表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝彩  作者: ぜろすけ
一年生・前期
PR
6/18

ようこそ、宝彩市へ!

 土曜日、冬弥とは宝彩城の東側にある神山門という入り口で待ち合わせをすることになった。私服姿を冬弥に見られるのは初めてなので、少し気張って服装を選んだ。なぜか緊張する。初デートの気分だ。


 やがて約束の十一時頃になってから冬弥がやってくる。冬弥はカーキのマウンテンパーカーとジーンズを着ていてカジュアルなスタイルだった。


「よう春樹」


 オレも手を上げて返事をする。


「今日の予定だが、まず宝彩城と随石園を巡ってから電車に乗って古賀町に行ったんでいいか?」


 オレは行き当たりばったりで行くつもりだったが、冬弥は既に旅程を組んで来てくれているらしい。


「ぜんぜんオーケーだ」

「じゃあまずは宝彩城から行こう」


 そして二人は後ろに立つ宝彩城を振り返る。実は宝彩城はオレの家に近く、歩いて十分のところにある。全体的に公園として整備されており、土曜ではあるがそこまで人はいない。城の桜は見ごろを迎え、城をぐるっと囲む水堀に映り込んでいる。


 オレと冬弥は天守閣に入っていく。天守閣は博物館として利用されており、宝彩市にまつわる歴史を紹介する展示が為されていた。文献や武具はもちろん、金箔をふんだんに使った工芸品も展示されている。なんでも江戸時代にこの宝彩を治めていた宝彩藩は、幕府から謀反を疑われないために、軍事力ではなく文化に資金を投入したらしい。結果として、工芸が発達し、それに使われる金箔の生産も盛んになったというわけだ。

 天守からは宝彩市を見渡すことができた。眼下には桜が見え、市街のさらに遠くに目をやれば、白い雪を被った白山連峰がそそり立っている。雲一つない今日は、まさにお出かけ日和だといえるだろう。


 昼食は近くの定食屋で適当に済ませてから、次は城に隣接する随石園へと向かう。随石園は、宝彩藩主の別邸として造営され、日本最古の庭園造りの書『作庭記』の一節が名前の由来らしい。庭園を歩くと、ここでも圧巻の桜が二人を出迎える。ボケやツツジ、ボタンなどが一斉に花開き、庭園を彩っている。楓や他の樹木も一斉に淡い緑の芽を出し始め、新緑を走らせている。常にどこからか水の音が聞こえ、春の訪れを実感する。夏にもまた来てみよう。きっと夏にも見ごろを迎えた別の美しい深緑の木々や草花を見ることができるだろう。園を一周してからオレたちは茶店に入り、金箔ソフトクリームを堪能する。


 随石園を出たときには二時半を回っていた。この後の古賀町までは、宝彩ライトレールに乗れば四十分で到着だ。

 古賀町は市街地から外れた臨海部に位置しており、木造のレトロな家屋が立ち並ぶ地区だ。一部は観光地化されていて、土産物やご当地スイーツなどが販売されている。オレと冬弥は食べ歩きをしながら、時々見つける「旧商館跡」のような史跡を見学していった。ここ古賀町は、江戸時代から明治時代にかけて日本海海運で活躍した北前船の寄港として栄えたという。


 *


 一通り歩き回ると時刻は四時を迎えつつあった。いろいろ食べてお腹もいっぱいだ。


「同じ道で古賀町駅まで戻るのもなんだから、少し遠回りしてみるか」

「そうだな」


 冬弥の提案を受け入れ、二人は主要道路から二三本外れた住宅地へと入っていく。ここでも木造の古民家が立ち並んでいて、料亭や旅館、立派な豪邸も所々に立っている。ただ、観光地と違い、ここには人々の生活が根付いていることが分かる。軽バンが路駐されていたり、軒先にプランターが置かれてあったりする。閑静な住宅街だ。


 ふと、オレはある家の前で立ち止まる。白壁に囲まれ立派な門を構えた大豪邸だ。門は開いていて、奥には立派な邸宅が見える。門前には黒いベンツが止まっていて、外車でも、このような日本式邸宅にはよく似合うものだなと思った。


「どうしたんだ?春樹」

「いや、知り合いと同じ表札が出てたからな」


 門に掛けられた木の表札には、黒い文字で「秋山」と書かれてある。秋山さんが古賀町に住んでいると聞いていたから無意識に探していたのだが、ここが本当にそうなのかもしれない。


「秋山か……俺は知らないな。学校の知り合いか?」

「文芸部の知り合いなんだ。古賀町に住んでいると聞いたからここかもしれないな」

「そっか。訪ねてみたら?」


 無理を承知で冬弥がそう提案する。この門構えの家のインターホンをアポなしで鳴らす勇気はない。


「無理言えよ。さぁ、もう行こう」


 オレは軽く冬弥を肘で小突き、歩き出そうとしたその時だった。


「もしかして、遠藤君ですか?」


 知っている声。目を向けると、門の中から一人の少女が顔を覗かせていた。紛れもなく秋山さんだった。いつも通り黒髪をお団子にして後ろで結んでいるが、私服は初めて見る。白いブラウスに紺色のロングスカートを履き、ベージュのチェック柄のストールを羽織っていた。今日は気張った服装で出てきて正解だったかもしれない。


「そうだけど……ここってやっぱり秋山さんの家?」

「はい。そちらはお友達ですか?」

「俺は一の一の田中だ」

「私は一年四組の秋山椿と申します」


 二人はオレ越しに軽く挨拶をする。


「今日は観光ですか?」

「あぁ、案内してもらってるんだ」


 住んでいる場所を聞いた翌日に家の前に現れて、秋山さんには不信感を抱かせてしまったかもしれない。


「外れの道を通ってたら、秋山の表札を見つけて、もしかしたらと思ってな」


 オレは弁解の意味も込めてそう説明する。


「そういうことでしたか。でしたらお疲れでしょう。少し上がっていきませんか?」

「ええっと……」


 冬弥のほうを見ると、大丈夫だと頷く。


「秋山さんはこれから出かけるんじゃないのか?」

「古本屋に行こうと思っていたのですが、いつでも行けますから。ぜひお二人とも上がっていってください」


 少し迷ったが、これも神様が与えてくれた、親交を深めるイベントの一つかもしれない。そう思って、上がらせてもらうことにした。


 門をくぐると、まず飛び込んできたのは一本の桜の大樹だった。その周りには小さな池と石灯篭が置かれている。生け垣は綺麗に切り揃えられ、池に落ちた桜の花びらの下を、真っ赤な鯉が泳いでいた。


「こりゃすげぇな」


 冬弥は感嘆の吐息を漏らす。

 門から玄関へと続く石畳を三人で歩く。オレのアパートの部屋ほどもある玄関を上がり、時々絵が飾られた長い廊下を二回ほど折れて、畳の部屋に通された。中央にはちゃぶ台が置かれていて、床の間には掛け軸が掛けられ立派な花瓶が置かれている。掛け軸には雪を被った真っ赤な花が描かれている。椿だろうか?


「こちらでお待ちください。お茶とお菓子を持ってきます」


 そう言って秋山さんはそそくさと何処かへ行ってしまった。


「……休憩と言われても落ち着かないよな、これ」


 冬弥は同意する。家の中はとても静かで、他には誰もいないのかもしれない。障子の向こうの中庭のようなスペースでは鳥が鳴いている。特徴的な鳴き声から鶯だとすぐにわかる。


 しばらくして、秋山さんはお盆にお茶とポッキーを乗せて現れた。和菓子が出てきそうなものだったが、秋山さんなりの配慮だろう。秋山さんも座り、三人でお茶を啜る。しばらく沈黙が流れる。冬弥と秋山さんは初対面なのだから、ここはオレが会話を回すべきかもしれない。しかし、聞きたいことは山ほどあった。オレが何から聞こうか迷っていると、秋山さんは突然、ふふっと笑い出す。


「お二人とも、驚かれているようですね」


 顔は穏やかに笑っているが、目の奥には童心が隠れている。


「お嬢様じゃないかとは思っていたけど、ここまですごい家に住んでいるとは思わなかったよ」

「お友達はいつもこの部屋に通すのですが、皆さん同じような反応をしていますよ」


 満足げにお茶をすすっている。もしかすると、家に上げたのはオレたちの反応を見るためなのかもしれない。

 冬弥が口を開く。


「秋山さんの親は何をしてるんだ?」

「秋山汽船という会社を経営しています。海上輸送の会社です」


 コンテナ船とかを運用する会社か。


「北前船と関係があるのか?」

「秋山家は昔から北前船の船主として栄えてきたらしいです。その流れを汲んで、今は海運の会社を経営しているみたいですね」


 妙に他人事のように話すのは、秋山さんがこれまでにも説明の必要に迫られることによって身に着けた、秋山さんなりの謙遜なのだろう。


「今は他に家の人はいないのか?」


 今度は俺が質問をする。


「はい、父も母も仕事です。お手伝いさんが何人かいますけどね」


 お手伝いさんという言葉を現実のものとして聞いたのは初めてだった。


「すげぇ、やっぱりいるんだな、そういうの」


 冬弥は腕組みをして感心している。


「今日はどちらに行かれたのですか?」


 今度は秋山さんが質問をする番だ。


「今日は宝彩城に行ってから随石園を見て、それから古賀町だな」

「今なら桜がちょうど見頃だったでしょう?」

「あぁ、すごくきれいだったよ」

「菊桜はどうでしたか?」


 聞き慣れない品種に、オレと冬弥は顔を見合わせる。ソメイヨシノくらいしか知らない。


「そんな品種があるのか?」

「はい、随石園の一番の見所ですよ。普通の桜は五枚くらいしか花弁をつけないのですが、菊桜は菊のように三百枚の花弁をつける不思議な桜なんです。それもちょうど今頃だと思うのですが……」


 そんな桜は記憶にないから、完全に見落としてしまったらしい。


「また見に行ったらいい、近いんだからな」

 冬弥はそう言ってオレを慰める。

「そうだな、また放課後にでも行くか」

「でしたら、そのときは私も誘ってください」

「わかった、今度は三人で行こう」


 不思議な組み合わせのグループが出来つつあるなと思った。友達の輪はこのような偶然によって広がっていくのだ。


 それから三人はいろいろな話をした。部活の話、授業の話、クラスの話、先生の話。テストの話のときは、二人してオレを持ち上げてくれるので、オレは居た堪れない気持ちになった。そのとき、秋山さんは終始楽しそうだった。


 気がつくと時刻は四時半を迎えていた。徐々に陽は傾いて来ており、部屋に差し込む光も橙色に変わっていた。


「じゃあそろそろオレたちは帰らせてもらうよ」

「そうですね、すいません長く引き留めてしまって」

「いや、いろいろ出してもらってありがとう」


 そう言って三人は立ち上がる。

 そしてそのとき、外から差し込む光の束が掛け軸に当たり、スポットライトのように浮き立たせていることに気づいた。自然と目がそちらに向けられる。


「あの絵は寒椿か?」


 秋山さんは少し驚いたような表情を見せた。


「………よくご存知ですね。あれは雪を被った椿です。私が生まれたときに、描いて頂いたみたいです」


 手前に置かれた空の花瓶、夕陽の光の束を浴びた赤い寒椿。この情景を水彩画にして飾りたいくらいに、美しい空間だった。椿の花言葉は何だろう。帰ったら後で調べてみよう。きっとどんな言葉でも、秋山さんには似合いそうな気がする。そんなことを思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ