ゴンドラの唄
「いやぁ~遠藤、おしかったなぁ~」
そう言って瀬戸は、鉄パイプを抱えて運んでいたオレの肩を揺さぶる。
「おい、あぶねぇ」
「でも、今日の赤のヒーローは遠藤で決まりだな!あの最後の逆転劇にはグッと来たぜ!」
赤ブロックはブロック対抗リレーでは一位を獲得したものの、二位が青ブロックだったため、総合点では青ブロックに追いつくことができず二位に終わった。
「でもあのときのクラスの女子たち、ヒューヒュー言ってたぜ?羨ましいやつだ」
気恥ずかしい。
「お前も片づけ手伝えよ。あそこに鉄パイプが積んであるだろ?」
「わかったわかった。お前、明日の打ち上げ絶対に来いよ!」
そう言って瀬戸はパイプが積んである方と逆方向に走り去って行った。
スタンドに使われていたパイプを体育倉庫へと運んでいくと、そこには夏帆がいた。実行委員やブロック幹部ではないはずだが、体育倉庫に荷物を運び込もうとやってくる生徒たちの指揮をとっているようだった。
「あ!ハル!お疲れ!」
パイプを置いたところで、夏帆は近寄ってくる。
「いやぁカッコよかったよ!最後!」
そう言って夏帆は屈んでいたオレの背中を叩く。
「そりゃどうも」
「陸上とかやってたの?」
「いや、帰宅部だったな」
「じゃあ才能だね!陸上部入ったら?」
陸上部の神崎に聞いた話だと、なんと今日も練習があるらしい。陸上部なんてまっぴら御免だ。
「走るってのは、時々走るから楽しいんだよ」
「確かに、それあるかも~」
夏帆にも何か心当たりがあるようだ。すると夏帆は他に生徒に呼ばれ、そちらに走り去っていく。
どうも運動会が終わってから、様々な生徒がオレに語りかけ、そして走り去っていく。オレは案外、このくらいの関係性を他人と維持する方が好きなのかもしれない。そう思いながら、再びパイプが積まれている場所に戻っていると、校舎の非常階段のところに座り込んでいる人影が見えた。あのくせ毛のポニーテールは、おそらく白瀬さんだ。たしかこの後、冬弥を呼び出しているんだったな。
近寄ってみると、暗い顔で座り込んでいる白瀬さんがいた。白瀬さんは顔を上げる。
「えっ、遠藤くん……」
「どうしたんだ?こんなところで」
白瀬さんは再び目線を落とし、手に持っている赤いハチマキを見つめる。
「えっとね……」
しどろもどろに話す。
「……どうしたら、いいかな?」
「冬弥のことか?」
「うっ、うん」
好きな人に拒絶されたら怖い。目の前にいるのは、その恐怖に震える小動物だ。
「ひとつ確認なんだが、今日のことは夏帆が考えたのか?」
「えっと……うん。運動会のあとだったら、せっ、成功率が、上がるからって……」
「そうか」
人と人との間には、適切な距離感というものがある。それは一緒に過ごす時間が経つにつれ徐々に縮まっていくものだが、ペースは人それぞれ。今回の敗因は、それを見誤ったことにある。無理に二人を近づけようとし、逆に反発を招いてしまった。もしかしたら、白瀬さんもそのことに薄々気付いているのかもしれない。でも、白瀬さんは夏帆の提案を断れなかった。白瀬さんが極度の人見知りで臆病な性格というのも相まって、深く夏帆に依存しているのだろう。信頼ではない、依存だ。
「白瀬さん、冬弥って、良いやつだろ?」
「えっと……うん」
依存したままでは、今後も何度も同じ失敗を繰り返してしまうことになる。依存から救い出すためには、成功体験を積ませて、自信を持たせるのが一番いい。自分を無視せず、自分と向き合うために。そのために今、オレができるのは、目の前でうずくまっているこの小さな女の子の背中を、そっと押してやることだ。
「だから、真っすぐに気持ちを伝えれば、冬弥はちゃんと答えてくれるはずだ」
「……うん」
布石も既に打っておいた。だから白瀬さんは今回は敗けない。答えを出さないという答え。つまりはただの時間稼ぎだ。どれくらい機能してくれるかは未知数だが。
白瀬さんはじっとしたまま、なかなか一歩を踏み出せない。オレは秋山さんの助言を思い出す。「答えは問題にとって不幸である」——オレもあのように気の利いた一言を伝えることができたらいいのに。オレは必至で頭を回す。白瀬さんをそっと押せる、気の利いた一言を。そして一つだけ思いつく。
「白瀬さんって、映画が好きって言ってたよな」
「えっと……うん」
「じゃあ、黒澤明監督の『生きる』って映画は知ってるか?」
白瀬さんは少し間を置く。
「えっと……それって昔の人だよね。わっ、私、最近の映画しか見ないんだ」
「そうだったな、えっと、この言葉はその映画で使われた歌のフレーズなんだが——」
オレはどこまで説明しようか悩んだが、蛇足だと判断して言葉を飲み込んだ。じっと押し黙る。オレは目の前で座り込んでいる白瀬さんを見つめる。白瀬さんはずっと目を伏せたままだ。カラスの鳴き声が聞こえる。
十秒ほど沈黙が続き、白瀬さんがどうしたのだろうというふうにこちらを見上げる。オレと目線がかち合う。その瞬間を逃さず、オレはこう呟いた。
「いのち短し、恋せよ乙女」




