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宝彩  作者: ぜろすけ
一年生・前期
2/2

ようこそ、宝彩高校へ!

 入学式の朝は曇り空だった。正門の両脇の植わっている二柱の桜は見ごろを迎え、満開の様相を呈していた。これが花曇りというやつかとオレは思った。真っ青な空越しに桜を見るのもいいが、桜の淡いピンク色がしっとりと浮きたって見えるこの天気も、嫌いではなかった。


 宝彩高校は、オレのアパートから路面電車に乗って十五分ほど、宝彩市の中心部から鳴神川を渡った反対側に位置する、旧藩校の系譜を受け継ぐ進学校である。校舎は木造で歴史を感じさせる重厚な作りだった。ただ、木造と言っても古臭い訳ではなく、そのように見せているというだけで、比較的新しい造りになっていた。


 まずは自分の教室へと向かう。校舎は五階建てで、一年生のフロアは二階にある。一の一の教室に入ると、すでに十人ほどの生徒がいて、三々五々に話に花を咲かせていた。皆、あの人は何組だとか、あの人はどこ高校だとかいう話をしていて、察するに、中学からの友人で集まっているらしかった。


 自分の席は廊下側の列の中央にあった。席に着き、置かれていた資料を眺める。教科書販売のお知らせや生徒会誌、クラス名簿などが置かれていたが、なかでも驚きを受けたのは、部活動紹介の冊子だった。文庫本ほどの大きさで、冊子というよりはほとんど本に近い厚みを持っている。一ページに一つの部活が紹介されており、最後のページを開くと百二ページの記載があるので百近い部活やサークルがあるのかもしれない。野球部や吹奏楽部などオーソドックスなものはもちろん、折り紙サークルや雪合戦サークルなんていうものもある。


 部活動紹介を楽しんでいると、オレの隣の席に人が来たらしかった。目線を向けるとそこには大男がいた。身長は優に百八十センチメートルを超えているだろうか、スラっとはしつつもがっちりとした体格で、ツーブロックの金髪をしっかりセットしている。この学校では染髪も認められているが、実際に染めている生徒は初めて見た。オレが圧倒されていると、男は鋭い目つきをこちらに向けてきた。


「よろしくな。俺は田中冬弥(たなかとうや)だ」

 そう言って手をこちらに差し出してくる。面と向かってみると、その威圧感は倍増する。ほとんどヤンキーに近い。ただ、見た目に反して話し方は柔和だった。

「……えっと、よろしく。オレは遠藤春樹(えんどうはるき)

 おそるおそるではあるが、決してそれを悟らせないように握手をする。大きな手だ。

「中学校はどこなんだ?」

 まずはありきたりな質問が飛んでくる。おそらく今日、この学校では同じ質問がなんども行き交うだろう。しかしオレはこの質問の答えに対して一種のアドバンテージを持っている。

「オレは福岡の中学校だったんだ」

「そうなのか、ってことは最近引っ越してきたのか?」

「つい昨日引っ越してきたばかりなんだ。荷解きもまだ終わってなくてね」

 田中は柔らかい笑みを浮かべる。彼は「人は見かけによらない」の体現者だと分かった。

「だったら宝彩のこと、いろいろ案内してやらないとな」

「ああ、頼むよ」


 それからオレはホームルームが始まるまでの間、田中から宝彩についてのレクチャーを受けた。話によれば、宝彩はガラスと金箔が有名らしい。「ガラス美術館」なるものもあって、オレの家に近いということも分かった。主な観光地としては、市の中央にある宝彩城と、その近くにある随石(ずいせき)園、海にいけば、旧市街の広がる古賀街、内陸のほうへ行けば、白山連峰。意外にも、観光都市としての面も持ち合わせているようだった。グルメでは、近海で獲れるホタルイカやベニズワイガニなどの海鮮が有名らしい。そして田中は、予定が合えばそのうちのいくつかを案内するという約束をしてくれた。


 また、田中自身のことについても話してくれた。彼は八人の子供を抱える大家族の長男で、共働きの両親に代わり家事をしているらしい。彼との会話の節々から感じられる面倒見の良さには、こういう理由があったというわけだ。ずっと音楽をしていて、高校でも軽音部に入るらしい。てっきり運動をしているのかと思ったが、やはり見かけによらないということだ。


 話しているうちに生徒は全員集まっていたようで、教師らしき女性が入ってきたところでホームルームは始まった。女性は五十代くらいの細身でベリーショートだった。入学式へ向けてスーツを着ている。教壇に立ち、しゃべりにくいのかマスクを少し手でつまみ持ち上げる。


「えっと、じゃあ、ホームルームをはじめます」

 その一言で生徒たちは静かになる。さすが進学校といったところか、あるいはこの教師のやや独特な風貌に好奇心を抱いているのか。

「えっと、私は宝生麗華(ほうしょうれいか)といいます。えっと、英語を担当しますので、みなさんよろしくおねがいします」

 そう軽く自己紹介をした後で、クラスから拍手が起こる。

「えっと、入学式までまだ少し時間があるので、まずは自己紹介をしましょう。えっと、じゃあ先頭の人から、いいかな?」


 そう言って出席番号が先頭の、オレの二つ前の席に座っている男子から自己紹介が始まる。こういう時、名前で損をすることが多い。果たしてこの名前のせいで、オレはどれだけ損をしてきたのだろうか。そんなことを考えているうちに、すぐにオレの順番が回ってきてしまった。クラスメイトからの圧力に押されるようにオレは席を立ち、周囲を見渡す。たくさんの視線がオレと合う。人は判断基準の五十パーセント以上を視覚に頼っているといわれる。皆はオレを見てどんな第一印象を抱いているだろうか。そんなつまらない考えばかりが頭をよぎる。


「遠藤春樹といいます。中学校は福岡で、実は昨日、宝彩に引っ越してきたばかりです。だから……いろいろ教えてくれると嬉しいです。よろしくお願いします」


 言い終わってすぐに席に着くとクラスメイトから拍手が起こる。県外出身者であるという点で他人との差別化を図り、そこそこ記憶に残りそうな自己紹介。それに、教えを乞うことで相手にバトンを渡し、来るもの拒まずな姿勢をそれとなく示唆できる。何人かには興味を持ってもらえるかもしれない。友人とは田中のように自然にできるものだと思っていたが、こんな風にある種の計画性をもって打算的にできていくものなのかもしれない。そんなことを思った。


 他の人の自己紹介は、あまり記憶に残らなかった。記憶に残っているとすれば、田中が席を立った時に教室を包み込んだ威圧感と、可愛らしい女生徒の趣味が写真だということ。やっぱり人は、半分以上を見た目で判断する。それはオレも例外ではなかった。オレの見た目も平均的であるという自負があるから、オレが皆を忘れているように、皆もオレを忘れているのだろう。


 入学式は講堂で行われるようで、茶色を基調とした制服に身を包んだ生徒たちと、木造の講堂が調和し、厳かな雰囲気を作り出していた。奥のほうの二階席には保護者が座っているらしい。


 式は特に代わり映え無く進んでいく。人生で既に二回入学式を経験しているから、あまり新鮮味はない。開式の辞から始まり、国家斉唱、呼名、校長挨拶、祝辞と進んでいき、新入生代表の宣誓の番となった。代表として段に上がってきたのは、長く黒い髪を靡かせた女子生徒だった。彼女は春の季節を褒めたたえたうえで、学業や部活動に励むといった内容を、大仰な言葉で装飾して宣誓を終えた。最後に彼女は相沢凛(あいざわりん)と名乗り、再び黒髪を靡かせながら颯爽と最前列の席に帰っていく。何か全体的に鋭く冷たい生徒だという印象を受けた。オレのクラスにはあのようなタイプはいなかったから、おそらく他クラスだろう。


 次に段に上ったのは生徒会長の男だった。四角い眼鏡をかけ、センターパートの、いかにも仕事ができそうな生徒だ。しかしやはり、オレの記憶にはあまり残らなかった。

 

 印象の薄い入学式が終わり、昼食を取ってから少しの連絡事項が教室で伝えられ、今日は解散となった。

「なぁ春樹、部活とか決めたか?」

 突然下の名前で呼ばれると、一瞬狼狽えてしまうが、これは相手が歩み寄りたいという意思表示であり、喜ぶべきことだ。

「まぁなんとなく候補は絞ってるんだが、まだ決めてないんだ」

「だったら校舎の外で部活の新歓をしてるらしいからいかないか?」

「オレはいいけど……冬弥はいいのか?もう軽音部に決めてるんだろ?」

「まだ確定ってわけじゃない。いろんな部活も見ておきたいしな」

 田中冬弥は優しい人間だ。男女問わず、これから人気が出てくるのだろう。そう思った。


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