予感
宝彩高校では、毎年、四月下旬に学年遠足が行われることになっている。行先は学年によってバラバラで、一年生は高校からバスで十分ほどのところにある、宝彩市ファミリーパークに行くことになっていた。ファミリーパークは「里山」をテーマに、小さな動物園と遊園地、芝生広場を備えたレジャー施設だ。ここでオレたちは自由に動物園や遊園地を楽しんだのち、クラスで集まってレクリエーションをするらしい。新しいクラスで親交を深めるためのイベントとして設けられているようだった。
金曜日のファミリーパークは平日ということもあり、宝彩高校一年生以外に人はほとんどいなかった。一年生はまず芝生に集められ、今日一日の予定を告げられる。前に出てきたのはスラっとした若い女性教師だった。他クラスの担任をしているようだったが、名前は知らない。
「午前中は自由行動です。自由に動物園や遊園地で遊んできてください。お金は全て自費です」
一年生から「え~」という声が上がる。教師は変わらず説明を続ける。
「……芝生広場で持ってきた物で遊んでもいいです。十二時に芝生広場でクラスごとで集まってから昼食です。その後は三時までクラスごとでレクリエーションとなります」
解散の号令の後、生徒たちは三々五々にグループを作って散っていく。そんな中、オレが誰と行こうか迷っていると、最初にオレに声をかけてきたのは冬弥だった。
「春樹、一緒に行こう」
オレはその声を聴いて、一安心していた。もしかしたら、冬弥が別の人と行ってしまうのではないかと心配していたのかもしれない。
「そうだな、どこから行く?」
オレと冬弥はさっき配られたパンフレットに目を通しながら相談を始める。遊園地といってもどうやらメリーゴーランドや子供用のジェットコースター、パラトルーパーなど小規模なものしかないらしく、オレと冬弥は動物園に行くことに決める。もちろん動物園も同様に小規模なものではあったが。
そんなときだった。
「そこの二人も一緒にいかねーか?」
声を掛けてきたのは同じクラスの瀬戸悠。緩めのパーマが掛かった金髪で、いつも指定外の白いパーカーを着ている。いつも騒がしいグループにいる一人だった。その後ろにはもう一人の男子と二人の女子がいる。
「どうする春樹、俺はいいけど」
オレと冬弥はどちらかと言えばおとなしめの人種だから、瀬戸が何故オレたちを誘ったのかは分からない。考えられる理由としては、冬弥目当てという線だ。瀬戸と冬弥が話をしているのを時々見かけることがある。
「一緒に行くか」
正直気乗りはしなかったが、ここで断ってしまうと後に禍根を残すことになるかもしれない。それに、新しい世界に飛び込んでみるのも悪くはないとも思った。
こうして男四人、女子二人という不均衡なグループができることになった。園内には花もたくさん植えられていて、四月下旬のこの頃はちょうど見ごろを迎えていた。チューリップ、パンジー、ビオラなどが斜面に一面に植えられ、色とりどりの絨毯を作っている。空は晴れていた。オレはポケットからデジカメを取り出して、レンズを向け電源を入れる。
「あれ、遠藤くん……だっけ?も、カメラ好きなの?」
話しかけてきたのは斉藤夏帆。自己紹介の時に写真が好きだと言っていたあの生徒だ。茶髪のレイヤーボブで少し毛先を遊ばせている。両手にはオレのより一回り立派なデジカメを持っている。
「好きってほどではないけど、写真はよく撮るかな」
「それ、コダックでしょ?人気だよね~」
斉藤さんはオレが持っていたカメラをしげしげと眺める。
「ネットで二万円くらいで買ったんだ。でもすぐ壊れちゃってね。シャッターボタンが反応しなくなったんだ」
「え!それどうやって写真撮るの?」
「電源ボタンを入れた瞬間写真が撮られるようになってるんだ」
「ははっ、なにそれ面白い~!」
斉藤さんは拳でマイクを持つように口元を隠しながら笑う。
「あたしもこのカメラ、ちょっとだけ壊れてるんだよね。お父さんのおさがりなんだけど、動画が撮れなくなっちゃったんだ。まぁ動画はスマホで撮るからいいんだけどね」
斉藤さんが持っているカメラにはSONYと書かれてある。カメラには詳しくないので、機種は分からない。
「そうだ!今日カメラで撮った写真、後で交換しようよ!ライン教えてっ」
「……わかった」
「近くで写真が好きな人がいなかったからよかった~」
そうしてオレと斉藤さんはラインと、そして写真を交換することになった。オレは写真を撮るといっても、カメラが少し壊れているということもあって、決して上手い写真は撮れない。今日は少し頑張って写真を撮ろう。
オレたちのグループは遊園地へ行くことになった。遊園地はパンフレットに書いてあった通り、小規模なアトラクションばかりだった。子供向けの勾配の少ないローラーコースター、小さなパラトルーパー、メリーゴーランド、木製のアスレチックの順に巡っていく。冬弥は絶叫系がひどく苦手なようで、子供向けのローラーコースターすら頑なに乗ろうとはしなかった。
ローラーコースターに乗ったあと、降りてくる人の中に、オレは見知った顔を見つけた。
「あ、遠藤君、こんにちは」
秋山さんだった。他に二人の女子生徒を連れている。一人は金髪のロングヘア―、もう一人はウルフカットでインナーにパープルを入れた女子生徒で、全体的に明るめのグループだ。その中で秋山さんは少し浮いていた。
「あぁ……こんにちは」
やはりこんにちはという挨拶は慣れない。
「このコースター、全然怖くありませんでしたね」
「子供向けだしな、オレはこのくらいが丁度いい」
「それは自分が子供っぽいと言っているのですか?」
秋山さんはこの頃、オレを少しずつからかうようになってきた。親密度が上がってきた証拠だ。きっと。
「だったらあそこの冬弥を見てみろ」
冬弥は近くのベンチで水を飲んでいた。秋山さんとは菊桜を三人で見に行った以来の対面だ。
「皆で勧めても頑なに乗ろうとはしないんだ。子供向けでもな」
「ふふっ、ということは子供未満ということですかね」
「だな」
二人で冬弥を眺める。冬弥はベンチに座ってローラーコースターを見上げたまま、こちらには気付かなかった。
「ツバキっち~、早くいこ~」
金髪ロングに呼ばれている。
「それでは私はこれで、また放課後に」
「あぁ、また後でな」
アトラクションを回っていく中で、一つ気付いたことがある。オレはその間、主に斉藤さんと写真について話したり、瀬戸ともう一人の男子生徒と三人で話したりしていたが、冬弥は斉藤さんではないほうの、もう一人の女子生徒とずっと話をしていた。その生徒の名前は憶えていないが、少し癖のある柔らかい髪を低い位置でポニーテールにしている。とても小柄で、冬弥と二人並んでいると、その身長差が際立って見える。もしかすると、このためにオレたちは、もとい、冬弥は誘われたのかもしれない。




