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宝彩  作者: ぜろすけ
一年生・前期
4/5

文芸部

 入学式の翌日、宝彩高校では、新入生向けの「宝彩模試」が例年実施されている。成績評価には一切影響しない、いわば洗礼の意味が込められた模試だと言える。実際、難易度は異様に高く、こうやって向き合っていても半分以上も解くことができない。横目で周りを見回しても、オレと同じ状況の生徒がほとんどのようだ。隣の冬弥は、同じ部分を書いたり消したりをもう十回ほど繰り返している。

 オレはこれ以上問題を解くことを諦め、試験時間終了まで瞑想していることにした。試験は英国数の三教科で実施され、合計三百点満点。一週間後に成績上位者三十名が掲示されるらしい。

 

 試験が終わったあと、オレは冬弥と食堂へ行くことになった。食堂は一階にあって、二三年生の授業は明日から始まるので、人は少なかった。オレは冬弥から名物だと聞いた、ブラックラーメンを選んだ。冬弥はというと、自分で作った弁当を持ってきているらしい。


 ブラックラーメンを受け取ってから、冬弥と適当な席に着く。目の前に置かれた丼を見て、まず驚くのはその色の濃さだ。

「すごい色だなこれ」

「だろ?ぜひ福岡県民の感想を聞いてみたい」

「……最初に断っておくが、オレは福岡でたくさんのラーメンを食べてきた。この手の評価には結構厳しいかもしれないぞ?」

 冬弥は少し弱った表情を見せる。

「あくまで学食クオリティだ。そこは覚えておいてくれ」

「わかった。早速実食といこう」


 立ち上がる湯気からは、醬油の焦げたような香りと、胡椒の刺激が鼻を突き抜けていく。オレは無意識に唾を飲み込んだ。まずは意を決してスープから頂く。口に入れた瞬間、ガツンと来る塩気のパンチ。醤油のうま味が凝縮されているが、とにかく塩辛い。その後に続くのは、鶏ガラのコクだ。

「すごく濃いなこれ」

「濃いのは嫌いか?」

「いや、大好物だ」


 次にいよいよ麺を頂く。麺はスープの濃さに負けないよう食べ応えのある太めのちぢれ麺になっている。福岡では細麺ばかりだったから新鮮だ。啜ってみると、噛み応えがあり、小麦の甘みがこの塩辛いスープと絶妙に中和し合っている。

 オレが黙って咀嚼していると、冬弥はみるみる内に不安な顔つきになっていく。

「……どうだ?」

「うん、うまい」

「だろ?よかったー!」

 こうしてみると、その鋭い顔つきからは想像できないほど、冬弥は表情豊かな人間だと分かった。

「白ご飯が欲しくなるな、これ」

「そうだろ?ラーメンだけど、おかずに結構近いんだよ。なんだったら、俺の白ご飯分けようか?」

 そう言って冬弥は自分の弁当箱を開けて差し出す。白ご飯にハンバーグ、卵焼き、ウインナー。なんだか好きなものを好き放題詰め込んだ宝箱のようだった。

「いや、さすがにそれは悪いから遠慮しておくよ」

「そうか、じゃあ俺も頂くとするかな」


 それから二人は他愛もない話をした。他の宝彩名物の話、観光地の話、他のクラスメイトの話。

「そういえば、観光の件いつ行く?」

 そう話を切り込んできたのは冬弥のほうだった。

「案内してくれるのか?」

「もちろん。今週の土曜ならどうだ?」

「わかった。じゃあそのときに行こう」

「決まりだな」

 昼食を食べ終えた後、冬弥とは別れ、オレは文芸部室に向かうことにした。


 部活棟は昨日よりも人が多く騒がしかった。

 部室の部屋をノックする。

「来たか。入りたまえ」 

 今日は男の声がする。

 中に入ると、そこには昨日と同じ場所に秋山さん。そしてもう一人。奥の窓の光をバックに、男が立っていた。背の高い、四角い眼鏡をかけたセンターパートの男……いや、この男をオレは知っている。入学式に出てきた生徒会長だ。


「お前が遠藤か?」

「はいそうです。部長ですか?」

 男はセンターパートの髪をかき上げる。サラサラの髪が窓の光を散らし輝いて見えた。

「いかにも、俺が部長の九条(くじょう)だ。ようこそ、文芸部へ」

 部長は手を叩き、その後手を広げてこちらを歓迎するジェスチャーをする。一連の動作を見ていると、入学式では威厳のあったこの九条という男は、意外にもユーモラスな人間のようだった。

「入部届は持ってきたか?」

「はい、ここに」

 オレは手に持っていた一枚の紙を差し出す。

「うむ、確かに受け取った」

「あの……文芸部って何するんですか?」

 文芸部と聞いても、本を読む、書く。それ以外の活動内容は思い浮かばない。

「基本的な活動はここで好きな本を読んで感想を交換することになるだろう」

「書いたりはしないんですか?」

「学期に一回発行される生徒会誌に、オリジナルの作品を寄稿してもらうことになる。他には意志があれば外部のコンテストに出品してもいい」

 小説は書いたことが無いので大変かもしれない。外部には応募しないとしても、この学校は前期後期の二期制だから、年に二回生徒会誌に寄稿することになる。それを除けば、全体的に楽な部活だ。

「わかりました。これからよろしくお願いします」

「ああ、こちらこそよろしく頼む」

 秋山さんも席を立つ。

「私も、よろしくお願いします」

「では俺は生徒会の仕事があるから今日は失礼する。なにかあったら連絡してくれ」

「はい、わかりました」


 そう言って部長は颯爽と出て行ってしまった。やはり生徒会長ともあろう人は忙しい毎日を送っているらしい。しかしなぜ、そんな中、文芸部に入っているのだろう?


「ふふっ」

 秋山さんが笑っている。

「驚かれましたか?」

「それはもちろん。まさか生徒会長だとは思わなかった」

「私も最初に訪れたときは驚きました。ごめんなさい、黙っていて。驚いた様子を見てみたいと思いまして」

 少し申し訳なさそうにしている。もう少しいいリアクションができればよかっただろうか?秋山さんはいたずら好きなのかもしれない。

「でも生徒会長がどうして文芸部にいるんだ?」

「廃部寸前の部活やサークルにたくさん入って、廃部を食い止めているみたいです。十一個も入っているのだとか」


 十一個。一日に二つの部活に顔を出さなければいけない日もあるということか。それに加え生徒会長としての仕事もあるのだから、その心労は察するに余りある。普通なら、自分が興味のない部活がどうなろうと関係のないことだ。しかし、その興味のない活動にわざわざ参加し、存続させようとする。この学校に対する異常なほどの愛がないとできないことだ。


「すごい生徒会長だな」

 オレはただ素直に、思ったことを口から零した。

「はい、尊敬できます」


 それからオレは秋山さんと二人、静かな部屋で本を読んだ。秋山さんはお茶を淹れてくれてから、時々読んでいる本について話をした。


 秋山さんが今日読んでいたのは、『空想科学実証』なる本。漫画やアニメの世界で用いられる描写を現実的に考察し、実現したらどうなるのかをユーモラスに解説している本だ。秋山さんはアニメや漫画に関してあまり知らないようで、それについて質問し、オレがそれに答えるという時間が続いた。ただ、今日はまだ秋山さんと出会って二日目だったから、表面的な会話に留まり、より個人的な話をすることはできなかった。でも、これからこうやって時間を共有し、話していく機会は沢山ある。焦らずゆっくりやればいい。そう思った。


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