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宝彩  作者: ぜろすけ
一年生・前期
3/4

部活選び

 校舎の外に出ると、たくさんの集団がユニフォームを着たり、道具を持ったりして、一年生が出てくるのを待ち構えていた。吹奏楽部が正門の近くで演奏をしていて、ラグビー部はなぜか新入生の胴上げをしている。たくさんの人がこれから始まる新しい生活に期待を膨らませ、笑顔を咲かせている。幸せな空間がそこには広がっていた。オレは部活動紹介を見て目星をつけた部活のところを、冬弥と回ることにした。ここでは具体的な活動内容を知るよりも、その部活の空気感——真剣なのか、楽しくやるのか、仲がいいのか、悪いのか。それを知るのが目的になるだろう。


 まず訪れたのは天文部。天体望遠鏡を展示していたが部員はかなり少ないようだった。次に訪れたのは、陸上部。この学校ではタータンの百メートル走路が用意されていて、その待遇に見合うように、宝彩高校陸上部は強豪として有名なようだった。それ以外にも、野外活動サークル、サッカー部、物理研究サークルと、運動系文化系問わず訪れた。その間、冬弥は何も言わず、オレについてきてくれていた。


 一通り周り終わった後で、冬弥は言った。

「次はどこへ行くんだ?」

「次で最後だ。文芸部を見たいんだが……」

 これまで校舎を一周するように見て回っても、まだ文芸部とは出会わなかった。それもそのはず、部活動紹介には、部員一名と書かれていた。

「本読むのか?」

「そこそこだな。——部員が一名って書いてあるから、探すのが少し大変かもしれない。冬弥は軽音部のところへ行ったほうがいいんじゃないか?」

 冬弥は少し考え込む様子を見せる。

「部員が一人だと新歓にそもそも出てきてないのかもな。部室に直接行ってみたらどうだ?そこまで付き合う」

「確かにそうだな。ありがとう」

 宝彩高校には本校舎とは別に三階建ての部活棟があり、部室は基本的にそこに集まっている。部活動紹介によると、文芸部室はその三階の、角部屋にあるらしかった。


 *


 部活棟の扉を開けたとき、オレと冬弥は目を見合わせた。オレは恐る恐る質問する。

「なぁ、これ入っていいのか?」

「……分からんがダメってことは無いだろう。俺たちだって今日からここの生徒だ」

「……そうだな」


 部活棟の廊下は狭かった。いや、もともと広かったのかもしれないが、各部室の前の廊下に大量の荷物が置かれている。壊れた椅子、古い段ボール、山積みの本、汚れたボール。それらが無造作に積み重なり、通路を圧迫していた。


 埃っぽい通路を抜け階段を三階へ上がる。三階は主に文化系の部活が入っているようで、さっき見た天文部の部室もあった。廊下を突き当りまで進んでいくと、文芸部室はすぐに分かった。というのも、その部室の前だけ綺麗に片付いていた。部屋には何の気配も感じられなかった。誰もいないのかもしれない。

「じゃあ俺は軽音部のほうにいってくる」

「ここまでありがとう、いろいろ付き合ってもらって」

「いや、俺も楽しめたよ。じゃあまた明日」

「また明日」

 つくづくいい友達を持ったと思う。隣の席が冬弥だったのはまさに幸運だった。

 

 文芸部室にもう一度向き直り、ノックをしてみる。

「……どうぞ」

 女性の声が聞こえた。唯一の部員がいたらしい。

 ゆっくりドアを開けると、そこには一人の少女がいた。真っ黒な髪を後ろで結び、小さなお団子を作っている。部屋の両側には本棚が並べられていて、所狭しと書物が詰まっている。奥の壁には窓があって、白い光の束を部屋に落とし込んでいる。中央には二つの長机並べて置かれていて、それを囲むように四つのパイプ椅子が置かれている。少女はそのうち奥の窓側の椅子に腰をかけ、本を読んでいたようだった。


「えっと、ここって文芸部室ですよね?」

「はい、もしかして入部希望者さんですか?」

「そんなところです」

 少女は物腰柔らかく丁寧な言葉遣いだった。

「よかった!これで廃部は免れます!」

 少女は立ち上がって笑顔をみせる。

「私は秋山椿(あきやまつばき)。一年四組です。よろしくお願いします」

 そう言って綺麗にお辞儀をする。つられてオレもお辞儀をする。

「えっと、僕は一年一組の遠藤春樹です……というか同級生?」

「はい、私もついさっき入部したんです。さっきまで部長がいたのですが……今は新歓に出ていて、三十分後くらいには帰って来ると思います。それまでこちらで待っていてくださいませんか?」


 なんだか既に入部が決定している方向で話が進んでいることに気付いたが、この秋山さんの喜んでいる姿を見ると、話を割り込ませることはできなかった。それに、ここで彼女と静かに本を読むというのも、悪い気はしなかった。


「わかった。待たせてもらうことにする」

「ではここにある本を自由にお取りください。お茶いれましょうか?」

「じゃあいただきます」

 秋山さんは窓際の低めの棚に置かれていた電気ケトルを手に取って、コップにお湯を入れる。一つ一つの所作がとても丁寧だ。大和撫子。その四文字が、オレの頭にフッと浮かんだ。どこかの良い家柄の人なのかもしれない

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 秋山さんは愉快そうに少し笑う。

「ふふ、同級生なのですから、敬語じゃなくて大丈夫ですよ?私が敬語なのは家の教育方針なのでお気になさらず」

「わかった」

 とはいえ同級生なのにこちらが一方的にタメ口でいるのは居心地悪いが、本人がそう言うのだから仕方ない。


 秋山さんは再び席に着き、また静かに本を読み始める。オレはお茶を一口飲んでから、棚に詰まっている本を少し物色することにした。

 棚に詰まっていた本は、ほとんどが古くなって日に焼け、茶色く変色していた。ジャンルも様々で、時代、国を問わず揃っている。小説だけではなく、自己啓発本や図鑑、専門書なんかも置いてある。


「遠藤君はどのような本を読まれるのですか?」

 背中から話しかけられる。

「オレは、ジャンルで言ったら純文学が多いかな」

「夏目漱石とかですか?『こころ』は先日読みましたが、良い作品でした」

「秋山さんは何が好きなの?」

「私はちょっと変わってるんです。もちろん純文学含め普通の小説も読むのですが……」

 そう言って秋山さんは今読んでいた本の表紙をこちらに向ける。

「『超常現象レポート』……、見たことがある本だ」

 小学校の図書館で読んだことがある、幽霊とかUFOとか、超能力とかがまとめられている本。少し秋山さんは照れくさそうにしている。

「はい、最近はこのような本が好きなんです。宇宙の謎とか、変ないきものとか、ちょっと不思議な雑学を教えてくれる本が好きなんです」

「すごく幅広いんだな」

「子供っぽいとも言います」

 秋山さんは穏やかに笑って再び視線を『超常現象レポート』に落とす。ジャンルに拘らず幅広く本を読む人を、オレは素直に尊敬する。


 一通り物色も終わり、オレは秋山さんの対角線上の席に座る。この部活棟の壁は見かけによらずしっかりしているようで、別の部室の物音が少し聞こえるくらいだ。窓は開いていて、外からは生徒の賑わいが聞こえてくる。まだまだ新歓が続いているようだった。


 時刻は午後二時、ちょうど眠たくなってくる時間帯だった。今日が入学式ということもあり、昨日の晩は緊張でよく眠ることができなかったということも祟ったのだろう。部長が帰って来るまでのあいだ、少し寝かせてもらおう。オレはうつ伏せになり、目を閉じる。お茶の香りがする。冷たい机の感触がして、秋山さんがページをめくる音だけが定期的に聞こえてくる。心地よかった。この部活に入ったのは正解だったかもしれない。今はどんなページを読んでいるんだろう?ロズウェル事件?イエティ?金の涙を流す少女なんてのもあったけ……。小学生のころ同じ本を読んでいた記憶を思い返しているうちに、オレは眠りに落ちてしまった。


 *


 そのとき、オレは久しぶりに夢を見た。もうほとんど忘れてしまったが、断片的な映像だけが記憶に残っている。それはこんな夢だ。


 オレは一の一の教室にいて、周りには普通に生徒が座っている。もちろん隣の席には冬弥もいる。しばらくすると教室に先生が入ってくる。しかしその先生は、今日会ったベリーショートの先生ではなく、オレの母さんだった。母さんは何かを生徒に向かって話している。時折笑顔を見せながら、和やかに会話を弾ませている。そして自己紹介の時間になり、オレは席を立って自己紹介をしようとするが、うまく声が出せない。母さんはそんなオレのことを見向きもせず、他の生徒と話している。いよいよオレは自己紹介を諦め席に着くと、生徒たちは何事もなかったかのように雑談を始める。母さんはいつの間にかいなくなっている。悪夢とまでは言えないにしろ、気分のいい夢ではなかった。


 *


 起きたとき、腕時計を見ると、すでに午後四時を回っていた。

「あ、起きられましたか?」

 ずっと同じ本を読んでいたようだった。秋山さんは話すとき、本を閉じてこちらを向いてから話をする。

「すいません、部長なのですが新歓に行ったあとほかの部活の用事もあったようで……明日また来て欲しいとのことでした。すいません、無駄に待たせてしまって」

 秋山さんは改まった姿勢で謝罪する。

「いや、家に帰っても暇だったから大丈夫だ」

 厳密には荷解きの作業が残っているが、やりたい作業でもない。

「そう言っていただけると嬉しいです」

「じゃあオレは帰るよ。また明日ここに来ればいいか?」

「はい、お待ちしています」

「わかった、また明日」

「はい、また明日」

 お別れの挨拶を済ませてから、オレは文芸部室を後にする。今日は二人にお別れの挨拶をした。たったそれだけのことが、オレには嬉しかった。


夜。荷解きを終えて、ベランダで街ゆく自動車の音を聞きながらこう考える。


 街を、一つの巨大な生命体のようにとらえるメタファーは、これまでにも好んで使われてきた。道路は血管で、そこを流れる車は血液だ。物流が滞れば、動脈硬化を起こす。街は外部から食料やエネルギーを取り込んで、ゴミを吐き出す。さしずめ生命の代謝といったところだろう。街は成長し、拡大していく。組織が入れ替わるように、古い建物が取り壊され、新しいビルが建つ。一人一人の人間は、一つ一つの細胞だ。それぞれ役割を与えられている。電車を動かす細胞、建物を建てる細胞、人に英語を教える細胞……。オレは、どんな役割を与えられた細胞なのだろうか?


 遠くで救急車のサイレンが聞こえる。どこかで、一つの細胞が死んだのかもしれない。でも大丈夫、この街にはまだ無数の細胞がある。一つ穴が開いても、またすぐに別の細胞が、同じ役割を演じ始めることだろう。そうやってこの巨大な生命体は、生き続けていく。一つ一つの死には目もくれず、これからも、ずっと。

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