冬弥の戦いが始まった。


 *


「それで、その結果はどうなったんですか?」


 放課後、学校に戻ったオレは文芸部室でいつものように本を読んでいた。


「冬弥がそのまま十人抜きして、冬弥のチームの勝ちだ」


 周りの空気に押されてというのもあるし、冬弥の身長が大きい分、剣のリーチが長かったということもあるだろう。


「ふふ、遠藤君は完全に敵ですね」

「むしろキューピットと呼んで欲しいかな」

「なるほど、目隠しもしていますしね」


 絵画などで描かれるキューピットは目隠しをしていることがある。「恋は盲目」を表しているらしい。


「……それは考えてなかったな」


 秋山さんが今日読んでいるのは『美術の物語』という、辞書ほどの厚みのある大きな本だ。読み終えるまでにどのくらいかかるのだろうか?


「そっちのクラスは何をしたんだ?」

「私のクラスはドッジボールでした」


 秋山さんがボールを全力で投げている姿を想像してみるが、なかなか結び付かない。


「秋山さんって……運動は得意なのか?」


 すると秋山さんは少し得意げな表情を見せる。


「人並にはできますよ。私の父がテニス好きで、小さい頃から一緒にやっていましたから」


 さすが秋山さん。抜け目が無い。


「そういう遠藤君はどうなんですか?」

「まぁオレも人並かな」

「なるほど、では運動会が楽しみですね」


 四月もあと一週間で終わり、五月に入れば運動会へ向けた準備が始まる。そして六月になれば、運動会本番だ。


「運動会か……あまり気乗りはしないけどな」

「そうですか?私はすごく楽しみです」


 秋山さんは読書好きのインドア系に見えるが、その実かなり活発な人間だった。


 部活を終え、帰途へと就く。すでに沈んでしまった夕日は、地平線の裏側から空に橙色の絵の具を塗りつけている。グラウンドでは野球部がトンボで砂地を均している。学校の桜は既に見ごろを終え、緑色の葉を湛えている。後一週間もすれば、四月は終わり、運動会の準備が始まる。

 オレはこの流れ去っていくような四月を思い返し、自分の成長を一つ一つ確認してみた。冬弥と友達になり、文芸部に入って、秋山さんとも友達になった。クラスの他の人とも——瀬戸や斉藤さんとも話すようになった。オレは少しずつ交友の輪を広げていっている。もちろんもっと上手く立ち回ることができたかもしれない。実際、冬弥はオレよりもたくさんの人と親しくしている。でも、焦る必要はない。これからまだまだイベントは続いていく。運動会に文化祭、遠足や修学旅行——その中で、オレはオレのペースでゆっくりやればいい。


 突然、スマホの通知が鳴る。確認してみると、斉藤さんから今日撮った写真が送られてきていた。今日の六人グループの写真だ。写真の中のオレはうまく笑えていなかったが、今、この写真を見ているオレは、きっと笑っていた。


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