ブロック対抗リレー
本部の放送係から、選手紹介が始まる。運動会の最後、花形競技ということもあって、豪華に執り行われるようだ。と、その声には聞き覚えがあった。文芸部部長兼、生徒会長だ。なぜ生徒会長が放送をしているのだろうか。恒例なのだろうか。名前を呼ばれるにつき選手たちは手を自ブロックのスタンドへ振り、その度に歓声が沸く。オレの番が来て、オレも例に漏れず手を振る。すると放送でこんな注釈が入る。
「なお、赤ブロックのアンカーは、ブロック長が負傷したため、一年生が代走します」
すると赤ブロックのスタンド席からはより一層大きな歓声が飛んでくる。「一年生」とわざわざ言及したのは部長のいたずらか。オレは自分の足が小刻みに震えているのを発見した。こんな感覚は何年ぶりだろうか。無様だ。
会長の合図で一走たちは姿勢を構える。グラウンドは一気に静かになり、合図を待つ。近くの道路を走る車の音が聞こえる。
「よーい!」
自分の心臓の音も聞こえる。リレーは十二人で回す。オレはそのアンカー、周りは三年生の各ブロック長たち。その事実をもう一度確認する。
乾いたピストルの音が鳴り、一走が走り出す。堰を切ったようにグラウンドは声援に包まれる。一走は各ブロックとも順調な出だし。だがやはり白ブロックと黄ブロックの上級生が先行し、それに青ブロックの橘が続く。オレの代わりとして出た赤ブロックの補欠は、やはり荷が重かったようで、何とか食らいついてはいるものの、少しずつ離されていく。競争はそのままの推移で進行し、赤ブロックは最下位からの滑り出しとなった。総合優勝のためには一位が絶対条件、ここから追い上げなければならない。
競技は二走、三走と進んでいく。その度にオレが並んでいる待機列は前進していき、前進していく度に、自分の鼓動が早くなっていくのを感じる。自分の体を見ると、アンカーを示す赤いゼッケンが着せられている。どうして着ているのだろうと思う。どこかの本で、赤いユニフォームを着ているチームは、勝率が高いという研究を読んだことがある。どうしてかはもう思い出せない。思い出せる状況にない。
目の前で十走へとバトンが渡る。係の指示でオレたちはラインに立ち、試合の経過を見守る。反対側の直線では十一走へとバトンが渡る。今の順位は一位が青ブロック、二位が黄ブロック、三位が赤ブロック、四位が白ブロックだ。その様子をじっと見ていると、赤ブロックが激しい追い上げを見せる。四方八方から熱狂が聞こえる。赤ブロックの優勝が懸かった大事な一戦。たしか赤の十一走はサッカー部の三年生だった。その三年生はそのままの勢いで黄ブロックを追い抜き、アンカーが待っている直線へと入ってくる。この位置からではもう各ブロックにどれぐらいの差があるのかは見えない。
最初にスタートを切ったのはオレの隣に立っていた青ブロックのアンカー。そしてオレは自分めがけて走ってくるその三年生を見据える。必死の形相だ。自分から十メートルの地点に到達したところで、オレは助走を始め、赤い金属製のバトンを受け取るために手を後ろに伸ばす。手に冷たい感触を覚え、その瞬間に強く手を握りしめる。前傾姿勢を意識して、スピードを一気に上げる。体が自然に起き上がってきてから、リラックスして、トップスピードを維持する。
そして何も聞こえなくなった。煩いほど轟いていた歓声も、熱を帯びた風の唸りも、自分を縛り付けていた鎖が擦れる音も。聞こえるのは、自分の足音と、荒い息遣いだけ。
カーブへとさしかかる。赤ブロックのスタンドの前を通過する。でも何も聞こえない。そしてオレは唐突に、母さんのことを思い出した。小学生の頃、リレーで一番になったことを褒めてもらった。そんな記憶だ。
カーブが終わり、最後の直線へと入っていく。足が重い。しかし練習の成果もあってか、スピードは思っていたより落ちない。足も回っている。
するとオレの二メートルほど前に、青ブロックのアンカーがいることに気付く。かなり疲れているようで、もう足はほとんど回っていない。オレは自分の体に鞭を打ち、足を回す。少し横に避けてから、ゴールに向かって真っすぐに走る。ゴールにはテープが張られている。横目で青ブロックのアンカーを見送る。青のアンカーは自分の視界から消え、目の前には一直線の道が開ける。そのままオレはゴールテープに飛び込む。
少し減速をしてから、人工芝の上に仰向けに倒れこむ。息が荒い。心臓の音も煩い。でも、それ以外は何も聞こえない。人工芝は太陽の光を吸収し、オレの背中を暖かく支えている。お尻が痛い。目の前に広がる六月の空には、雲一つない。なぜか目が潤んでいる。誰かが近寄ってオレを見下ろすが、誰かは分からない。何かを話しかけているが、何も聞こえない。聞く気もない。オレは自由だった。




